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25:攻防戦
しおりを挟む「それは了承できませんな」
案の定村長は井戸の無料提供に難色を示した。それはそうだろう、どれくらいかは知らないがたとえ微々たる額であっても収入が途絶えてしまう。
「では井戸を掘るのにかかったお金全額と井戸で得る収入の一年分を補填する、と言っても駄目でしょうか?」
その提案に少し考えていたようだがやはり村長は首を横に振った。破格の提案だと思うのだが。
「一年経ったら収入がなくなってしまう。この村に仕事がないのはもうご存じなはずだ」
「水汲みを手伝っている子供たちが少なからずいると聞きました。その子たちのためにも何とかなりませんか?」
「お金を払えば済むことだ」
そのお金がないから言っている。
「いきなりこの村にやって来てそんなことを言われても困りますな。これだから金持ちは好かん」
「……」
「良いことをしているつもりかもしれないがこの村は今までこれでやってきてるんだ。この村に職がないのも学校、病院、井戸さえなかったのもシルキア伯爵の管理が行き届いていなかったからではないか。私たちは被害者だ!」
「それは…本当に申し訳ありません」
「そんなに不便だなんだと言うならわざわざこんな村に居らずとも出ていけば良い」
やっぱり一筋縄ではいかないな。もうこの村長には村を良くしようという思いさえないのだろう。あきらめている、というよりは自分さえ良ければ、にも聞こえる。
「わかりました」
廃村まっしぐらでよろしいですね?と言いたかったがそこは抑えた。
「わかってくれたらいいんだ。とにかく余計なことは、」
「村長さんがこの村の子供が教育を受けられなくても村人が不便なままでも良いと思っていることが、わかりました」
「な、」
「村長さんの収入に被害が出ないように私は私でさせていただきます」
「っ…勝手にしろ」
バツを悪くしたのか村長は出ていった。…まぁ喧嘩腰だったこちらも悪いが。これは大きなチャンスだというのに乗って来ない。
「年寄りにありがちな保守的思考だな」
「リクハルド様」
王子様が同席するとフェアじゃないからと二階に行ってもらっていたリクハルド様が下りてきた。
村長はすべて領主のせいにしたけれど村民たちが変えていこうという意識がなかったからというのも大きな原因だと思う。努力はしたのかもしれないがもう今となっては皆何かを変える気もないのだろう。イヤなら出ていく、本当にそれしかない。
「どうするんだ?」
「勝手にやらせていただきます」
「策は?」
「わがままでやりたがりなお嬢様」
抽象的すぎてわからなかったのかリクハルド様が首を傾げた。
「わたくし一度教師をやってみたかったんですの!付き合ってくださる?そのお礼に」
「水を提供させていただきます?」
「イエス!」
これなら子供限定だしそれほど文句も出ないだろう…未だに人を殺したと思ってる人もいそうなので来てくれるかはわからないが。
「まずは一軒一軒訪ねてみるしかないですね」
「……すごいな、ティナは」
リクハルド様が呟いた言葉が聞き取れずに聞き返したが、何でもない、と首を横に振られた。
「あ、そうだ。さっきはありがとうございました。アレクシの事、解決して良かったです」
「いや、役に立ったのなら良かった。あ、アレクシは絵本読み聞かせてる内に寝てしまったぞ」
「そうですか。ふふ、ずいぶんリクハルド様に懐きましたね」
アレクシの叔父叔母のようなタイプはおそらく女子供には強く出てくるタイプだと思う。私が何を言っても食って掛かってきたに違いない。リクハルド様が一喝してくれて助かった。これでもうあの夫婦が関わってくることはないだろう。
「スレヴィ様にもお礼を伝えていただけますか?周到に根回ししてくれていて本当に助かりました。頼りになりますね」
「…ああ、うん。アレクシの事、スレヴィに相談してたんだな」
「はい。アレクシのことを知った直後にスレヴィ様が訪ねてきて下さったので」
「…そうか」
何故だか元気がなくなったリクハルド様に首を傾げる。何だろう、懐いてくれているアレクシの事を自分が解決したかったとか?リクハルド様の前まで行ってその顔を覗き込んだ。
「リクハルド様?」
「…うん」
「大丈夫ですか?」
そう尋ねると両肩を優しく掴まれた。リクハルド様は真剣な目でじっと見つめてくる。彼らしくない、真面目な表情に段々心が落ち着かなくなってきた。
「あ、の…」
「ティナ」
「はい…」
「ティナは今楽しいか?」
尋ねられた問いは何てことない至極普通の内容なのになぜそんな切ない顔をするのかわからない。
「…そう、ですね。大変だけど楽しいですよ」
「そうか…」
頷いたリクハルド様は軽く微笑み右手で私の頬を優しく撫でた。切ないような、愛おしいような表情をするもんだから直視できずについ目を伏せてしまった。何となくこの空気はマズイような気がしたが動くことができない。
「ティナ…」
「ぁ」
頬を撫でていた手で顎をくいっと持ち上げられた。だんだんと近づいてくるリクハルド様の顔に、キスされる、と思ってもなぜか避けることができない。その距離はだんだん近づき、あと数センチ ――
「ただいま戻りましたー…あ、しまった」
ガチャっと扉が開いたかと思うとのんびりとしたトピアスの声が室内に響く。その直後リクハルド様がガクッと膝から崩れ落ちた。
「…トピアス…お前…」
「すみません。村長が帰った流れでまさかそんなイイ雰囲気になってるとは思わず」
確かにそうだろう。何がリクハルド様のスイッチを入れるきっかけになったのか私にもわからない。
「何ならアレクシ少年連れて二時間ほど席を外しますよ?あ、二時間じゃ物足りませんか?それなら明日の朝にでも迎えに」
「もういい…」
「……絶対スレヴィ様はキスぐらいしてると思うんですよねー」
「!?」
ため息をついて明後日の方向を見ながら呟いたトピアスの言葉についびくりと反応してしまった。
「…ティナ?」
「……」
いぶかしむような顔で見上げてくるリクハルド様から反射的に目を逸らす。しまった、これではキスされましたと言ってしまってるようなものだ。リクハルド様は座り込んだまましばらくぷるぷる震えていたが何かを飲み込みバッと立ち上がった。
「…まぁ良い。俺はこれで十分だ」
そう言ってリクハルド様はいつかのようにおでこにキスをした。…後ろでトピアスがぶつぶつ言っているが聞こえないことにする。
そこでトントントンと寝室の方から音が聞こえた。アレクシが二階から下りてくる音だ。
「ティナさまー」
「おお、アレクシ起きたか」
寄ってきたアレクシをリクハルド様が片腕で抱き上げる。何だかその姿も様になってきた。
「しばらくはイヴァロンには来られそうにないんだ」
「遊学にでも行かれるのですか?」
「まぁそんなようなものだ」
「王子様来ないの?」
アレクシがそう聞くとリクハルド様が笑って頭を撫でた。
「アレクシがティナの事守るんだぞ!」
「うん!」
「それとティナ」
アレクシを抱いていない方の手で肩を掴まれた。
「何かあったら手紙でもなんでも俺に送ってこい」
「え…?はい」
「スレヴィばかりに頼るなよ!俺にも頼れ!」
「!」
何だ、やきもちだったのか。思わずクスリと笑ってしまうと少し恥ずかしそうな顔をしたリクハルド様が、笑うなと言って指先で軽く頬を撫でた。
「さて、そろそろ行くか」
「アレクシ少年、馬車のお馬さんを触ってみませんか?可愛いですよ」
「うん!触ってみたい!」
トピアスがそう声をかけるとアレクシを伴って先に外に出ていった。再び二人きりになって少し緊張する。
「じゃあな」
「はい」
短く別れの挨拶を交わすとリクハルド様に優しく抱き寄せられた。抱きしめられることに抵抗がなくなってしまっていることに少しだけ罪悪感を感じる。だってもう婚約者候補でも何でもないのだ。それなのにこの温もりが心地いいと感じてしまっている。
「ティナ…」
「……ん?」
ちょっと待て。何かがおかしい。
「ちょ、や……ぁんっ…!」
「!!」
何だ今の声!?抱きしめてる途中で突然胸を触るという痴漢行為をしてきたリクハルド様から慌てて距離を取るが、たぶん今顔が真っ赤だと思う。くっそう、油断した!リクハルド様の指が敏感なところを掠めてつい体が反応してしまった。恥ずかしすぎる!
「何でいつもいつもセクハラするんですかっ!?」
「だって前よりデカくなってる気がしてつい!」
「さっきでこちゅーで十分って言ってたじゃないですか!もういい加減にしないと猥褻罪で訴えますよ!?」
「いや、でもさっきの声が可愛くて…」
「ちょっと!じりじり近寄って来ないで下さい!」
ちょっとずつ寝室の方に誘導しようとするな!触ろうとしてくるリクハルド様と攻防を繰り広げているとカチャリと扉が開いた。
「リクハルド様ーそろそろ出発……あ、やっぱり明日の朝迎えに、」
「早よ帰れーっ!!」
本当にもう、今日一日でどっと疲れた!!
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