フラワー・マリッジ ― 咲かぬ花嫁は、王のために咲く ―

霜月@如月さん改稿中&バース準備中

文字の大きさ
32 / 83
第二章 セレスティアの伝承

第三十一話 『毒に染まる手のひら』

しおりを挟む


 ーーカミュ・アルヴァ邸。私室。


「……まっず!! なにこれ、舌が死んだんだけど! これ、本気で『淹れたて』って言い張るわけ? 君、ほんとに味覚あるの?」


 紅茶のカップをソーサーに叩きつけるように置く。わざと眉をしかめ、まるで毒でも盛られたかのように口をぬぐうと、従者がびくりと肩を震わせた。


「こんなの、よく僕の前に出せたね。恥って知らないの? 僕が誰だかわかってる?」
「……ひっ」


 テーブルの上の茶菓子を掴み、投げつける。砕けた欠片が従者の髪に絡み、砂糖がぱらぱらと床に散った。


「アハハ、蟻でも呼びたいわけ? ほんと、おもてなしの『質』が低いなあ」


 その時、コンコンと扉が叩かれ、重厚な蝶番ちょうつがいが軋む音を立てた。入ってきたのは、カミュ・アルヴァ公爵で。呆れた表情を浮かべ、静かに言った。


「……随分、派手にやっているね。よその家で」


 皮肉な声に、肩をすくめて笑い返す。


「よその家? 婚約した以上、もう『僕の家』でしょ。それに、そっちが僕を『嫁取り』したんだ。おもてなしに文句つける権利くらい、あると思うけど?」
「……ルイス様とは正反対だね、君は」


 淡々とした声の裏に、明確な軽蔑が滲んでいる。カミュは向かいに腰を下ろし、脚を組んで、薄い笑みを溢した。


「ーー君は、自分の意思で『咲かせる』ことができるのか?」
「……は? なに言って……」


 唐突な問いに、眉をひそめる。けれど、カミュの視線はまっすぐで、そこに冗談の色はなかった。


「『死の花』のことだよ。ブランシェ家の花生みは、それを咲かせる力を持つと聞く。……そして君は、感情で花を咲かせられるそうだね」
「くだらない」


 鼻で笑い、手のひらを胸に当てる。


「そんなの昔の作り話! 僕が咲かせるのは『祝福の花』だよ? 虹色に輝く、美しくて、みんなが羨む花!」


 自信満々に言い切ると、カミュが瞳をすっと細めた。


「……では、『死の花』が咲くのは誰だ?」
「はぁ? そんなの決まってるでしょ?」


 新しく運ばれた紅茶をひと口啜り、唇の端を吊り上げた。


「白銀の髪に、薄紫の瞳を持つ花生み。……久々に生まれた『死の花』は『枯れ生み』だったけどね。ほんと、役立たずで可哀想! アハハ!」


 笑いが止まらない。カミュはただ静かに、テーブルを指先で叩いた。


「……過去にブランシェ家と政略結婚した花食みが、次々と命を落とした理由は、なんだ?」
「お前さ、自分が何も知らないって自覚した方がいいよ。……僕と結婚しようとした理由は『それ』じゃないの?」
「……君と婚約したのは『死の花』を手に入れるためだ」
「ふ~~ん?」


 立ち上がり、カミュの耳元に唇を寄せ、囁くように言った。


「……僕には死の花は咲かせられない。でも、お前の野望を叶える『協力』なら、できるかもね?」


 クスリと笑い、手のひらを広げる。そこに黒く毒々しい一輪の花を咲かせた。ゆっくりと握り潰すと、花びらが砕け、床に呪いのように舞い散る。


 静寂の中に、その音だけが、禍々しく響いた。


 ーーーーーーーーーーーー
 ーーーーーーーー
 ーーーー
 *


 ーー王宮・中庭。


「ルイス様は、本当にお上手ですね……! 始めて数日とは思えません」


 ロジェの優しい声に、自然と笑みが溢れる。隣に並んでしゃがみ込み、指先で土をゆっくりとほぐした。陽の光と土の匂いが、どこか懐かしい気配を胸に運んでくる。


「……ブランシェにいた頃、薬花を育てていたんです。暗くて、湿った小さな小屋で、毎日、一度だけ中に閉じ込められて、手入れをさせられていました」
「薬花……ですか?」
「はい。たしか、『ノクティア』とか、『セリュフィーネ』とか……」


 花の名前を口にした瞬間、ロジェの手が止まった。ふと顔を見れば、驚きが走ったように青ざめていて。けれど、すぐに何事もなかったように微笑みを浮かべた。


「その時は……素手で?」
「? ええ、そうですよ」


 それを聞いたロジェが、俺の手首を取り、じっと肌を見つめた。


「……黒紫の斑点が、ない……」
「えっ?」
「……いえ、なんでもありません。失礼しました」


 やわらかく微笑んだロジェの瞳に、ほんの一瞬、疑いの色が滲んだ気がした。けれどそれ以上は何も言わなくて。俺も気づかないふりをして、再び土に向き直った。


 苗を整え、そっと植え替えていく指先に集中を戻す。その時、不意に、背後から優しい声が届いた。


「ルイス。……今日は、いい天気だな」


 その声に、はっと顔を上げる。


「っ、リアム殿下……!」


 陽の光の中に立つ姿が目に飛び込み、胸がきゅっとなる。自然と笑みが溢れて、頬がほんのり赤くなった。殿下は少しだけ視線を逸らし、照れたように言葉を続けた。


「……私も、少し手伝っていいか?」
「い、いけません! 次期国王の殿下が、土いじりなんて……!」
「でも、ルイスはしている」
「……俺は、花生みですからっ」


 隣にしゃがみ込んだ殿下が、ふいに指先で俺の頬をなぞった。


「また、土がついている」


 そっと拭われた感触に、頬が一気に熱を帯びる。照れ隠しのように俯きながら、咲きかけのラベンダーの苗を指差した。


「……じゃあ、この花をーー」


 そう言いかけた時、殿下の手が植えたばかりの苗に伸び、容赦なく引き抜いた。


「わっ、ちょ、ちょっと! なにしてるんですか!」
「こっちの色のほうが、好きだったから」


 せっかく植えた苗を抜かれたくなくて、とっさに身を乗り出す。次の瞬間、殿下と一緒に土の上へ倒れ込んだ。


 服も顔も土まみれになった互いを見合わせて、一瞬ぽかんとする。そして、思わず吹き出した。


「もぉ~~っ! 殿下~~っ!!」
「……これは、私のせいなのか?」


 どちらからともなく笑い声が溢れる。あたたかな陽射しに包まれて、ささやかな笑いと、やわらかな温度が、胸いっぱいに広がった。

 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

嫌われた暴虐な僕と喧嘩をしに来たはずの王子は、僕を甘くみているようだ。手を握って迫ってくるし、聞いてることもやってることもおかしいだろ!

迷路を跳ぶ狐
BL
 悪逆の限りを尽くした公爵令息を断罪しろ! そんな貴族たちの声が高まった頃、僕の元に、冷酷と恐れられる王子がやって来た。  その男は、かつて貴族たちに疎まれ、王城から遠ざけられた王子だ。昔はよく城の雑用を言いつけられては、魔法使いの僕の元を度々訪れていた。  ひどく無愛想な王子で、僕が挨拶した時も最初は睨むだけだったのに、今は優しく微笑んで、まるで別人だ。  出会ったばかりの頃は、僕の従者まで怯えるような残酷ぶりで、鞭を振り回したこともあったじゃないか。それでも度々僕のところを訪れるたびに、少しずつ、打ち解けたような気がしていた。彼が民を思い、この国を守ろうとしていることは分かっていたし、応援したいと思ったこともある。  しかし、あいつはすでに王位を継がないことが決まっていて、次第に僕の元に来るのはあいつの従者になった。  あいつが僕のもとを訪れなくなってから、貴族たちの噂で聞いた。殿下は、王城で兄たちと協力し、立派に治世に携わっていると。  嬉しかったが、王都の貴族は僕を遠ざけたクズばかり。無事にやっているのかと、少し心配だった。  そんなある日、知らせが来た。僕の屋敷はすでに取り壊されることが決まっていて、僕がしていた結界の魔法の管理は、他の貴族が受け継ぐのだと。  は? 一方的にも程がある。  その直後、あの王子は僕の前に現れた。何と思えば、僕を王城に連れて行くと言う。王族の会議で決まったらしい。  舐めるな。そんな話、勝手に進めるな。  貴族たちの間では、みくびられたら終わりだ。  腕を組んでその男を睨みつける僕は、近づいてくる王子のことが憎らしい反面、見違えるほど楽しそうで、従者からも敬われていて、こんな時だと言うのに、嬉しかった。  だが、それとこれとは話が別だ! 僕を甘く見るなよ。僕にはこれから、やりたいことがたくさんある。  僕は、屋敷で働いてくれていたみんなを知り合いの魔法使いに預け、王族と、それに纏わり付いて甘い汁を吸う貴族たちと戦うことを決意した。  手始めに……  王族など、僕が追い返してやろう!  そう思って対峙したはずなのに、僕を連れ出した王子は、なんだか様子がおかしい。「この馬車は気に入ってもらえなかったか?」だの、「酒は何が好きだ?」だの……それは今、関係ないだろう……それに、少し距離が近すぎるぞ。そうか、喧嘩がしたいのか。おい、待て。なぜ手を握るんだ? あまり近づくな!! 僕は距離を詰められるのがどうしようもなく嫌いなんだぞ!

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。 これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。 無自覚両片想いの勇者×親友。 読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。

溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。 想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。 悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。 ※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。 二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。

辺境の酒場で育った少年が、美貌の伯爵にとろけるほど愛されるまで

月ノ江リオ
BL
◆ウィリアム邸でのひだまり家族な子育て編 始動。不器用な父と、懐いた子どもと愛される十五歳の青年と……な第二部追加◆断章は残酷描写があるので、ご注意ください◆ 辺境の酒場で育った十三歳の少年ノアは、八歳年上の若き伯爵ユリウスに見初められ肌を重ねる。 けれど、それは一時の戯れに過ぎなかった。 孤独を抱えた伯爵は女性関係において奔放でありながら、幼い息子を育てる父でもあった。 年齢差、身分差、そして心の距離。 不安定だった二人の関係は年月を経て、やがて蜜月へと移り変わり、交差していく想いは複雑な運命の糸をも巻き込んでいく。

【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます

天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。 広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。 「は?」 「嫁に行って来い」 そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。 現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる! ……って、言ったら大袈裟かな? ※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。

王宮魔術師オメガは、魔力暴走した王子殿下を救いたい

こたま
BL
伯爵家次男のオメガで魔術師のリンは変わり者として知られている。素顔を見たものは少なく、魔力は多いが魔力の種類が未確定。いつも何か新しい魔道具を作っている。ある時、魔物が現れ、その魔術攻撃を浴びた幼馴染のアルファ王子クリスが魔力暴走を起こしてしまった。リンはクリスを救おうと奔走するが、治癒の為には…。ハッピーエンドオメガバース、魔法ありの異世界BLです。

陰日向から愛を馳せるだけで

麻田
BL
 あなたに、愛されたい人生だった…――  政略結婚で旦那様になったのは、幼い頃、王都で一目惚れした美しい銀髪の青年・ローレンだった。  結婚式の日、はじめて知った事実に心躍らせたが、ローレンは望んだ結婚ではなかった。  ローレンには、愛する幼馴染のアルファがいた。  自分は、ローレンの子孫を残すためにたまたま選ばれただけのオメガに過ぎない。 「好きになってもらいたい。」  …そんな願いは、僕の夢でしかなくて、現実には成り得ない。  それでも、一抹の期待が拭えない、哀れなセリ。  いつ、ローレンに捨てられてもいいように、準備はしてある。  結婚後、二年経っても子を成さない夫婦に、新しいオメガが宛がわれることが決まったその日から、ローレンとセリの間に変化が起こり始める…  ―――例え叶わなくても、ずっと傍にいたかった…  陰日向から愛を馳せるだけで、よかった。  よかったはずなのに…  呼ぶことを許されない愛しい人の名前を心の中で何度も囁いて、今夜も僕は一人で眠る。 ◇◇◇  片思いのすれ違い夫婦の話。ふんわり貴族設定。  二人が幸せに愛を伝えあえる日が来る日を願って…。 セリ  (18) 南方育ち・黒髪・はしばみの瞳・オメガ・伯爵 ローレン(24) 北方育ち・銀髪・碧眼・アルファ・侯爵 ◇◇◇  50話で完結となります。  お付き合いありがとうございました!  ♡やエール、ご感想のおかげで最後まではしりきれました。  おまけエピソードをちょっぴり書いてますので、もう少しのんびりお付き合いいただけたら、嬉しいです◎  また次回作のオメガバースでお会いできる日を願っております…!

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...