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33:白紙
しおりを挟む王城、謁見の間 ――
お宅訪問みたいに軽いノリで言ってたくせにものすごい大事になってる気がしてめまいがした。謁見の間の前方には国王様と王妃様が鎮座しており、その手前にはリクハルド様、スレヴィ様が悠然と立っている。まさか国王様と王妃様に謁見するとは夢にも思わなかった。しかも私だけカジュアルな感じのドレスを着ていて完全に場違いだ。
(騙された!もう帰りたい!)
本日ここに呼び出されたのはランタラ侯爵、ソフィア様、ヘレナ様、そして私だ。ご令嬢二人はわかるがなぜ婚約者候補ですらない私まで含まれているのかまったくわからない。
昨日は一日庭園を案内してもらったり絵画を見せてもらったりで本当にお城案内ツアーをしてくれたので油断していた。アレクシは今トピアスが面倒を見てくれているが私も早くそっちに行きたい!アレクシに癒されたい!
「今日皆を呼んだのは他でもない、リクハルドの婚約のことだ」
国王様の威厳のある声が謁見の間に響いた。確かにこの面子ならその話以外ないだろう。
「まずはエルヴィ嬢だが、バカンスでクリスティナ嬢を殺害しようと企てた罪、そしてユーリア嬢と結託し他の婚約者候補を陥れようとした罪ですでに捕縛している。その父、レフトラ伯爵においては側近という立場を利用して私腹を肥やしていた。王室を欺き、民を欺く行為決して許されることではない。こちらもすでに捕縛しているが…爵位の剥奪は免れないだろう」
国王様の言葉にそれが妥当だと思ったのだろう、ランタラ侯爵が深く頷いた。
「そしてクリスティナ嬢においてはリクハルド自ら婚約者候補から外した。間違いないな」
「はい。間違いありません」
リクハルド様が肯定する。身の潔白が証明されたしもしかして撤回するかなとも思っていたので少し意外だった。
「そしてヘレナ嬢とソフィア嬢だが…二人はリクハルドとの婚約について率直にどう思っているのか聞かせてもらいたいと思っている」
どうだ?と尋ねられたヘレナ様がはい、と頷く。
「恐れながら私は辞退したいと思っております」
「ほう…何故だ?」
「殿下は想っている女性が居られるようなので。私は私を愛してくれる殿方と一緒になりたいのです。父もこの件に関しては私に一任しておりますので特に異存も出ないかと」
忖度一切なしの清々しい物言いに国王様が「正直だな」と笑った。隣に座る王妃様も頷いているし、こういう物怖じしないヘレナ様はものすごくカッコ良くて憧れる。
「ではリクハルド殿下の婚約者は我が娘のソフィアで決まりということですね」
「まぁ自動的にそうなるな」
国王様が頷くとランタラ侯爵はホッとしたように頷いた。娘が将来国母になる、それを信じて疑わなかった侯爵にとってはこの上ない喜びだろう。ソフィア様に目を向けると目を伏せているだけでどう思っているのかはわからない。
「ソフィア嬢、リクハルドの妻となることに異存はないか?」
「わたくし、は…」
「もちろんです!幼い頃から殿下の妃になるようにと育てております。異存などあるはずありません」
「ランタラ侯爵、私はソフィア嬢に聞いているのだ」
何か言いたいことを我慢するかのようなソフィア様が話し出すまで国王様は責めることなく待ってくれている。ランタラ侯爵だけがプレッシャーをかけるように娘をじっと見ていた。
「……わたくしはリクハルド殿下の婚約者候補を辞して医療の研究に励みたいと思っております」
「はっ…!?ソフィア!お前は何を言っているんだ!」
「女性には険しい道です。ですがここに居られるヘレナ様は立派に会社を経営しておられます」
「うむ。ヘレナ嬢含むスヴェント一族は男女関係なくその手腕を発揮していると私の耳にも入ってきている。頼もしい限りだ」
国王様は深く頷き、ヘレナ様に視線を向けるとヘレナ様は、ありがとうございます、と一礼した。
「それにクリスティナ様は一時は追放という過酷な環境に置かれても負けることなく領地の改善に努めておられます」
「うむ、それも聞いている。素晴らしいことだ」
まさか自分も誉められると思わず驚いたが私も礼を言い一礼する。視界の端で二人の王子様が軽く微笑んだのが見えた。
「わたくしも皆様のように人の役に立つことで国を支えていきたいのです!」
そう言い切ったソフィア様に国王様も王妃様も嬉しそうに微笑んだ。
「陛下、このように女性が活躍していくこの国は安泰ね」
「うむ。実に素晴らしい!これからの時代は男女関係なく個々が持つ能力をどんどん発揮していってもらいたい」
王妃様の言葉に国王様が頷き拍手する。国王様が、では、と言いかけた時悲痛な声が謁見の間に響いた。
「お待ちください!」
案の定ランタラ侯爵が慌て出した。それはそうだ、自分が描いていた未来が今崩れてしまったのだ。
「何かの間違いです!私は娘を王妃とするために今まで育ててきたのです!」
「お父様、お止めください!」
「そうだ…この場にシルキア伯爵家の娘がいること自体がおかしい…養子とはいえ犯罪者を出した家だ…爵位だって剥奪されてもおかしくないはずだ」
ランタラ侯爵がぶつぶつと恨みつらみを口にし始める。
確かに侯爵の言うことは間違いない。カルミ子爵のことは養子に来る前の話だったとしてもソフィア様を怪我させたのはユーリアだ。家名にも大きく傷がついたが、それを防げなかった自分たちにも責任がある。父はユーリアの養子を解消しないと言っているしこれから厳しいこともあるだろうが甘んじて受け入れるつもりだろう。爵位を剥奪されずに済んでいるのは国王様の恩情に他ならない。
「侯爵、ソフィア嬢の意志とシルキア伯爵家のことは何の関係もない」
「しかしっ…。殿下だ…リクハルド殿下がソフィアと婚姻したくないから娘に言わせているのでは?そうだろうソフィア!」
「お父様!」
何としてでも娘を王子様と結婚させたい。その気持ちは理解できるが段々見苦しくなってきた。リクハルド様はピクリとも動かず黙ってランタラ侯爵を見据えているだけだ。
「娘の意志を尊重せずに無理やり婚姻させたいだなんて侯爵はよっぽど王家の後ろ盾が欲しいと見える」
「っ!」
スレヴィ様が冷たく言い放つとランタラ侯爵がギロッと睨んだ。相手は王子様だということももう忘れてしまっているのではないか。
「そのようなことを言ってよろしいのですか?それに逆ではありませんか。有事の際には我々一族が手を貸さねば国はどうなることか」
「なるほど、そうか。ランタラ侯爵は民を見捨てるのか」
「っ…!」
国王様の言葉にランタラ侯爵の顔が青ざめた。自分の言ってしまったことの重大さに気がついたのだろう。
「娘を王太子妃にしないのであれば民が病や怪我に苦しんでいても見捨てる、というのだな侯爵は」
「いえ!そ、そのようなことは決して!」
「…感染症収束のために尽力を尽くしてくれた先々代が聞いてあきれるな」
先々代のランタラ侯爵が感染症収束の為に身分関係なく民を助けた、という話は誰もが知っている。その時は本当に純粋に国を助けたいという思いだったのだろう。代が変わっていくと権力や富を増大させる事に必死になり方向性が変わっていくというのは古今東西よくあることだ。
「侯爵の隣領地…レノイのことだが。レノイは近年医療に力を入れている。そこに総合病院ができるのを裏から手を回し阻止したらしいな?相当姑息な手を使ったと調べもついている」
「な、それは…」
「医療はランタラ一族だけのものではない」
国王様の静かだが威厳のある声にランタラ侯爵はついに黙り込んだ。悔しそうに拳を握りしめているが、今この場で何か言い返すことは不可能だろう。国王様は侯爵を一瞥すると小さくため息を吐いた。そして、
「ではソフィア嬢、ヘレナ嬢の決断に敬意を表し、リクハルドの婚約者候補はこれを以て白紙とする」
国王様の力強い発言により、長い間婚約者候補としていた令嬢全員が自由になった瞬間だった ――
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