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第二章 セレスティアの伝承
第四十一話 『朝の光は、まだ毒を知らない』
しおりを挟むーー翌朝
淡く差し込む朝の光が、静かに瞼を撫でていく。その気配に導かれ、ゆっくりと瞼を開けた。
胸元に小さな額を寄せ、愛しい人が腕の中で眠っている。細い腕は、まるで何かを守るように、ぎゅっと私の体を抱きしめていた。
その寝顔に、自然と頬が緩む。優しく額へ口づけを落としながら、囁いた。
「……おはよう、ルイス」
けれど、昨夜の疲れが残っているのか、ルイスは微かに寝息を立てたまま、起きなくて。小さな腕を自分の体から離すのを惜しく思いながら、そっと腕を解いた。
小さな手を毛布の下に戻し、静かにベッドを出る。
「……ザイン。朝の支度を」
「かしこまりました」
最後にもう一度ルイスを振り返り、頬に指先で触れる。もう少しだけ触れていたくて、口付けを落とした。
(……可愛い。でも、行かなくては)
扉を開けるその瞬間まで、何度も振り返りそうになる。そんな自分を抑えて、朝の支度へと歩みを進めた。
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ーーーーーーーー
ーーーー
執務服に身を包み、朝食を簡潔に終える。すぐさま応接室へ向かうと、すでに呼び出した調香師が控えていた。
「ザイン、件の品を」
指示を受けたザインが、密封された小箱を差し出す。内部には、侍女が所持していたハンカチが、丁寧に保存されていた。
「こちら、成分の一部が残ったハンカチになります」
「可能な限りの成分分析と、精製方法や経路の特定を頼む」
「……承知しました」
調香師は箱を慎重に開け、香りを嗅ぐと、すぐにその目が揺らいだ。
「……これは……随分と、禁じられたものをお使いのようで」
「禁じられた?」
「はい。使用されている香料の一部は、明らかに『毒花』に分類されるものです。たとえばーー『ノクティア』、『セリュフィーネ』。いずれも陶酔・依存・幻覚作用を持ち、王都での栽培や精製は禁じられております」
「……それが、なぜここに?」
国境を越えた、毒花を含む香水の流通。毒花の流通拠点として、ブランシェ家の機能ーーそれが頭をよぎり、眉をひそめる。
これは、単なる趣向品ではない。なにか『意図されたもの』だ。
昨夜、王宮内でルイスが香りによってふらついたことが、改めて危険な出来事だったと、思い知らされる。
「香料の組成も特異です。王宮の記録に残っているものではありません。もしかすると、『古き花の伝承』が残る土地でのみ、知られているものかと」
「……『古き花の伝承』……」
ふと、脳裏にロジェの故郷ーー花の歴史が深く息づく、セレスティア北部の村が浮かぶ。
(ロジェの家系なら、何かを知っているかもしれない)
「……ザイン、ルイスの準備を頼む。私と共に、調査へ向かう」
「かしこまりました」
視線が、ハンカチへ落ちる。その布に染み込んだ甘い香りは、昨夜ルイスの頬を紅く染めた記憶と結びついた。
狙われているのは、私か、ルイスか。あるいはーー。
「必ず、突き止めてみせる。……この手で、君を守る」
たとえ、この香りの源が、君の家族に繋がるものであったとしてもーーそれでも私は、君を手放すつもりはない。
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ーーーー
*
ーー同じ頃。
王都・大公文書室。誰もいない保管室の片隅で、封蝋された文書を広げる。蝋を丁寧に外し、内容に目を通すと、わずかに眉間が寄った。
「……『リアム殿下が毒花を含む香水の調香を黙認していた』……か。随分、やり口が陰湿だな」
古びた木机に肘をつき、指先で帳簿の隅をトントンと叩く。誰かが書いた作為的な文書と、それを裏付ける記録。それぞれの『噛み合わせ』は抜かりなく整えられている。
背後の扉が静かに開き、軽やかな足音が近づく。僕へ情報を求めたあの男が現れた。
「確認は済んだか? ランス」
「……ああ。書式は王宮のものと違わない。差し替えても、誰も疑わないでしょう」
「それでいい。あとは『偶然』に見つかれば、それで十分だ」
アルヴァ公爵は机の上の文書を手に取り、うっすらと笑みを浮かべた。その笑みに、慈悲や敬意はひとかけらもなかった。
「王族の信頼など、香りひとつで崩せる。それを証明してみせよう」
かすかに残る甘い香りが、悪意のようにじわりと空気へ広がっていくのを感じた。
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