44 / 131
特別なカード
しおりを挟む
「俺たちが犯人?」
わたくしは思わず組んだ腕をほどいた。ハンドルに両手を乗せた美咲は、わたくしの視線に気が付いて、ちらりとこちらに目を向けた。
「冗談、だよね? 高田さんが俺たちをそんな、犯人だなんて。だって、何で俺たちが天道や江口を殺す必要があるんだ? 俺なんて、十年振りに岸本から連絡があって、奴のペンションのバイトの女が、カップルで不審な自殺をしたから、その事について色々と相談に乗っていただけで、三人とは何の面識もない。君にしたって、敷島から業務命令を受けて、この地に探偵として派遣されただけのこと。彼らとは一切面識はないはずだ」
わたくしは、自らが殺人犯と疑われる状況に、全くと言っていいほど抵抗力がなく、その激しい動揺の状態から、中なか平穏な自分を取り戻す事ができなかった。
「宗村さん、今一度、今度は高田さんの視点に立って、今回の事件を思い返してみて下さい。岸本さんの依頼とは言え、宗村さんは、天道葵の死についてあれこれ調べていた、その翌日には、同じように天道について調べていた江口が、何をする暇もなく自殺した。しかも、江口の自殺した時刻、自殺した現場のすぐ近く、ほぼ真下と言っていい程の近距離に、わたしたちはスノーボードをしていた」
「その時君は、スノーボーダーと衝突事故に遭った」
「つまりわたしたちは、江口の死を他殺と考えた時に、彼を殺す事に至っては、何事にもタイミングが良過ぎるんです」
夜闇の底から地吹雪が発生して、フロントガラスを真っ白に染めた。美咲は暗い車内に手を伸ばして、ワイパーの速度を速めた。
「まさか、高田さんは、俺たちを晦冥会の暗殺者『バイフー』だと思っているのか?」
わたくしは素っ頓狂な声を出した。
「そうに違いありません。俺たち、というよりかは、このわたしを『バイフー』と思っているのだと思います」
わたくしは、このあまりに馬鹿げた話の展開に、つい笑い出してしまいそうになったが、美咲の大真面目な表情を見て、笑うに笑えない曖昧な空気に終わった。
「宗村さんから聞いた兄の話から総合すると、晦冥会の信者であっても、幹部を含む上層部の人間であっても、バイフーという暗殺者の存在は、どこの誰とも見分けがつかないそうですから、高田さんにとっては、岸本さんの古い友人である宗村さんと、その恋人であるわたしが、実は恐ろしいバイフーだったとしても、何ら不思議はない話だと思います。
つまり、わたしがバイフーとして高田さんに疑われている以上は、わたしたちの高田さんとの面会は、今後一切拒否をされます。それこそ、本物のバイフーが逮捕されるその日が来るまでは」
わたくしは美咲の左肩に手を置いた。
「ちょっと待ってくれ。じゃあ、高田さんの身の安全を守っている石動刑事は、一体どうなるんだ? 高田さんが俺たちをバイフーと恐れて保身に走ったという事を、積極的に手助けしているのが石動刑事であれば、彼だって、俺たちを今回の犯人として疑いを持っていても不思議はないじゃないか」
今度の美咲は口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「疑うも何も、石動刑事は、初めからわたしたちを一級の容疑者として取り扱っています」
『こういうのは皆さんに聞いているんですよ。別にあなた方を疑っているわけではなくて、江口サダユキの変死に事件性がないかどうかを判断する材料を集めているんです』
江口の変死について事情聴取が行われた際、石動はそう我々に説明していたはずだ。
「まさか。だって、石動刑事の事情聴取の時には、そんな様子は一つも」
「そんな様子は見せるわけないじゃないですか。相手は警視庁捜査一課の警部補ですよ? 一級の容疑者に対して、今回あなた方を最も疑っていますよ、だなんて言うわけないです」
「だって、君は石動刑事の実の妹なのだし、石動刑事と付き合いの深い敷島の部下でもある。それを犯人と疑うだなんて」
「容疑者の中に捜査担当者の身内がいたからって、そんなの警察の業務には全く関係ありませんよ。事件の真相やそれに繋がる手掛かりなんて、意外と捜査する人の身近にあったりするものです」
実の兄から今回の容疑者として扱われ、現在も晦冥会の暗殺者と疑われ続けているこの異様な状況にあって、彼女はこれ程までに平静でいられるものだろうか。
「しかし、じゃあなんで石動刑事は、今回の事件の一級の容疑者に、江口の死体を見せてくれるんだ?」
わたくしは美咲の肩を揺すった。
「そうですね。もしかしたら兄は、自分の目で確かめたいのかも知れません。わたしたちの江口の死体を見た時の反応を」
石動刑事は、わたくしを今回の事件の一級の容疑者と疑いながら、わたくしを被害者の入院する病室に連れ出して、晦冥会の元幹部を襲う不審な自殺の事例を、証拠写真を交えて話したと言うのだろうか? そうすると石動刑事は、わたくしが晦冥会の暗殺事件を聞いて、どのような反応を見せるのか、どのような虚偽の事実を述べるのか、そこを同席した羽賀刑事と二人で見極める事が、あの病室での彼の本当の目的だったとでも言うのだろうか?
その一方で、ふとわたくしの頭に或る疑念の過ぎったのを意識した。
《美咲は、晦冥会の暗殺者『バイフー』ではないと、本当に断言できるのか?》
わたくしは美咲の肩から手を離した。彼女はわたくしの思考の世界で、バイフーとして盲点の存在となってはいないだろうか? 美咲は間違いなく美人だ。そして、今回の事件についてありとあらゆる情報をその手中に入れている。彼女は敷島探偵グループの社員ではあるが、その実晦冥会の幹部という、彼らのスパイのような存在ではないだろうか? そればかりか、謎の暗殺者『バイフー』として、今回天道、木原、江口の三名を暗殺して、尚も次のターゲットの暗殺を目論んでいる、という事は絶対にないと言い切れるだろうか?
美咲は暗い車内に手を伸ばして、FMラジオのスイッチを押した。
敷島は、わたくしは既にバイフーに接触していると、電話口にそう明言をした。その発言も実に怪しい。
『今もし君がこの場で犯人の名前を聞く事があれば、それはきっと君のこれからの行動や態度が、百八十度変わってしまう事に繋がるだろう』
この敷島の発言の後半部分に出てくる、『犯人』という言葉を、『美咲』と置き換えてもう一度思い出してみれば、妙にしっくりと来ないだろうか?
『もしかしたら、君の強い正義感から、何とか美咲を捕まえようとするかも知れない。もしくは反対に、自分の身の安全を考え過ぎて、美咲の存在を意識し過ぎて、彼女とおかしな距離をとるかもしれない。いずれにせよ、それらの君の反応が最も危険なのだ。木原たちにしても、今回の江口にしても、つまり彼らは美咲の存在を知っていて、彼女に接近し過ぎた結果、あっさりと殺されている』
美咲は今から四週間前の十二月十三日には、既にこの地を訪れていて、天道と木原をその手にかけていた?
美咲の容疑者としての疑惑の次には、もう一つの疑念が即座に湧いて来た。それは、なぜ敷島は一向にこの地に到着しないのかというものだ。なぜ彼は電話でしかわたくしに指令を出さないのだろうか? なぜ彼はこれ程までに本件を気に掛け、わたくしの行動によっては人命に関わると脅しておきながら、自らの重い腰を動かそうとはしないのだろうか? もしかしたら敷島は、既に美咲をバイフーと目星をつけていて、遠隔の地から彼女の行動を監視しているのではないだろうか? SТGの裏切り者をこの地で泳がせ、わたくしを利用して常に彼女の行動を監視する為に。
「宗村さん、どうかしました?」
わたくしは美咲の視線に気が付いた。車はいつか旧N市の市街地を走っていた。
「いや、何でもない。ちょっと考え事を」
彼女なら江口の行動を常に把握できただろうし、わたくしの外出中に、彼の携帯電話を捜査後の江口の部屋にこっそり置く事も可能だ。
しかし、わたくしはここまで考えを進めておきながら、美咲の容疑者として不成立に足らしめる大いなる欠点を意識した。それは、彼女は江口の死亡した時、他でもないこのわたくしと行動を共にしていた、という事実だ。リフト券購入やトイレに立った片時を考慮しても、あの災害に近い猛吹雪の頭上、緊急停止しているリフトにいる江口を殺害する事など、美咲には絶対に実行不可能な事は、わたくしが一番よく知っているはずだ。
「着きましたよ」
「あ、ああ」
車はゆっくりとM警察署の敷地内に入った。庁舎の三階までほぼ全ての窓の明かりが点いていた。
「宗村さん」
「ん」
わたくしは上の空の返事をした。
「宗村さんはさっきからずっとわたしの事を犯人だと疑っていますね?」
「ギク」
美咲は目を閉じてシートベルトを外した。
「宗村さんは何かがあるとすぐに顔や態度に表れます。あずさに好き勝手に弄ばれた時もそうでした。そんなバレバレな態度を本物のバイフーの前で取っていたら、宗村さん、本当に彼女に殺されてしまいますよ?」
「……………」
「宗村さんがわたしを疑うのは全然構いません。わたしだって業務上あなたのことを疑ってみなければならないのですから。だけど、もう一度よく考えてみて下さい。宗村さんは、他にもっと大切な事を忘れています」
「大切な事?」
わたくしもシートベルトを外した。
「そうです、これです」
そう言って美咲は、黒いクレジットカードのようなものを一枚、人差し指と中指の間に挟んで、わたくしの顔の前に突き出した。わたくしは寄り目になって、そのカードを色々に覗き込んだ。警察の証拠物件でも扱うように、カードは透明なビニール袋に収められていた。
「見覚え、ありませんか?」
美咲は小首を傾げた。
「それ、何だったっけ?」
大きな溜め息が聞こえた。
「昼間、ゲレンデでの衝突事故で、相手のスノーボーダーの女が落としていったものです。宗村さんがわたしの為に、一生懸命拾ってくれたじゃないですか」
わたくしは膝を叩いた。
「おお、衝突の衝撃で雪の上に散らばった、あれか」
「そうです。これが何の役割を持つカードなのか、宗村さん、分かりますか?」
ビニール袋を手のひらに受け取って、わたくしはカードの表面に目を凝らした。会社名などの文字は、どこにも書かれていなかった。
「さあ、如何にも怪しいってカードだね。闇カジノの会員証とか?」
美咲はわたくしの手からビニール袋を引き抜いて、素早く懐に仕舞った。
「外れです。でもまあ当たらずといえども遠からずと言った所でしょうか。
これは、晦冥会のシンボルの入った会員証です。しかも、幹部以上の人間のみが所持する事のできる、晦冥会でも特別なカードです」
「なんだって?」
わたくしは思わず組んだ腕をほどいた。ハンドルに両手を乗せた美咲は、わたくしの視線に気が付いて、ちらりとこちらに目を向けた。
「冗談、だよね? 高田さんが俺たちをそんな、犯人だなんて。だって、何で俺たちが天道や江口を殺す必要があるんだ? 俺なんて、十年振りに岸本から連絡があって、奴のペンションのバイトの女が、カップルで不審な自殺をしたから、その事について色々と相談に乗っていただけで、三人とは何の面識もない。君にしたって、敷島から業務命令を受けて、この地に探偵として派遣されただけのこと。彼らとは一切面識はないはずだ」
わたくしは、自らが殺人犯と疑われる状況に、全くと言っていいほど抵抗力がなく、その激しい動揺の状態から、中なか平穏な自分を取り戻す事ができなかった。
「宗村さん、今一度、今度は高田さんの視点に立って、今回の事件を思い返してみて下さい。岸本さんの依頼とは言え、宗村さんは、天道葵の死についてあれこれ調べていた、その翌日には、同じように天道について調べていた江口が、何をする暇もなく自殺した。しかも、江口の自殺した時刻、自殺した現場のすぐ近く、ほぼ真下と言っていい程の近距離に、わたしたちはスノーボードをしていた」
「その時君は、スノーボーダーと衝突事故に遭った」
「つまりわたしたちは、江口の死を他殺と考えた時に、彼を殺す事に至っては、何事にもタイミングが良過ぎるんです」
夜闇の底から地吹雪が発生して、フロントガラスを真っ白に染めた。美咲は暗い車内に手を伸ばして、ワイパーの速度を速めた。
「まさか、高田さんは、俺たちを晦冥会の暗殺者『バイフー』だと思っているのか?」
わたくしは素っ頓狂な声を出した。
「そうに違いありません。俺たち、というよりかは、このわたしを『バイフー』と思っているのだと思います」
わたくしは、このあまりに馬鹿げた話の展開に、つい笑い出してしまいそうになったが、美咲の大真面目な表情を見て、笑うに笑えない曖昧な空気に終わった。
「宗村さんから聞いた兄の話から総合すると、晦冥会の信者であっても、幹部を含む上層部の人間であっても、バイフーという暗殺者の存在は、どこの誰とも見分けがつかないそうですから、高田さんにとっては、岸本さんの古い友人である宗村さんと、その恋人であるわたしが、実は恐ろしいバイフーだったとしても、何ら不思議はない話だと思います。
つまり、わたしがバイフーとして高田さんに疑われている以上は、わたしたちの高田さんとの面会は、今後一切拒否をされます。それこそ、本物のバイフーが逮捕されるその日が来るまでは」
わたくしは美咲の左肩に手を置いた。
「ちょっと待ってくれ。じゃあ、高田さんの身の安全を守っている石動刑事は、一体どうなるんだ? 高田さんが俺たちをバイフーと恐れて保身に走ったという事を、積極的に手助けしているのが石動刑事であれば、彼だって、俺たちを今回の犯人として疑いを持っていても不思議はないじゃないか」
今度の美咲は口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「疑うも何も、石動刑事は、初めからわたしたちを一級の容疑者として取り扱っています」
『こういうのは皆さんに聞いているんですよ。別にあなた方を疑っているわけではなくて、江口サダユキの変死に事件性がないかどうかを判断する材料を集めているんです』
江口の変死について事情聴取が行われた際、石動はそう我々に説明していたはずだ。
「まさか。だって、石動刑事の事情聴取の時には、そんな様子は一つも」
「そんな様子は見せるわけないじゃないですか。相手は警視庁捜査一課の警部補ですよ? 一級の容疑者に対して、今回あなた方を最も疑っていますよ、だなんて言うわけないです」
「だって、君は石動刑事の実の妹なのだし、石動刑事と付き合いの深い敷島の部下でもある。それを犯人と疑うだなんて」
「容疑者の中に捜査担当者の身内がいたからって、そんなの警察の業務には全く関係ありませんよ。事件の真相やそれに繋がる手掛かりなんて、意外と捜査する人の身近にあったりするものです」
実の兄から今回の容疑者として扱われ、現在も晦冥会の暗殺者と疑われ続けているこの異様な状況にあって、彼女はこれ程までに平静でいられるものだろうか。
「しかし、じゃあなんで石動刑事は、今回の事件の一級の容疑者に、江口の死体を見せてくれるんだ?」
わたくしは美咲の肩を揺すった。
「そうですね。もしかしたら兄は、自分の目で確かめたいのかも知れません。わたしたちの江口の死体を見た時の反応を」
石動刑事は、わたくしを今回の事件の一級の容疑者と疑いながら、わたくしを被害者の入院する病室に連れ出して、晦冥会の元幹部を襲う不審な自殺の事例を、証拠写真を交えて話したと言うのだろうか? そうすると石動刑事は、わたくしが晦冥会の暗殺事件を聞いて、どのような反応を見せるのか、どのような虚偽の事実を述べるのか、そこを同席した羽賀刑事と二人で見極める事が、あの病室での彼の本当の目的だったとでも言うのだろうか?
その一方で、ふとわたくしの頭に或る疑念の過ぎったのを意識した。
《美咲は、晦冥会の暗殺者『バイフー』ではないと、本当に断言できるのか?》
わたくしは美咲の肩から手を離した。彼女はわたくしの思考の世界で、バイフーとして盲点の存在となってはいないだろうか? 美咲は間違いなく美人だ。そして、今回の事件についてありとあらゆる情報をその手中に入れている。彼女は敷島探偵グループの社員ではあるが、その実晦冥会の幹部という、彼らのスパイのような存在ではないだろうか? そればかりか、謎の暗殺者『バイフー』として、今回天道、木原、江口の三名を暗殺して、尚も次のターゲットの暗殺を目論んでいる、という事は絶対にないと言い切れるだろうか?
美咲は暗い車内に手を伸ばして、FMラジオのスイッチを押した。
敷島は、わたくしは既にバイフーに接触していると、電話口にそう明言をした。その発言も実に怪しい。
『今もし君がこの場で犯人の名前を聞く事があれば、それはきっと君のこれからの行動や態度が、百八十度変わってしまう事に繋がるだろう』
この敷島の発言の後半部分に出てくる、『犯人』という言葉を、『美咲』と置き換えてもう一度思い出してみれば、妙にしっくりと来ないだろうか?
『もしかしたら、君の強い正義感から、何とか美咲を捕まえようとするかも知れない。もしくは反対に、自分の身の安全を考え過ぎて、美咲の存在を意識し過ぎて、彼女とおかしな距離をとるかもしれない。いずれにせよ、それらの君の反応が最も危険なのだ。木原たちにしても、今回の江口にしても、つまり彼らは美咲の存在を知っていて、彼女に接近し過ぎた結果、あっさりと殺されている』
美咲は今から四週間前の十二月十三日には、既にこの地を訪れていて、天道と木原をその手にかけていた?
美咲の容疑者としての疑惑の次には、もう一つの疑念が即座に湧いて来た。それは、なぜ敷島は一向にこの地に到着しないのかというものだ。なぜ彼は電話でしかわたくしに指令を出さないのだろうか? なぜ彼はこれ程までに本件を気に掛け、わたくしの行動によっては人命に関わると脅しておきながら、自らの重い腰を動かそうとはしないのだろうか? もしかしたら敷島は、既に美咲をバイフーと目星をつけていて、遠隔の地から彼女の行動を監視しているのではないだろうか? SТGの裏切り者をこの地で泳がせ、わたくしを利用して常に彼女の行動を監視する為に。
「宗村さん、どうかしました?」
わたくしは美咲の視線に気が付いた。車はいつか旧N市の市街地を走っていた。
「いや、何でもない。ちょっと考え事を」
彼女なら江口の行動を常に把握できただろうし、わたくしの外出中に、彼の携帯電話を捜査後の江口の部屋にこっそり置く事も可能だ。
しかし、わたくしはここまで考えを進めておきながら、美咲の容疑者として不成立に足らしめる大いなる欠点を意識した。それは、彼女は江口の死亡した時、他でもないこのわたくしと行動を共にしていた、という事実だ。リフト券購入やトイレに立った片時を考慮しても、あの災害に近い猛吹雪の頭上、緊急停止しているリフトにいる江口を殺害する事など、美咲には絶対に実行不可能な事は、わたくしが一番よく知っているはずだ。
「着きましたよ」
「あ、ああ」
車はゆっくりとM警察署の敷地内に入った。庁舎の三階までほぼ全ての窓の明かりが点いていた。
「宗村さん」
「ん」
わたくしは上の空の返事をした。
「宗村さんはさっきからずっとわたしの事を犯人だと疑っていますね?」
「ギク」
美咲は目を閉じてシートベルトを外した。
「宗村さんは何かがあるとすぐに顔や態度に表れます。あずさに好き勝手に弄ばれた時もそうでした。そんなバレバレな態度を本物のバイフーの前で取っていたら、宗村さん、本当に彼女に殺されてしまいますよ?」
「……………」
「宗村さんがわたしを疑うのは全然構いません。わたしだって業務上あなたのことを疑ってみなければならないのですから。だけど、もう一度よく考えてみて下さい。宗村さんは、他にもっと大切な事を忘れています」
「大切な事?」
わたくしもシートベルトを外した。
「そうです、これです」
そう言って美咲は、黒いクレジットカードのようなものを一枚、人差し指と中指の間に挟んで、わたくしの顔の前に突き出した。わたくしは寄り目になって、そのカードを色々に覗き込んだ。警察の証拠物件でも扱うように、カードは透明なビニール袋に収められていた。
「見覚え、ありませんか?」
美咲は小首を傾げた。
「それ、何だったっけ?」
大きな溜め息が聞こえた。
「昼間、ゲレンデでの衝突事故で、相手のスノーボーダーの女が落としていったものです。宗村さんがわたしの為に、一生懸命拾ってくれたじゃないですか」
わたくしは膝を叩いた。
「おお、衝突の衝撃で雪の上に散らばった、あれか」
「そうです。これが何の役割を持つカードなのか、宗村さん、分かりますか?」
ビニール袋を手のひらに受け取って、わたくしはカードの表面に目を凝らした。会社名などの文字は、どこにも書かれていなかった。
「さあ、如何にも怪しいってカードだね。闇カジノの会員証とか?」
美咲はわたくしの手からビニール袋を引き抜いて、素早く懐に仕舞った。
「外れです。でもまあ当たらずといえども遠からずと言った所でしょうか。
これは、晦冥会のシンボルの入った会員証です。しかも、幹部以上の人間のみが所持する事のできる、晦冥会でも特別なカードです」
「なんだって?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
なお、スピンオフもございます。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる