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第二章 セレスティアの伝承
第五十七話 #『夢のつづきを抱きしめて』
しおりを挟む胸元に咲いた花が、かすかに揺れていた。肌に残る熱の名残、静寂に響くふたりの鼓動。そのすべてを抱きしめるように、殿下がそっと囁いた。
「……もう一度、触れてもいいか?」
優しくて、けれど抗えない声色で。拒む理由なんて、ひとつもなかったのに、唇が震えて、返事ができなかった。
頬に触れた指先が、すっと喉元をなぞる。ひとつ、またひとつ、青い花が咲いていく。綺麗で、眩しくて、なのに少しだけ、胸が苦しかった。
「咲いた君が、あまりに美しいから……もう少しだけ、見ていたい」
そう言って、殿下が俺の脚の間に身を深く沈める。ゆっくりと、奥を擦るたび、花がまた、ひとつ咲いた。
「やっ……だめっ、んっ……また……っ、あっ、咲いちゃう……っ」
「綺麗だよ、ルイス」
甘く喘ぎながら縋った腕の内側で、花が次々に開いていく。胸に、腰に、脚に、触れられた場所から花が溢れ咲き、殿下はそのひとつずつに口付けた。
「食ませてもらうよ、ここも……ここも」
「あっ、ん……っ、もぉ、むり、ですっ、もう……っ、だめ、だめぇ……っ」
食まれても、食まれても、花は途絶えることなく咲き続けて。あまりの気持ちよさに腰が逃げかけるのを、殿下の腕がやさしく支えてくれる。
「……わかっている。君が壊れてしまう前に、やめるよ」
その言葉に、涙が滲む。嬉しくて、悔しくて、愛おしくて、もう何が何だかわからなかった。咲き乱れた花の中心で、ただ息を震わせながら、殿下の腕に身を預けた。
「……眠ろう。もう十分、愛を咲かせたから」
耳元に届いたその声とともに、そっと頬に口付けられる。額と額が重なり、あたたかいぬくもりが溶け合った。繋がっていた場所が離れると、少しだけ、寂しく思えた。
花の香りに包まれながら、殿下の胸の中で、目を閉じる。眠る直前、咲いていた花が、かすかにしぼんでいくのを感じた。
けれどそれは、終わりではなくて。咲いた証を胸に残したまま、ふたりだけの夜は、静かに朝へと溶けていった。
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーー
朝の光が、カーテン越しに差し込んでいた。やわらかな陽が寝台を照らし、白いシーツと、散りかけた花びらが縁を描いている。
殿下の腕の中で、ゆっくりと目を開けた。肌に触れるぬくもり、胸の鼓動、頬に落ちる髪。そのすべてが愛しくて、まるで夢のようだった。けれど、これは確かに現実で。
俺たちのあいだに咲いた花は、透けるように淡くなりながら、静かにその役目を終えようとしていた。
「……おはよう、ルイス」
目を細めた殿下が、額にそっと口付ける。熱はもう引いているはずなのに、顔がふわりと熱くなった。
「……おはようございます、殿下……」
かすれた声に、自分でも驚く。喉も胸も甘く痺れていて、昨夜の感触が、身体の奥にまで染み込んでいた。
「……声が掠れている」
「そっ、それは……っ、殿下が……!」
「なに? そんなに気持ち良かった?」
「~~~っ!」
頬がかあっと熱くなる。殿下がくすくす笑いながら、指先で胸元をなぞった。昨日の余韻がまだ残っていて、体がびくりと跳ねる。
「あっ……」
「可愛い。朝から抱きたくなってしまう」
「や、ぁっ……だっ、だめっ……!」
殿下の手が、腿に触れたーーそのときだった。扉の向こうから、ノックの音が響いた。
「失礼します、リアム殿下。朝食のご準備が整いました。お迎えにーー」
ゆっくりと開いた扉の隙間から、エリオットが現れる。そして俺を見るなり、動きを止めた。
「…………」
その瞳が、まっすぐ俺を見つめたまま、かすかに震えていた。
「……花が……こんなに……なんて、お美しい……」
「……え?」
「神が……神がおられるのかと……!」
「ち、ちが……ちがいます……っ!」
反射的にシーツを引き寄せると、エリオットはふいと目を逸らし、咳払いをひとつした。
「……ご無礼をいたしました。ご朝食は、後ほどでよろしいですか?」
「あぁ、そうしてくれ。まだルイスに触れていたい」
「い、いやっ、今っ、今食べますっっ!」
俺の声も虚しく、エリオットがにっこり微笑むと、すっと扉を閉じた。
「……ふ、触れていたいって、もうっ……」
「もう一度咲かせたいくらいには触れたい」
「だっ、だめですっっ!!」
布団にもぐると、殿下が笑いながら俺を引き寄せた。その胸の中は、昨夜と同じぬくもりに満ちていて。俺はきゅっと目を閉じた。
朝は来たのに、夢はまだ、醒めていないみたいで。もう少しだけ、この胸の中にいたくて、俺はそっと、顔を埋めた。
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