フラワー・マリッジ ― 咲かぬ花嫁は、王のために咲く ―

霜月@如月さん改稿中&バース準備中

文字の大きさ
3 / 83
第一章 本物の婚約

第二話 『枯れた、偽りの花嫁』

しおりを挟む


 父の部屋。その扉の前に立つだけで、胸の奥がじくじくと疼く。ノックをすると、中からくぐもった声が返ってきた。息を飲んで、扉を開ける。


「……遅くなりました」


 室内を見渡すと、父と母、ノエルがソファに並んでいた。俺を見るなり、父が眉をひそめる。そして、ソファの隣をトントンと指で叩いた。指示されるまま、腰を下ろす。父が口を開いた。


「王都、セレスティアから使者が来ている。十八になったばかりのノエルへ『花をむ王、血塗ちぬれの花嫁らい』から縁談だ。ノエルにはアッシュフォード家へ行ってもらう」
「僕が……人殺しの冷血王と縁談?!」


 ノエルの声が上ずる。顔は青ざめた色が浮かび、視線は泳いでいて。家の期待を一身に背負ってきた彼だけど、この縁談だけは耐えられないように見えた。


 けれど、そんなノエルの様子をお構いなしに、母はノエルの手を握り、声高々に言い放った。


「なに言ってるの、ノエル! 相手はアッシュフォード家の長男よ?! 王族の中でも最高位なの! ここに嫁げば、ブランシェ家は一生安泰よ!」
「『血塗れの花嫁喰らい』って、嫁いだ花生みは、みんな死んでるって噂じゃないか!! 摘まれるだけ摘まれて、枯れたら捨てられるだけの命なんだろう?!」


 ノエルの声は震えていて。恐怖がこもった言葉の一つ一つが、部屋の空気をじわじわと冷たく変えていく。


「嫌だ!! 僕の結婚相手が嫁を取っ替え引っ替えしているような野蛮な王なんて、絶対嫌だ!!」


 小刻みに肩を震わせながら、ノエルが立ち上がった。怖い、と素直に言えばいいのに。それを誤魔化すように声だけがやけに大きかった。


 視線を彷徨わせたまま、ノエルがふらりと俺の前へと歩み寄る。けれど、その顔には、いつもの余裕の欠片もなくて。


 縁談の恐怖を押し付けるように、ひきつった笑みを浮かべながら、俺の髪をぐいと掴み上げた。


「……痛っ」


 無意識の力か、それとも確信的なのか。痛みに顔をしかめると、ノエルがふいに固まった。心の奥底で、なにかが崩れたのだろう。唇が微かに震え、まるで壊れかけた人形のように、掠れた声を漏らした。


「あ……あぁ、そうだ。うちには『ちょうどいいの』がいるじゃないか、お父様……!」


 その声は、自分に言い聞かせるような響きで。刃物のように鋭く突き刺さった。


「兄さんが僕の代わりに嫁に行けばいい!!」
「……俺がノエルの代わりに嫁に……?」


 『血塗れの花嫁喰らい』ーー今まで何人もの花生みを迎えては、その命を短く終わらせてきた、と噂される王族。


 美しくて、気品があって、花付きもいいノエルなら、王家の花嫁にぴったりだ。それなのに枯れ生みの俺が代わりに嫁入り?


(そんなの、花を食べてもらえるどころか、最初から枯れてる俺なんて、殺されるだけじゃ……!)


「嫁入りに行くのはノエルでもお前でも構わん。だがーー咲かせられない花でも、『王』の嫁になれるのなら、家のためになるというものだ」
「アハハハ! 血塗れの花嫁喰らいと、枯れた兄さん。お似合いだねぇ!」


 父の視線が鋭くなる。ノエルの笑い声がまだ耳に残る中、急に部屋の空気が冷えたように感じた。その目はまっすぐに俺だけを見ていて。冗談も甘えも、一切通じないことを告げていた。


「いいか、ルイス。花が咲かないことは、絶対に王へ言うな」
「………っ」


 胸の奥がひやりと凍る。王に真実を告げないこと。それは命令であり、家からの最終通告だった。


 でもそれと同時に、花が咲かないことを、ただの欠陥ではなく、恥とされ、俺は、もう、家族ではないと理解した瞬間でもあった。


 こうして、俺は『王』のもとへ嫁ぐことになった。咲かないままの花と、不安な心を抱いてーー。


 ーーーーーーーーーーーー
 ーーーーーーーー
 ーーーー


 ーー数日後。



 馬車の中は、静かだった。車輪が石畳を叩く音だけが、一定のリズムで耳に届く。息をひそめるような時間が、ただ、流れていく。


 窓の外には、見慣れない風景があって。地図の中でしか知らなかった王都の郊外が、少しずつ近づいてくる。


 胸がぎゅっと締めつけられるのは、馬車の揺れのせいか、それとも、未来の重さを感じるせいか。


 マリアベール以外、何も持たされなかった花嫁道具。でも嫁ぐのは俺で。その名も、役割も、弟の『ノエル』の代わり。


 俺という名前を、ただの『代替品』として差し出された気がして、どこを見ても、息が詰まった。


 窓に映った自分の顔を見つめる。目の下には、眠れなかった夜の名残が残っていて。けれどーーその視線は、もう後ろを見ていなかった。


 咲かないままのこの花が、本当に『まれる』場所へ、今、向かっているのだ。


 王都の門が見えたのは、昼を少し過ぎた頃だった。高くそびえる白亜の城壁が陽に照らされて、まるで聖域のように輝いていた。


 門の前には、金色の飾りが施された騎士たちの一団が控えていて。花嫁の到着に合わせたような、形式的な迎えに、不安で身が震える。


 その中心に立っていた人物だけは、どこか異質で、目に留まった。


「……鎧を着ていない?」


 深い藍の上着に、銀糸の刺繍。肩には王族の証たるマント。淡く薄いブラウンの髪に、瞳は宝石のような、鮮やかな翠色。美しいのに、どこか冷たい。


 馬車を降り、膝を折って挨拶をしようとすると、彼の視線がすっと俺をなぞった。何かを測るような目にびくりと震える。でもすぐに彼は興味を失ったかのように、静かに俺から視線を逸らした。


「ブランシェ家より、花嫁をお迎えしました。お手数ですが、ご案内を……」


 従者の声に頷いた彼は、ただ一言だけ告げた。


「……ついてこい」


 その声音は澄んでいたけれど、少しも俺を『歓迎』していなかった。この人も俺に、何の興味がないと思うと、胸の奥が、また少しだけ、ひやりと冷たくなった。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

嫌われた暴虐な僕と喧嘩をしに来たはずの王子は、僕を甘くみているようだ。手を握って迫ってくるし、聞いてることもやってることもおかしいだろ!

迷路を跳ぶ狐
BL
 悪逆の限りを尽くした公爵令息を断罪しろ! そんな貴族たちの声が高まった頃、僕の元に、冷酷と恐れられる王子がやって来た。  その男は、かつて貴族たちに疎まれ、王城から遠ざけられた王子だ。昔はよく城の雑用を言いつけられては、魔法使いの僕の元を度々訪れていた。  ひどく無愛想な王子で、僕が挨拶した時も最初は睨むだけだったのに、今は優しく微笑んで、まるで別人だ。  出会ったばかりの頃は、僕の従者まで怯えるような残酷ぶりで、鞭を振り回したこともあったじゃないか。それでも度々僕のところを訪れるたびに、少しずつ、打ち解けたような気がしていた。彼が民を思い、この国を守ろうとしていることは分かっていたし、応援したいと思ったこともある。  しかし、あいつはすでに王位を継がないことが決まっていて、次第に僕の元に来るのはあいつの従者になった。  あいつが僕のもとを訪れなくなってから、貴族たちの噂で聞いた。殿下は、王城で兄たちと協力し、立派に治世に携わっていると。  嬉しかったが、王都の貴族は僕を遠ざけたクズばかり。無事にやっているのかと、少し心配だった。  そんなある日、知らせが来た。僕の屋敷はすでに取り壊されることが決まっていて、僕がしていた結界の魔法の管理は、他の貴族が受け継ぐのだと。  は? 一方的にも程がある。  その直後、あの王子は僕の前に現れた。何と思えば、僕を王城に連れて行くと言う。王族の会議で決まったらしい。  舐めるな。そんな話、勝手に進めるな。  貴族たちの間では、みくびられたら終わりだ。  腕を組んでその男を睨みつける僕は、近づいてくる王子のことが憎らしい反面、見違えるほど楽しそうで、従者からも敬われていて、こんな時だと言うのに、嬉しかった。  だが、それとこれとは話が別だ! 僕を甘く見るなよ。僕にはこれから、やりたいことがたくさんある。  僕は、屋敷で働いてくれていたみんなを知り合いの魔法使いに預け、王族と、それに纏わり付いて甘い汁を吸う貴族たちと戦うことを決意した。  手始めに……  王族など、僕が追い返してやろう!  そう思って対峙したはずなのに、僕を連れ出した王子は、なんだか様子がおかしい。「この馬車は気に入ってもらえなかったか?」だの、「酒は何が好きだ?」だの……それは今、関係ないだろう……それに、少し距離が近すぎるぞ。そうか、喧嘩がしたいのか。おい、待て。なぜ手を握るんだ? あまり近づくな!! 僕は距離を詰められるのがどうしようもなく嫌いなんだぞ!

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。 これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。 無自覚両片想いの勇者×親友。 読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。

溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。 想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。 悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。 ※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。 二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。

辺境の酒場で育った少年が、美貌の伯爵にとろけるほど愛されるまで

月ノ江リオ
BL
◆ウィリアム邸でのひだまり家族な子育て編 始動。不器用な父と、懐いた子どもと愛される十五歳の青年と……な第二部追加◆断章は残酷描写があるので、ご注意ください◆ 辺境の酒場で育った十三歳の少年ノアは、八歳年上の若き伯爵ユリウスに見初められ肌を重ねる。 けれど、それは一時の戯れに過ぎなかった。 孤独を抱えた伯爵は女性関係において奔放でありながら、幼い息子を育てる父でもあった。 年齢差、身分差、そして心の距離。 不安定だった二人の関係は年月を経て、やがて蜜月へと移り変わり、交差していく想いは複雑な運命の糸をも巻き込んでいく。

【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます

天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。 広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。 「は?」 「嫁に行って来い」 そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。 現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる! ……って、言ったら大袈裟かな? ※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。

王宮魔術師オメガは、魔力暴走した王子殿下を救いたい

こたま
BL
伯爵家次男のオメガで魔術師のリンは変わり者として知られている。素顔を見たものは少なく、魔力は多いが魔力の種類が未確定。いつも何か新しい魔道具を作っている。ある時、魔物が現れ、その魔術攻撃を浴びた幼馴染のアルファ王子クリスが魔力暴走を起こしてしまった。リンはクリスを救おうと奔走するが、治癒の為には…。ハッピーエンドオメガバース、魔法ありの異世界BLです。

陰日向から愛を馳せるだけで

麻田
BL
 あなたに、愛されたい人生だった…――  政略結婚で旦那様になったのは、幼い頃、王都で一目惚れした美しい銀髪の青年・ローレンだった。  結婚式の日、はじめて知った事実に心躍らせたが、ローレンは望んだ結婚ではなかった。  ローレンには、愛する幼馴染のアルファがいた。  自分は、ローレンの子孫を残すためにたまたま選ばれただけのオメガに過ぎない。 「好きになってもらいたい。」  …そんな願いは、僕の夢でしかなくて、現実には成り得ない。  それでも、一抹の期待が拭えない、哀れなセリ。  いつ、ローレンに捨てられてもいいように、準備はしてある。  結婚後、二年経っても子を成さない夫婦に、新しいオメガが宛がわれることが決まったその日から、ローレンとセリの間に変化が起こり始める…  ―――例え叶わなくても、ずっと傍にいたかった…  陰日向から愛を馳せるだけで、よかった。  よかったはずなのに…  呼ぶことを許されない愛しい人の名前を心の中で何度も囁いて、今夜も僕は一人で眠る。 ◇◇◇  片思いのすれ違い夫婦の話。ふんわり貴族設定。  二人が幸せに愛を伝えあえる日が来る日を願って…。 セリ  (18) 南方育ち・黒髪・はしばみの瞳・オメガ・伯爵 ローレン(24) 北方育ち・銀髪・碧眼・アルファ・侯爵 ◇◇◇  50話で完結となります。  お付き合いありがとうございました!  ♡やエール、ご感想のおかげで最後まではしりきれました。  おまけエピソードをちょっぴり書いてますので、もう少しのんびりお付き合いいただけたら、嬉しいです◎  また次回作のオメガバースでお会いできる日を願っております…!

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...