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五.魔王様は案外怖くない
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五.魔王様は案外恐くない
「アイスコーヒー三つ」
「かしこまりました」
日曜。昼の喫茶店で、俺と櫻井は四人がけテーブルに隣り合って待っていた。
「マーちゃん、スッと現れてスッと帰るんで、驚かないでくださいね」
「ほう」
左右を見渡しても、それらしい、すなわち魔王然とした人物は一切見当たらなかった。俺の想像では、マーちゃんとやらは背の高い低音ボイスのナイスミドルかそれ以上の年齢の男性だったのだ。
そんなわけで、まばたきをした瞬間に向かいの席に可愛らしいメガネ少女が現れた時、俺は声を上げそうになった。
女子高生と呼んでもちょっと高く見積もりすぎたような外見年齢だった。衣服のチョイスこそ落ち着いているが、どうにもやはり、子どものように見える。髪型もボブにヘアピンを二本挿した、ちょっと地味な印象だ。
が、あくまでも相手は魔王様。侮ってはならぬ、と俺は咳払いをしてから背筋を正した。
「こんにちは、わたしは松う」
「マーちゃん久しぶり!」
俺の言葉を遮り、パッと明るい声とともに櫻井が手を上げる。
「さっちゃん、久しぶり、です」
対して、ぽそぽそと喋る魔王様は会釈をするのみだ。その声は、喫茶店のBGMにも負けそうなぐらいの声量だった。
「……はじめまして、松浦です。そちらの世界の勇者をサポートしてます」
「聞いています、です。それで、あの、御用件というのは」
無表情で話を続ける魔王様の言葉を食い気味に声が上がる。
「あのさ、なんで勇者くんぶっ殺せないの? あの子死ねば話済むんだけど」
櫻井の単刀直入すぎる言い方自体はもちろんまずかったが、あけすけに大声で訊くものだから、周囲の客が数名会話を止めてこちらをぎょっとして見た。
突き刺さる視線の痛いこと痛いこと。
「『不滅の加護』ってやつ、です」
両手でメガネの位置を直しながら、そう言う魔王様。いや、マーちゃんだな。マーちゃんと呼ぶ方がしっくりくる。
テーブルに置かれたアイスコーヒーを両手で持ち、ストローをくわえた少女、マーちゃん。
「そー、それそれ。『不滅の加護』ってやつ。あれ、どうにかできないの? 魂が折れない限り復活してくるって話だっけ?」
こくり、マーちゃんが頷く。
「正直言って困ってるんですよ。俺も暇じゃないんで、あまり意義を見出せないことに時間を割きたくない」
「魂は、壊れにくい、です。特に、勇者っていうのは」
ちゅごごご、と早速アイスコーヒーを干した櫻井が人差し指をピンと立てて、口を開く。
「心折れるまで爪剥ぐとか!」
再度集まる周囲の視線。
「ちょっと櫻井さんは黙ってようか」
「まず、使命を与えられた転生者っていうのは、自分をあまり顧みない、です。ですから、肉体の滅びになぜか、強い、です」
じゃあじゃあ、と櫻井が心を折るための代案を列挙しようとしたので、俺は頭をスパン、と叩いておいた。
「じゃあ何をすれば?」
「徹底的に精神をくじくことができれば、あるいは、です。それで、あたしたちもちょっと手を打っておきました、です」
「え、すでに?」
こくり、とマーちゃん。
「腹心の人間を、パーティに紛れ込ませておきました、です」
てん、てん、てん、と三点リーダを並べてから、合点がいって、俺は「ああ」と口にした。
「もしかしてソフィアっていうのは」
「です」
「へ? 例の女盗賊がマーちゃんの仕込んだ罠だったってこと?」
「です」
頷くたびにずれるメガネの位置を正すマーちゃん。
「一応効果はあったみたい、です。でも、やっぱりちょっと弱い、です」
おかわりのアイスコーヒーを注文する櫻井に「お前の分は金出さないぞ」と釘をさしてから、俺は問う。
「すると、君はあいつの所属する国にも息のかかった人物を少なくない数、投入しているわけか?」
こくり。
「戦争は情報戦の時代だ、です。さっちゃんに教わりました、です」
ただのサイコパスかと思いきや、割と要点は突いてんだな、櫻井。
「そのあとは、宿屋の食事に、欲望をさらけ出させる薬品を混入しておきました、です。何か弱点が出ればと思った、です」
「それがあれか、ファイアーフィストと下半身露出か」
っていうか、この情報は最終的に明らかになって「魔王やべえ、やり手じゃないか」とかいう展開が待ち受けてしかるべき事案なんじゃないのか……?
伏線というものを用意せず、回収する気もなく、話を捌いていくマーちゃんに、俺はなんらかの問題を感じてしまったが、まあそれはいい。
「最終的にパーティが解散したのは、さっちゃんから聞いてました、です」
ここまで無感情に話をしていたマーちゃんだったが、そこで初めて表情を変えた。
なんと、沈痛な面持ちだった。
「あれあれ~? マーちゃんなんかつらそうじゃな~い?」
「勇者さえどうにかなれば、それでよかった、です」
どうにも彼女からは良心というものが感じられて仕方がなかった。俺の隣に座る櫻井からは微塵も感じられないものだ。
「あまり、多くの人に与えたくはない、です。苦痛というものは」
「……魔王軍っていうのはもしかして、そこまで悪いことしてないのか?」
思い返せば櫻井の話でも、悪い思考の持ち主が羨ましい、とかそういう理由でこの人でなしにオファーを出したんじゃなかったか。
「本来、私たちは、魔物の群れで、魔物群、です。敵意を向けられなければ、何かすることはほとんどない、です。でも人からすれば魔物軍、あるいは、魔王軍、です」
さらに記憶をさらうと、マキナも別に「世界に平和を取り戻せ」という旨の発言はしていなかったように思われた。なにか、非常にキナ臭いものを感じる。
氷が、カラン、とマーちゃんの手に持っていたグラスの中で音を立てた。
「やる気の連中にやり返すことの何が悪いのかわかんないんだよなー」
櫻井、湿っぽい空気ぶっ壊し。
「あの、松浦さん」
マーちゃんが両手でメガネを支えながら、初めて俺の目を見据える。
「協力、してもらえますか」
「協力というと」
「各地で転生してきた勇者を止める協力、です。報酬はもちろん出させてもらう、です」
金額を聞いて、俺はふたつ返事で親指を立てた。いい副業きたわ、これ。
で、各地ってのは一体どういうことだ。
「アイスコーヒー三つ」
「かしこまりました」
日曜。昼の喫茶店で、俺と櫻井は四人がけテーブルに隣り合って待っていた。
「マーちゃん、スッと現れてスッと帰るんで、驚かないでくださいね」
「ほう」
左右を見渡しても、それらしい、すなわち魔王然とした人物は一切見当たらなかった。俺の想像では、マーちゃんとやらは背の高い低音ボイスのナイスミドルかそれ以上の年齢の男性だったのだ。
そんなわけで、まばたきをした瞬間に向かいの席に可愛らしいメガネ少女が現れた時、俺は声を上げそうになった。
女子高生と呼んでもちょっと高く見積もりすぎたような外見年齢だった。衣服のチョイスこそ落ち着いているが、どうにもやはり、子どものように見える。髪型もボブにヘアピンを二本挿した、ちょっと地味な印象だ。
が、あくまでも相手は魔王様。侮ってはならぬ、と俺は咳払いをしてから背筋を正した。
「こんにちは、わたしは松う」
「マーちゃん久しぶり!」
俺の言葉を遮り、パッと明るい声とともに櫻井が手を上げる。
「さっちゃん、久しぶり、です」
対して、ぽそぽそと喋る魔王様は会釈をするのみだ。その声は、喫茶店のBGMにも負けそうなぐらいの声量だった。
「……はじめまして、松浦です。そちらの世界の勇者をサポートしてます」
「聞いています、です。それで、あの、御用件というのは」
無表情で話を続ける魔王様の言葉を食い気味に声が上がる。
「あのさ、なんで勇者くんぶっ殺せないの? あの子死ねば話済むんだけど」
櫻井の単刀直入すぎる言い方自体はもちろんまずかったが、あけすけに大声で訊くものだから、周囲の客が数名会話を止めてこちらをぎょっとして見た。
突き刺さる視線の痛いこと痛いこと。
「『不滅の加護』ってやつ、です」
両手でメガネの位置を直しながら、そう言う魔王様。いや、マーちゃんだな。マーちゃんと呼ぶ方がしっくりくる。
テーブルに置かれたアイスコーヒーを両手で持ち、ストローをくわえた少女、マーちゃん。
「そー、それそれ。『不滅の加護』ってやつ。あれ、どうにかできないの? 魂が折れない限り復活してくるって話だっけ?」
こくり、マーちゃんが頷く。
「正直言って困ってるんですよ。俺も暇じゃないんで、あまり意義を見出せないことに時間を割きたくない」
「魂は、壊れにくい、です。特に、勇者っていうのは」
ちゅごごご、と早速アイスコーヒーを干した櫻井が人差し指をピンと立てて、口を開く。
「心折れるまで爪剥ぐとか!」
再度集まる周囲の視線。
「ちょっと櫻井さんは黙ってようか」
「まず、使命を与えられた転生者っていうのは、自分をあまり顧みない、です。ですから、肉体の滅びになぜか、強い、です」
じゃあじゃあ、と櫻井が心を折るための代案を列挙しようとしたので、俺は頭をスパン、と叩いておいた。
「じゃあ何をすれば?」
「徹底的に精神をくじくことができれば、あるいは、です。それで、あたしたちもちょっと手を打っておきました、です」
「え、すでに?」
こくり、とマーちゃん。
「腹心の人間を、パーティに紛れ込ませておきました、です」
てん、てん、てん、と三点リーダを並べてから、合点がいって、俺は「ああ」と口にした。
「もしかしてソフィアっていうのは」
「です」
「へ? 例の女盗賊がマーちゃんの仕込んだ罠だったってこと?」
「です」
頷くたびにずれるメガネの位置を正すマーちゃん。
「一応効果はあったみたい、です。でも、やっぱりちょっと弱い、です」
おかわりのアイスコーヒーを注文する櫻井に「お前の分は金出さないぞ」と釘をさしてから、俺は問う。
「すると、君はあいつの所属する国にも息のかかった人物を少なくない数、投入しているわけか?」
こくり。
「戦争は情報戦の時代だ、です。さっちゃんに教わりました、です」
ただのサイコパスかと思いきや、割と要点は突いてんだな、櫻井。
「そのあとは、宿屋の食事に、欲望をさらけ出させる薬品を混入しておきました、です。何か弱点が出ればと思った、です」
「それがあれか、ファイアーフィストと下半身露出か」
っていうか、この情報は最終的に明らかになって「魔王やべえ、やり手じゃないか」とかいう展開が待ち受けてしかるべき事案なんじゃないのか……?
伏線というものを用意せず、回収する気もなく、話を捌いていくマーちゃんに、俺はなんらかの問題を感じてしまったが、まあそれはいい。
「最終的にパーティが解散したのは、さっちゃんから聞いてました、です」
ここまで無感情に話をしていたマーちゃんだったが、そこで初めて表情を変えた。
なんと、沈痛な面持ちだった。
「あれあれ~? マーちゃんなんかつらそうじゃな~い?」
「勇者さえどうにかなれば、それでよかった、です」
どうにも彼女からは良心というものが感じられて仕方がなかった。俺の隣に座る櫻井からは微塵も感じられないものだ。
「あまり、多くの人に与えたくはない、です。苦痛というものは」
「……魔王軍っていうのはもしかして、そこまで悪いことしてないのか?」
思い返せば櫻井の話でも、悪い思考の持ち主が羨ましい、とかそういう理由でこの人でなしにオファーを出したんじゃなかったか。
「本来、私たちは、魔物の群れで、魔物群、です。敵意を向けられなければ、何かすることはほとんどない、です。でも人からすれば魔物軍、あるいは、魔王軍、です」
さらに記憶をさらうと、マキナも別に「世界に平和を取り戻せ」という旨の発言はしていなかったように思われた。なにか、非常にキナ臭いものを感じる。
氷が、カラン、とマーちゃんの手に持っていたグラスの中で音を立てた。
「やる気の連中にやり返すことの何が悪いのかわかんないんだよなー」
櫻井、湿っぽい空気ぶっ壊し。
「あの、松浦さん」
マーちゃんが両手でメガネを支えながら、初めて俺の目を見据える。
「協力、してもらえますか」
「協力というと」
「各地で転生してきた勇者を止める協力、です。報酬はもちろん出させてもらう、です」
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