フラワー・マリッジ ― 咲かぬ花嫁は、王のために咲く ―

霜月@如月さん改稿中&バース準備中

文字の大きさ
4 / 83
第一章 本物の婚約

第三話 『記憶の花は、偽りの婚姻に咲く』

しおりを挟む


 王都に足を踏み入れた瞬間、世界が一変したように思えた。


 高くそびえる白亜の城壁と、陽光を跳ね返すように輝く宮殿。色とりどりの花々に囲まれた庭園は、まるで夢の中の風景で。そのすべてが、咲かぬ花しか持たない俺には、あまりにも眩しかった。


 けれど、それ以上に目を奪われたのはーーあの人だった。


 リアム・アッシュフォード。王族にして、『血塗れの花嫁喰らい』と呼ばれる男。その人が、俺を迎えた。


 その瞳に、俺はどう映っているのだろう。歓迎の言葉もなければ、ただ一言、『ついてこい』と言われただけで。それなのに、その声は、いつまでも耳に残って、胸を離れなかった。


 ーーーーーーーーーーーー
 ーーーーーーーー
 ーーーー


 案内された部屋は、広く、清潔で、美しくて。それがどれだけ花嫁のために整えられたものだとしても、俺の胸は晴れなかった。


 だって、俺の花は咲かないから。こんな場所に、相応しくない。


「……気に入ったかな?」


 低く落ち着いた声が、背後から届く。振り返ると、リアム殿下が部屋の中央に立っていた。最初に見たときよりも、わずかに距離が近くて、びくりと身構える。


「あ……はい。もったいないくらいに、綺麗です」


 そう答えた俺を、リアム殿下が静かに見つめた。その眼差しは、まるで心の奥の奥まで見透かすようで、思わず、息をのむ。


(冷たい……はずなのに。どうして、心がざわつくのだろう)


 長い沈黙が降りる。けれど彼は、その場から一歩も動かなくて。その気まずさに耐えきれず、一歩だけ足を踏み出すと、リアム殿下が、同じく一歩、俺に近づいた。


 不意に、距離が縮まる。呼吸も、思考も、一瞬止まった。視線の先には、触れられそうなほど近いリアム殿下の顔があって。頬が、じんわりと熱くなる。


「……っ、な、なんでしょうか……?」
「いや。顔が、よく見えなかったから」


 伸ばされた手が、俺の頭にかかる嫁入りのベールを捲る。その指先に触れられた瞬間、背筋に小さな震えが走った。


 顔が露わになると、リアム殿下の瞳が、大きく見開かれ、ほんの一瞬、息を呑んだように固まった。その反応に、胸がざわつく。


「……なぜ君がここに……」


 ぽつりと漏れた声に、心臓が跳ねる。その言葉が、自分に向けられたものだと、すぐに理解した。


(……バレた? 俺が花付きのいい、弟のノエルじゃないって……)


 動揺を誤魔化すように視線を落とす。もう一度顔を上げたときには、リアム殿下の表情はすでに平静を取り戻していた。


「名は?」
「……え?」
「ブランシェ家から来たのは分かっている。だけど、名を訊いていなかった」
「あ……ルイス。ルイス・ブランシェです」
「……ルイス・ブランシェ……」


 彼は目を伏せると、俺の名を小さく繰り返した。リアム殿下の声は、息を潜めたように静かで。そして、どこか慈しむような声音だった。


「……ルイス」


 言葉も出ない俺の前で、リアム殿下がゆっくりと顔を寄せる。唇がすぐそばで動き、低く甘い囁きが、耳たぶを撫でた。


「今日からお前は、私のものだ」


(……私の、もの?)


 その声は、優しく、深く、そしてひどくいやらしくて。言葉の意味よりも、声の響きに体が熱くなる。恥ずかしさで、顔から耳の先まで一気に赤く染まったのが分かった。


 そんな俺を見て、リアム殿下は何も言わず、そっと額に唇を落として、窓辺へ歩いていった。


(……なんでキス? どうせ枯れ生みの俺なんて、すぐ捨てるくせに……)


 振り返ることも、言葉を継ぐこともなく。その背中が、部屋の中でやけに遠く感じた。それでも、さっきの言葉だけは、頭に残った。


 *


 ーー顔を見た瞬間、胸がわずかに震えた。


 あの舞踏会の日、誰にも気づかれず、噴水のそばに隠れるようにして倒れかけていた幼い私に、ひとりの少年がそっと差し出してきた、小さな花。


 青く咲き、すぐに色が抜けて萎れたその白い花は、かすかに透き通っていて。それを手にしていた少年の、淡い紫の瞳だけが、ずっと記憶から消えなかった。


『……まさか、君はあの時のーー』


 喉まで出かけた言葉を、理性が飲み込ませた。今ここで言うべきではない。でも、確信だけは強く胸に灯った。


 これまで何人もの花生みを迎えては、花を摘み、花を食んできた。でも、そのたびに思い出すのは、君のことばかりで。誰ひとり、心から愛することなんて、できなかった。


 ーーけれど今、その『君』が、目の前に、花嫁として立っている。


 どれだけ多くの花生みが私の前から消えていったとしても、君だけは、絶対に逃がしはしない。


 君は、今日から私だけのものだから。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

嫌われた暴虐な僕と喧嘩をしに来たはずの王子は、僕を甘くみているようだ。手を握って迫ってくるし、聞いてることもやってることもおかしいだろ!

迷路を跳ぶ狐
BL
 悪逆の限りを尽くした公爵令息を断罪しろ! そんな貴族たちの声が高まった頃、僕の元に、冷酷と恐れられる王子がやって来た。  その男は、かつて貴族たちに疎まれ、王城から遠ざけられた王子だ。昔はよく城の雑用を言いつけられては、魔法使いの僕の元を度々訪れていた。  ひどく無愛想な王子で、僕が挨拶した時も最初は睨むだけだったのに、今は優しく微笑んで、まるで別人だ。  出会ったばかりの頃は、僕の従者まで怯えるような残酷ぶりで、鞭を振り回したこともあったじゃないか。それでも度々僕のところを訪れるたびに、少しずつ、打ち解けたような気がしていた。彼が民を思い、この国を守ろうとしていることは分かっていたし、応援したいと思ったこともある。  しかし、あいつはすでに王位を継がないことが決まっていて、次第に僕の元に来るのはあいつの従者になった。  あいつが僕のもとを訪れなくなってから、貴族たちの噂で聞いた。殿下は、王城で兄たちと協力し、立派に治世に携わっていると。  嬉しかったが、王都の貴族は僕を遠ざけたクズばかり。無事にやっているのかと、少し心配だった。  そんなある日、知らせが来た。僕の屋敷はすでに取り壊されることが決まっていて、僕がしていた結界の魔法の管理は、他の貴族が受け継ぐのだと。  は? 一方的にも程がある。  その直後、あの王子は僕の前に現れた。何と思えば、僕を王城に連れて行くと言う。王族の会議で決まったらしい。  舐めるな。そんな話、勝手に進めるな。  貴族たちの間では、みくびられたら終わりだ。  腕を組んでその男を睨みつける僕は、近づいてくる王子のことが憎らしい反面、見違えるほど楽しそうで、従者からも敬われていて、こんな時だと言うのに、嬉しかった。  だが、それとこれとは話が別だ! 僕を甘く見るなよ。僕にはこれから、やりたいことがたくさんある。  僕は、屋敷で働いてくれていたみんなを知り合いの魔法使いに預け、王族と、それに纏わり付いて甘い汁を吸う貴族たちと戦うことを決意した。  手始めに……  王族など、僕が追い返してやろう!  そう思って対峙したはずなのに、僕を連れ出した王子は、なんだか様子がおかしい。「この馬車は気に入ってもらえなかったか?」だの、「酒は何が好きだ?」だの……それは今、関係ないだろう……それに、少し距離が近すぎるぞ。そうか、喧嘩がしたいのか。おい、待て。なぜ手を握るんだ? あまり近づくな!! 僕は距離を詰められるのがどうしようもなく嫌いなんだぞ!

溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。 想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。 悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。 ※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。 二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。 これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。 無自覚両片想いの勇者×親友。 読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。

王宮魔術師オメガは、魔力暴走した王子殿下を救いたい

こたま
BL
伯爵家次男のオメガで魔術師のリンは変わり者として知られている。素顔を見たものは少なく、魔力は多いが魔力の種類が未確定。いつも何か新しい魔道具を作っている。ある時、魔物が現れ、その魔術攻撃を浴びた幼馴染のアルファ王子クリスが魔力暴走を起こしてしまった。リンはクリスを救おうと奔走するが、治癒の為には…。ハッピーエンドオメガバース、魔法ありの異世界BLです。

陰日向から愛を馳せるだけで

麻田
BL
 あなたに、愛されたい人生だった…――  政略結婚で旦那様になったのは、幼い頃、王都で一目惚れした美しい銀髪の青年・ローレンだった。  結婚式の日、はじめて知った事実に心躍らせたが、ローレンは望んだ結婚ではなかった。  ローレンには、愛する幼馴染のアルファがいた。  自分は、ローレンの子孫を残すためにたまたま選ばれただけのオメガに過ぎない。 「好きになってもらいたい。」  …そんな願いは、僕の夢でしかなくて、現実には成り得ない。  それでも、一抹の期待が拭えない、哀れなセリ。  いつ、ローレンに捨てられてもいいように、準備はしてある。  結婚後、二年経っても子を成さない夫婦に、新しいオメガが宛がわれることが決まったその日から、ローレンとセリの間に変化が起こり始める…  ―――例え叶わなくても、ずっと傍にいたかった…  陰日向から愛を馳せるだけで、よかった。  よかったはずなのに…  呼ぶことを許されない愛しい人の名前を心の中で何度も囁いて、今夜も僕は一人で眠る。 ◇◇◇  片思いのすれ違い夫婦の話。ふんわり貴族設定。  二人が幸せに愛を伝えあえる日が来る日を願って…。 セリ  (18) 南方育ち・黒髪・はしばみの瞳・オメガ・伯爵 ローレン(24) 北方育ち・銀髪・碧眼・アルファ・侯爵 ◇◇◇  50話で完結となります。  お付き合いありがとうございました!  ♡やエール、ご感想のおかげで最後まではしりきれました。  おまけエピソードをちょっぴり書いてますので、もう少しのんびりお付き合いいただけたら、嬉しいです◎  また次回作のオメガバースでお会いできる日を願っております…!

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

【完結】幸せしかないオメガバース

回路メグル
BL
オメガバースが当たり前に存在する現代で、 アルファらしいアルファのアキヤさんと、オメガらしいオメガのミチくんが、 「運命の相手」として出会った瞬間に大好きになって、めちゃくちゃハッピーな番になる話です。 お互いがお互いを好きすぎて、ただただずっとハッピーでラブラブなオメガバースです。 ※性描写は予告なくちょこちょこ入ります。

辺境の酒場で育った少年が、美貌の伯爵にとろけるほど愛されるまで

月ノ江リオ
BL
◆ウィリアム邸でのひだまり家族な子育て編 始動。不器用な父と、懐いた子どもと愛される十五歳の青年と……な第二部追加◆断章は残酷描写があるので、ご注意ください◆ 辺境の酒場で育った十三歳の少年ノアは、八歳年上の若き伯爵ユリウスに見初められ肌を重ねる。 けれど、それは一時の戯れに過ぎなかった。 孤独を抱えた伯爵は女性関係において奔放でありながら、幼い息子を育てる父でもあった。 年齢差、身分差、そして心の距離。 不安定だった二人の関係は年月を経て、やがて蜜月へと移り変わり、交差していく想いは複雑な運命の糸をも巻き込んでいく。

処理中です...