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28:ユーリア・シルキア
しおりを挟むシルキア伯爵家の養女になって三年が経った。カルミ子爵家に居た頃とは比べ物にならないくらい上質なドレスを着て今日も淑女を演じる。校内を歩いていると時折熱の籠った視線を向けられるが、気付かない振りをして向こうからのアプローチを待つ。
(ふふ、今度はどんな風に翻弄しようかしら)
こんなことを考える度に私には賤しい血が流れていると実感する。だがそれも嫌な気分ではなかった。
私はカルミ子爵家の令嬢として育ったけれど、カルミ子爵の子かどうかなんてわかったもんじゃない。表向き母はシルキア伯爵の妻、メリヤ夫人の妹であるミンナ夫人とされているが実際はそうではなかった。これはカルミ家の最重要秘密事項だ。
体が弱かったミンナ夫人にはなかなか子供ができなかった。それを聞き付けた母、イーネスがメイドとして入り込み、カルミ子爵をその美貌で誘惑したのだ。カルミ子爵を落とした頃にはすでに執事や警備兵など男性使用人を掌握していたらしい…もちろん体を使って。
だから実際私は誰の子かなんてわからない。母は正妻が住むその屋敷でやりたい放題贅沢な生活をし、いつもワイン片手に男を手懐けたことを自慢気に話してた。
子供の頃に一度母が屋敷の使用人を篭絡するところを見てしまったことがある。―― 衝撃だった。私が覗いていることに気がついた母はこうするのよ、とまるで指南でもするかのように見せつけてくる。…賤しい女だと思った。だけど恐らくこの時に、こうやったら男は簡単に落ちるのだと私の脳裏に刻み込まれのだろう。
ミンナ夫人が亡くなった後、カルミ子爵領はいつも赤字であると知った。このまま母が贅沢三昧していたら私が好きなようにできない…だから私はシルキア伯爵家に乗り換えようと画策したのだ。母や男たちを上手く使って。
そうしてうまく入り込んだシルキア家でどうしたら私が主役になれるか画策していた時偶然にもクリスティナを陥れようとしていたエルヴィの存在に気がつき手を組んだ。
ソフィアを階段から突き落としたあの事件の後はみんな私に同情的で、声をかけてくれる人がたくさんいたから友人もできた。か弱い乙女を演じているせいか男に好意を寄せられることも度々ある。
(だけど本当に欲しいものはなかなか手に入らないわ…)
狙っていたスレヴィ様は校内ですれ違うと微笑んではくれるがすぐにかわされてしまう。あの夜会の時、優しく慰めてくれたのはいったいなんだったのかと思うほどその瞳は冷たい。
私を初めて見た時頬を染めたリクハルド様は簡単に落とせると思ったのに今では挨拶すら無視されている。今まで感じなかった威圧感を剥き出しにし、同級生さえ寄せ付けなくなっているそうだ。
姉が学校を去ってから二人の王子にとって自分が“クリスティナの妹”としてしか認識されていなかった現実を突き付けられた。姉がいなければそこら辺の令嬢と同じ、他人。
(…おもしろくないわ)
せっかく姉を伯爵家から追い出したのに。姉が持ってるもの全部私のものになると思ったのに。
クリスティナは私の目から見ても相当美しい。しかも本人はそれをまったく鼻にかけていないし自身の美貌に興味もないようだった。
本を読んでるだけなのに両親に可愛がられ、本を読んでるだけなのにメイドにもチヤホヤされ、本を読んでるだけなのに二人の王子様にも好かれている。何の努力もしていないのに私が欲しいものはすべて手に入れていることが許せなかった。
身に付ける物も口にするものもカルミ子爵家にいた頃より数段高価なものになったのに…クリスティナがいるせいで私はいつも劣等感を感じていた――
「ユーリア嬢!」
「あら、ヴァロ様。ごきげんよう」
にっこり微笑めば頬を染める。男なんて単純だ。この男はこの間参加した夜会で知り合ったパルシネン侯爵家の令息だ。夜会の時にヴァロ様の前でふらついて支えられたことがきっかけで学内でも声を掛けてくるようになった。地位もお金もあるのだろうけど容姿は至って普通だ。二人の王子様とは比べものにならない。
「今度一緒に観劇でも行かないか?」
「本当ですか!?とっても嬉しいです!」
でも、と困った表情を見せる。
「ヴァロ様の婚約者の方に悪いわ…」
「いや!親が勝手に決めた婚約者だから良いんだ。俺は君の事が…」
「ヴァロ様…」
人のものを奪った瞬間が一番愉しい。
ひっそりと身を寄せて小指を絡ませるとヴァロ様の瞳の奥には私への欲がハッキリ浮かんだ…だけどそれに応えるのはまだ早い。
(もっと、もっと私は大きなものを手に入れるのよ!)
侯爵家より公爵家、公爵家より王家…より権力と富を持つ家が良い。だけど王子様二人を狙うにはもう絶望的だ。そう思う度クリスティナが脳裏をかすめ苛立ちを覚える。
相当な田舎に行かされたとメイドから報告を受けたがまだ安心なんかできない。本当ならもっと追い詰めたかった。
(…だけど最近なぜか協力者との連絡が途絶えたのよね…)
小さくため息を吐くとそれに気がついたヴァロ様が覗き込んできた。
「ユーリア嬢…浮かない顔だけど何か悩み事かい?」
「いいえ…何でもないの」
「俺にできることなら何でもするからね」
「ヴァロ様…」
心配そうな顔をするヴァロ様の腕にしなだれかかる。するとヴァロ様が息を呑んだのがわかった。本当に単純な男だと思う。
(何でもする?じゃあクリスティナを消してくれる?)
この男にそんな大それたこと出来るわけない。そんなことを思いながら、ひとまずできる手だけでも打っておこうと私は小さく笑みを浮かべたのだった。
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