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21:買い物日和②
しおりを挟む買い物をひと通り済ませ、帰路も馬に乗りたがったアレクシの為にリクハルド様は馬で、私とスレヴィ様は馬車に乗っていた。帰りもあの暴走馬に乗らなければならないと思っていたからありがたい。…もう二度と乗りたくない。
「王子様二人がイヴァロンに集結とか…また変な噂がたちそう」
「あはは、大丈夫だよ。皆僕らの顔知らないでしょ」
まぁそうかも知れないが。やたら男が出入りする家と思われたらイヤだなー。
「アレクシどうやって保護した?」
「あー、ちょっと強引な手を使った」
事の経緯を話すとスレヴィ様は困ったように笑った。やっぱりまずかったかな。
「なかなか面白い事やったね。それ見たかったな」
「問題になるでしょうか?」
「まぁ大事にならないように手を打つよ。任せて」
本当に頼りになる。
先程まで髪が短くなった私を見てプラチナブロンドのロングが…と嘆いていた人と同じとは思えない。何がそんなに嫌だったのだろうか?
久しぶりに、というか今世では初めて肩にかかるくらいのミディアムヘアになって私はスッキリしていた。
**
「あれ?リリヤちゃんだ」
外からアレクシの声が聞こえ何事かと馬車を下りる。なぜか家の前で一人佇んでいるリリヤちゃんは私に気がつくと泣きながら走ってきた。
「チナしゃまぁ!」
きゅん!
まだティナ様と言えないリリヤちゃんに王子様二人もときめいたことだろう。
おっと、それどころじゃなかった。
「どうしたの?何かあったの?」
「ママがしんじゃう~!」
「え!?」
「◯△¥$※%っ!」
パニックになっているリリヤちゃんが何を訴えているのかは不明だがアイナさんに何かあったことだけはわかる。
「ママは家か?」
「うんっ」
「アレクシ、この子の家はわかるか!?」
「うん!」
先に行くぞ、とリクハルド様たちは馬でそのまま行ってしまった。
「ティナ、必要になることもあるから僕らは馬車で行こう」
「はい。リリヤちゃんおいで」
泣きじゃくるリリヤちゃんを慰めながら私たちも後を追った。
「…熱が異様に高いな」
とりあえず事故などで一刻を争う事態ではなかったことに安堵した。
リリヤちゃんが言うにはアイナさんは昨日の夜からずっと熱に浮かされているという。ずっと一緒にいるリリヤちゃんはぴんぴんしてるから厄介な感染症などではないと思われるが…ここ最近気候が不安定なこともあったし、おそらく疲労もあったのかもしれない。
「しかし寒いな、この家」
「…たぶん薪なども節約してるんだと思います」
夏であってもイヴァロンは肌寒い日がある。それに加えてアイナさんの家は立地場所のせいもあるのか家よりずいぶん寒い。
「ねぇ、この村に病院はあるのかな?」
「病院ないよ。病気になったら街まで行くんだ」
スレヴィ様の問いにはアレクシが答えた。
急病人が出たらどうにもならないということか。これも過疎地の問題点だ。
「とにかくここでは満足に看病もできないしティナの所に連れていこう」
スレヴィ様の言葉に頷いた。
ひとまずアイナさんをわが家に運んでベッドに寝かせた。ここまでアイナさんは一度も起きていない。相当熱が高いようだ。
「街まで出れば医者がつかまるだろ。俺行ってくるわ」
「え、今からですか?」
「二、三時間あれば帰って来れる。待ってろ」
そう言ってリクハルド様は出ていった。あの暴れ馬に医者を乗せるのか…少し気の毒だが。まぁここは王子様に任せるとする。
「ママぁ…しんじゃやだぁ…」
「大丈夫だよ」
ずっと不安げに私の背中に張り付いているリリヤちゃんをアレクシも心配しているようで時々頭を撫でてあげている。
井戸で水を汲んできてくれたスレヴィ様が布を濡らしてアイナさんの額に乗せた。そうだ、水がなければこういうことすらできない。
「水も教育も医者も…」
「ティナ」
ポン、と頭を撫でられた。
「今はアイナさんが治ることを考えよう」
「…はい」
正直今日二人がいなかったら私は何もできなかった。感謝する反面、私はどこかやるせない気持ちになってしまっていた。
**
医師の診たてによるとアイナさんは扁桃腺炎ということだった。疲労やストレスから免疫力が下がり悪化してしまったのだろう。薬を飲んで安静にしていれば何とかなりそうでホッとした。
大丈夫だと安心したのかリリヤちゃんもうとうとし始めたので今はアレクシと二階で眠らせている。リクハルド様が勝手に買ったマットが大いに役に立った。
今日一日ばたばたしたがようやく落ち着いて王子様二人と私はテーブルについている。スレヴィ様ではなく、なぜかリクハルド様が淹れてくれた紅茶を前に私は二人に頭を下げた。
「本当に二人ともどうもありがとうございました」
「いや、大事に至らなくて良かったよ」
「…そうですね」
何となく頭が重くなってつい俯いてしまう。
「ティナ、落ち込むことじゃないぞ」
「そうだよ、こういう現状は僕たちのせいでもある」
シルキア伯爵領を含めて国の力が及んでいないからだ、と二人は言う。確かにそうかもしれないが、何も知らずのほほんと今まで暮らしてきたことに恥じ入っている。
「まずはアイナさんにしてあげられることを考えたらいいんじゃないのか?そこからだろ」
「そうだね。アレクシとおんなじだよ」
「はい…そうですね」
二人の言葉がスッとお腹に落ちた。イヴァロンに来て早々に色々なことが起こったので私も焦っていたのかも知れない。
こうして軌道修正してくれる二人の存在が今はとても有難かった。頂きます、と言ってリクハルド様が淹れてくれた紅茶を一口飲む。
「にっが!何じゃこれ!?」
「ええっ!?そんなはずは…うお、まっず!」
「兄さん、どんだけ茶葉使ったの…」
騒ぐ二人に呆れるスレヴィ様。以前と変わらぬやり取りができることに感謝しつつ、イヴァロンの夜は更けていった。
***
医者に診てもらった翌日の夜、ようやくアイナさんは目を覚ました。のどの腫れはまだ引かないものの熱は少しずつ落ち着いてきている。そして薬を飲むようにと出すとアイナさんは大いに戸惑った。
「えっ…お医者様に、薬?そんなお金…」
「大丈夫ですよ。民を助けることが趣味の大金持ちの友人が払ったので問題ありません」
すでに帰ってしまったのですが、というとリリヤちゃんが「おうじさまかえったよ」って言うもんだからアイナさんは首を傾げている。
「王子様?」
「おうじさまふたりいたの!」
そのやりとりが可愛くて思わずふふ、と笑みがこぼれた。恐縮しきりのアイナさんに私が考えたことを伝えようと背筋を伸ばす。
「アイナさん、私は伯爵令嬢として生まれ育ち、正直何不自由ない生活をしてきました」
「…はい」
「だから皆さんが当たり前にできることが何にもできません。ここでの生活も場当たり的です」
料理は前世の記憶があるので何とかなっているが如何せん生活の知恵がなさすぎる。その点はアレクシの方が物知りだ。
「アイナさんにここでの先生になって欲しいんです」
「先、生…?」
「はい。時間が空いている時だけでいいです。私にここでの暮らしのことを教えてくれませんか?その対価として自由に井戸を使ってください」
「っ…」
これが今の私がアイナさんにできることだ。こんなことしかできないが、出来ることが一つでもあって有難い。
「お願いできますか?」
「っ…はい、私で良ければよろしくお願いします」
そう言って泣きそうに頷いたアイナさんにリリヤちゃんが「ママせんせい?」と聞いている。一人で育児をし、大変なことも多いだろう。少しでも負担を減らすことができるなら良かった、と私も安心したのだった。
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