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悲劇の証
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リフトに乗る時にお尻を下ろすタイミングを誤って膝の裏を強打した。わたくしは手すりを掴んでしばらく下を向いていた。痛みは中々引かなかった。
「転んでリフトを止めちゃうよりましです」
美咲はゴーグルに白い歯を見せた。低空から上空へとリフトが高度を上げる浮遊感を味わった後、二人でセーフティーバーとフードを下げた。リフト上は驚くほど静かで、ときおり握索機が索輪を乗り越えるゴロンゴロンという音がするくらいだった。
「あの………さあ」
「?」
レインボーミラーのゴーグルが振り返った。
「一つ、聞いても良い?」
「何をですか?」
美咲は無邪気に足をぶらつかせた。
「二年前の事故って、何?」
このとき強烈な吹雪の一団がゲレンデを通過して、ワイヤーロープと座席を交互に揺らした。視界がゼロになった。電動機が自動停止しリフトの運転が止まった。
「後ろで聞き耳を立てていてすまなかったけど、君は二前にここで事故に遭ったって言っていたよね?」
彼女の目の動きを見ようとしたが、ゴーグルのミラーが強すぎて分からなかった。
「それから君は彼らの前から姿を消して、二年間音信不通になった。君が頭を下げていたのはその事についてだよね?」
美咲は少し背中を曲げた姿勢から身じろぎ一つしなくなった。
「あ、いや、やっぱり聞いちゃ……まずかったかな」
レインボーミラーにペイント系総柄デザインのウェアが映っていた。その見えない向こうからわたくしを見ているに違いなかった。
視界が戻ってゲレンデが足もとに現れると、始点駅の電動機は再び運転を開始した。
「宗村さん」
「なに?」
彼女はゴーグルを外して首から垂らした。その目には強い動揺が見て取れた。
「わたし、探偵失格です。相手の質問に対してこんなに動揺を見せたら、後を何を言っても無駄です。あーあ、また敷島さんに叱られちゃいます」
グローブの手を組み合わせて、その上に顎を乗せた。
「これでもわたし、敷島探偵グループの社員なんです。今回のケースについてもちゃんとシュミレーションが出来ていました。貝沼さん達にもです。偽りの回答は幾らでも用意してあったんです」
指を折って回答を数えて見せた。
「でも、宗村さんに事故について質問されて、頭の中がふっ飛んじゃいました。宗村さんにウソをつく事に対して三秒以内に明白な理由を見つけられなかったんです」
ぎこちない笑みを見せた後、美咲はうるうると目に涙を滲ませた。その涙の意味がわたくしには全く理解ができなかった。
「ですからわたし、宗村さんに見え透いた嘘を言うのはやめにします。敷島さんだって宗村さんにSТGの情報を全て開示して良いと言われたのですから、わたしも宗村さんを信頼して、真実を全て話そうと思います」
鼻を啜って顔を上げる美咲に対して、わたくしは彼女を見守る他なかった。
「先程の宗村さんの質問に対してのわたしの答えは、イエスです。二年前、わたしはこのスキー場、正確には立ち入り禁止区域で雪崩の被害に遭いました。スラブ化した雪が一〇〇メートル下流へ崩れ落ちたのです。ちょうどあの山の向こう側です」
美咲は二時の方角を指差した。そこには山稜にリフトの支柱が並んでいて、更にその向こうに樹林のない白い部分がかろうじて見えた。
「雪崩直後のわたしは、デブリの雪の中に半分埋まった状態で一生懸命息をしていました。骨盤骨折をしていましたから、全身に力が入らない状態でした。
行動を共にしていた男性は何とか自力でデブリから脱出して、十メートルほど離れて被災しているわたしのウェアの一部を見つけると、左手だけで雪を掘ってわたしを助け出しました」
支柱のスピーカーに近づくと、ドップラーシフトした音楽の中に包まれた。
「その男性はわたしを安全な場所へ移動させてから、山岳救助隊に救援要請する為に自力での下山を決めました。わたしはゲレンデに引き返すか、このまま残るよう男性のウェアを必死で掴みましたが、彼はここの地形に自信があって、下山の判断を頑なに変えませんでした。わたしは彼の背中を見送って、そのまま日没を迎えました。幸い身体の痛みはなく、半身麻酔を打たれたように全身がじーんと痺れていました。
JANの雪崩『確実』の情報により、貝沼さんや羽深さんらパトロール隊がひさし状の雪を予め崩して巡回している最中に、わたしは運良く発見されました。電波で自分の位置を相手に知らせるビーコンを所持せず、雪崩被害から偶然救助されたのは本当に奇跡に近い事でした」
美咲は瞬きも忘れて何もない宙を見つめていた。
「わたしと行動を共にした男性は、二年前のあのとき下山したのを最期に今も行方不明のままです。この事故に対して取調をした署は、市町村に彼の死亡を報告し認定死亡が認められて、早一年が経過しました」
美咲は左手のグローブを外して、薬指の指輪をわたくしに見せた。
「その男性とは、わたしの婚約者でした」
「転んでリフトを止めちゃうよりましです」
美咲はゴーグルに白い歯を見せた。低空から上空へとリフトが高度を上げる浮遊感を味わった後、二人でセーフティーバーとフードを下げた。リフト上は驚くほど静かで、ときおり握索機が索輪を乗り越えるゴロンゴロンという音がするくらいだった。
「あの………さあ」
「?」
レインボーミラーのゴーグルが振り返った。
「一つ、聞いても良い?」
「何をですか?」
美咲は無邪気に足をぶらつかせた。
「二年前の事故って、何?」
このとき強烈な吹雪の一団がゲレンデを通過して、ワイヤーロープと座席を交互に揺らした。視界がゼロになった。電動機が自動停止しリフトの運転が止まった。
「後ろで聞き耳を立てていてすまなかったけど、君は二前にここで事故に遭ったって言っていたよね?」
彼女の目の動きを見ようとしたが、ゴーグルのミラーが強すぎて分からなかった。
「それから君は彼らの前から姿を消して、二年間音信不通になった。君が頭を下げていたのはその事についてだよね?」
美咲は少し背中を曲げた姿勢から身じろぎ一つしなくなった。
「あ、いや、やっぱり聞いちゃ……まずかったかな」
レインボーミラーにペイント系総柄デザインのウェアが映っていた。その見えない向こうからわたくしを見ているに違いなかった。
視界が戻ってゲレンデが足もとに現れると、始点駅の電動機は再び運転を開始した。
「宗村さん」
「なに?」
彼女はゴーグルを外して首から垂らした。その目には強い動揺が見て取れた。
「わたし、探偵失格です。相手の質問に対してこんなに動揺を見せたら、後を何を言っても無駄です。あーあ、また敷島さんに叱られちゃいます」
グローブの手を組み合わせて、その上に顎を乗せた。
「これでもわたし、敷島探偵グループの社員なんです。今回のケースについてもちゃんとシュミレーションが出来ていました。貝沼さん達にもです。偽りの回答は幾らでも用意してあったんです」
指を折って回答を数えて見せた。
「でも、宗村さんに事故について質問されて、頭の中がふっ飛んじゃいました。宗村さんにウソをつく事に対して三秒以内に明白な理由を見つけられなかったんです」
ぎこちない笑みを見せた後、美咲はうるうると目に涙を滲ませた。その涙の意味がわたくしには全く理解ができなかった。
「ですからわたし、宗村さんに見え透いた嘘を言うのはやめにします。敷島さんだって宗村さんにSТGの情報を全て開示して良いと言われたのですから、わたしも宗村さんを信頼して、真実を全て話そうと思います」
鼻を啜って顔を上げる美咲に対して、わたくしは彼女を見守る他なかった。
「先程の宗村さんの質問に対してのわたしの答えは、イエスです。二年前、わたしはこのスキー場、正確には立ち入り禁止区域で雪崩の被害に遭いました。スラブ化した雪が一〇〇メートル下流へ崩れ落ちたのです。ちょうどあの山の向こう側です」
美咲は二時の方角を指差した。そこには山稜にリフトの支柱が並んでいて、更にその向こうに樹林のない白い部分がかろうじて見えた。
「雪崩直後のわたしは、デブリの雪の中に半分埋まった状態で一生懸命息をしていました。骨盤骨折をしていましたから、全身に力が入らない状態でした。
行動を共にしていた男性は何とか自力でデブリから脱出して、十メートルほど離れて被災しているわたしのウェアの一部を見つけると、左手だけで雪を掘ってわたしを助け出しました」
支柱のスピーカーに近づくと、ドップラーシフトした音楽の中に包まれた。
「その男性はわたしを安全な場所へ移動させてから、山岳救助隊に救援要請する為に自力での下山を決めました。わたしはゲレンデに引き返すか、このまま残るよう男性のウェアを必死で掴みましたが、彼はここの地形に自信があって、下山の判断を頑なに変えませんでした。わたしは彼の背中を見送って、そのまま日没を迎えました。幸い身体の痛みはなく、半身麻酔を打たれたように全身がじーんと痺れていました。
JANの雪崩『確実』の情報により、貝沼さんや羽深さんらパトロール隊がひさし状の雪を予め崩して巡回している最中に、わたしは運良く発見されました。電波で自分の位置を相手に知らせるビーコンを所持せず、雪崩被害から偶然救助されたのは本当に奇跡に近い事でした」
美咲は瞬きも忘れて何もない宙を見つめていた。
「わたしと行動を共にした男性は、二年前のあのとき下山したのを最期に今も行方不明のままです。この事故に対して取調をした署は、市町村に彼の死亡を報告し認定死亡が認められて、早一年が経過しました」
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