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第三章 王都編
第六十一話 #『別れの前に、君を抱きしめたくて』
しおりを挟む政務庁の灯がすべて落ち、夜気がひやりと肌に触れる。ようやく羽ペンを置き、私は長い息を吐いた。
扉を閉め、静まり返った回廊を歩いて私室へ戻る。燭台の炎がひとつだけ揺れていて、その淡い明かりの中で、小柄な身体が、毛布にくるまり静かに眠っていた。
「……可愛い」
胸の奥がきゅうっと縮む。明日、この子は危険な故郷へ戻る。行かないでほしい。しかし、彼の決意を折ることも、奪うことも、私にはできない。
ベッドの縁に膝をつき、そっと頬に触れる。指先に伝わるぬくもりに、呼吸が深くなった。
「……こんなにあたたかいのに」
ゆっくりと顔を近づけ、眉間へ、瞼へ、頬へ、音のない口付けを落とす。眠っているあいだだけでもいい。触れていたかった。
毛布の隙間からそっと手を忍ばせると、中から体温が溢れてきて。その弱さと、かすかな呼吸に胸が締め付けられた。
「……行かせたくないなんて、とても言えない」
鎖骨を指先でなぞる。それだけで、ルイスの喉が小さく震えた。
「……っん……」
かすかな声とともに、瞼がふるりと揺れ、ルイスがゆっくり目を開けた。
「……で、んか……?」
「起こしたか。すまない」
離れようとした手を、ルイスの方が掴んできた。
「……ふふ、殿下の手……あったかい……」
眠気に滲んだ声で囁かれ、理性がゆっくりほどけていく。
「……君がいなくなるのは、やっぱり、寂しい」
肩書きではなく、『男』としての本音が零れる。腕を伸ばして抱き寄せると、小さな体が素直に身を預けてきた。そのぬくもりがあまりに心地よくて、背中を撫でる手に力が入る。
「……少しだけ、このまま」
「……ん……」
ルイスの手が、背中にそっと回ってくる。この温もりが、明日の朝には遠く離れてしまうと思うと、抱き締める腕に力がこもった。
唇を、そっと額に落とす。目尻、頬、耳朶へと、肌の震えを確かめるように、何度も口付ける。
「……んっ、殿下……?」
「寝ていてもよかったのに。君の声を聞いたら、抑えがきかなくなってしまった」
毛布を少しだけ引き下ろすと、襟の隙間から覗いたうなじが、恥ずかしげに少し赤みを帯びていて。舌先でなぞるように触れると、ルイスの呼吸が跳ねた。
「……あっ……」
その反応が可愛くて、耳朶を甘噛みする。びくっと震える体を抱えたまま、鎖骨に唇を寄せた。
「で、んか……っ」
「少しだけ……君を感じたい。触れるだけだから」
「……ぜったい、嘘……っ」
胸元へ忍ばせた手で、ルイスの肌の温もりを愛おしげに撫でながら、下腹へとそっと降ろしていく。指先で硬くなったところを優しく撫でると、ルイスの体は素直に熱を帯びた。
「っ……や、そこ……は……」
「そこは?」
気持ちよさで甘くとろけた表情が、たまらなくて、手のひらでゆっくりと擦る。くちゅり、といやらしい水音が静かな部屋に響いた。
「あっ、んっ……殿下……っ」
「……明日、行かせたくなくなるほど……君が恋しい」
本心を囁くと、ルイスの細い腕が背に回り、ぎゅっと私を抱きしめた。
「……大丈夫……帰ってきます……必ず」
「ああ。信じている」
けれど。今だけは、今夜だけは、この細い体を、離したくなかった。唇を重ね、ほどけるようなキスを交わす。深く求めれば、舌先が触れ合い、甘く息が混じった。
このまま進んでしまいたくなる衝動が全身を駆け上がる。でも、胸を押す小さな手が、ふるりと震えながら告げた。
「……今日は……これ以上は……」
しばらく沈黙したあと、私は深く息を吐き、毛布を整えてルイスを包んだ。
「……そうだな。明日がある。君の体を疲れさせるわけにはいかない」
前髪を掻き上げ、額にそっと口付ける。ルイスが優しい笑みを浮かべた。
「……ありがとうございます」
「でも、帰ってきたら……そのときは……遠慮はしない。覚悟しておけ」
「~~~っ……もぉっ!」
真っ赤になって顔を胸に埋めるルイスを抱きしめながら、静かに瞳を閉じた。明日、手放すその背中を、今だけは腕の中に閉じ込めていたくてーー。
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