フラワー・マリッジ ― 咲かぬ花嫁は、王のために咲く ―

霜月@如月さん改稿中&バース準備中

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第三章 王都編

第六十六話 『涙の帰還』

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 夜が明けきらない空の下、徒歩で王都へと向かう。何度も足を止め、息を整え、そのたびに胸に抱えた帳簿をぎゅっと確かめた。


(大丈夫。きっと……間に合う)


 王宮の尖塔が見えた瞬間、胸にふっと熱が広がる。けれど、隣で門を見つめるロジェの表情は険しく、空気の張り詰め方が、ただ事ではないと教えてくれた。


「……政務庁へ。殿下は、きっと今も会議の場におられるはず」
「……うん」


 強く頷いて、帳簿を抱きしめ直す。王都の空はもう、夜の終わりを告げていた。


 *


 政務庁の重厚な扉の奥、議場は緊張と敵意に満ちていた。


「ノクティアの黙認について、殿下の説明は不十分ですな!」
「王族が知らぬとは到底思えません!」
「花生みとの私的な関係を優先している、との声も……!」


 突き刺すような言葉が、議場に渦巻く。鋭い視線が壇上に集まり、私は黙して座し、ただその全てを受け止めていた。


(……ルイス……)


 彼の名を、胸の内で呼び続ける。弱音など吐ける場ではない。だが、あの子が今ここにいてくれたなら。もう少し気持ちを強く持てるかもしれない。なんて、心の中で、そう願った、そのときだった。


「失礼しますっ!!」


 扉が、風を巻いて開かれた。議場に朝の光が差し込む。その中に、ひとりの青年が帳簿を抱えて立っていた。泥で裾を汚し、髪は風に乱れている。でもその姿はまっすぐで。誰よりも、眩しかった。


「……ルイス……?」


 思わず名を呼ぶと、青年の眼差しがこちらを捉えた。まっすぐで、濁りがなくて、そのままぶれずに、壇上へと歩み出る。


「この証拠を……見てください!」


 響き渡った声に、ざわめきが広がる。ルイスは怯まず、帳簿と取引記録を壇上に置いた。埃まみれの背表紙と、にじんだインクの明細が目に留まる。


「これは、毒花ノクティアを用いた調香材料の流通記録です。貴族の薬剤庫との繋がりも明記されています。ブランシェ邸の、古い小屋に隠されていました」


 ルイスの声は震えていた。けれど、それは恐れではなくて。決意が、彼を支えていることが分かった。


「ルイス・ブランシェとして……命をかけて、この記録を届けに来ました」


 静まり返る議場。誰もが、その真っ直ぐな声に言葉を失った。席を立ち、誰の声も耳に入れず、ただ真っ直ぐに壇上へ向かう。そして、そのままルイスを強く、大切に、抱きしめた。


「……よく、戻ってきた」
「っ……殿下……」


 胸元に落ちた声が、余りにも弱々しくて、胸が痛む。だからこそ、抱きしめる腕にさらに力を込めた。


「どれだけ……どれだけ、心配したと思っている……!」


 ふっと目を上げたルイスが、瞳に涙を滲ませて笑った。


「……まだ、二日くらいしか離れていないと思います」
「……関係ない」


 震える声で返し、そっとルイスの頬に手を添える。その肌の冷たさが、戻ってきた現実を知らせていた。


「……もう二度と、ひとりにしない」


 そう言った瞬間、ルイスの目から、ぽろりと涙が零れた。


「……怖かった。けど……届けたかったんです。殿下に、俺の力で」


 小さな手が私の胸元をぎゅっと掴み、縋るように抱きつく。心の奥底からの震えが、布越しに伝わってくる。


「怖くて、寒くて、ひとりで……でも……殿下が待ってるって思ったら、前に進めたんです……」


 しゃくりあげながら、そう告げるルイスを、無言で抱きしめ返す。けれど、何も言うことが出来なくて。言葉なんかでは足りないほど、胸が熱くなる。


 この手の中にあるものは、ただ守るべき存在ではない。恐れも弱さも、すべてを乗り越えて、誰よりも強くここへ帰ってきた。その事実が、愛しかった。


「……だから、キスして? リアム殿下」


 唇に浮かぶのは、かすかな震えと、誇らしさで。その言葉に、迷わず顔を寄せた。朝の光に包まれながら、唇が重なる。


「……ありがとう。帰ってきてくれて」


 ルイスの目から、また一筋の涙がこぼれた。

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