28 / 62
28:ユーリア・シルキア
シルキア伯爵家の養女になって三年が経った。カルミ子爵家に居た頃とは比べ物にならないくらい上質なドレスを着て今日も淑女を演じる。校内を歩いていると時折熱の籠った視線を向けられるが、気付かない振りをして向こうからのアプローチを待つ。
(ふふ、今度はどんな風に翻弄しようかしら)
こんなことを考える度に私には賤しい血が流れていると実感する。だがそれも嫌な気分ではなかった。
私はカルミ子爵家の令嬢として育ったけれど、カルミ子爵の子かどうかなんてわかったもんじゃない。表向き母はシルキア伯爵の妻、メリヤ夫人の妹であるミンナ夫人とされているが実際はそうではなかった。これはカルミ家の最重要秘密事項だ。
体が弱かったミンナ夫人にはなかなか子供ができなかった。それを聞き付けた母、イーネスがメイドとして入り込み、カルミ子爵をその美貌で誘惑したのだ。カルミ子爵を落とした頃にはすでに執事や警備兵など男性使用人を掌握していたらしい…もちろん体を使って。
だから実際私は誰の子かなんてわからない。母は正妻が住むその屋敷でやりたい放題贅沢な生活をし、いつもワイン片手に男を手懐けたことを自慢気に話してた。
子供の頃に一度母が屋敷の使用人を篭絡するところを見てしまったことがある。―― 衝撃だった。私が覗いていることに気がついた母はこうするのよ、とまるで指南でもするかのように見せつけてくる。…賤しい女だと思った。だけど恐らくこの時に、こうやったら男は簡単に落ちるのだと私の脳裏に刻み込まれのだろう。
ミンナ夫人が亡くなった後、カルミ子爵領はいつも赤字であると知った。このまま母が贅沢三昧していたら私が好きなようにできない…だから私はシルキア伯爵家に乗り換えようと画策したのだ。母や男たちを上手く使って。
そうしてうまく入り込んだシルキア家でどうしたら私が主役になれるか画策していた時偶然にもクリスティナを陥れようとしていたエルヴィの存在に気がつき手を組んだ。
ソフィアを階段から突き落としたあの事件の後はみんな私に同情的で、声をかけてくれる人がたくさんいたから友人もできた。か弱い乙女を演じているせいか男に好意を寄せられることも度々ある。
(だけど本当に欲しいものはなかなか手に入らないわ…)
狙っていたスレヴィ様は校内ですれ違うと微笑んではくれるがすぐにかわされてしまう。あの夜会の時、優しく慰めてくれたのはいったいなんだったのかと思うほどその瞳は冷たい。
私を初めて見た時頬を染めたリクハルド様は簡単に落とせると思ったのに今では挨拶すら無視されている。今まで感じなかった威圧感を剥き出しにし、同級生さえ寄せ付けなくなっているそうだ。
姉が学校を去ってから二人の王子にとって自分が“クリスティナの妹”としてしか認識されていなかった現実を突き付けられた。姉がいなければそこら辺の令嬢と同じ、他人。
(…おもしろくないわ)
せっかく姉を伯爵家から追い出したのに。姉が持ってるもの全部私のものになると思ったのに。
クリスティナは私の目から見ても相当美しい。しかも本人はそれをまったく鼻にかけていないし自身の美貌に興味もないようだった。
本を読んでるだけなのに両親に可愛がられ、本を読んでるだけなのにメイドにもチヤホヤされ、本を読んでるだけなのに二人の王子様にも好かれている。何の努力もしていないのに私が欲しいものはすべて手に入れていることが許せなかった。
身に付ける物も口にするものもカルミ子爵家にいた頃より数段高価なものになったのに…クリスティナがいるせいで私はいつも劣等感を感じていた――
「ユーリア嬢!」
「あら、ヴァロ様。ごきげんよう」
にっこり微笑めば頬を染める。男なんて単純だ。この男はこの間参加した夜会で知り合ったパルシネン侯爵家の令息だ。夜会の時にヴァロ様の前でふらついて支えられたことがきっかけで学内でも声を掛けてくるようになった。地位もお金もあるのだろうけど容姿は至って普通だ。二人の王子様とは比べものにならない。
「今度一緒に観劇でも行かないか?」
「本当ですか!?とっても嬉しいです!」
でも、と困った表情を見せる。
「ヴァロ様の婚約者の方に悪いわ…」
「いや!親が勝手に決めた婚約者だから良いんだ。俺は君の事が…」
「ヴァロ様…」
人のものを奪った瞬間が一番愉しい。
ひっそりと身を寄せて小指を絡ませるとヴァロ様の瞳の奥には私への欲がハッキリ浮かんだ…だけどそれに応えるのはまだ早い。
(もっと、もっと私は大きなものを手に入れるのよ!)
侯爵家より公爵家、公爵家より王家…より権力と富を持つ家が良い。だけど王子様二人を狙うにはもう絶望的だ。そう思う度クリスティナが脳裏をかすめ苛立ちを覚える。
相当な田舎に行かされたとメイドから報告を受けたがまだ安心なんかできない。本当ならもっと追い詰めたかった。
(…だけど最近なぜか協力者との連絡が途絶えたのよね…)
小さくため息を吐くとそれに気がついたヴァロ様が覗き込んできた。
「ユーリア嬢…浮かない顔だけど何か悩み事かい?」
「いいえ…何でもないの」
「俺にできることなら何でもするからね」
「ヴァロ様…」
心配そうな顔をするヴァロ様の腕にしなだれかかる。するとヴァロ様が息を呑んだのがわかった。本当に単純な男だと思う。
(何でもする?じゃあクリスティナを消してくれる?)
この男にそんな大それたこと出来るわけない。そんなことを思いながら、ひとまずできる手だけでも打っておこうと私は小さく笑みを浮かべたのだった。
あなたにおすすめの小説
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
幼馴染の生徒会長にポンコツ扱いされてフラれたので生徒会活動を手伝うのをやめたら全てがうまくいかなくなり幼馴染も病んだ
猫カレーฅ^•ω•^ฅ
恋愛
ずっと付き合っていると思っていた、幼馴染にある日別れを告げられた。
そこで気づいた主人公の幼馴染への依存ぶり。
たった一つボタンを掛け違えてしまったために、
最終的に学校を巻き込む大事件に発展していく。
主人公は幼馴染を取り戻すことが出来るのか!?
皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。
この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。
そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。
ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。
なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。
※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
【完結】妹ばかり愛され追い出された姉ですが、無口な夫と暮らす日々が幸せすぎます
コトミ
恋愛
セラフィナは、実の親と、妹によって、家から追い出されることとなった。セラフィナがまだ幼い頃、両親は病弱なカタリナのため設備環境が良い王都に移り住んだ。姉のセラフィナは元々両親とともに住んでいた田舎に使用人のマーサの二人きりで暮らすこととなった。お金のない子爵家な上にカタリナのためお金を稼がなくてはならないため、子供二人を王都で暮らすには無理があるとセラフィナだけ残されたのだ。そしてセラフィナが19歳の時、3人が家へ戻ってきた。その理由はカタリナの婚約が上手くいかず王宮にいずらくなったためだ。やっと家族で暮らせると心待ちにしていたセラフィナは帰宅した父に思いがけないことを告げられる。
「お前はジェラール・モンフォール伯爵と結婚することになった。すぐに荷物をまとめるんだ。一週間後には結婚式だ」
困惑するセラフィナに対して、冷酷にも時間は進み続け、結婚生活が始まる。
0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。
アズやっこ
恋愛
❈ 追記 長編に変更します。
16歳の時、私は第一王子と婚姻した。
いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。
私の好きは家族愛として。
第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。
でも人の心は何とかならなかった。
この国はもう終わる…
兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。
だから歪み取り返しのつかない事になった。
そして私は暗殺され…
次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。
【完結】白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
伯爵家である私の家には両親を亡くして一緒に暮らす同い年の従妹のカサンドラがいる。当主である父はカサンドラばかりを溺愛し、何故か実の娘である私を虐げる。その為に母も、使用人も、屋敷に出入りする人達までもが皆私を馬鹿にし、時には罠を這って陥れ、その度に私は叱責される。どんなに自分の仕業では無いと訴えても、謝罪しても許されないなら、いっそ本当の悪女になることにした。その矢先に私の婚約者候補を名乗る人物が現れて、話は思わぬ方向へ・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています