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第一章 本物の婚約
第十二話 『君に贈る、始まりの花束』
しおりを挟む朝食を終えると、リアム殿下が「こっちだ」と小さく笑って立ち上がった。その歩みに続いて、緑深い小道を並んで進む。
王宮の中庭は、まるで季節を一枚の絵に切り取ったような、花々の色と香りで満ちていた。
「君の雰囲気に合う花を、ここで選ぼうと思って」
「……俺に、似合う花……あるかな?」
「あるとも。たくさんね」
花が咲き揃った温室の扉を開けると、ふわりと甘い香りが鼻先をかすめた。小さな鈴のような白花、透き通る薄紫の花、鮮やかな深紅の蕾ーー。
そこは、まるで色彩の調べが静かに奏でられているようだった。
「ここの花は……全部、婚約用なの?」
「そうだよ。王族の婚約には『花飾り』の意匠が欠かせない。花生みの希望があれば、それを反映させたいと思っている」
『花生みの希望』という言葉が、心をざわつかせる。
その響きに、自分の中にある『枯れ』の存在が浮かび上がってしまう。しおれた花しか咲かせられない俺が、本当に希望なんて呼ばれていいのだろうか。
「この花は?」
リアム殿下が、日差しに透ける淡い白花に手を伸ばした。花弁は小ぶりで、中心に薄く紫が滲んでいる。彼の指先がそれに触れた瞬間、花がやわらかい光を纏ったように見えた。
「……強くはないが、朝露に濡れると、ほのかに香る。この気配が……どこかルイスに似ている気がする」
「……っ」
恥ずかしくて、頬が染まる。リアム殿下の手がその花をそっと摘み取り、ためらいなく、俺の髪に添えた。
「……似合うよ。とても」
髪に添えられたのは、花だけじゃなくて。それよりも、触れた指先の温度の方がずっと強く、意識に焼き付いていく。
「~~~っ……」
思わず目を伏せると、指がふわりと離れていった。けれど、そのぬくもりだけが、髪に残ったままだった。
「他にもいくつか、見てみよう」
「……はいっ」
歩き出すリアム殿下の背を追いながら、俺もゆっくりと足を進める。白花の香りが、彼との距離を埋めていくようで、胸がくすぐったくなった。
「あの……花飾りって、誰が作るんですか?」
「花飾りはね、婚約者の花食みが形にするのが、伝統なんだ」
「え……」
足が、思わず止まった。婚約者の、花食み……。じゃあ、この人がーー。
「……俺の、ために殿下が?」
「君のために、私が作るよ」
穏やかに返されたその一言が、胸の奥に深く染み込んでいく。まるで光に包まれるみたいに、あたたかくて、やさしくて。だからこそ、心臓が跳ねた。
けれど、その言葉の重みに気づいたとき、胸が、ぎゅっと苦しくなるほど高鳴った。
「でも……俺、咲かせられないのに。それに、俺、花生みの希望なんて……」
俯いた声が、自分でも情けなくなる。口にするたび、自分の『枯れ』が現実味を帯びていくみたいで。どこまでも、叶わない夢に思えた。
「……心配しなくていい。君の花については、調べようかと思う」
「……調べる……?」
「ああ。一度、君の咲かせた花を見てからにはなるが……」
リアム殿下の言葉に、胸が詰まった。否定でも拒絶でもない。『調べよう』と寄り添ってくれる、その眼差しが、どれほどの救いになるか。
(……この人は、ほんとうに……俺を……)
あたたかい何かが、ゆっくりと満ちていく。息をするだけで、涙が溢れそうだった。視線を移すと、リアム殿下はすでに花を手に取り、そっと籠に収めていた。
「これと、これと……ああ、この花も君に似合いそうだ」
小さく呟きながら、リアム殿下は真剣な表情で手を動かしていて。その指先は繊細で、まるで宝石でも扱うように花へ触れていた。
花と向き合う横顔が、あまりに美しくて、思わず見惚れてしまう。
「……あのっ、俺に何か手伝えること、ありませんか?」
言ったあと、我ながら場違いだったかもしれないと思った。けれどリアム殿下は、少し驚いたようにこちらを見て、ふっと、微笑んだ。
「ありがとう。でも、これは……私から君への贈り物だからね」
「でも……俺も、何かしてみたいんです。俺からも、殿下に贈れるものがあればって」
その瞬間、リアム殿下の瞳がわずかに揺れた気がした。
「……なら、一緒に作ろう。これは私たちの『始まり』なんだから」
そう言って、リアム殿下は小さな花束をひとつ、俺の方へ差し出した。咄嗟に受け取ったその花が、あたたかくて。思わず、笑みが溢れた。
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