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19:二人の決意
しおりを挟む「おお、これはトマトでは?」
畑に植えられている苗はいったい何なのか調べていると見覚えのある黄色い花が咲いていた。玉ねぎや人参っぽいのもあるし食料としてはなかなか役立ちそうだ。
「うーん、あとはじゃがいもとかカブとかほしいなぁ」
なんて家庭菜園拡大への夢を膨らませていた時。
「ティナ様ぁ!」
「アレクシ!?どうしたの、その顔!?」
「おじさんが、ママのっ」
アレクシが泣きながら畑に飛び込んできて平凡な一日は一転した。泣きじゃくってるアレクシは頬を真っ赤に腫らしている。おそらく叩かれたのだろう。
とにかく話を聞こうとアレクシを家の中に入れた。しゃくりあげてうまく話せないアレクシの背中をとんとんと撫でるとぎゅっと抱きついてきたので落ち着くまでそのままでいる。
「大丈夫だよ」
「ん、うん、」
「よしよし…つらかったね」
こんな小さい子を痛々しく泣かせるようなことあってはならない。アレクシの泣き声を聞いているとこちらまで胸が痛くなってくる。
しばらく泣いていたが少しずつ会話ができるようになった。そして、アレクシが泣いたのは叩かれたからではないとわかった。
「ママの宝石、おじさんとおばさんがとった」
「宝石?」
「ママが死ぬまえに僕にくれたんだ。でもおじさんがお前を育ててやってる代金だからよこせって。イヤだって言ったら叩かれた」
気が遠くなりそうになった。何だそれは?
これはちょっと看過できない問題だ。スレヴィ様のお墨付きももらったしここは介入させてもらうことにした。
**
ひとまずアレクシの赤くなった頬を冷やし、お腹に食べ物を入れさせると少しだけ落ち着いたようだ。何も食べてなかったみたいだがこの間のような食欲はなかった。
おそらく不安で胸がいっぱいなのだろう。
手を繋いでアレクシの住む家までやってきた。すると中から話し声が聞こえたので窓の方に回りこっそり中を見る。まだ昼間だというのに二人はワインを飲んでいた。テーブルの上のボトルは二本。すでにほろ酔い状態にも見える。
「虐め倒したらそのうち出て行くだろう」
「あんな厄介なの押し付けられてホント迷惑だわ」
ふざけてる!どこまで子供の小さな心を壊したら気が済むんだ。拳で窓ガラスを割ってやりたい心境だがまだ我慢だ。
「はぁ~早くこれ換金したいわぁ。いったい幾らぐらいになるのかしらねぇ」
「この間のより更に言い値がつくんじゃねぇか?今度は酒が何本買えるかな~」
イヤらしい顔でそのブローチを摘まみニヤニヤしている夫婦に怒りのメーターが上がってくる。
「あ、あれ、ママの…一番だいじな」
ポツリとアレクシが隣でつぶやいた。その目には涙がみるみる溜まっていく。
もう我慢できない、爆発寸前、いや、爆発だ!
「アレクシ、あなたのことは私が守ります。だけどもし私に何かあった時は一人で生きていく覚悟はある?」
「え…」
「あの夫婦と離れることに後悔はない?」
たった五才の子供に酷なことを尋ねていると思う。こんな酷い夫婦でも今まで育ててくれたのだ。少しぐらいの恩はあるだろうから無理にとは言わない。
「僕は、もうこの家には帰らない!」
「よし。私を信じてちょっとの間我慢して黙っててね」
その決心を聞くや否や私はアレクシの首根っこを掴んで扉を勢い良く開けた。突然の乱入に夫婦は飛び上がって驚いている。
「な、何だアンタは!」
「あら、わたくしを知らないの?」
そしてパッとわざとアレクシを投げるように落とす。
「わたくしはクリスティナ・シルキア。ここイヴァロンを治めている伯爵家の娘よ」
「はは、あの人殺しで追放されたっていうとんでもない娘か」
「人殺しで追放?このわたくしが?まさか」
ハッと吐き捨てるように言う。アレクシも突然の変化に驚いているようだ。
うん、自分でもちょっと恥ずかしいからあんま見ないで。でもこういう悪役令嬢っぽいの一度はやってみたかった。
「わたくしはこの村に病気療養で来ていますのよ。第一、人を殺していたらこんなところにいるわけないでしょう。あなたたち夫婦はそんな馬鹿みたいな噂信じてたのかしら?」
嘘八百。こんなピンピンしてて病気療養とか笑える。でも夫婦は戸惑っているようでお互いの顔をチラチラ見ている。
「まぁ今はそんなことどうでもいいわ。それより!」
ピシッとアレクシを指差す。アレクシがびくりと反応した。
「こちらのご子息がシルキア伯爵家の屋敷の柵を壊したんですの。弁償してくださる?」
「は、いや、そんなっ!」
「アレクシは実の子供ではありませんので私たちに責任はありません!」
はぁ?どこまでもクズだな、コイツら。
「そうなの?でも保護者なのでしょう?それは払って当然でしょう」
「保護者ではなくちょっとの間預かっているだけの他人だ!」
「それに家にそんなお金はないわよ!」
よし、保護者ではないと言質が取れた。
「…あら?良いものを持っているではありませんか!それを頂くわ!」
ぱしっとブローチを取り上げると夫婦が慌て出した。二人にとってかなり価値がある物だとわかる。
「待ってください!それはこの子の母の形見で!」
「親の形見というものは子を守るためにあるのではなくて?これで守れるなら母親も本望でしょう。それにあなた方は保護者ではないと言ったのだからこれはこの子の物よ。どうしようがこの子の勝手だわ」
「っ…しかし…お金が」
本当にお金のことしか考えてないのだな。少しくらい情があると期待したがそんなこともなさそうだとがっかりする。
「あら…でも…とても良いものだけどこれではまだ足りないわね。何せシルキア伯爵家の屋敷の柵は最高級の木材を使っているのよね…残りの代金はどうしようかしら?」
伯爵家、最高級という言葉を前面に押し出してビビらせる。シルキア伯爵家からあなた方に請求書を出しても良いけれど…と呟いたら夫婦の体がぴくりと跳ねた。
「そうだわ!この子を頂くわ!」
「へ…」
「わたくしの手足となって働いて頂きます。それでどうかしら?」
「それはいい!どうぞどうぞこんな子で良ければ差し上げます!」
厄介者がいなくなるといったような表情で夫婦は盛大に頷いた。……本当にどうしようもないな。
早く準備してきなさい、と声を掛けるとアレクシは急いで荷物を取りに行った。
**
アレクシはずっと黙ったままだ。結構ひどい言葉も使ったしあの夫婦からひどい言葉を引き出した、と申し訳ない気分になる。そしてあっさりあの夫婦に捨てられたとも思っているだろう。
手を引いて家まで帰ってきた。扉の前でしゃがみこみアレクシに目線を合わせる。
「いい?これからは水汲みではなく私としっかり勉強するの」
「え…」
「文字や数式だけではなく生活力を身につけましょう」
「…うん」
「そしてしっかり遊ぶこと。これが一番重要よ!できる?」
「はい!」
「よろしい」
アレクシの小さな手に母親の形見をしっかり握らせた。その握りしめた小さな手を大事そうに胸に持っていった時、これは“宝石”ではなく“母親”なんだと実感する。
本当の母親にはなれないが、
「よし、アレクシは今日から家の子よ!」
「うん!」
良い返事と共にアレクシが笑顔で抱きついてきた。たった一人でも笑顔にすることができるのなら、私もここに来た意味があったのではないか。
(良かった…)
「あ、そうだ!家に入る前に」
隠蔽工作としてアレクシと一緒にこっそり家の柵を一部蹴り壊しておきました。マルチな才能を持つ王子様が今度来たときに直してもらおうと思います。
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