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二人を接近させろ
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音を立てずにドアを開けると、寝間着に着替えた美咲が、サルタレッリ風のドレッサーの前に座って、左肩に流した髪をブラシで梳かしていた。
「もう一度お風呂に入りたい気分ですね。少し、臭いません?」
わたくしは自分の服の匂いを嗅いだ。
「そうかな? よく分からないや」
部屋に用意された寝間着に着替え、昨夜よりも遅い十二時を少し回った時刻に、わたくしたちは布団に入った。美咲と同じ布団で寝るのも二日目となる。
「あの、さあ」
美咲は枕の音を立ててこちらを向いた。
「すまなかったと思っている」
「何がですか?」
常夜灯の薄明りに、大きな目が開いていた。
「だから、風呂での一件」
「ああ、あの事ですか」
強引にキスを迫られた女性にしては、案外軽い調子の返事だった。
「わたしの方こそ、宗村さんのこと思いっきり引っ叩いたりして、すいませんでした。本当は仕事と割り切って、嘘でも宗村さんとキスをする真似でも見せれば、あずさの為にもなったのでしょうけど、敷島さんの指示で、そうはいきませんでした」
わたくしは意外に思った。
「敷島の指示?」
「はい。本当は、宗村さんには黙っていた方が良いと思うんですけど、あれから気にしているようですから、全部話してしまいます。夕食後、敷島さんの電話の中で、宗村さんと米元あずさを接近させろ、という指示がありました」
「俺とあずさを?」
『え! 何でそんなこと』
夕飯後の敷島からの電話、それを美咲に代わった時、彼女はわたくしを横目で見て顔を背けた。
『そんな事をしたら、本当にどうなるかわたし知りませんよ』
確かに、わたくしとあずさを接近させろという指示が、あの電話の最後に敷島から出されたのであれば、あの時の美咲の態度は自然なものだった。
「敷島は何だって、俺とあずさを接近させろだなんて、意味の分からん指示出したんだろう」
「わかりません。でも、敷島さんは、米元あずさがこの事件に深く関与していると、そう考えているのだと思います。そして、あずさと宗村さんが急接近する事で、犯人の計画が少しずつ狂ってくるのだと、やはりそう考えているのだと思います」
碁盤に碁石を置いているのは、敷島も同じという事か。美咲は掛布団に両腕を出して、何もない天井に目を上げた。
「俺があずさに付きまとわれる事が、今後一体どのような影響が出るんだろうか?」
「わかりません。すいません、わかりませんばかりで。でも、敷島さんの一連の指示は、犯人を常に自由にさせているように思われます。犯人が或る計画に沿って行動する、その環境を変えること無く、スムーズに事を運ばせているような気がします」
わたくしは美咲の横顔を見つめた。
「犯人を、泳がせるって事?」
「ありていに言えばそうです」
どこかの部屋のドアがぱたんと閉じた。我々は会話を中断したが、その後いくら待っても足音さえ聞こえなかった。わたくしはわたくしの現時点での犯人の目星を美咲に伝える決心をした。
「俺はね、バイフーの正体はあずさなんじゃないかと、本気でそう思っている」
「あずさが?」
美咲はもぞもぞと体の向きを変えた。彼女の体温に温められた空気が、一斉にわたくしの体を包んだ。
「バイフーは美人であり、色仕掛けで男を誘惑して毒殺する。何だか、あずさの印象としっくり来ないか?」
美咲は人差し指を立てて顎に当てた。
「うーん。その線はちょっと違うかなって、わたしは思います。あの娘はずっとこの地元にいますし、色仕掛けって、そんなタイプでもないと思いますよ。きっと宗村さんは、あずさの一方的な猛アタックを受けて、そういう印象を持たれたのだと思いますが、だとしたら、もう宗村さんは毒殺されていると思います」
「俺が毒殺?」
わたくしももぞもぞと体の向きを変えた。
「宗村さんは、あずさとお風呂で抱き合っていたじゃないですか。それってもう、色仕掛けにかかっています」
わたくしは、右手の手の平を出して、美咲の顔の前に突き出した。
「ちょっと待ってくれ。俺はあんな小娘の色仕掛けになど遭うものか」
わたくしの言葉に、説得力の欠片もなかった。
「どうですかね。あの時の嬉しそうな宗村さんの顔を、そっくりそのまま鏡で見せてあげたいくらいです。男の人って、みんなああなんですかね」
美咲は頭を枕に戻して、再び天井を見上げた。
「誤解してもらっては困る。俺はだな、人生の先輩として、あの時彼女を説教していたんだよ。彼女は、太古秀勝にとてもひどい態度をとられて、当時は意地になって彼に付きまとっていたって話を聞いてだな、俺は、まあ彼女の気持ちの一部は分からないでもない。でも、人のものに手を出すのは良くないと、ちゃんと正論を言って、恋のパフォーマンスを控えさせていたんだ。そしたら彼女、なぜか勝手に抱きついて来て」
わたくしの慌てふためいている様子を見て、美咲はくすりと笑った。
「何かおかしい?」
「おかしいですよ。だって、宗村さんはまんまと、二十歳そこそこのあずさに弄ばれているんですから。それに、宗村さんと秀勝は全く同じ顔をしていながら、性格は正反対。秀勝はあなたと違って、他人の意見になど一切同意しません。あずさが何て言おうと、わたしが何て言おうと、聞く耳なんて持ちませんでした」
「太古秀勝って、会ったことはないけど、何だかB型っぽいね」
美咲は人差し指を立てた。
「当たりです。彼は典型的なB型でした。よくも悪くもマイペースで、好奇心が強くて、自分がこれだ、と思ったことには驚異的な集中力でした。その反面、興味がないことに関しては全くの無関心で、子供みたいなミスを何度も繰り返していました。まあわたしが控え目で受け身のA型なので、何とか釣り合っていたのかもしれません。でも、今考えてみると、彼の自己中心的な行動に、いつかわたしはついていけなくなっていたかも知れませんね。宗村さんの血液型は、何型ですか?」
「俺は、A型だけど」
「じゃあ、わたしとの相性はまあまあって所ですね。でもお互い奥手で時間が掛かりそうだから、お付き合いはやめておきましょうか」
これほど緊張のほぐれた美咲の笑顔を見るのは初めての事だった。
「ふん、血液型占いなんて、日本独自の占いで、科学的な根拠なんて全くないよ」
枕に頭を置き直して、わたくしも天井を見上げた。
「敷島レナさんは、何型だったんですか?」
「?」
美咲に顔を向けると、真剣な眼差しがそこにはあった。
「きっと、宗村さんと敷島さんって、血液型の相性はぴったりだったんでしょうね」
わたくしは美咲に体を向けた。
「何が言いたいんだ?」
「宗村さん、一つ質問をしても良いですか?」
美咲は布団の中でわたくしの左手を握って来た。予想だにしない出来事に、わたくしは声を失った。彼女の柔らかくて温かい指先が、握った手をもう一度握り直すように、今度はわたくしの薬指の指輪を確かめた。
「左手の薬指のこの指輪、一体誰の為のものなんですか?」
「もう一度お風呂に入りたい気分ですね。少し、臭いません?」
わたくしは自分の服の匂いを嗅いだ。
「そうかな? よく分からないや」
部屋に用意された寝間着に着替え、昨夜よりも遅い十二時を少し回った時刻に、わたくしたちは布団に入った。美咲と同じ布団で寝るのも二日目となる。
「あの、さあ」
美咲は枕の音を立ててこちらを向いた。
「すまなかったと思っている」
「何がですか?」
常夜灯の薄明りに、大きな目が開いていた。
「だから、風呂での一件」
「ああ、あの事ですか」
強引にキスを迫られた女性にしては、案外軽い調子の返事だった。
「わたしの方こそ、宗村さんのこと思いっきり引っ叩いたりして、すいませんでした。本当は仕事と割り切って、嘘でも宗村さんとキスをする真似でも見せれば、あずさの為にもなったのでしょうけど、敷島さんの指示で、そうはいきませんでした」
わたくしは意外に思った。
「敷島の指示?」
「はい。本当は、宗村さんには黙っていた方が良いと思うんですけど、あれから気にしているようですから、全部話してしまいます。夕食後、敷島さんの電話の中で、宗村さんと米元あずさを接近させろ、という指示がありました」
「俺とあずさを?」
『え! 何でそんなこと』
夕飯後の敷島からの電話、それを美咲に代わった時、彼女はわたくしを横目で見て顔を背けた。
『そんな事をしたら、本当にどうなるかわたし知りませんよ』
確かに、わたくしとあずさを接近させろという指示が、あの電話の最後に敷島から出されたのであれば、あの時の美咲の態度は自然なものだった。
「敷島は何だって、俺とあずさを接近させろだなんて、意味の分からん指示出したんだろう」
「わかりません。でも、敷島さんは、米元あずさがこの事件に深く関与していると、そう考えているのだと思います。そして、あずさと宗村さんが急接近する事で、犯人の計画が少しずつ狂ってくるのだと、やはりそう考えているのだと思います」
碁盤に碁石を置いているのは、敷島も同じという事か。美咲は掛布団に両腕を出して、何もない天井に目を上げた。
「俺があずさに付きまとわれる事が、今後一体どのような影響が出るんだろうか?」
「わかりません。すいません、わかりませんばかりで。でも、敷島さんの一連の指示は、犯人を常に自由にさせているように思われます。犯人が或る計画に沿って行動する、その環境を変えること無く、スムーズに事を運ばせているような気がします」
わたくしは美咲の横顔を見つめた。
「犯人を、泳がせるって事?」
「ありていに言えばそうです」
どこかの部屋のドアがぱたんと閉じた。我々は会話を中断したが、その後いくら待っても足音さえ聞こえなかった。わたくしはわたくしの現時点での犯人の目星を美咲に伝える決心をした。
「俺はね、バイフーの正体はあずさなんじゃないかと、本気でそう思っている」
「あずさが?」
美咲はもぞもぞと体の向きを変えた。彼女の体温に温められた空気が、一斉にわたくしの体を包んだ。
「バイフーは美人であり、色仕掛けで男を誘惑して毒殺する。何だか、あずさの印象としっくり来ないか?」
美咲は人差し指を立てて顎に当てた。
「うーん。その線はちょっと違うかなって、わたしは思います。あの娘はずっとこの地元にいますし、色仕掛けって、そんなタイプでもないと思いますよ。きっと宗村さんは、あずさの一方的な猛アタックを受けて、そういう印象を持たれたのだと思いますが、だとしたら、もう宗村さんは毒殺されていると思います」
「俺が毒殺?」
わたくしももぞもぞと体の向きを変えた。
「宗村さんは、あずさとお風呂で抱き合っていたじゃないですか。それってもう、色仕掛けにかかっています」
わたくしは、右手の手の平を出して、美咲の顔の前に突き出した。
「ちょっと待ってくれ。俺はあんな小娘の色仕掛けになど遭うものか」
わたくしの言葉に、説得力の欠片もなかった。
「どうですかね。あの時の嬉しそうな宗村さんの顔を、そっくりそのまま鏡で見せてあげたいくらいです。男の人って、みんなああなんですかね」
美咲は頭を枕に戻して、再び天井を見上げた。
「誤解してもらっては困る。俺はだな、人生の先輩として、あの時彼女を説教していたんだよ。彼女は、太古秀勝にとてもひどい態度をとられて、当時は意地になって彼に付きまとっていたって話を聞いてだな、俺は、まあ彼女の気持ちの一部は分からないでもない。でも、人のものに手を出すのは良くないと、ちゃんと正論を言って、恋のパフォーマンスを控えさせていたんだ。そしたら彼女、なぜか勝手に抱きついて来て」
わたくしの慌てふためいている様子を見て、美咲はくすりと笑った。
「何かおかしい?」
「おかしいですよ。だって、宗村さんはまんまと、二十歳そこそこのあずさに弄ばれているんですから。それに、宗村さんと秀勝は全く同じ顔をしていながら、性格は正反対。秀勝はあなたと違って、他人の意見になど一切同意しません。あずさが何て言おうと、わたしが何て言おうと、聞く耳なんて持ちませんでした」
「太古秀勝って、会ったことはないけど、何だかB型っぽいね」
美咲は人差し指を立てた。
「当たりです。彼は典型的なB型でした。よくも悪くもマイペースで、好奇心が強くて、自分がこれだ、と思ったことには驚異的な集中力でした。その反面、興味がないことに関しては全くの無関心で、子供みたいなミスを何度も繰り返していました。まあわたしが控え目で受け身のA型なので、何とか釣り合っていたのかもしれません。でも、今考えてみると、彼の自己中心的な行動に、いつかわたしはついていけなくなっていたかも知れませんね。宗村さんの血液型は、何型ですか?」
「俺は、A型だけど」
「じゃあ、わたしとの相性はまあまあって所ですね。でもお互い奥手で時間が掛かりそうだから、お付き合いはやめておきましょうか」
これほど緊張のほぐれた美咲の笑顔を見るのは初めての事だった。
「ふん、血液型占いなんて、日本独自の占いで、科学的な根拠なんて全くないよ」
枕に頭を置き直して、わたくしも天井を見上げた。
「敷島レナさんは、何型だったんですか?」
「?」
美咲に顔を向けると、真剣な眼差しがそこにはあった。
「きっと、宗村さんと敷島さんって、血液型の相性はぴったりだったんでしょうね」
わたくしは美咲に体を向けた。
「何が言いたいんだ?」
「宗村さん、一つ質問をしても良いですか?」
美咲は布団の中でわたくしの左手を握って来た。予想だにしない出来事に、わたくしは声を失った。彼女の柔らかくて温かい指先が、握った手をもう一度握り直すように、今度はわたくしの薬指の指輪を確かめた。
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