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26:学校を作ろう①
しおりを挟むあれからとにかく村の一軒一軒を回ってみた。はじめは警戒されていたが子供のいる家庭では少なからずこれからの教育のことを心配していることがわかった。アレクシのような環境の子供は特殊で、水汲みに出かけている子供は皆母親が体が弱かったり妊婦や乳児がいる母親を手伝うためのものだ。そのことにおいては安心した。
「ティナ様、これお水あげていい?」
「うん、お願いね。あ、トマトは水少なめね」
「はーい」
トマトは少なめ少なめ、と言いながら畑に水をやるアレクシを微笑ましく見ているとどこからか、ズリ、ズリと地面を擦る音が聞こえてきた。思わず柵の側により外を見渡すと少し離れた道を男性が歩いている。足が悪いのか右足を引きずって歩き、腕には大きな甕を抱えている。水を貰いに行っていたのだろう。
「あのーっ!大丈夫ですかーっ!」
「え?」
少し大きな声で呼び止めると男性が振り向いた。年は二十代後半ぐらいだろうか。男性はこちらを見たままピクリとも動かない。
「あ、わーっ!!水こぼれてます!」
「へ……わーっ!!」
あろうことか甕が傾きせっかく貰った水がどばどばこぼれてしまった。急いで門から出て男性の方に駆け寄る。
「すみません!突然声を掛けたせいですよね!?」
「あ、いや…その、」
「ああっ、水めちゃくちゃ減ってる…すみません、家の井戸で補充してください」
「いや、そんな…大丈夫ですよ」
そんなわけにはいかない。おそらくお金を払って水を貰ったのだから無駄にさせるわけにはいかない。
「少し待っててくださいね」
「え、はぁ…」
急いで庭に戻り井戸で水を汲むとその甕を持ち上げた。アレクシも付いてきてくれるというのでお願いする。
減った分は私が家まで持って行けば少し負担も減るだろう。一緒に家まで行くと言うと始めは恐縮したがここで押し問答をしていても無駄だと思ったのか最終的には受け入れてくれた。
「失礼だったらすみません。足は怪我されているんですか?」
「ああ、少し前に街で事故に会いまして」
「そうなんですか…」
男性の名前はタルモさんと言った。年齢は二十八才。事故に会うまでは街で建設関係の仕事をしていたらしい。怪我をしてしまってから職を失い村に帰って来たのだとか。
「今は母と二人で住んでいます。父はもう亡くなっていますし仕事がない自分が帰ってきたことで母には負担をかけてしまってますが…まぁもう少し怪我が良くなればまた街に出て職を探そうと思ってます」
「そうですか…。大変ですね」
「はは。まぁ前向きに行くしかないですよ」
そう言ってタルモさんは笑った。無理しているのかもしれないがそのポジティブさが有難い。
「あ、その…」
「はい?」
「クリスティナさんは伯爵家を追放されたって聞いたんですけど…」
「あー…もしかして噂聞いてます?」
妹殺害と婚約者候補殺人未遂。少しずつ誤解は解けていると思うがまだ信じている人もいるだろう。
「や、さすがにその噂は嘘だと思ってますよ。それが本当なら牢に入ってるでしょうから」
さすがタルモさん。まともな社会人は考え方が違うわ。
「まぁ嵌められたってやつですかね。両親に信じてもらえなかったってだけです」
「そうなんですか…。貴族も色々大変なんですね」
タルモさんがうーん、と大きく唸る。何だかそれがおかしくて思わず笑ってしまった。
「ティナ様は優しいんだよ!悪い事なんかしないよ!」
「ふふ。ありがとうアレクシ」
リクハルド様に「ティナを守れ」と言われてからアレクシはこうして庇ってくれることが多くなった。小さい護衛さんにほっこりする。
「もちろん悪い人だなんて思っていないよ。その…あまりに美しくて…驚いたから」
「え」
「追放されたなんていうからどんな女性かと思っていたけどまさかこんなにキレイなご令嬢とは思ってなくて見惚れちゃって…さっき水をこぼしてしまったんだ」
はは、と恥ずかしそうにタルモさんが笑う。お世辞かもしれないが久しぶりに容姿を褒められて何だかむずがゆい気持ちになる。
「タルモ?帰ったのかい?」
「ああ、母さん。クリスティナさん、ここが家です」
「こんにちは」
声が聞こえたからかタルモさんの母親が家から出てきた。私があいさつするとアレクシもきちんと挨拶してくれる。何だかそれが誇らしく思えた。家に帰ったら褒め上げよう。
「母さん、こちらシルキア家のご令嬢のクリスティナさん。水を運ぶのを手伝ってくれたんだ」
「まぁ、それはありがとうねぇ…私ももう力がなくて息子も怪我をしてるもんだから」
「いえ、私のせいで水が減ってしまったので」
「どうぞ、お茶でも出しますから中に入ってください」
タルモさんにもお母さんにもそう勧められ、少し考えたが村の人の意見を聞ける良いチャンスだと思いお邪魔させてもらうことにした。
*
「私が子供の頃はまだ村もこんな感じじゃなかったんだよ」
そういってタルモさんのお母さんが昔のことを話し始めた。今は涸れてしまったがなんと共同の井戸もあったらしい。その頃は作物を作って街に売りに行ったりする人もいたとか。
「家は祖父が椅子とか棚とかそういった小さな家具を作って街に売りに行っていたみたいです。まぁ街もだんだん発展してきてそういうものは必要なくなって売れなくなったみたいで…結果的には親父の代からは出稼ぎかな」
「タルモさんは街の学校へ行ったんですか?」
「うん、俺はたった三年だから基本的なことしか学んでいないけどね」
この国には義務教育というものはないから何才から何才までは学校に通わなければならないといったことはない。私も十六才までは学校へは通わず家庭教師に教わっていた。退学になったから結局二年程度しか学校には通っていない。この国は学歴社会ではないがそれ以上に厳しい貴族社会…未だにコネが必要な社会だ。
「それでも俺と同じ年代の子たちで教育を受けられなかった子もいるからね。俺はまだ恵まれている方だと思います」
「そうですか…」
タルモさんとお母さんはこの後も色々この村のことを教えてくれた。教育の事、病院の事、産業の事 ――。
帰り際にお祖父さんが家具を作っていたという工房を見せてもらった。工房はなかなかの広さだったがもう何十年も使っていなかったのだろう、どこもかしこも埃まみれだった。
それを見ているとこの工房と同じようにイヴァロンという村も時間が止まってしまっている、そう感じた。
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