フラワー・マリッジ ― 咲かぬ花嫁は、王のために咲く ―

霜月@如月さん改稿中&バース準備中

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第三章 王都編

第六十七話 『真実を抱いて、壇上へ』

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 ひとつ、深く息を吸った。


 心臓が痛いくらいに鳴っていて。足の裏が、冷たい床に吸い付いて離れない。それでも、握りしめた帳簿は手放さなかった。


 ……ここで、退くわけにはいかない。


 そっと涙を指先で拭い、壇上に置いた帳簿を持ち上げる。皆の視線が集まるのを、怖いと思う前に、真正面から受け止めた。


「……これが、ブランシェ家で保管されていた取引の記録です」


 ざわ……と空気が揺れる。張りつめていた静けさに、小石が投げ込まれたようなざわめきが立つ。


「ノクティア。その流通に関わる詳細が、日付と名義付きで記されています」


 動揺が波紋のように広がっていく。肩にそっと、リアム殿下の手が添えられた。


 強くもなく、押しつけでもなく。ただ、そこにいると、信じて、支えてくれているみたいで、喉の奥が熱くなる。それでも目を伏せることなく、前を向いた。


「……読み上げます」


 声は震えていなかった。いや、震えていたかもしれない。でも、張り詰めた覚悟だけは、確かにここにあった。


「第七期・第十三月。セリュフィーネ抽出成分、試作香水として外部提供……『アルヴァ公爵邸』、名義『カミュ』」


 息を呑む音が、あちこちから聞こえた。壇上から見渡せば、誰もが言葉を失っているのが分かった。


「同月、『試作品第二号』納品先ーー『調香研究局裏口』……受取印、偽名にて登録」


 記録は嘘をつかない。誰かの憶測でもない。書かれた証拠だけが、淡々と、場を塗り替えていく。その中で、ひとり、明らかに顔を歪めたのが、ノエルだった。


「ま、待って……その帳簿、本物とは限らないんじゃ……!」
「証拠は他にもあります」


 迷いはなかった。ノエルの目を、真っ直ぐ見る。怯える自分は、もうどこにもいなかった。


「小屋に残された空瓶。使用済みの調香書類。それから……あなたの筆跡も、複数の文書に残っていました。『ノエル様』」


 ノエルの顔から血の気が引く。立ち上がろうとした椅子が軋み、会場のざわめきが一気に膨れ上がった。


 貴族たちは顔を見合わせるけれど、誰も言葉を発さなくて。名を出すことを、恐れているように見えた。そんな沈黙を、リアム殿下の声が裂いた。


「……すべては、『カミュ・アルヴァ公爵』が仕組んだことだ」


 一斉に向けられた視線の嵐の中、殿下だけが、静かに立っていた。


「ノクティアを王政に黙認させるための偽装だ。貴族に根を張らせ、調香研究局すら操る陰謀……すべて、記録に残っている。証人も、物証も、ここにある」


 その言葉が落ちた瞬間、議場が爆ぜるように騒然となった。


「アルヴァ公爵が……?!」
「まさか……あの家が……」
「王宮の後ろ盾を得るために……!」


 ざわめきの中、誰かが席を蹴って立ち上がる音がした。だけど、カミュの姿はすでになくて。俺は、震える手で帳簿を差し出した。


「……どうか、正しく裁いてください」


 視線を巡らせる。先ほどまで目を伏せていた相手たちが、いまは俺を見上げていた。


「死の花が、本当に『死』であるのか。毒花を、誰が利用しようとしていたのか。今こそ、それを問いただすべきです」


 言い終えた瞬間、場に落ちたのは、重く、深い沈黙で。数え切れないほどの視線が、俺を射抜く。息を詰めるような静けさに紛れ、ふと、頭に触れる温もりがあった。


 驚いて横を見ると、リアム殿下がいつの間にかすぐ傍に立っていて。何も言わず、ただ、俺の手を取った。あたたかくて、少しだけ震えている指先に、胸がじんと揺れる。


「……十分だ」


 低く、静かなその声に、ざわめきかけた議場が、再び黙する。殿下は俺の手を握ったまま、一歩、前へ進み出た。


「この件についての裁定は、王権において引き取る。これ以上の議論は不要だ」


 異を唱えようとする気配は確かにあったはずなのに、誰ひとり、声を上げなくて。俺の手を包む殿下の指に、ぐっと力がこもる。


「行こう、ルイス」


 名前を呼ばれただけで、胸が、熱くなった。


「……はい」


 短く答えて、目元を落とす。震えそうになる心を必死で支えながら、殿下の隣に並ぶ。すぐに、殿下が俺の歩幅に合わせて歩き出した。


 議場の中央を横切る間、無数の視線が刺さる。それでも、もう怖くはなかった。握られたこの手が、決して離れないと、告げていたから。


 重厚な扉の前で、殿下が立ち止まる。ほんの一瞬、俺にだけ届くほどの声で、そっと囁いた。


「……愛している」


 不意に、涙が溢れそうになりながらも、薄く笑みを浮かべ、ただ、殿下の手をきゅっと握り返す。重厚な扉が開き、外の光が差し込んだ。


 そのまま、ふたりで振り返らずに前へ進む。背後で、どれほどの波紋が広がろうと、関係ない。俺たちは、この戦いに勝利したのだから。

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