【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん

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後日談(短編)

一世一代の④

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 悪い予感は的中し、ティナは卒業パーティー前日になっても王城に戻ってこなかった。
ギリギリになると予想はしていたがまさかここまで遅くなるとは思っていなかったので、ティナの準備担当の使用人たちの間にも動揺が走っている。

「何か連絡はないのか?イヴァロンで事故にでも巻き込まれたとか」
「それも含めてシルキア伯爵家に問い合わせているのですがその返事も返ってきてないようです」
「そうか…」

やはり無理矢理にでも一緒に行けば良かったと後悔する。卒業式なんてホントにどうでも良いことだったのだ。
少しずつ住みやすい土地に改善されつつあるイヴァロンだがまだまだ不便な場所だ。何か災害が起これば大混乱だろう。

「俺も今からイヴァロンに向かおう」
「いいえ、それはダメです!」
「だが…」

トピアスが珍しく毅然とした態度で反対した。数日前にスレヴィと一緒になって「逃げたのでは?」と茶化していた姿はどこにもない。状況がわからないだけにトピアスも滅多なことは言えないのだろう。

「クリスティナ様のことですからこちらに向かっているはずです。行き違いになったら困ります」
「……ああ」
「シルキア領には私が向かいますから殿下は明日に備えて寮に戻ってください」
「…わかった」

トピアスに説得され渋々王城から学生寮に戻る準備をする。
明日は俺が式典に出ている間にティナは王城ここで準備をし、夕刻始まるパーティーに合わせて学校に来ることになっていた。

「今日中に何とかたどり着いてくれれば良いが…」
「…ええ」

歯切れの悪いトピアスの返事。それが妙に心に引っ掛かる。

――そしてやはり、ティナはその日王城にたどり着くことはなかった。


***


 校長には卒業生代表として是非挨拶をと言われたがガン無視した。
“遊学”という魔法の言葉を使ってほとんど授業に出ていないのだから不正で得る学位と言っても過言ではない。そんなやつが卒業生代表として挨拶なんかしたらシラケるだけだろう。
代わりに卒業生代表としてソフィア嬢が挨拶をしていたがそれは立派なものだった。
「権力によって真実がねじ曲げられるようなことがあってはなりません!在校生の皆様は真実を見極める目を養って下さい!」と力説する姿はもはや卒業とは一切関係なかった。リュクセ王国初の女性領主は彼女かもしれない…いや、近い将来校長に任命するのもありだ。
式典後には、このまま次期国王に無視されていてはまずいと思ったのか校長が挨拶に来たが再びガン無視してやった。

その後からはエントランスの噴水前に突っ立ってティナの到着をひたすら待っている。
陽が傾き始めた頃にはパーティーの為に着飾った令息令嬢が行き交っていたが、それも落ち着き会場からは賑やかな声が聞こえている。今やすっかり夜になってしまったしそろそろパーティーも中盤だろうか。

「兄さん!」
「あ……スレヴィ!」

エントランスに一台の馬車が到着するとすぐに扉が開いた。そこから飛び降りたスレヴィは俺に向かって一目散に駆けてくる。

「報告来たよ!」
「っ…ホントか!?」
「うん。シルキア領から王都に入る道で馬車の事故があったみたい。そこが通行止めになってて多くの馬車が足止めを食らってる。たぶんティナもそこにいると思う」
「ああ……そうか、良かった」

ティナが来られない原因がわかりとてつもない安堵感に包まれた。
力が抜けたように噴水の縁に座り込むとようやく血が巡ったような感覚がした。随分気を張っていたらしい。

「寒くなってきたし誰かこっちに寄越して城で待つようにしたら?」
「…いや、門が閉まるまではここで待つわ」
「そう?…わかった」

スレヴィは小さく頷くと再び馬車に乗り込んで帰っていった。トピアスがシルキア領に向かっているから後のことは何とかなるだろう。

(良かった…)

心の中の不安は消えた。
後はティナの到着を待つだけだ。




更に時間は過ぎ、パーティーが終わって人々が帰ってからも俺はエントランスで待ち続けた。一度学校関係者が声を掛けに来たが、門が閉まるまでは待たせてほしいとお願いしたので大丈夫だろう。

校内の灯りはほとんど消えている。雨が降らなかったことが幸いだが気温が急激に下がり始めたのか体がどんどん冷えてきた。

「さすがに寒いな…」

そう呟き指先に息を吹き掛けたその時、遠くから蹄の音が聞こえてきてハッと顔を上げる。そこにはトピアスの馬に同乗するティナの姿が――

「リク、ハルド様っ!」
「ティナ!」

用意したドレスは着ていない。髪も乱れて化粧も薄く口紅を引いただけ。
だがそんなことはどうでも良かった。
馬上から飛び降りたティナをこの腕の中に抱きしめるとその温もりに心底安心する。

「ごめん、なさ、ぃっ…」
「謝らなくていい」
「でも、パーティー終わって、絶対、帰って来るっ…言ったのに!」
「ティナが無事だったから良いんだ。泣かなくていいから…」

そう声を掛けても嗚咽を漏らしながら謝罪の言葉を口にし続けるティナの背中を落ち着くようにとポンポンと優しく撫でる。
しばらくの間そうしていたが、幾分落ち着いたのかティナが体を離し小さく息を吐いた。そして未だ滲む瞳でじっと見つめてくる。

「リクハルド様」
「うん?」
「パーティーには間に合わなかったけれど…」
「ああ」
「まだリクハルド様の、お嫁さんにしてもらえますか?」
「!!」

突然の逆プロポーズに驚きやら喜びやらで頭の中が真っ白になってしまった。

「そんな、と…当然だ!」
「…良かった」

しどろもどろに、しかもカッコいい言葉で返すことさえできなかったのにそれでもティナは嬉しそうにぎゅっと抱きついてくる。
何だこの可愛い生き物は!?

(クソ……悔しいが…それ以上に嬉しい…)

泣きたくなるような、胸が詰まるような…とても自分ではコントロールできないほどの喜びが身体中に充満する。

「あ~~もうっ!好きだっ!」
「ふふ…私もです」

すでに灯りも消え、人っ子一人いないエントランス。夜の静寂に密やかに重ねた口づけは…この上なく幸せに満ちていた。

こうして俺の一世一代のプロポーズは見事にティナに奪われて終わったのだった。

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