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24話 『薄紅の頬に、やさしい風が吹く』
しおりを挟む「ん~~っ……これは効いた……擦り傷あるところを叩くなんて水都はやんちゃだな」
叩かれた頬を手のひらで押さえる。僕の頬を叩けるのは、水都だけだ。
結局、浴室まで着いて行き、無理やり一緒に入ろうとしたら、『破廉恥御令息!!!』と思いっきり頬を叩かれてしまった。
「……はぁ…一緒にお風呂入りたかったな……」
しかし、何も叩くことないんじゃないか? 僕は水都の恋人なのに。自分への待遇に少しだけ不貞腐れる。
しばらくすると、バスルームから水都が出てきた。だぼだぼのバスローブ姿に少し笑ってしまう。
「なんかバスローブしかなかったんですけど……」
「ちょっと待ってて」
ゲストルームを出て、自分の部屋に向かう。Tシャツとスウェットパンツをスーツケースから取り出す。これも持っていこう。必要なものを手に持ち、部屋を出た。
あ。僕のじゃサイズ合わないかも。まぁいっか。ゲストルームに戻り、水都に洋服を手渡した。
「とりあえずこれ着て」
「ありがとうございます……あの……えっと……」
頬を赤らめて、僕を見てくる。なんだ??
「……その……見られていると……着替え……づらいというか……」
「あぁ、ごめん。後ろ向いてるね」
「すみません」
恋人なんだけどなぁ、と再び思いつつ、シャイな水都に合わせて紳士に振る舞い、後ろを向く。
あんな、顔を真っ赤にされて『着替えづらい』なんて言われたら、正直、めちゃくちゃ振り向きたいし、めちゃくちゃ見たい。少しぐらい、振り返ったらダメだろうか?
「………………」
見てはいけない? 否、僕たちは恋人だ!!! 見てはいけないものなどない!!!! 見よう!!! 目をカッと見開き、振り向いた。
「水都ーー」
「な、なんですか!! 綾明さんのえっち!!」
「ち、違う!! そうじゃない!! ほら、これを持ってきたからだよ、水都」
服、やっぱり大きかったなぁ。少ししか出ていない指先や足先に、口元が緩みそうになりながら、全てを誤魔化すように、部屋から持ってきたドライヤーを水都に見せた。
これはマイドライヤーだ。
「それ、お屋敷から持ってきたんですか?」
「僕はこれがないと生きていけない」
ドライヤーのプラグをコンセントに差して、肘掛け付きのゆったりとした椅子に腰掛けた。
「それは言い過ぎじゃないですか」
「だってこのドライヤーじゃないとぼさぼさになっちゃうから……」
「綾明さんは肩の下まで髪の毛ありますもんね~~」
頭を拭く水都に向かって、手を伸ばす。
「タオル貸して、僕がやる」
どうせ言っても聞かない。椅子から立ち上がり、水都の背後にまわって、タオルを取り上げた。
「え、いいですよ、自分で……あ~~もぉっ!! わがままなんだから!!」
「はい、こっち来て~~」
「こっち来ても何も俺の手、引っ張ってる!!!」
水都の手を引っ張り、先ほどのラウンジチェアまで連行する。僕はラウンジチェアに再び、腰掛けた。
「座って、水都」
「どこに?」
「床だよ、床」
「綾明さん椅子で、俺、床!!!」
「だって乾かしにくいから仕方ないでしょ」
口を尖らせ、水都が僕の脚の間に体育座りで座った。頭を上げて僕を見る水都に、ドキッとする。何その顔、可愛い。
「綾明さん、早く~~」
そっとタオルで水都の頭を包み、宝ものでも扱うかのように、濡れた髪をゆっくりと丁寧に拭く。
「体調はもう大丈夫?」
「一応は大丈夫です」
「あと……ヒートとか……」
髪を拭く手を止めると、水都がくるりと振り向いた。
「この前のヒートはいつもより3日早く来ました。予定日の前後5日くらいはズレることもあります。次は早めに抑制剤を飲みます。この前は助けて頂き、ありがとうございました」
「いや…それはいいんだけど……というか…なんか他人行儀だな……」
「恋人でも主人には代わりにないので……ご迷惑をおかけしました……」
「まぁいいけど……ねぇ、抑制剤って何度も飲むほど身体に負荷がかかるんじゃないの?」
「……そりゃあ、何度もヒートを抑制しているオメガほど病気のリスクは上がるけど、抑制しなきゃ、周りに迷惑がかかるから仕方ないじゃん?」
僕と番になれば……喉まで言葉が出かけて、その言葉を飲み込んだ。そんなことを言っても、今の水都はまだ、僕を受け入れてはくれないだろう。焦っちゃダメだ。
「リスクがあるなら、あんまり飲んでは欲しくないな……」
「そういう性なんだから、リスクがあっても飲むしかないの!」
「ん~~」
椅子から立ち上がり、ドライヤーを手に持つ。僕も床に座ろうかな。さりげなく、水都の後ろに腰を下ろす。僕が後ろに座っても、水都はおとなしく前を向いたまま、僕に頭を差し出した。
「失礼します」
ぶぉお~~。
ドライヤーのスイッチを入れ、静かな空気の中、水都の髪にそっと触れる。髪の毛、ふわふわ。指先に髪が絡んでは、優しく梳かす。
「水都の髪は柔らかいね。こんな髪、触るの初めて」
「……そんなことないでしょ」
本当なのに。自分の指が、信じられないほど丁寧に水都の髪をなぞっていることに気づき、軽く目を伏せた。
乾いた温風に混じって、かすかに甘い匂いがする。僕の指先で、心地よくなってくれているということだろうか?
香水ではない、甘いフェロモンの香りに、少しばかり理性が飛びそうになる。だけど、水都はそんな僕にお構いなしに、あどけない声を零した。
「ふふっ…くすぐったい…ですっ…」
その言葉に、思わず手がびくりと止まる。
「ご、ごめん。痛かった?」
「あ……違います……えっと……気持ちいいです……綾明さんの手、あったかいし」
この小悪魔オメガ!!!!
頭を触る僕の手に、水都の手が重なる。水都が穏やかに口を開いた。
「なんか……こうやって誰かに乾かしてもらうの……初めてかも……」
「……家族は円満だって父に聞いたけど」
「……円満だよ。みんな良い人。血は繋がってないけどね」
「……ごめん」
「なんで~~! 俺、今の家族のこと大好きだよ?」
僕の胸に水都がもたれかかると、眉を八の字に下げて困ったように笑った。でも、その瞳は揺れ、目尻からは僅かに影を感じた。
「……それに今、こうしてもらってます」
ドライヤーを床に置き、反対の手も水都の頭に添える。水都の言葉の重みを黙って受け止めながら、優しく口付けた。
「……ん…」
「……もう乾いたよ。あとは少し休むといい」
「綾明さんも休んでくださいね」
「水都がちゃんと休まないと、僕は休めないよ」
少しの間でも、離れるのが名残惜しい。ふわり、と水都の髪に最後のひとかきを入れ、水都のそばから離れた。
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