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女の勘
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「さてと。葵ちゃんの事でしょう? 確かに仲は良かったったけど、でもそれだけ」
石倉留美はどっかりと椅子に腰掛けて、わたくしと美咲を交互に見た。
北欧風のゲレンデレストラン『樹氷』に到着したわたくしたちは、食器返却口で皿洗いをしていた石倉の前に立って、天道葵について話を聞きたいと時間を都合してもらった。手透きの従業員が多く目に付き、すぐに話が聞けると思われたが、たっぷり三十分も待たされた挙句、割烹着姿の石倉が無愛想にテーブルに現れた。
「天道葵さんは亡くなる前日まで、こちらへ足を運んでいたんですよね?」
「まあ、ねえ」
わたくしは石倉の耳に光るカルティエのピアスに目が留まった。
「その時の天道さんは、いつもと様子が違うというような事はなかったですか?」
雪焼けした顔にネイビーのアイシャドウを塗り、大学生の息子を持つ母とは思えないくらい色気があった。
「別にいつも通りの様子だったけど。あなた方、警察のひと?」
美咲は無言で手帳のペンを動かしていた。
「違います。天道さんの勤め先の方から依頼を受けて、彼女について話を伺って回っているんです」
美咲の指示通りの回答をした。
「『アルプ』の? ふうん、鈴子さんかしらね、こんなの調べるなんて」
鈴子とは岸本の妻の名で、夫の不倫を知り現在は小田原の実家にて別居中。
「葵ちゃんって、彼氏と自殺しちゃったんでしょう? 警察がやって来て、彼女についてあれこれ質問を受けたわ。ちょうど今のあなた達みたいに」
石倉は調理用のキャップを脱いで、ニュアンスロングの髪の毛を手ぐしで整えた。
「自殺の前日だって、葵ちゃんは特に変わった様子もなかったし、いつも通りあたしの所に来て、ちょっとおしゃべりしただけ」
「何を話されたんですか?」
わたくしはカサカサとウェアを鳴らして身を乗り出した。
「何って、メモを取るような会話はしていないわ」
石倉は美咲の手帳に目をやった。
「どんな些細な話でも構いませんので、教えて頂けませんか?」
この時、同じペンションに宿泊中の久慈篤が、遠くで立ち上がるのが見えた。彼は食べ終わった食器を持って、中学生の娘と二人で食器返却口まで歩いて行った。
「教えるって、ただバーンの雪質とか、フォルクルのステッカーチェーンがカッコ良かったとか、ペンションの人間関係の愚痴とか、まあそんなとこ」
わたくしの視線に誘われて、石倉もレストランを後にする久慈親子の姿に目を動かした。
「それじゃあ、自身の進退を思い詰めて自殺を考えている、そういう様子は全くなかったという事ですね?」
石倉はわたくしの目の前で指を鳴らした。
「そうなの。だからあたし葵ちゃんの自殺のニュースを目にした時、もうびっくりしちゃってさ。人違いじゃないのって、ずっと思ってた。次の日にはいつも通りあの娘はやってきて、同性同名の人が自殺しちゃった、なんて笑い話でもありそうな感じだったし」
頬杖を突いて、彼女は何もないテーブルの上に目を落とした。
「だけどそれから葵ちゃんは来ないし、代わりに警察は来るし、ああやっぱり彼女自殺しちゃったんだって、しみじみ思った」
モデルのように高い鼻を見せて、石倉はゲレンデを一望できる大型スクエア窓に視線を投げた。
「そう言えば」
わたくしも大きな窓に視線を向けた。
「何か思い出しましたか?」
「まあ、別に大した事じゃないけど、警察は葵ちゃんの事を色々と聞いてきたけど、大事な事を聞いてこないなって、あたし思った」
「大事な事?」
美咲は初めて口を開いた。
「ううん、いいわ。警察が聞いてこないって事は、あたしの思い違いだったんだし」
石倉は右手のフレンチネイルを見た。
「あなたは天道さんについて何か気が付いていたけど、警察はその事に気が付いていなかった、そういう事ですか?」
美咲はペンを手帳に挟んで閉じた。その薬指に指輪が光った。あんな話を聞いた後ではどうしても指輪に目が行ってしまう。
「えーと。なんて言うのかな、女の勘ってやつ?」
石倉はレギンスパンツの足を組んで、こめかみに指を当てた。
「葵ちゃんは黙っていたから、あたしも特別聞くこともなかったけど、何となくそうなんじゃないかなあって思ってた」
男のわたくしは石倉と美咲を交互に見るでしかなかった。
「でも結局、あたしの勘は外れていたんだよね。新聞の記事を読んでそう思った」
石倉留美はどっかりと椅子に腰掛けて、わたくしと美咲を交互に見た。
北欧風のゲレンデレストラン『樹氷』に到着したわたくしたちは、食器返却口で皿洗いをしていた石倉の前に立って、天道葵について話を聞きたいと時間を都合してもらった。手透きの従業員が多く目に付き、すぐに話が聞けると思われたが、たっぷり三十分も待たされた挙句、割烹着姿の石倉が無愛想にテーブルに現れた。
「天道葵さんは亡くなる前日まで、こちらへ足を運んでいたんですよね?」
「まあ、ねえ」
わたくしは石倉の耳に光るカルティエのピアスに目が留まった。
「その時の天道さんは、いつもと様子が違うというような事はなかったですか?」
雪焼けした顔にネイビーのアイシャドウを塗り、大学生の息子を持つ母とは思えないくらい色気があった。
「別にいつも通りの様子だったけど。あなた方、警察のひと?」
美咲は無言で手帳のペンを動かしていた。
「違います。天道さんの勤め先の方から依頼を受けて、彼女について話を伺って回っているんです」
美咲の指示通りの回答をした。
「『アルプ』の? ふうん、鈴子さんかしらね、こんなの調べるなんて」
鈴子とは岸本の妻の名で、夫の不倫を知り現在は小田原の実家にて別居中。
「葵ちゃんって、彼氏と自殺しちゃったんでしょう? 警察がやって来て、彼女についてあれこれ質問を受けたわ。ちょうど今のあなた達みたいに」
石倉は調理用のキャップを脱いで、ニュアンスロングの髪の毛を手ぐしで整えた。
「自殺の前日だって、葵ちゃんは特に変わった様子もなかったし、いつも通りあたしの所に来て、ちょっとおしゃべりしただけ」
「何を話されたんですか?」
わたくしはカサカサとウェアを鳴らして身を乗り出した。
「何って、メモを取るような会話はしていないわ」
石倉は美咲の手帳に目をやった。
「どんな些細な話でも構いませんので、教えて頂けませんか?」
この時、同じペンションに宿泊中の久慈篤が、遠くで立ち上がるのが見えた。彼は食べ終わった食器を持って、中学生の娘と二人で食器返却口まで歩いて行った。
「教えるって、ただバーンの雪質とか、フォルクルのステッカーチェーンがカッコ良かったとか、ペンションの人間関係の愚痴とか、まあそんなとこ」
わたくしの視線に誘われて、石倉もレストランを後にする久慈親子の姿に目を動かした。
「それじゃあ、自身の進退を思い詰めて自殺を考えている、そういう様子は全くなかったという事ですね?」
石倉はわたくしの目の前で指を鳴らした。
「そうなの。だからあたし葵ちゃんの自殺のニュースを目にした時、もうびっくりしちゃってさ。人違いじゃないのって、ずっと思ってた。次の日にはいつも通りあの娘はやってきて、同性同名の人が自殺しちゃった、なんて笑い話でもありそうな感じだったし」
頬杖を突いて、彼女は何もないテーブルの上に目を落とした。
「だけどそれから葵ちゃんは来ないし、代わりに警察は来るし、ああやっぱり彼女自殺しちゃったんだって、しみじみ思った」
モデルのように高い鼻を見せて、石倉はゲレンデを一望できる大型スクエア窓に視線を投げた。
「そう言えば」
わたくしも大きな窓に視線を向けた。
「何か思い出しましたか?」
「まあ、別に大した事じゃないけど、警察は葵ちゃんの事を色々と聞いてきたけど、大事な事を聞いてこないなって、あたし思った」
「大事な事?」
美咲は初めて口を開いた。
「ううん、いいわ。警察が聞いてこないって事は、あたしの思い違いだったんだし」
石倉は右手のフレンチネイルを見た。
「あなたは天道さんについて何か気が付いていたけど、警察はその事に気が付いていなかった、そういう事ですか?」
美咲はペンを手帳に挟んで閉じた。その薬指に指輪が光った。あんな話を聞いた後ではどうしても指輪に目が行ってしまう。
「えーと。なんて言うのかな、女の勘ってやつ?」
石倉はレギンスパンツの足を組んで、こめかみに指を当てた。
「葵ちゃんは黙っていたから、あたしも特別聞くこともなかったけど、何となくそうなんじゃないかなあって思ってた」
男のわたくしは石倉と美咲を交互に見るでしかなかった。
「でも結局、あたしの勘は外れていたんだよね。新聞の記事を読んでそう思った」
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