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あずさの告白2
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車のハッチバックからスノーボードとブーツを取り出して、美咲はペンションの玄関ポーチに立った。背後からドアを開けるわたくしに、彼女は上目で礼を言って、玄関へ入って左手にある乾燥室へ入った。手持無沙汰のわたくしも室内に顔を出すと、強い暖房により乾燥した空気が顔面に当たった。物干し用ポールに幾つかのウェアやグローブと、ボードラックにスキー板が立て掛けられ、奥にはホットワックスが掛けられるチェーンナップ台が置かれていた。乾燥室と言うものに入るのはわたくしのこれが始めてだったのでわたくしは大きく首を回して室内を見ていた。美咲はスキーブーツドライヤーに板を立てて、手近なタオルでビンディングの水分を拭き取った。
「宗村さん、食事を済ませておいて下さい。その内に石動刑事から連絡が入ると思います、高田さんを保護しきれなかった警察は、今や躍起になってバイフーの行方を追っています。少しでも勝算があれば、人海戦術を使ってでもバイフーを追いつめようとするはずです。そうなれば、唯一バイフーの素顔を目撃している宗村さんの元に、捜査協力の説得が必ず来ます」
わたくしは戸当りに背中を付けて、頭を掻いた。
「君は? もちろん」
「ごめんなさい。わたしはこの後、リフト上で収集した多種多様な環境データの解析が必要ですから、夜まで自室に籠りっきりになります。バイフーが使用した二本のロープ、その使用用途は大体つかめましたが、実際の状況を数式などで作りだし、コンピュータを用いて模擬的に動かし、その再現性を立証します。つまり、コンピュータの演算能力を利用して、江口殺害当時の状況を計算による仮想空間で検証実験を繰り返します。敷島探偵グループは、この模擬実験の結果が規定の成功率を上回らなければ、事件解決の事例として社内に回覧できない仕組みになっています」
スノーボードウェアをポールに掛けると、美咲はセカンドレイヤーのジップアップパーカー姿になった。ちらりと見えた左の背中に、四枚くらいのモーラステープの冷湿布が見えた。
「そうか。江口の殺害方法を解き明かすのは、敷島からの宿題だったね。まあ、じゃあ、俺は刑事たちに首根っこを掴まれて、彼らの背後から不知火の顔を探すってもんだな」
この後の我々は、初めて別々の探偵行為を取る事となった。美咲は後ろ手で髪を束髪にしながら、腕まくりをするように二階へ、わたくしは取り敢えず、岸本に頼んで簡単な手料理を作ってもらおうと、食堂のアルトドイッチェのガラス戸を引いた。
食堂の椅子は、全てテーブルの上にひっくり返されて、如何にも準備中と言った様子だった。暖炉には火もなく、ひんやりと肌寒く感じた。
「おーい岸本、いるか?」
首の後ろに手を当てながら、わたくしは厨房の中に顔を突っ込んだ。L字型のキッチンのウィングの両端にコンロ、シンクが配置され、上部には、レーリングシステムを取付け、S字フックで調理器具がハンギングされていた。夕食の仕込みに余念のない岸本を期待したが、二、三歩中に足を踏み入れて、フォルスター製のワインセラーの裏を見ても、岸本の姿は見えなかった。
「オーナーなら、出掛けています」
突然背後を取られて、わたくしはどぎまぎと背中を振り返った。そこには、赤文字系のフェミニンスタイルの服を着た、朝とは印象の違ったあずさが立っていた。
「びっくりしたあ。いつからそこに居たんだ」
わたくしは胸に右手を当てて、壁付のコールドテーブルにお尻をつけた。あずさはミッシュマッシュのアーガイル柄のニットをかぶり、重めバングに上品なワンカールロングで、物静かに微笑んだ。
「オーナーを探しているんですか?」
「まあ、探すって程でもないけど」と誰もいない厨房を見回して、
「昼食を食いっぱぐれたもんでね、何か手軽な物を作ってもらえないかなと」
ガラス張りの縦型4ドア冷凍冷蔵庫を横目で見た。
「オーナーは、N県のハーブ農園と、帰りに道の駅の鮮魚センターへ寄って帰ると言って出て行きましたから、夕食の仕込みまでは戻らないと思います。
あれですか、従業員室に即席めんとかありますから、用意しますか?」
自然とあずさの口元へ目が行った。男にはよく分からないが、グロスやリキッドルージュを重ねて、ティシュオフしているような、現代的でふっくらした唇に見えた。わたくしの気を惹こうと、鏡の前で気合が入っていたと思われる。
「いやあ、朝飯に豪勢なフレンチをたらふく食ったし、無いなら無いで、夕食まではもつと思うけど」
わたくしは手近なコンベクションオーブンの取手を触るなどして、きれいに片付いた厨房の奥へ進んだ。
「宗村さん」
あずさは花柄の亜麻スリッパをパタパタと音を立てて、わたくしに触れるくらいまで近づいて来た。
「宗村さん。宗村さんは、あたしのことお嫌いですか?」
「え?」
わたくしは、頭上に設置されたガスグリラーに頭をぶつけそうになった。
「お嫌いですか?」
右手の指先で左肘をさすりながら、あずさはわたくしを熱っぽく見上げた。フェイスパウダーとコンシーラーがあずさの表情に透明感を与え、肌になじみやすいコーラル系のチークで、娘らしいほわっとした血色が彼女にとても似合っていた。わたくしはあずさがナチュラルにかわいいと思えた。
「いきなり、どうしたんだ一体」
男としての動揺を隠して、右足を一歩後ろへ退いた。
「答えて下さい、宗村さんはあたしのことがお嫌いなんですか?」
わたくしはデシャップ台に手をついて、全く黙ってしまった。嫌いだと言ってしまえばそれで良いが、その言葉が喉の奥に引っ掛かって出て来ない。
「やっぱり、キスは無理ですよね」
あずさは体を左に捩じるようにして、小さな顎に人差し指を当てた。
「まだそんな下らない事を言っているのか。いい加減に君は目を」
「だったら! だったらあたしのこと、思いっきり抱きしめてくれませんか? 今はそれでいいです。それなら宗村さん、きっとできますよね?」
わたくしは右の手の平で顔を覆った。
「君は一体自分が何を言っているのか、その意味がちゃんと理解できているのか? 君は」
「美咲さんを救うためです」
手の平で覆った顔に片目を開けた。
「多分、もう時間の余裕はありません」
「ちょ、ちょっと待て、君は今、何て言った?」
「美咲さんを救うためと言ったんです。江口サダユキを殺した犯人は今、遠くから美咲さんの行動を見ています。美咲さんは今、犯人から命を狙われているんです」
「待て待て、ちょっと待て」
わたくしは両手の平を前に突き出して、あずさを黙らせようとした。
「天道さんと木原という男の心中自殺、それから今回の江口サダユキの首吊り自殺、立て続けに起きた三人の変死の次は、間違いなく美咲さんの番です」
あずさは真剣な顔をして、肩に掛かった長い髪をゆっくりと耳に掛けた。
「一体何の冗談だ。朝だってそんな事を言って俺をからかったじゃないか。いくら自分の思い通りに行かないからって、言って良い事と悪い事が」
「これは冗談でも何でもないんです。美咲さんの命が狙われているなんて、宗村さんが信じたくない気持ちはよく分かります。でも、これは事実なんです」
あずさの真剣そのものの目は、今朝の浮ついたそれとは全く違っていた。わたくしはわたくしの胸の中に嫌な予感のふつふつと沸き起こるのを意識しないわけには行かなかった。
「宗村さん、今朝、高田さんはどうして自殺をしたと思います? 本当に自殺をしたのだと思います?」
「それは」とわたくしは大きく腕を組みながら、
「自殺ではない、そう考えるべきだろう。君も言っていただろう、江口のケータイを高田さんのバッグに入れた犯人がいるとすると、その人物が江口を殺した犯人であり、その犯人から高田さんが濡れ衣を着せられそうになった事を考えると、その行為自体が次なる殺害予告を意味しているのではないかと、次はお前の番だと、白羽の矢が立ったような気分を彼女は味わった。だから、命の助かりたさに警察に縋り付いて、震えて夜を過ごした高田さんが、自ら命を絶つなんて考えられない。彼女は間違いなく、何者かによって自殺に見せかけて殺されたんだ」
あずさはコームで梳かした綺麗なまつ毛を伏し目にして、
「バイフーによって?」
「なぜその名を」
わたくしは眉根を寄せた。
「昨夜のあたしは宗村さんに対して犯人の名前を知りたくないかと尋ねましたよね? 人知れず江口サダユキに接近して、あっさりと彼を殺せた人、それをあたしは知っている、と。あたし、心当たりがあるんですその人物に」
あずさはニットの袖口で口元を隠した。わたくしは怖い顔をして、あずさに一歩近づいた。
「君は、一体何者なんだ? 君は、天道や木原、江口サダユキを殺した犯人ではない、それは俺も分かっているつもりだ。しかし、なのにどうして君は、今回の事件に対してそれほど確信的な情報を掴んでいるんだ」
あずさは両手でエクリュのチュールスカートをぎゅっと握った。
「あたし、もう黙っていられません、とにかくやばいんですこの話は。聞いて驚かないで下さい、あたしはバイフーの協力者です」
「宗村さん、食事を済ませておいて下さい。その内に石動刑事から連絡が入ると思います、高田さんを保護しきれなかった警察は、今や躍起になってバイフーの行方を追っています。少しでも勝算があれば、人海戦術を使ってでもバイフーを追いつめようとするはずです。そうなれば、唯一バイフーの素顔を目撃している宗村さんの元に、捜査協力の説得が必ず来ます」
わたくしは戸当りに背中を付けて、頭を掻いた。
「君は? もちろん」
「ごめんなさい。わたしはこの後、リフト上で収集した多種多様な環境データの解析が必要ですから、夜まで自室に籠りっきりになります。バイフーが使用した二本のロープ、その使用用途は大体つかめましたが、実際の状況を数式などで作りだし、コンピュータを用いて模擬的に動かし、その再現性を立証します。つまり、コンピュータの演算能力を利用して、江口殺害当時の状況を計算による仮想空間で検証実験を繰り返します。敷島探偵グループは、この模擬実験の結果が規定の成功率を上回らなければ、事件解決の事例として社内に回覧できない仕組みになっています」
スノーボードウェアをポールに掛けると、美咲はセカンドレイヤーのジップアップパーカー姿になった。ちらりと見えた左の背中に、四枚くらいのモーラステープの冷湿布が見えた。
「そうか。江口の殺害方法を解き明かすのは、敷島からの宿題だったね。まあ、じゃあ、俺は刑事たちに首根っこを掴まれて、彼らの背後から不知火の顔を探すってもんだな」
この後の我々は、初めて別々の探偵行為を取る事となった。美咲は後ろ手で髪を束髪にしながら、腕まくりをするように二階へ、わたくしは取り敢えず、岸本に頼んで簡単な手料理を作ってもらおうと、食堂のアルトドイッチェのガラス戸を引いた。
食堂の椅子は、全てテーブルの上にひっくり返されて、如何にも準備中と言った様子だった。暖炉には火もなく、ひんやりと肌寒く感じた。
「おーい岸本、いるか?」
首の後ろに手を当てながら、わたくしは厨房の中に顔を突っ込んだ。L字型のキッチンのウィングの両端にコンロ、シンクが配置され、上部には、レーリングシステムを取付け、S字フックで調理器具がハンギングされていた。夕食の仕込みに余念のない岸本を期待したが、二、三歩中に足を踏み入れて、フォルスター製のワインセラーの裏を見ても、岸本の姿は見えなかった。
「オーナーなら、出掛けています」
突然背後を取られて、わたくしはどぎまぎと背中を振り返った。そこには、赤文字系のフェミニンスタイルの服を着た、朝とは印象の違ったあずさが立っていた。
「びっくりしたあ。いつからそこに居たんだ」
わたくしは胸に右手を当てて、壁付のコールドテーブルにお尻をつけた。あずさはミッシュマッシュのアーガイル柄のニットをかぶり、重めバングに上品なワンカールロングで、物静かに微笑んだ。
「オーナーを探しているんですか?」
「まあ、探すって程でもないけど」と誰もいない厨房を見回して、
「昼食を食いっぱぐれたもんでね、何か手軽な物を作ってもらえないかなと」
ガラス張りの縦型4ドア冷凍冷蔵庫を横目で見た。
「オーナーは、N県のハーブ農園と、帰りに道の駅の鮮魚センターへ寄って帰ると言って出て行きましたから、夕食の仕込みまでは戻らないと思います。
あれですか、従業員室に即席めんとかありますから、用意しますか?」
自然とあずさの口元へ目が行った。男にはよく分からないが、グロスやリキッドルージュを重ねて、ティシュオフしているような、現代的でふっくらした唇に見えた。わたくしの気を惹こうと、鏡の前で気合が入っていたと思われる。
「いやあ、朝飯に豪勢なフレンチをたらふく食ったし、無いなら無いで、夕食まではもつと思うけど」
わたくしは手近なコンベクションオーブンの取手を触るなどして、きれいに片付いた厨房の奥へ進んだ。
「宗村さん」
あずさは花柄の亜麻スリッパをパタパタと音を立てて、わたくしに触れるくらいまで近づいて来た。
「宗村さん。宗村さんは、あたしのことお嫌いですか?」
「え?」
わたくしは、頭上に設置されたガスグリラーに頭をぶつけそうになった。
「お嫌いですか?」
右手の指先で左肘をさすりながら、あずさはわたくしを熱っぽく見上げた。フェイスパウダーとコンシーラーがあずさの表情に透明感を与え、肌になじみやすいコーラル系のチークで、娘らしいほわっとした血色が彼女にとても似合っていた。わたくしはあずさがナチュラルにかわいいと思えた。
「いきなり、どうしたんだ一体」
男としての動揺を隠して、右足を一歩後ろへ退いた。
「答えて下さい、宗村さんはあたしのことがお嫌いなんですか?」
わたくしはデシャップ台に手をついて、全く黙ってしまった。嫌いだと言ってしまえばそれで良いが、その言葉が喉の奥に引っ掛かって出て来ない。
「やっぱり、キスは無理ですよね」
あずさは体を左に捩じるようにして、小さな顎に人差し指を当てた。
「まだそんな下らない事を言っているのか。いい加減に君は目を」
「だったら! だったらあたしのこと、思いっきり抱きしめてくれませんか? 今はそれでいいです。それなら宗村さん、きっとできますよね?」
わたくしは右の手の平で顔を覆った。
「君は一体自分が何を言っているのか、その意味がちゃんと理解できているのか? 君は」
「美咲さんを救うためです」
手の平で覆った顔に片目を開けた。
「多分、もう時間の余裕はありません」
「ちょ、ちょっと待て、君は今、何て言った?」
「美咲さんを救うためと言ったんです。江口サダユキを殺した犯人は今、遠くから美咲さんの行動を見ています。美咲さんは今、犯人から命を狙われているんです」
「待て待て、ちょっと待て」
わたくしは両手の平を前に突き出して、あずさを黙らせようとした。
「天道さんと木原という男の心中自殺、それから今回の江口サダユキの首吊り自殺、立て続けに起きた三人の変死の次は、間違いなく美咲さんの番です」
あずさは真剣な顔をして、肩に掛かった長い髪をゆっくりと耳に掛けた。
「一体何の冗談だ。朝だってそんな事を言って俺をからかったじゃないか。いくら自分の思い通りに行かないからって、言って良い事と悪い事が」
「これは冗談でも何でもないんです。美咲さんの命が狙われているなんて、宗村さんが信じたくない気持ちはよく分かります。でも、これは事実なんです」
あずさの真剣そのものの目は、今朝の浮ついたそれとは全く違っていた。わたくしはわたくしの胸の中に嫌な予感のふつふつと沸き起こるのを意識しないわけには行かなかった。
「宗村さん、今朝、高田さんはどうして自殺をしたと思います? 本当に自殺をしたのだと思います?」
「それは」とわたくしは大きく腕を組みながら、
「自殺ではない、そう考えるべきだろう。君も言っていただろう、江口のケータイを高田さんのバッグに入れた犯人がいるとすると、その人物が江口を殺した犯人であり、その犯人から高田さんが濡れ衣を着せられそうになった事を考えると、その行為自体が次なる殺害予告を意味しているのではないかと、次はお前の番だと、白羽の矢が立ったような気分を彼女は味わった。だから、命の助かりたさに警察に縋り付いて、震えて夜を過ごした高田さんが、自ら命を絶つなんて考えられない。彼女は間違いなく、何者かによって自殺に見せかけて殺されたんだ」
あずさはコームで梳かした綺麗なまつ毛を伏し目にして、
「バイフーによって?」
「なぜその名を」
わたくしは眉根を寄せた。
「昨夜のあたしは宗村さんに対して犯人の名前を知りたくないかと尋ねましたよね? 人知れず江口サダユキに接近して、あっさりと彼を殺せた人、それをあたしは知っている、と。あたし、心当たりがあるんですその人物に」
あずさはニットの袖口で口元を隠した。わたくしは怖い顔をして、あずさに一歩近づいた。
「君は、一体何者なんだ? 君は、天道や木原、江口サダユキを殺した犯人ではない、それは俺も分かっているつもりだ。しかし、なのにどうして君は、今回の事件に対してそれほど確信的な情報を掴んでいるんだ」
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