フラワー・マリッジ ― 咲かぬ花嫁は、王のために咲く ―

霜月@如月さん改稿中&バース準備中

文字の大きさ
42 / 83
第二章 セレスティアの伝承

第四十一話 『朝の光は、まだ毒を知らない』

しおりを挟む


 ーー翌朝


 淡く差し込む朝の光が、静かに瞼を撫でていく。その気配に導かれ、ゆっくりと瞼を開けた。


 胸元に小さな額を寄せ、愛しい人が腕の中で眠っている。細い腕は、まるで何かを守るように、ぎゅっと私の体を抱きしめていた。


 その寝顔に、自然と頬が緩む。優しく額へ口づけを落としながら、囁いた。


「……おはよう、ルイス」


 けれど、昨夜の疲れが残っているのか、ルイスは微かに寝息を立てたまま、起きなくて。小さな腕を自分の体から離すのを惜しく思いながら、そっと腕を解いた。


 小さな手を毛布の下に戻し、静かにベッドを出る。


「……ザイン。朝の支度を」
「かしこまりました」


 最後にもう一度ルイスを振り返り、頬に指先で触れる。もう少しだけ触れていたくて、口付けを落とした。


(……可愛い。でも、行かなくては)


 扉を開けるその瞬間まで、何度も振り返りそうになる。そんな自分を抑えて、朝の支度へと歩みを進めた。

 
 ーーーーーーーーーーーー
 ーーーーーーーー
 ーーーー


 執務服に身を包み、朝食を簡潔に終える。すぐさま応接室へ向かうと、すでに呼び出した調香師が控えていた。


「ザイン、件の品を」


 指示を受けたザインが、密封された小箱を差し出す。内部には、侍女が所持していたハンカチが、丁寧に保存されていた。


「こちら、成分の一部が残ったハンカチになります」
「可能な限りの成分分析と、精製方法や経路の特定を頼む」
「……承知しました」


 調香師は箱を慎重に開け、香りを嗅ぐと、すぐにその目が揺らいだ。


「……これは……随分と、禁じられたものをお使いのようで」
「禁じられた?」
「はい。使用されている香料の一部は、明らかに『毒花』に分類されるものです。たとえばーー『ノクティア』、『セリュフィーネ』。いずれも陶酔・依存・幻覚作用を持ち、王都での栽培や精製は禁じられております」
「……それが、なぜここに?」


 国境を越えた、毒花を含む香水の流通。毒花の流通拠点として、ブランシェ家の機能ーーそれが頭をよぎり、眉をひそめる。


 これは、単なる趣向品ではない。なにか『意図されたもの』だ。


 昨夜、王宮内でルイスが香りによってふらついたことが、改めて危険な出来事だったと、思い知らされる。


「香料の組成も特異です。王宮の記録に残っているものではありません。もしかすると、『古き花の伝承』が残る土地でのみ、知られているものかと」
「……『古き花の伝承』……」


 ふと、脳裏にロジェの故郷ーー花の歴史が深く息づく、セレスティア北部の村が浮かぶ。


(ロジェの家系なら、何かを知っているかもしれない)


「……ザイン、ルイスの準備を頼む。私と共に、調査へ向かう」
「かしこまりました」


 視線が、ハンカチへ落ちる。その布に染み込んだ甘い香りは、昨夜ルイスの頬を紅く染めた記憶と結びついた。


 狙われているのは、私か、ルイスか。あるいはーー。


「必ず、突き止めてみせる。……この手で、君を守る」


 たとえ、この香りの源が、君の家族に繋がるものであったとしてもーーそれでも私は、君を手放すつもりはない。


 ーーーーーーーーーーーー
 ーーーーーーーー
 ーーーー
 *


 ーー同じ頃。


 王都・大公文書室。誰もいない保管室の片隅で、封蝋された文書を広げる。蝋を丁寧に外し、内容に目を通すと、わずかに眉間が寄った。


「……『リアム殿下が毒花を含む香水の調香を黙認していた』……か。随分、やり口が陰湿だな」


 古びた木机に肘をつき、指先で帳簿の隅をトントンと叩く。誰かが書いた作為的な文書と、それを裏付ける記録。それぞれの『噛み合わせ』は抜かりなく整えられている。


 背後の扉が静かに開き、軽やかな足音が近づく。僕へ情報を求めたあの男が現れた。


「確認は済んだか? ランス」
「……ああ。書式は王宮のものと違わない。差し替えても、誰も疑わないでしょう」
「それでいい。あとは『偶然』に見つかれば、それで十分だ」


 アルヴァ公爵は机の上の文書を手に取り、うっすらと笑みを浮かべた。その笑みに、慈悲や敬意はひとかけらもなかった。


「王族の信頼など、香りひとつで崩せる。それを証明してみせよう」


 かすかに残る甘い香りが、悪意のようにじわりと空気へ広がっていくのを感じた。

しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

陰日向から愛を馳せるだけで

麻田
BL
 あなたに、愛されたい人生だった…――  政略結婚で旦那様になったのは、幼い頃、王都で一目惚れした美しい銀髪の青年・ローレンだった。  結婚式の日、はじめて知った事実に心躍らせたが、ローレンは望んだ結婚ではなかった。  ローレンには、愛する幼馴染のアルファがいた。  自分は、ローレンの子孫を残すためにたまたま選ばれただけのオメガに過ぎない。 「好きになってもらいたい。」  …そんな願いは、僕の夢でしかなくて、現実には成り得ない。  それでも、一抹の期待が拭えない、哀れなセリ。  いつ、ローレンに捨てられてもいいように、準備はしてある。  結婚後、二年経っても子を成さない夫婦に、新しいオメガが宛がわれることが決まったその日から、ローレンとセリの間に変化が起こり始める…  ―――例え叶わなくても、ずっと傍にいたかった…  陰日向から愛を馳せるだけで、よかった。  よかったはずなのに…  呼ぶことを許されない愛しい人の名前を心の中で何度も囁いて、今夜も僕は一人で眠る。 ◇◇◇  片思いのすれ違い夫婦の話。ふんわり貴族設定。  二人が幸せに愛を伝えあえる日が来る日を願って…。 セリ  (18) 南方育ち・黒髪・はしばみの瞳・オメガ・伯爵 ローレン(24) 北方育ち・銀髪・碧眼・アルファ・侯爵 ◇◇◇  50話で完結となります。  お付き合いありがとうございました!  ♡やエール、ご感想のおかげで最後まではしりきれました。  おまけエピソードをちょっぴり書いてますので、もう少しのんびりお付き合いいただけたら、嬉しいです◎  また次回作のオメガバースでお会いできる日を願っております…!

婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。

零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。 鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。 ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。 「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、 「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。 互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。 ※諸事情により、本編、番外編「嫁溺愛大将と幼馴染み達」「イザームさんとルーカスくん」のみ再掲します。 「羽化」 「案外、短気」 「飴と鞭」 は未公開のままで失礼いたします。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。 これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。 無自覚両片想いの勇者×親友。 読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。

処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます

ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。 しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。 ——このままじゃ、王太子に処刑される。 前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。 中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。 囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。 ところが動くほど状況は悪化していく。 レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、 カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、 隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。 しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。 周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり—— 自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。 誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う—— ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。

捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?

めがねあざらし
BL
役立たずと追放されたΩのリオン。 治癒師の家に生まれながら癒しの力もないと見放された彼を拾ったのは、獣人国ザイファルの将軍であり、冷徹と名高い王太子・ガルハルトだった。 だが、彼の傷を“舐めた”瞬間、リオンの秘められた異能が覚醒する。 その力は、獣人たちにとって“聖なる奇跡”。 囲い込まれ、離されず、戸惑いながらも、ガルハルトの腕の中で心は揺れて──偽りの関係が、いつしか嘘では済まなくなっていく。 異能×政治×恋愛。 運命が交錯する王宮オメガバースファンタジー。

【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます

天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。 広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。 「は?」 「嫁に行って来い」 そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。 現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる! ……って、言ったら大袈裟かな? ※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。

溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。 想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。 悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。 ※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。 二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

処理中です...