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16:リクハルドの苦悩

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 シルキア伯爵領イヴァロンから馬を走らせて約一時間。途中の街で待たせていた護衛と合流して馬車に乗り込む。ここから王都までは馬車で戻る計画だ。

(ティナに会えて良かった…)

ティナが学校を去ってからいてもたってもいられずシルキア伯爵家に行ったが既に屋敷を出た後だった。シルキア伯爵に直接話を聞くことも叶わず、執事に伯爵からの手紙だけを受け取りイヴァロンまで追いかけてきたのだ。

会った瞬間に罵られることももう二度と来るなと言われることも想定したのにティナはそのどちらもせず、俺は謝ることさえできなかった。

ぼんやりと馬車の窓から外を眺める。馬車はゆっくりと街を離れ、ティナからもだんだんと距離を広げていく。

(さっき別れたばかりなのにもうティナに会いたいな…)

幼い頃から幾度となく同じ時間を過ごしたがあんなにコロコロと表情を変えるティナを見るのは初めてのことだった。可愛くて、楽しくて、なかなかそばを離れられずについ一晩過ごしてしまった。
いつもは黙々と本を読んでそれ以外の事となると退屈そうな顔をしていたが、別にそれが嫌だったというわけではない。なぜかティナのそばにいると心地良さを感じていたからつい会いに行ってしまっていたんだと思う。

(ダメだ…絶対に嫌だ…絶対に無理だ)

ティナに会えなくなるなんて。
生きてさえいてくれればそれで良いと思っていたがとんでもなかった。




隣国での遊学中に思わぬことが起こった。王太子の婚約者候補の一人に挙がっていたとされる令嬢が暗殺されたのだ。後で聞いたが王太子とその令嬢は心を通わせていたという。
その話を聞いてから俺は、ティナがいつか何かの陰謀に巻き込まれるのではないかという不安にさいなまれてしまった。

陛下や母親はティナを婚約者とすることに特に反対はしておらず、好きな人と一緒になれば良いという考え方だ。
しかし様々な思惑を持っているであろう側近を説得するのは難しかった。一人に絞ることでティナが狙われる可能性があると散々言われ、幼かった俺は側近の言われるがまま何人かの候補を立ててしまったのだ。

遊学から戻って早々に呼び出され、ティナを巻き込む事件が起こったことを知った。まるでタイミングをはかったように起こった事件に遊学先での出来事が頭によぎり、俺にはそれが脅しのように感じた。

以前海で足を引っ張られた事件だってまだ全容が掴めていない。あの時だって生きた心地がしなかったのだ。

このままティナを婚約者候補に縛り付けているといつか失ってしまうかもしれない。
―― 隣国の、令嬢のように。

混乱していた俺はティナをあの場でかばうこともできず深く傷つけてしまったと今は後悔しかない。

「はぁ…何やってんだ、俺は」

ティナはたぶん自分の思いを飲み込んだ。俺を恨むことなく、それどころか俺の心に寄り添って慰めてくれた。

優しい声と柔らかい体で ――

「!」

昨夜のことを思い出してしまったら体が熱くなってくる。ヤバイ。

(ティナが欲しい…)

「あー!ダメだ!好きすぎる!」
「リクハルド様」
「うおっ!?」

名前を呼ばれて盛大に体が跳ねた。
そうだ、斜め向かいには護衛のトピアスが座っていた。すっかり忘れてた。

「何かすまん…」
「いえ、リクハルド様の百面相は非常に面白かったです。特に顔を赤くして前屈みになっていくところとか」
「いちいち言うな!」

はぁ、とため息を吐く。

「そんなに好きなら物にしてしまえば良かったのでは?クリスティナ様なら責任取れだなんて言わないでしょう」
「ダメだろ、そんないい加減なこと」

はぁ、と今度はため息を吐かれた。臣下のくせに生意気な。

「で?」
「はい、少し気になる情報がありました」
「ん」

その先を促す。

「カルミ子爵邸に従事していた元メイドと接触できたのですが、それによると――」
「……」

調べることは多岐にわたる。たぶんスレヴィも動いているだろう。
まずは、ここからだ。

「…行き先を旧カルミ子爵領へ変えてくれ」

ティナを陥れたあの女。
絶対に、あの女だけは許さない ――

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