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第一章 本物の婚約
第十七話 『壇上の花と、影に咲く棘』
しおりを挟むーー婚約披露パーティーの、ほんの数分前。
(どうしてだ。なんで、あいつが……??)
誰よりも地味で、誰よりも花つきが悪く、誰にも選ばれないと思っていたあんな奴が、どうして王宮の、しかもこの豪華な大広間で。
婚約披露なんて、されている……?
相手は『血塗れの花嫁喰らい』の悪名高きリアム殿下。何度も婚約を破棄し、次々に花生みを手放してきた張本人だ。それなのに、なぜ、よりにもよって、あのルイスがーー選ばれている?
「ノエル様。君のお兄様はご立派な方とご婚約しているんですねぇ~~、すごいなぁ」
不意にかけられたその一言で、何かが切れた。
「どこがだよ!! あんなの、すごくなんかない!!!」
「えっ……?」
「あっ……ち、違っ……っ! べつに、そんなつもりじゃ……!」
しまった、と気づいた時には遅くて。苛立ちが滲み、熱くなった僕の顔を、カミュ公爵が、怪訝な表情で見ていた。
僕が、やっと手に入れた自慢の『花食み』。公爵家の御曹司、カミュ・アルヴァ。
上流貴族のなかでも群を抜いて地位の高い家柄で、顔立ちも……まあ、悪くない。性格も従順で良い。
たとえルイスの相手が王族でも、相手は『血塗れの花嫁喰らい』。僕の方が格上みたいなものだ。
「カミュ公爵。僕たちも、これくらい立派なパーティーを開きましょうね」
「え? 無理ですよ。これは王族だからこそのーー」
「は?」
「……リアム殿下は、次期国王ですよ? 認められた地位があるからこその式であって……」
「『血塗れの花嫁喰らい』だよ? そんなの……!」
「関係ないよ。一国の王だもの」
そんなの、認められるわけがない。
あいつが。あんな、なんの取り柄もなかった奴が。いつも端で俯いてて、咲くことすら、できなかった花生みのくせに。
でも、次期国王とはいえ、『血塗れの花嫁喰らい』と呼ばれているんだ。兄さんの婚約者なんて、見た目も性格も最悪に違いないはず……!
その時、場内に、拍手の音が高らかに響いた。視界の端に、紺と翠の正装に身を包んだ二人の姿が見え、壇上に上がった瞬間、空気が変わった。
周囲は一斉に注目し、拍手と賛美の言葉が弾ける。
「お見えになられたわ! リアム殿下とルイス様よ!」
「まぁ、なんてお似合いなのかしら……!」
「お二人とも、お美しい……!」
(……嘘だ。嘘だ……ありえない……! 誰よりも力を持ち、『次の王』になるであろう花食みが、僕の婚約者だったなんて……!)
あの席は、本来、僕のものだ。あんな、影のように生きてきた兄に、王の隣なんてーー似合うはずが、ない。
それなのに、周囲の誰もが、あいつを讃えている。リアム殿下は、その手を腰に添え、まるで、長年の伴侶のような顔をして、笑っている。
歯を噛みしめ、グラスの脚をきつく握る。その手に、カミュ公爵が触れた。
「ノエル様、俺たちも挨拶に行こう」
「……嫌だ」
「え?」
「お前ひとりで行け! 挨拶くらい、ひとりで出来るだろ!」
思わず言い放ち、背を向けた。こんな奴と並んでいたら、比較され、笑われる。惨めに思われるに決まっている。
(なんであんなやつが、あんな場所で……)
恥ずかしそうに俯いて立つルイスの肩に、リアム殿下がそっと手を添えるのが見えた。その仕草が、あまりにも自然で。あの場所に『相応しい者』のようだった。
(……ふざけるな。僕の方が、ずっと……!)
ルイスは、いつだって僕の後ろにいた。花を咲かせる力もろくにない、何をやらせても中途半端な存在だ。それが、なぜ? なぜ、あの『王の隣』に幸せそうに立っている?
(こんなことになるなら、僕が嫁入りにいけば良かった!)
胸の奥で、燃え盛るような怒りが渦を巻く。そして、それは確信に変わった。
「今からでも、どうにかなるかもしれない」
誰に言うでもなく、ぽつりと呟く。視線の先にある、『本来の未来』を僕は取り戻す。真っ直ぐ歩き出し、一緒に来ていた母の元へ向かい、微笑んで言った。
「ねぇ、お母様。僕、いい案を思いついたよーー」
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーー
*
「リアム殿下! ルイス様!」
「この度は、ご婚約おめでとうございます!」
招待客たちに祝福の言葉をかけられながら、リアム殿下と一緒に、丁寧に挨拶を交わしていく。華やかな笑顔と握手の合間で、後方から静かな声が届いた。
「殿下、東方領より急ぎの伝令が。お耳に入れるべき内容かと」
「……俺は大丈夫なので。リアム殿下、行ってきてください」
「ルイス、すまない。すぐ戻る」
「はいっ」
リアム殿下が従者とともに足早に離れていくのを見送る。一人になった途端、胸の奥に不安が広がった。
……この場にいてもいいのか。自分は、隣に立つ資格があるのか。
そんな疑念が、足を自然と会場の隅へと向かわせる。緊張と疲労に押され、ふらりと人目の少ない幕の裏側へ身を隠した。
(……少しだけ、ここで……)
息を整えようと背を壁に預けた瞬間、聞き慣れた冷えた声が背後から飛び込んできた。
「あれぇ? ひとりなんだ?」
「っ……!」
肩がびくりと跳ね上がる。恐る恐る振り向いた先にいたのは、弟のノエルだった。
あの、誰よりも自分を『不要な存在』として見下してきた、冷笑の似合う弟。その横には、気品だけを残した母の姿もあった。
さっきまで胸いっぱいに詰まっていた祝福の温度が、一気に引いていく。
「久しぶりだねぇ、哀れな兄さん」
ノエルがにやりと笑う。その言葉の毒が、心臓に突き刺さった。
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