プルートーの胤裔

ゆさひろみ

文字の大きさ
14 / 131

太古の幽霊

しおりを挟む
 わたくしはペイント系総柄デザインのウェアを着用し、バートンのスノーボードを片脇に抱えて、スキー・スノーボードレンタル店から出て来た。二名分のリフト券を購入して戻って来た美咲は、レインボーミラーのゴーグルを外した。
「宗村さん意外! 全然似合っていますよ」
 グローブの指を顎に置いて、上から下までわたくしのウェア姿を眺めて、うんうんと頷いた。
「無地のウェアが良かったんだが、ど派手なデザインしかないんだもんな。歳も歳だし、完全にウェア負けしている」
 美咲はわたくしの足元に屈んで、ブーツの紐を一回解いて結び直した。
「周囲を見て下さい。ゲレンデではそれくらい派手なウェアの方が却って目立ちません」
 紐を結び終わると、よし、と美咲は立ち上がって、リフト券の一枚をわたくしに渡した。
「宗村さん、リフト、乗れますか?」
 正面にあるペアリフト乗り場を指差してわたくしを見上げた。
「乗れたよ、学生時代にはね」
 リフト乗り場の頭上に巨大な車輪が水平に回転して、鋼鉄のワイヤーロープに吊るした座席を次々に送っていた。
「転びそうになったら遠慮なくわたしにしがみ付いて下さい。もし無理なら係の人に言ってリフトのスピードを落としてもらう事も可能です」
「だから乗れたんだって、学生時代には」
 わたくしと美咲はボードを小脇に、圧雪の上をブーツで歩いて行った。リフト乗り場の最後尾に並んで、美咲に手伝われながら左足をバインディングに固定した。その時前のスキーヤーの板を踏みそうになって、咄嗟に彼女の小さな肩を掴んだ。
「面目ない、これなら革靴の方がましだ」
 美咲はわたくしを抱き起こして笑った。
「恋人同士なんだから、遠慮しないで良いですよ」
 わたくしの目の前でスキーヤーが豪快に雪を飛ばして止まった。
「美咲ちゃん?」
 声の方向を振り返ると、真っ赤なスキーウェアを着た男が通り過ぎた所から階段登行でこちらへ近づいて来た。胸のゼッケンにスキースクールのロゴが見え、スキーのインストラクターだとすぐに知れた。
「美咲ちゃんだよね? やっぱり、ウェアでわかったよ」
 男はゴーグルをヘルメットの上に上げて、雪焼けした顔に深い笑いじわを見せた。
「羽深さん? お久し振りです」
 美咲は蹴り足を板に乗せて器用に標識ロープまで滑って行った。
「本当に久し振りだねえ。二年ぶりだよね? 元気してた?」
 男は四十代半ばで背がすらりと高く、彫りの深い顔立ちに喫茶店のマスターのような口髭を生やしていた。
「羽深さんは、その様子だと相変わらずって感じですね。スタッフの皆さんもお変わりないですか?」
 美咲は強風で顔にかかった髪の毛を右耳にかけた。
「変わったと言えば変わった。レミが辞めた。結婚して鹿児島へ嫁いだ」
「レミりんが結婚? 男なんて興味ないってあんなに言っていのに。いつの話ですか?」
「一年半前。あいつもやっぱり女だったんだ。『いろは』の若いバイトとずっとデキていたんだと。貝ちゃんは前から知っていたんだってさ」
 そこへまた真っ赤なウェアを着たスキーヤーが板を揃えて止まった。
「羽ちゃんがまたナンパしていると思ったら、美咲ちゃんじゃない」
「貝沼さん? ご無沙汰しています。こんな吹雪の中ご精が出ますね」
 貝沼という女性もゴーグルをヘルメットに上げた。こちらも見事な雪焼けで三十代から五十代まで年齢不詳に見えた。
「昨日今日とまあ吹雪いて吹雪いて、子供たちに教えていても声が通らなくてやんなっちゃう」
「その割に貝ちゃんの怒鳴り声がリフトの上まで聞こえてくるけどね」
 おちゃらけた羽深の足を彼女はストックで叩いた。
「それにしても美咲ちゃん、よくこのゲレンデに戻って来てくれたね。二年振りでしょう? 正直あんな事があったから、もう二度とここへは帰って来てくれないんじゃないかって、みんなで心配していたんだよ」
 あんな事? 貝沼は美咲の肩にポンと手を置いた。その手を羽深のグローブが掴んだ。
「貝ちゃん、その件はもう良しとしようじゃないか」
「ダメだよ。言い難い事はハッキリ言うのがあたしの主義なの。美咲ちゃん、もう立ち直ったんだよね?」
 わたくしはリフト待ちの列から外れて、会話が終わるのを待つだけの存在となった。
「その節は色々とご心配ご迷惑をお掛けしました」
 美咲は丁寧に頭を下げた。
「なに頭を下げているんだよ、美咲ちゃんが謝る事はないよ。そもそもはあいつが全て悪いんだ。自分勝手な考えで美咲ちゃんを振り回して、とうとうあんな事故まで起こして」
 あんな事故? 美咲の身に起きた二年前の事故?
「まああたしらは美咲ちゃんに笑顔が戻れば、それで十分なの。それにしてもあれから全く連絡が取れなくて、本当に心配したんだよ」
 美咲は下げた頭をもう一度下げた。
「本当にご心配をお掛けしました」
 少し会話が途切れた所で、羽深が首を伸ばしてわたくしの存在に気が付いた。
「あれ? 美咲ちゃん、誰かと一緒?」
 美咲は顔を上げてグローブの手のひらをわたくしに向けた。
「紹介、遅くなりました。こちらは今回わたしと一緒にスキー場に遊びに来ている宗村さんです。
 宗村さん、こちらが羽深さんで、こちらが貝沼さんです。お二人ともSAJ公認スキースクールのスタッフで、貝沼さんは主任さんです。以前わたしが大変お世話になった方々です」
 わたくしはゴーグルを首もとに落として軽く会釈をした。
「どうも初めまして、宗村と言います」
 羽深と貝沼はお互いの雪焼け顔を合わせた。
「美咲ちゃん、この人……幽霊」
 貝沼はわたくしに対して南無阿弥陀仏と拝みそうな勢いだった。
「なに馬鹿な事を言ってるんですか。違いますよ。この人は東京で記者をしている宗村さんです。『アルプ』の岸本さんの古い友人です」
「岸ちゃの友人? 確かに岸ちゃも東京組だからねえ。そう、太古の幽霊じゃないの。初めまして貝沼です」
 貝沼はグローブで顎を撫でながら、わたくしに顔を近付けてきた。太古の幽霊?
「ど、どうも」
「ふーん」
 その時ログハウスの軒下から二三人の大声が響いた。見れば羽深たちと同じウェアの四五人の集団が両手を振っていた。
「やーば! 安全職場集会忘れてた! まあとにかくまたね美咲ちゃん、この続きは後でゆっくり聞かせてもらうわ。あたしらどうせいつもの席で飲んでるし、ちょっとは顔を出してね」
 貝沼は最後にわたくしの顔を真顔で見てから、羽深の背中を追って蟹股でスケーティングをして行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく… なお、スピンオフもございます。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...