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第二章 セレスティアの伝承
第三十一話 『毒に染まる手のひら』
しおりを挟むーーカミュ・アルヴァ邸。私室。
「……まっず!! なにこれ、舌が死んだんだけど! これ、本気で『淹れたて』って言い張るわけ? 君、ほんとに味覚あるの?」
紅茶のカップをソーサーに叩きつけるように置く。わざと眉をしかめ、まるで毒でも盛られたかのように口をぬぐうと、従者がびくりと肩を震わせた。
「こんなの、よく僕の前に出せたね。恥って知らないの? 僕が誰だかわかってる?」
「……ひっ」
テーブルの上の茶菓子を掴み、投げつける。砕けた欠片が従者の髪に絡み、砂糖がぱらぱらと床に散った。
「アハハ、蟻でも呼びたいわけ? ほんと、おもてなしの『質』が低いなあ」
その時、コンコンと扉が叩かれ、重厚な蝶番が軋む音を立てた。入ってきたのは、カミュ・アルヴァ公爵で。呆れた表情を浮かべ、静かに言った。
「……随分、派手にやっているね。よその家で」
皮肉な声に、肩をすくめて笑い返す。
「よその家? 婚約した以上、もう『僕の家』でしょ。それに、そっちが僕を『嫁取り』したんだ。おもてなしに文句つける権利くらい、あると思うけど?」
「……ルイス様とは正反対だね、君は」
淡々とした声の裏に、明確な軽蔑が滲んでいる。カミュは向かいに腰を下ろし、脚を組んで、薄い笑みを溢した。
「ーー君は、自分の意思で『咲かせる』ことができるのか?」
「……は? なに言って……」
唐突な問いに、眉をひそめる。けれど、カミュの視線はまっすぐで、そこに冗談の色はなかった。
「『死の花』のことだよ。ブランシェ家の花生みは、それを咲かせる力を持つと聞く。……そして君は、感情で花を咲かせられるそうだね」
「くだらない」
鼻で笑い、手のひらを胸に当てる。
「そんなの昔の作り話! 僕が咲かせるのは『祝福の花』だよ? 虹色に輝く、美しくて、みんなが羨む花!」
自信満々に言い切ると、カミュが瞳をすっと細めた。
「……では、『死の花』が咲くのは誰だ?」
「はぁ? そんなの決まってるでしょ?」
新しく運ばれた紅茶をひと口啜り、唇の端を吊り上げた。
「白銀の髪に、薄紫の瞳を持つ花生み。……久々に生まれた『死の花』は『枯れ生み』だったけどね。ほんと、役立たずで可哀想! アハハ!」
笑いが止まらない。カミュはただ静かに、テーブルを指先で叩いた。
「……過去にブランシェ家と政略結婚した花食みが、次々と命を落とした理由は、なんだ?」
「お前さ、自分が何も知らないって自覚した方がいいよ。……僕と結婚しようとした理由は『それ』じゃないの?」
「……君と婚約したのは『死の花』を手に入れるためだ」
「ふ~~ん?」
立ち上がり、カミュの耳元に唇を寄せ、囁くように言った。
「……僕には死の花は咲かせられない。でも、お前の野望を叶える『協力』なら、できるかもね?」
クスリと笑い、手のひらを広げる。そこに黒く毒々しい一輪の花を咲かせた。ゆっくりと握り潰すと、花びらが砕け、床に呪いのように舞い散る。
静寂の中に、その音だけが、禍々しく響いた。
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーー
*
ーー王宮・中庭。
「ルイス様は、本当にお上手ですね……! 始めて数日とは思えません」
ロジェの優しい声に、自然と笑みが溢れる。隣に並んでしゃがみ込み、指先で土をゆっくりとほぐした。陽の光と土の匂いが、どこか懐かしい気配を胸に運んでくる。
「……ブランシェにいた頃、薬花を育てていたんです。暗くて、湿った小さな小屋で、毎日、一度だけ中に閉じ込められて、手入れをさせられていました」
「薬花……ですか?」
「はい。たしか、『ノクティア』とか、『セリュフィーネ』とか……」
花の名前を口にした瞬間、ロジェの手が止まった。ふと顔を見れば、驚きが走ったように青ざめていて。けれど、すぐに何事もなかったように微笑みを浮かべた。
「その時は……素手で?」
「? ええ、そうですよ」
それを聞いたロジェが、俺の手首を取り、じっと肌を見つめた。
「……黒紫の斑点が、ない……」
「えっ?」
「……いえ、なんでもありません。失礼しました」
やわらかく微笑んだロジェの瞳に、ほんの一瞬、疑いの色が滲んだ気がした。けれどそれ以上は何も言わなくて。俺も気づかないふりをして、再び土に向き直った。
苗を整え、そっと植え替えていく指先に集中を戻す。その時、不意に、背後から優しい声が届いた。
「ルイス。……今日は、いい天気だな」
その声に、はっと顔を上げる。
「っ、リアム殿下……!」
陽の光の中に立つ姿が目に飛び込み、胸がきゅっとなる。自然と笑みが溢れて、頬がほんのり赤くなった。殿下は少しだけ視線を逸らし、照れたように言葉を続けた。
「……私も、少し手伝っていいか?」
「い、いけません! 次期国王の殿下が、土いじりなんて……!」
「でも、ルイスはしている」
「……俺は、花生みですからっ」
隣にしゃがみ込んだ殿下が、ふいに指先で俺の頬をなぞった。
「また、土がついている」
そっと拭われた感触に、頬が一気に熱を帯びる。照れ隠しのように俯きながら、咲きかけのラベンダーの苗を指差した。
「……じゃあ、この花をーー」
そう言いかけた時、殿下の手が植えたばかりの苗に伸び、容赦なく引き抜いた。
「わっ、ちょ、ちょっと! なにしてるんですか!」
「こっちの色のほうが、好きだったから」
せっかく植えた苗を抜かれたくなくて、とっさに身を乗り出す。次の瞬間、殿下と一緒に土の上へ倒れ込んだ。
服も顔も土まみれになった互いを見合わせて、一瞬ぽかんとする。そして、思わず吹き出した。
「もぉ~~っ! 殿下~~っ!!」
「……これは、私のせいなのか?」
どちらからともなく笑い声が溢れる。あたたかな陽射しに包まれて、ささやかな笑いと、やわらかな温度が、胸いっぱいに広がった。
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