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15話 『臆病な朝の、銀色の食卓』
ーー次の日の夜。
ごろごろ。ごろごろごろごろ……。
「あぁあぁあぁあ~~っ!!!」
また、ベッドで寝返りを打つ。何度、寝返っても寝返っても、心臓のバクバクが収まらない。というか、今日1日中、バクバクしている!!!
使用人の仕事中も、鳴り止まない心臓のせいで、全く集中出来ず、作ったご飯をひっくり返したり、水の入ったバケツを倒したりして、ミスばかりした。
それぐらい、昨夜のことを思い出すと、胸の奥がギュッとなって、なんとも言えない気持ちになる。
綾明さんに、押し倒されて、何度も唇が奪われて。それから素肌にまで触られて。でも、何かが起きる、寸前で止まった。
(……止まって、くれた)
たぶん、綾明さんなら、最後までしようと思えば、することだって出来たはず。あのとき、『ごめん』って、離れてくれた。
俺のこと、大事にしてくれているんだって、すごく、伝わったし、分かった。分かったけど……でも……あの時言った『や』はそういう『いや』じゃない。
「良いって意味、だなんて言ったら、えっちなやつって思われるかな……?」
ただでさえ、あんな格好をして、誘ってるみたいなことをしてしまったんだ。『綾明さんにそういうところ触られて、嫌じゃありません。良いって意味です』なんて言ったら……。
「それこそ破廉恥なやつって思われる~~っ!!!」
いや、既に思われてるのかも。朝だって、顔を合わせなかったし。もしかしたら避けられていて、あえて俺とは会わないようにしてるとか?!
「ダイヤモンドが道に落ちてる並にあり得る!!!!」
勢いよく起き上がり、枕をぎゅっと抱きしめる。なんであんなことしたんだろう。キスだけでも、頭の中がぐるぐるで、おかしくなりそうだったのに、あんな…あんな……!!
「うわぁあぁあ……思い出したら死にたくなってきたぁあぁあ!!!」
枕に顔を埋めて、脚をじたばたと動かす。無理!!! 本ッ当無理っ!!! 綾明さんの顔、絶対直視できない!!!
コンコン。
ドアがノックされた。「はぁい」と返事をすると、菫さんの声がドアの向こうから聞こえた。
「水都さん、旦那様から伝言です。週末、ご予定のバーベキューの件なのですが」
「……バーベキュー???」
「はい。毎年恒例の、藤浪グループ幹部向けのGWイベントです。今年は別荘での開催とのことで、社長様のご厚意により、私たち使用人にも参加して欲しいとのお話が」
あ。これ、行かないといけないやつだ。でも人のいっぱいいるところや、飲みの場は苦手なんだよね。う~~ん。
「……断れないよね?」
「もしご都合が悪ければ、私の方で言っておきます」
「……あ……やっぱり行きます……」
「分かりました。伝えておきますね。泊まりになりますので、準備の方よろしくお願いします」
はぁ……。
なんでこのタイミングで……。よりによって、綾明さんと気まずいこの空気のまま、同じ別荘に泊まり込みとか……。
(……あれ? 泊まり込み……??)
何気なく聞き流していた言葉の意味を理解して、全身から血の気が引いていく。嘘でしょ? こんな状態で、綾明さんと一緒に……泊まり込み?? 泊まりって何日??
「むりぃいいぃいいぃいぃ!!!」
俺の叫び声が、部屋中に響いた。
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーー
*
ーー翌朝。
寝不足のまま、いつもより遅く、ダイニングに顔を出すと、そこには菫と水都が朝食を取っていた。
「おはようございます、坊ちゃん。朝食はお召し上がりになりますか?」
「……ああ、おはよう。頂こうかな」
水都の方に目をやると、明らかに目を逸らされた。やっぱり、アレが尾を引いているとしか思えない。
昨夜の、あの寸止めが。
水都の細い腰に指を滑らせた瞬間、ビクッと大きく身体が跳ねた感触が、今でも指先に残っている。
あと一歩で越えてはいけないものを、越えてしまいそうになったのを、何とか自制したのは間違いないが、水都を怖がらせてしまったことに変わりはない。
『やっ……』
あの水都の鳴き声を思い出すたびに、胃がぎゅっと締めつけられる。罪悪感と、自己嫌悪と、もう少し触れてみたかった、というくだらない未練が、頭の中をぐるぐる巡り、離れない。
「菫さん、たまには僕も一緒に食べてもいいかな?」
「もちろんですよ、坊ちゃん! すぐ準備しますね」
僕の言葉に水都が驚いたように顔を上げた。普段は自室で1人で食べることが多い僕が、ここで一緒に食べると言い出したんだ。無理もない。
菫がダイニングを離れるのを見計らい、水都に声をかけた。
「……あのさ…昨日は……」
「…………えっ」
からんからん。
水都が頬を真っ赤に染め、持っていたフォークを床に落とした。
「あ、いやっ、俺、もう食べたしっ! ごちそうさまでした!!」
椅子を引き、落としたフォークを拾うと、水都がそそくさと席を立った。だけど、僕とは、目も合わせてくれない。
「菫さん! 俺、玄関掃除してきます!!」
「み、水都……待っ……」
呼び止めた声も虚しく、ぱたぱたと水都の足音だけが遠ざかっていく。はぁ。これが寸止め後の空気とでもいうのか……。想像以上にキツい。
菫が無言で僕の朝食をテーブルに並べ、少し、間を置いてから、静かに口を開いた。
「そういえば、坊ちゃん。旦那様からお話が」
「父から?」
「明日のバーベキューイベント、覚えてらっしゃいますか? 社内の親睦会のようなもので、藤浪グループの社員と、そのご家族様などが参加されるイベントなのですが」
ああ、そんな話、あったなぁ。しばらく参加していない気がする。まぁ、今回も別に行かなくてもーー。
「……水都さんも、参加するように言われていましたよ」
「……は?」
藤浪グループの社員って言っても、幹部向けだろう? なんで水都が!!! そんなの、行かないなんて選択肢は出来ない!!!
でも、気まずい空気真っ只中で、明日バーベキューに水都と一緒に参加??
下手したら、避けられているかもしれないのに?!?! しかし、水都を1人で行かせるわけにはいかない。男どもの前で、あんな無自覚に、可愛さを振り撒かれたら危険すぎる!!!
「はぁ、久しぶりに行くかぁ……」
あぁ、神様。一体、僕に何の試練を与えるつもりなのでしょうか。
テーブルに置かれたフォークをそっと、手に取った。
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