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第九章【セントラル】
9-38 強い心を抱いて
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―――同時刻、セントラル王国の王室。
かの"覇王"と呼ばれた男ハイルは、玉座で威圧感を放ち、団長リッターを睨み付けている。
だが、その隣にいる男はそれ以上に強いオーラで王室に立つ騎士団たちを圧倒していた。
ブリレイ「…」
―――あの時。
猛竜騎士たちは、間違いなく善戦をした。
闇魔法との戦い方を知っていたからこそ、ブリレイに対抗できたのだとも言える。
ブリレイ「…」
だが、所詮は一般冒険者。闇魔法に太刀打ちできるはずがなかった。
ブリレイ「傷をつけたのは、称賛に値するが……」
"ククッ"と笑い、指で額に触れる。彼の額には、頬までクッキリとした大きな切傷の跡が目立っている。
ブリレイ「瞳を狙うのは良し。だが、実力が足りなかったな……」
猛竜騎士とバンシィは、間違いなく世界でもトップに匹敵する実力を持つ。その二人を相手にしたというのに、傷一つで済んだことから彼の強さが伺える。
ブリレイ「さて…。ハイル王、あとは頼んだぞ」
ハイル「……承知」
命令を耳打ちすると、ブリレイは王室から出て行った。
………
…
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―――地下牢。
10分後、彼が向かった先は地下の実験場の更に奥に存在する地下牢だった。
そこに魔鎖で縛られ逃れることのできない、囚われる三人の男女の前で足を止めると「お元気かな」と声をかける。
猛竜騎士「……シュトライト…!」
白姫「あ…ぅ……」
バンシィ「くっ……」
悪鬼の前に敗北した、三人の男女。
殺されることはなかったが、布一枚を着せられただけで、両腕はうっ血して痛々しく紫色に変化していた。
ブリレイ「……先ほど、南方大地の首都を陥落させた。これから、本格的に西方大地への作戦を立てる」
猛竜騎士「な、何だと……!」
ブリレイ「そろそろ君たちにも働いてほしいものなのだが。幻惑をかけても、耐性が高く中々思うようにいかないのはジレンマでね……」
猛竜騎士「俺らがお前に加担すると思うのか…っ!」
ブリレイ「本来なら殺すところだ。白姫も、バンシィも、慰め物にならないだけマシだと思ってくれないか」
猛竜騎士「……俺は死なない。殺せとは言わん。俺はもう諦めん…!」
ブリレイ「その恰好で言われても説得力はないぞ?」
"キィ"と牢の鍵を開け、中へと入る。
ブリレイ「どうしたものか。俺の幻惑にかかると思ったが、苦しむばかりで耐性がついてしまっていたらしいな」
猛竜騎士「お前の幻惑は効かん!」
ブリレイ「……だが、俺はお前らが欲しい。特に白姫は、いずれ来る俺が英雄となる時、王の血筋を引く者として必要な存在だ」
ゆっくりと手を伸ばし、掌で白姫の頭を撫でる。
白姫「やっ…!」
バンシィ「お姉ちゃんっ…!」
猛竜騎士「……おい、白姫に手を出すなッ!!」
ブリレイ「落ち着け…、何をするわけでもない」
すぐに手を離し、再び猛竜騎士に目線を向ける。
ブリレイ「ふむ、正直なところ…傷物にしたくない一心で1週間もの間、我慢をしてきたが……」
猛竜騎士「な…に……?」
ブリレイ「お前が従わないのなら、白姫とバンシィには役立ってもらうしかないな」
猛竜騎士「何をするつもりだ!」
ブリレイ「白姫をいずれ操る時、心が壊れた状態でマインドコントロールが出来るか心配だった。…しかし、お前の実力を東方の制圧戦で利用できないのなら、それ相応の代償として二人には役立ってもらう」
二人の魔鎖を外そうとするブリレイ。猛竜騎士は何かを察した。
猛竜騎士「待て、シュトライト!!」
ブリレイ「何だ?」
猛竜騎士「貴様、まさか……!」
ブリレイ「バンシィは慣れたものじゃないのか?白姫は魔剣士と経験もあるんだろう?」
つまりは、猛竜騎士を動かすための人質。
バンシィ「…ッ!」
白姫「わ、私……」
二人は身体を動かし抵抗せんとするが、意味をなさない。
猛竜騎士「ま、待てシュトライト!二人は関係がないだろうが!!」
ブリレイ「お前を動かすためだ。目の前で泣きわめく姿も見れば、考えが変わるだろう?」
猛竜騎士「……シュトライトォ!!」
ブリレイ「それとも、俺に従うのか?」
猛竜騎士「…ッ!」
ブリレイは、猛竜騎士の実力を買っていた。同じ時代を生きた存在としても、バーサーカーである魔剣士が信頼を置いている意味でも、前線を任せる適任者として彼を欲していた。
猛竜騎士「シュトライト、貴様ァ……!」
ところが、彼は心を捨てることはない。従うことはない。最初こそ時間をかけてと思っていたが、よくよく考えてみれば、手っ取り早い方法があった。
ブリレイ「……従わないのなら」
白姫とバンシィの布を剥がし、素肌があらわになる。バンシィは無詠唱の魔法で彼を吹き飛ばそうとしたが、魔鎖が赤く光り、強い熱を帯びた鎖が三人の両腕を痛めつけた。
猛竜騎士「つっ……!」
白姫「あぅっ!?」
バンシィ「あくっ……!?」
ブリレイ「……いい加減、学ばないか?」
腕を勢いよく伸ばし、バンシィの口元を抑えて後頭部を壁に叩きつけ、"ゴン!"と鈍い音が響く。
バンシィ「ぅぐッ!」
ブリレイ「……お前は白姫の心を壊さないがために大事にしてやってるんだ。魔法を使えばそれぞれ傷つくといったはずだぞ…?」
もう一度。腕を振るい、彼女の後頭部を強く打つ。
白姫「ぶ、ブリレイ…!もうやめて…!私なら自由にしていいから!!」
ブリレイ「……強がりばかり。何故、本音を言わない」
白姫「え…?」
ブリレイ「お前は、猛竜騎士の前で何人もの男に辱めを受ける。これの意味が分からないのか…?」
白姫「……分かってる!!」
ブリレイ「ほう?」
面白そうに反応する。
白姫「そうだとしても、私は決して壊れたりしない。絶対に、何をされても!負けたりしない!!」
ブリレイ「強がりは誰でも言える。実際にそうならないから言える言葉なのだと分からないか?」
白姫「覚悟はしてたから。バンシィちゃんに酷いことはしないで…!貴方が必要なのは私なんだから、私に酷いことをして!!」
ブリレイ「クク、ハハハハッ!!わ、私に酷いことをしてなど…、初めて聞いたぞ!」
白姫「……笑ってもいい!だからバンシィちゃんには酷いことをしないで!」
ブリレイ「!」
白姫「…」
ブリレイ「……フン」
一瞬、驚いたように思えたがすぐに冷静な顔に戻る。
彼女の言葉にブリレイは、バンシィを掴む手を離すと"ゆらり"と動き、白姫の首を強く絞める。
白姫「あぐっ!?」
猛竜騎士「……ブリレイッ!!」
バンシィ「お、お姉ちゃ……っ」
重い鎖をじゃらりと鳴らし、必死に攻撃を止めようとする。
ブリレイ「……なぁ白姫。どんなに強がっていようと、所詮は壊れると分かっているんだよ」
白姫「そ、そんなことっ……!」
ブリレイ「本当に強い奴は、強がりを言わないんだよ。何も言わず、受け入れるんだよ……」
白姫「……っ!」
ブリレイ「なぁ……!」
ぎりぎりと音をたてて首が絞まり、苦しそうにするが白姫は抵抗を止めなかった。
白姫「だ、だったら…!ブリレイも、弱いんだ…ね…………!」
ブリレイ「何?」
白姫「本当…に……、強い人なら……!今の…自分を受け入れてたはずだから……!こんなことしなかった…、はずだからっ……!!」
ブリレイ「……貴様ァ!!」
……逆鱗に触れる。老いゆく自分を受け入れられなかった弱いヤツだと、それが間違いのないことだと認めてしまった。
白姫「け…ほっ……」
咳き込むことも出来ないほど、強く絞めつけられる。
それを見た猛竜騎士は「止めろ!!」と叫び、ついにそれを口にしてしまう。
ブリレイ「何だ…?」
猛竜騎士「分かった、俺はお前に従うッ!!!だから、その手を離せぇっ!!」
ブリレイ「……ほう」
それほどに関心があったのか、言われた通りにその手を離す。白姫は首をガクンと落とした。
猛竜騎士「分かった、俺はお前に従う!だから、もう止めろ…!」
ブリレイ「本心か?」
猛竜騎士「従う…。分かった、だからもう止めろ…。勿論、バンシィにも手は出さないでくれるか……」
ブリレイ「……本心だとしたら。俺の瞳を見るんだ」
猛竜騎士「うっ…!?」
猛竜騎士に近づき、瞳から魔力を発する。今まで耐えていた心の壁が、一瞬でも「従う」と思い出来たヒビから、闇に塗られた魔力が、ゆっくりと心を染めていく。
猛竜騎士「う、うぉぉおっ!?」
ブリレイ「……どうやら、一瞬でも本気で信じると思ったらしいな…!」
猛竜騎士「ぐっ…!ぐぁぁっ!!!」
視界が歪む、回る、点滅する、記憶が徐々に消えて行く。強い魔力が浸透し、強烈な吐き気に俯き、思わず胃液を床に吐き流す。
白姫「も、猛竜騎士…さ……!」
バンシィ「し、しっかり…して……!」
二人の声は届かない。まるで耳にも聞こえることはない。
ブリレイ「白姫、バンシィ、感謝をするぞ。男は所詮、女に弱い。心に孔を空けるのは、いつの時代も女ばかりだ……」
猛竜騎士「ぐ…!ぐぅぅうっ…!うぉっ……!!」
意識が遠のき始める。
必死に訴える彼女たちの声は、フラッシュにかき消されて一片たりとも彼には届かない。
猛竜騎士「……ッ!!」
しかし、そんなさ中にも。
猛竜騎士は意識が堕ちる瞬間、確かに言った。
猛竜騎士「し…、信じて…、信じて……る……ぞ……!!」
―――信じている、と。
ブリレイ「うん……?」
猛竜騎士「……ッ」
その一言を残し、猛竜騎士の意識はプツリと切れる。
次に目覚めた時は、ブリレイの忠実な僕となってしまっていることだろう。
ブリレイ「ククッ…!ハハハハッ!!」
確信したブリレイは、地下牢で大声で笑った。
ブリレイ「ハハハッ…!結局は俺の僕だ!最初から従っていれば、こんな地下牢で苦しい目に合わず、魔剣士も失うことをなかったものを!」
白姫「ブリ…レイ……!」
笑うブリレイを、白姫は睨み付ける。絶望的な状況にも関わらず、依然、強い態度は崩さなかった。
ブリレイ「これは姫君、貴方の忠実な騎士はもういない。誰も守る人はいなくなったわけだが……」
白姫「……それでも私は、諦めない」
ブリレイ「嘘か真か」
白姫「やってみたら…いい……!私は屈したりしていない!!」
ブリレイ「ほんの僅かな孔があれば、お前は堕ちる。仲間が消えた今、お前は……」
今度は白姫に対し、瞳に込めた魔力で闇色に染め上げようとした。
―――…だが。
白姫「……私は、決して屈しない!!」
ブリレイ「む……」
先ほど、猛竜騎士を堕とした魔力では、彼女の心を崩すことが出来なかった。
ブリレイ「貴様……」
白姫の心は折れていない。折れるはずがなかった。
ブリレイ「まだ、この状況で……」
白姫「猛竜騎士さんは最後まで"信じている"って言ってくれた。私が諦めたら、世界を救うことが出来ないから!」
ブリレイ「……諦めれば楽になるものを…」
恐らく、白姫はブリレイの持つ全力の幻惑をかけることで堕ちていただろう。確かに相当な"確固たる意志"はあったものの、信じていた猛竜騎士が堕ちたことは彼女の心に孔は少なからず空いていた。
ブリレイ(今は、これ以上の幻惑を放つことは出来んか……)
彼もそれは分かっていたが、猛竜騎士と白姫に二回も幻惑を放っており、身体の限界が近いことが幸いした。
ブリレイ「仕方あるまい…」
諦めた様子で"パチン"と指を鳴らして兵士二人を呼びよせ、崩れた猛竜騎士を指差し彼を王室へ運ぶように指示をした。
白姫「も、猛竜騎士さん……!」
兵士は猛竜騎士を抱えると、白姫とバンシィを流し見しつつ地下牢から出て行った。
ブリレイ「……さて。今、お前を堕とすのは無理だと分かった以上は別の仕事をせねばな」
無駄な力使っていられないと、ブリレイはパンパンと埃を払いながら牢から出る。
白姫「……ブリレイ!」
ブリレイ「…」
白姫「わ、私は貴方を絶対に許さない!」
ブリレイ「何とでも言え。いずれお前には役立ってもらう時が来る。それまでは生かしておいてやる」
白姫「私は言いなりなんかにならない!」
ブリレイ「ククッ、分かった分かった。心底、俺は仲間という仲間がいなかったことを幸運に思うぞ」
白姫「仲間がいないことが幸運…?」
ブリレイ「お前たちは仲間意識が高い。故に脆いということだ」
白姫「脆い?仲間がいることが脆いっていうの?」
ブリレイ「一人が砕かれる瞬間を見て、お前が正気を保てるか面白いところだ。そこのバンシィには、役立ってもらうことが出来たというわけだ」
白姫「バ、バンシィには!!」
ブリレイ「手を出さないでー…、か?お前が堕ちる理由は簡単なことだったな」
白姫「ッ!」
また声を上げて「ハハハ」と笑う。
ブリレイ「……また来るぞ。あとは静かにしておくがいい」
その後、白姫が何を言っても彼は見向きもせずに地下室から出て行ったのだった。
白姫「ブリレイ……っ」
自分の無力さを恥じて、涙を浮かべた。
バンシィ「お姉ちゃん、泣かないで……」
白姫「バンシィ…ちゃん……」
バンシィ「きっとチャンスはあるはずだから…。諦めなければきっと大丈夫だから……」
白姫「そう…だよね……」
バンシィ「うん…。お姉ちゃんが諦めたら、世界はあの男のものになっちゃうから…。お兄ちゃんが、悲しむよ……」
白姫「ま、魔剣士……っ」
魔剣士が消えてから、1週間以上である。
彼は決して"そう"なのだと信じたくなかったが、名前を言われると沸々と意識したくなかった現実が痛いほどに浮かんできた。
白姫「魔剣士…、魔剣士っ……」
彼は今どこにいるのか。本当に"そう"なってしまったのか。信じたくない。信じたくない。信じたくない―――…。
バンシィ「……待ってお姉ちゃん。静かに…」
白姫「えっ…?」
急にバンシィの目つきが鋭くなる。すると、出入り口側から男の声が二人、こちら側へと近づいていることに気付く。
白姫「何か声が…?」
バンシィ「この感じ、さっきの兵士…かな……」
白姫「ど、どうして?」
バンシィ「……この状況を見られたから…かな」
白姫は布一枚、バンシィは先ほど剥がされたまま裸で動けないように放置され、先ほど猛竜騎士を運んだ兵士二人が"流し見"していたから推測は単純だった。
白姫「ど、どうすれば……」
バンシィ「この状況だから…私は受け入れるしかないと思ってるけど、お姉ちゃんは……」
白姫「……ううん、この状況だもん。私だって覚悟はあるって、何度だって…」
バンシィ「お姉ちゃん……」
白姫「それに、バンシィちゃんだけ酷い目に合せられないよ。私たちは仲間なんだから」
バンシィ「……っ」
段々と声は近くなる。聞こえてくる会話は下衆そのもので、女性にとって悪寒を覚えるものばかりである。
バンシィ「……っ」
バンシィは考えた。彼女は恐らく、分かっていない。
これから行われる行為は、死と同じほどに辛く、一生の傷となる。誰かを好きになることが許せなくなると、自身を閉じ込めてしまうことを。
―――それは許せない。
バンシィはこの時、考えが浮かんだ。
バンシィ「お、お姉ちゃん…!」
白姫「うん…」
バンシィ「私に一つ、提案があるんだ……」
白姫「提案?」
バンシィ「時間がないから手短に話すね…。すぐに決断をしてほしい……」
白姫「う、うん。どうしたの?」
男たちの足音と声が大きく、目の前まで迫ってきている。
バンシィ「お姉ちゃん、ヒールは使えるよね……」
白姫「うん、簡単なものだけど…」
バンシィ「だったら、私がこの手枷を壊すように氷結をする…。それをヒールで抑えてほしい…!」
白姫「…バンシィちゃん、それは!」
二人の両腕はセントラル王城で重罪人を捕縛するための"特殊な魔鎖"によって繋がれている。
これは、先ほども反応したように魔法に対して強い反応を示し、赤く発熱し動きを制限するものだった。
白姫「これを破壊するって、術者であるバンシィちゃんは!」
バンシィ「うん…。魔法が強いほど、術者には反動がある…。たぶん、ヒールだけじゃ両腕が焼き切れると思う……」
白姫「そんな危険なこと!」
バンシィ「お姉ちゃんだって火傷を負うよ…。今は何かを犠牲にしても、脱出しないと……」
白姫「私は痛みくらい…、だけどバンシィちゃんの腕が…!」
時間がない。うだうだしている暇はない。
バンシィ「お姉ちゃんっ!!」
白姫「っ!」
バンシィ「せ、世界は犠牲がないと救えないの…。これからの未来に、お姉ちゃんは必要な存在なの…!」
白姫「で、でも!それでも!」
バンシィ「選択なんかない…!一気に壊す火力には詠唱が必要だから、お姉ちゃん、ヒールをしてね……!」
白姫「ちょっと待って、バンシ……!」
バンシィ「sose benrenki…sose bluotrenki!sose lidirenki……」
白姫「!」
魔鎖を解き放つ火力には、無詠唱では時間がかかりすぎる為、腕がなくなる可能性があったため強烈な言霊を帯びた"呪文"を要した。
バンシィが唱え始めたと同時に、二人の手枷は燃え上がるように赤くなる。
白姫「…っつぅっ!?」
バンシィ「ben zi bena…!bluot zi bluoda!」
鋭い痛みが二人を襲う。だが、バンシィは顔色を変えずに呪文を唱え続け、その様子を見ていた白姫も慌てて重唱する。
白姫「ひ、光の精霊よ!来たれ、我が身のために……!」
バンシィ「lid zi giden…sose gelimida sin!」
ヒーリングによりわずかに痛みは緩和し、治癒も行われるが、それ以上にダメージが大きい。
痛みに顔を歪ませながらも、バンシィは白姫のために、白姫はバンシィのために互いを支え合った。
「……何だ!?」
ここで、ようやく兵士が異変に気付き、牢へと急いで近づく。
それが呪文だと分かった途端、兵士二人は止めさせようと中に入るが。
バンシィ「グロゥス・ツー・フリーレン……!」
詠唱は唱え終わり、氷結がさく裂した。
"……ゴォッ!!!!"
氷結の暴風が、白姫とバンシィの周囲をグルリと周り兵士二人を壁に叩きつけて一気に氷塊と化す。
バンシィ「う…くっ…!!ぐっ、ぐぅぅうっ!!!」
それを上手く操り、二人を繋ぐ手錠部分に"嵐の氷塊"を幾重にぶつける。
激しい金属音、魔力の弾け飛ぶ輝きと煌き、猛烈な寒さと、腕を燃やす激痛の中でバンシィは集中し続けた。
―――…そして。
"…ガキャンッ!!"
手錠が、外れる。
バンシィ「あ…っ!」
白姫「手錠が……!」
それを確認すると、魔法を解いて地面にドタリと倒れる。
白姫の腕はビリビリと痛んで赤く腫れあがり、火傷ではなく"魔傷"という魔力を帯びた傷となって痙攣が起きうまく動かすことが出来ない。
白姫「で、でも…、私なんかより……!」
バンシィの傷は、それ以上である。
何とかヒールで最悪の事態は免れたものの、ダラダラと血が流れ続け、赤い手錠のように傷が治癒する様子はない。
バンシィ「お姉ちゃん、ヒール凄いよ……!ぜ、全然…効く…!私の腕、まだ、あるよ……!」
白姫「ち、血を止めないと!しっかりして!」
ヒールを唱え、痛みを少しでも和らげる。すると、バンシィは治癒の途中で立ち上がり、白姫の腕を引っ張った。
バンシィ「い、今はまだ…!早くここから出ないと、魔法を感知したブリレイが…来る……!」
白姫「逃げるっていっても!どこへ!」
バンシィ「お姉ちゃん、どこかに宛てはない…!?」
白姫「猛竜騎士さんの家に一回向かって、そのあとすぐに別の場所に行くしか!」
バンシィ「うん、それがいいと思う……!」
二人は牢から出ようとしたが、お互い、裸もしくはそれに近い状態だと気付く。
バンシィ「……気にはしないけど、防護効果も無いと不味いかもしれない…」
白姫「服は私の部屋か、貴賓室の近くにあるかもしれないけど……」
バンシィ「そこまでは行ってられない…」
白姫「……だったら、そこの兵士のものは使えないかな?」
バンシィ「あ…っ」
壁にくっつくように氷結した兵士二人の鎧。ヘルムを装備し、顔を隠すのにももってこいだった。
バンシィ「氷塊を解く…!」
バンシィは器用に防具だけを残して氷を崩壊させ、ゴトン!と防具が落下する。
サイズはぶかぶかだったが、氷気でひんやりと冷たい防具に声をあげつつも二人は急いでそれを装着し、地下室から脱出したのだった。
…………
……
…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
―――同時刻、セントラル王国の王室。
かの"覇王"と呼ばれた男ハイルは、玉座で威圧感を放ち、団長リッターを睨み付けている。
だが、その隣にいる男はそれ以上に強いオーラで王室に立つ騎士団たちを圧倒していた。
ブリレイ「…」
―――あの時。
猛竜騎士たちは、間違いなく善戦をした。
闇魔法との戦い方を知っていたからこそ、ブリレイに対抗できたのだとも言える。
ブリレイ「…」
だが、所詮は一般冒険者。闇魔法に太刀打ちできるはずがなかった。
ブリレイ「傷をつけたのは、称賛に値するが……」
"ククッ"と笑い、指で額に触れる。彼の額には、頬までクッキリとした大きな切傷の跡が目立っている。
ブリレイ「瞳を狙うのは良し。だが、実力が足りなかったな……」
猛竜騎士とバンシィは、間違いなく世界でもトップに匹敵する実力を持つ。その二人を相手にしたというのに、傷一つで済んだことから彼の強さが伺える。
ブリレイ「さて…。ハイル王、あとは頼んだぞ」
ハイル「……承知」
命令を耳打ちすると、ブリレイは王室から出て行った。
………
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―――地下牢。
10分後、彼が向かった先は地下の実験場の更に奥に存在する地下牢だった。
そこに魔鎖で縛られ逃れることのできない、囚われる三人の男女の前で足を止めると「お元気かな」と声をかける。
猛竜騎士「……シュトライト…!」
白姫「あ…ぅ……」
バンシィ「くっ……」
悪鬼の前に敗北した、三人の男女。
殺されることはなかったが、布一枚を着せられただけで、両腕はうっ血して痛々しく紫色に変化していた。
ブリレイ「……先ほど、南方大地の首都を陥落させた。これから、本格的に西方大地への作戦を立てる」
猛竜騎士「な、何だと……!」
ブリレイ「そろそろ君たちにも働いてほしいものなのだが。幻惑をかけても、耐性が高く中々思うようにいかないのはジレンマでね……」
猛竜騎士「俺らがお前に加担すると思うのか…っ!」
ブリレイ「本来なら殺すところだ。白姫も、バンシィも、慰め物にならないだけマシだと思ってくれないか」
猛竜騎士「……俺は死なない。殺せとは言わん。俺はもう諦めん…!」
ブリレイ「その恰好で言われても説得力はないぞ?」
"キィ"と牢の鍵を開け、中へと入る。
ブリレイ「どうしたものか。俺の幻惑にかかると思ったが、苦しむばかりで耐性がついてしまっていたらしいな」
猛竜騎士「お前の幻惑は効かん!」
ブリレイ「……だが、俺はお前らが欲しい。特に白姫は、いずれ来る俺が英雄となる時、王の血筋を引く者として必要な存在だ」
ゆっくりと手を伸ばし、掌で白姫の頭を撫でる。
白姫「やっ…!」
バンシィ「お姉ちゃんっ…!」
猛竜騎士「……おい、白姫に手を出すなッ!!」
ブリレイ「落ち着け…、何をするわけでもない」
すぐに手を離し、再び猛竜騎士に目線を向ける。
ブリレイ「ふむ、正直なところ…傷物にしたくない一心で1週間もの間、我慢をしてきたが……」
猛竜騎士「な…に……?」
ブリレイ「お前が従わないのなら、白姫とバンシィには役立ってもらうしかないな」
猛竜騎士「何をするつもりだ!」
ブリレイ「白姫をいずれ操る時、心が壊れた状態でマインドコントロールが出来るか心配だった。…しかし、お前の実力を東方の制圧戦で利用できないのなら、それ相応の代償として二人には役立ってもらう」
二人の魔鎖を外そうとするブリレイ。猛竜騎士は何かを察した。
猛竜騎士「待て、シュトライト!!」
ブリレイ「何だ?」
猛竜騎士「貴様、まさか……!」
ブリレイ「バンシィは慣れたものじゃないのか?白姫は魔剣士と経験もあるんだろう?」
つまりは、猛竜騎士を動かすための人質。
バンシィ「…ッ!」
白姫「わ、私……」
二人は身体を動かし抵抗せんとするが、意味をなさない。
猛竜騎士「ま、待てシュトライト!二人は関係がないだろうが!!」
ブリレイ「お前を動かすためだ。目の前で泣きわめく姿も見れば、考えが変わるだろう?」
猛竜騎士「……シュトライトォ!!」
ブリレイ「それとも、俺に従うのか?」
猛竜騎士「…ッ!」
ブリレイは、猛竜騎士の実力を買っていた。同じ時代を生きた存在としても、バーサーカーである魔剣士が信頼を置いている意味でも、前線を任せる適任者として彼を欲していた。
猛竜騎士「シュトライト、貴様ァ……!」
ところが、彼は心を捨てることはない。従うことはない。最初こそ時間をかけてと思っていたが、よくよく考えてみれば、手っ取り早い方法があった。
ブリレイ「……従わないのなら」
白姫とバンシィの布を剥がし、素肌があらわになる。バンシィは無詠唱の魔法で彼を吹き飛ばそうとしたが、魔鎖が赤く光り、強い熱を帯びた鎖が三人の両腕を痛めつけた。
猛竜騎士「つっ……!」
白姫「あぅっ!?」
バンシィ「あくっ……!?」
ブリレイ「……いい加減、学ばないか?」
腕を勢いよく伸ばし、バンシィの口元を抑えて後頭部を壁に叩きつけ、"ゴン!"と鈍い音が響く。
バンシィ「ぅぐッ!」
ブリレイ「……お前は白姫の心を壊さないがために大事にしてやってるんだ。魔法を使えばそれぞれ傷つくといったはずだぞ…?」
もう一度。腕を振るい、彼女の後頭部を強く打つ。
白姫「ぶ、ブリレイ…!もうやめて…!私なら自由にしていいから!!」
ブリレイ「……強がりばかり。何故、本音を言わない」
白姫「え…?」
ブリレイ「お前は、猛竜騎士の前で何人もの男に辱めを受ける。これの意味が分からないのか…?」
白姫「……分かってる!!」
ブリレイ「ほう?」
面白そうに反応する。
白姫「そうだとしても、私は決して壊れたりしない。絶対に、何をされても!負けたりしない!!」
ブリレイ「強がりは誰でも言える。実際にそうならないから言える言葉なのだと分からないか?」
白姫「覚悟はしてたから。バンシィちゃんに酷いことはしないで…!貴方が必要なのは私なんだから、私に酷いことをして!!」
ブリレイ「クク、ハハハハッ!!わ、私に酷いことをしてなど…、初めて聞いたぞ!」
白姫「……笑ってもいい!だからバンシィちゃんには酷いことをしないで!」
ブリレイ「!」
白姫「…」
ブリレイ「……フン」
一瞬、驚いたように思えたがすぐに冷静な顔に戻る。
彼女の言葉にブリレイは、バンシィを掴む手を離すと"ゆらり"と動き、白姫の首を強く絞める。
白姫「あぐっ!?」
猛竜騎士「……ブリレイッ!!」
バンシィ「お、お姉ちゃ……っ」
重い鎖をじゃらりと鳴らし、必死に攻撃を止めようとする。
ブリレイ「……なぁ白姫。どんなに強がっていようと、所詮は壊れると分かっているんだよ」
白姫「そ、そんなことっ……!」
ブリレイ「本当に強い奴は、強がりを言わないんだよ。何も言わず、受け入れるんだよ……」
白姫「……っ!」
ブリレイ「なぁ……!」
ぎりぎりと音をたてて首が絞まり、苦しそうにするが白姫は抵抗を止めなかった。
白姫「だ、だったら…!ブリレイも、弱いんだ…ね…………!」
ブリレイ「何?」
白姫「本当…に……、強い人なら……!今の…自分を受け入れてたはずだから……!こんなことしなかった…、はずだからっ……!!」
ブリレイ「……貴様ァ!!」
……逆鱗に触れる。老いゆく自分を受け入れられなかった弱いヤツだと、それが間違いのないことだと認めてしまった。
白姫「け…ほっ……」
咳き込むことも出来ないほど、強く絞めつけられる。
それを見た猛竜騎士は「止めろ!!」と叫び、ついにそれを口にしてしまう。
ブリレイ「何だ…?」
猛竜騎士「分かった、俺はお前に従うッ!!!だから、その手を離せぇっ!!」
ブリレイ「……ほう」
それほどに関心があったのか、言われた通りにその手を離す。白姫は首をガクンと落とした。
猛竜騎士「分かった、俺はお前に従う!だから、もう止めろ…!」
ブリレイ「本心か?」
猛竜騎士「従う…。分かった、だからもう止めろ…。勿論、バンシィにも手は出さないでくれるか……」
ブリレイ「……本心だとしたら。俺の瞳を見るんだ」
猛竜騎士「うっ…!?」
猛竜騎士に近づき、瞳から魔力を発する。今まで耐えていた心の壁が、一瞬でも「従う」と思い出来たヒビから、闇に塗られた魔力が、ゆっくりと心を染めていく。
猛竜騎士「う、うぉぉおっ!?」
ブリレイ「……どうやら、一瞬でも本気で信じると思ったらしいな…!」
猛竜騎士「ぐっ…!ぐぁぁっ!!!」
視界が歪む、回る、点滅する、記憶が徐々に消えて行く。強い魔力が浸透し、強烈な吐き気に俯き、思わず胃液を床に吐き流す。
白姫「も、猛竜騎士…さ……!」
バンシィ「し、しっかり…して……!」
二人の声は届かない。まるで耳にも聞こえることはない。
ブリレイ「白姫、バンシィ、感謝をするぞ。男は所詮、女に弱い。心に孔を空けるのは、いつの時代も女ばかりだ……」
猛竜騎士「ぐ…!ぐぅぅうっ…!うぉっ……!!」
意識が遠のき始める。
必死に訴える彼女たちの声は、フラッシュにかき消されて一片たりとも彼には届かない。
猛竜騎士「……ッ!!」
しかし、そんなさ中にも。
猛竜騎士は意識が堕ちる瞬間、確かに言った。
猛竜騎士「し…、信じて…、信じて……る……ぞ……!!」
―――信じている、と。
ブリレイ「うん……?」
猛竜騎士「……ッ」
その一言を残し、猛竜騎士の意識はプツリと切れる。
次に目覚めた時は、ブリレイの忠実な僕となってしまっていることだろう。
ブリレイ「ククッ…!ハハハハッ!!」
確信したブリレイは、地下牢で大声で笑った。
ブリレイ「ハハハッ…!結局は俺の僕だ!最初から従っていれば、こんな地下牢で苦しい目に合わず、魔剣士も失うことをなかったものを!」
白姫「ブリ…レイ……!」
笑うブリレイを、白姫は睨み付ける。絶望的な状況にも関わらず、依然、強い態度は崩さなかった。
ブリレイ「これは姫君、貴方の忠実な騎士はもういない。誰も守る人はいなくなったわけだが……」
白姫「……それでも私は、諦めない」
ブリレイ「嘘か真か」
白姫「やってみたら…いい……!私は屈したりしていない!!」
ブリレイ「ほんの僅かな孔があれば、お前は堕ちる。仲間が消えた今、お前は……」
今度は白姫に対し、瞳に込めた魔力で闇色に染め上げようとした。
―――…だが。
白姫「……私は、決して屈しない!!」
ブリレイ「む……」
先ほど、猛竜騎士を堕とした魔力では、彼女の心を崩すことが出来なかった。
ブリレイ「貴様……」
白姫の心は折れていない。折れるはずがなかった。
ブリレイ「まだ、この状況で……」
白姫「猛竜騎士さんは最後まで"信じている"って言ってくれた。私が諦めたら、世界を救うことが出来ないから!」
ブリレイ「……諦めれば楽になるものを…」
恐らく、白姫はブリレイの持つ全力の幻惑をかけることで堕ちていただろう。確かに相当な"確固たる意志"はあったものの、信じていた猛竜騎士が堕ちたことは彼女の心に孔は少なからず空いていた。
ブリレイ(今は、これ以上の幻惑を放つことは出来んか……)
彼もそれは分かっていたが、猛竜騎士と白姫に二回も幻惑を放っており、身体の限界が近いことが幸いした。
ブリレイ「仕方あるまい…」
諦めた様子で"パチン"と指を鳴らして兵士二人を呼びよせ、崩れた猛竜騎士を指差し彼を王室へ運ぶように指示をした。
白姫「も、猛竜騎士さん……!」
兵士は猛竜騎士を抱えると、白姫とバンシィを流し見しつつ地下牢から出て行った。
ブリレイ「……さて。今、お前を堕とすのは無理だと分かった以上は別の仕事をせねばな」
無駄な力使っていられないと、ブリレイはパンパンと埃を払いながら牢から出る。
白姫「……ブリレイ!」
ブリレイ「…」
白姫「わ、私は貴方を絶対に許さない!」
ブリレイ「何とでも言え。いずれお前には役立ってもらう時が来る。それまでは生かしておいてやる」
白姫「私は言いなりなんかにならない!」
ブリレイ「ククッ、分かった分かった。心底、俺は仲間という仲間がいなかったことを幸運に思うぞ」
白姫「仲間がいないことが幸運…?」
ブリレイ「お前たちは仲間意識が高い。故に脆いということだ」
白姫「脆い?仲間がいることが脆いっていうの?」
ブリレイ「一人が砕かれる瞬間を見て、お前が正気を保てるか面白いところだ。そこのバンシィには、役立ってもらうことが出来たというわけだ」
白姫「バ、バンシィには!!」
ブリレイ「手を出さないでー…、か?お前が堕ちる理由は簡単なことだったな」
白姫「ッ!」
また声を上げて「ハハハ」と笑う。
ブリレイ「……また来るぞ。あとは静かにしておくがいい」
その後、白姫が何を言っても彼は見向きもせずに地下室から出て行ったのだった。
白姫「ブリレイ……っ」
自分の無力さを恥じて、涙を浮かべた。
バンシィ「お姉ちゃん、泣かないで……」
白姫「バンシィ…ちゃん……」
バンシィ「きっとチャンスはあるはずだから…。諦めなければきっと大丈夫だから……」
白姫「そう…だよね……」
バンシィ「うん…。お姉ちゃんが諦めたら、世界はあの男のものになっちゃうから…。お兄ちゃんが、悲しむよ……」
白姫「ま、魔剣士……っ」
魔剣士が消えてから、1週間以上である。
彼は決して"そう"なのだと信じたくなかったが、名前を言われると沸々と意識したくなかった現実が痛いほどに浮かんできた。
白姫「魔剣士…、魔剣士っ……」
彼は今どこにいるのか。本当に"そう"なってしまったのか。信じたくない。信じたくない。信じたくない―――…。
バンシィ「……待ってお姉ちゃん。静かに…」
白姫「えっ…?」
急にバンシィの目つきが鋭くなる。すると、出入り口側から男の声が二人、こちら側へと近づいていることに気付く。
白姫「何か声が…?」
バンシィ「この感じ、さっきの兵士…かな……」
白姫「ど、どうして?」
バンシィ「……この状況を見られたから…かな」
白姫は布一枚、バンシィは先ほど剥がされたまま裸で動けないように放置され、先ほど猛竜騎士を運んだ兵士二人が"流し見"していたから推測は単純だった。
白姫「ど、どうすれば……」
バンシィ「この状況だから…私は受け入れるしかないと思ってるけど、お姉ちゃんは……」
白姫「……ううん、この状況だもん。私だって覚悟はあるって、何度だって…」
バンシィ「お姉ちゃん……」
白姫「それに、バンシィちゃんだけ酷い目に合せられないよ。私たちは仲間なんだから」
バンシィ「……っ」
段々と声は近くなる。聞こえてくる会話は下衆そのもので、女性にとって悪寒を覚えるものばかりである。
バンシィ「……っ」
バンシィは考えた。彼女は恐らく、分かっていない。
これから行われる行為は、死と同じほどに辛く、一生の傷となる。誰かを好きになることが許せなくなると、自身を閉じ込めてしまうことを。
―――それは許せない。
バンシィはこの時、考えが浮かんだ。
バンシィ「お、お姉ちゃん…!」
白姫「うん…」
バンシィ「私に一つ、提案があるんだ……」
白姫「提案?」
バンシィ「時間がないから手短に話すね…。すぐに決断をしてほしい……」
白姫「う、うん。どうしたの?」
男たちの足音と声が大きく、目の前まで迫ってきている。
バンシィ「お姉ちゃん、ヒールは使えるよね……」
白姫「うん、簡単なものだけど…」
バンシィ「だったら、私がこの手枷を壊すように氷結をする…。それをヒールで抑えてほしい…!」
白姫「…バンシィちゃん、それは!」
二人の両腕はセントラル王城で重罪人を捕縛するための"特殊な魔鎖"によって繋がれている。
これは、先ほども反応したように魔法に対して強い反応を示し、赤く発熱し動きを制限するものだった。
白姫「これを破壊するって、術者であるバンシィちゃんは!」
バンシィ「うん…。魔法が強いほど、術者には反動がある…。たぶん、ヒールだけじゃ両腕が焼き切れると思う……」
白姫「そんな危険なこと!」
バンシィ「お姉ちゃんだって火傷を負うよ…。今は何かを犠牲にしても、脱出しないと……」
白姫「私は痛みくらい…、だけどバンシィちゃんの腕が…!」
時間がない。うだうだしている暇はない。
バンシィ「お姉ちゃんっ!!」
白姫「っ!」
バンシィ「せ、世界は犠牲がないと救えないの…。これからの未来に、お姉ちゃんは必要な存在なの…!」
白姫「で、でも!それでも!」
バンシィ「選択なんかない…!一気に壊す火力には詠唱が必要だから、お姉ちゃん、ヒールをしてね……!」
白姫「ちょっと待って、バンシ……!」
バンシィ「sose benrenki…sose bluotrenki!sose lidirenki……」
白姫「!」
魔鎖を解き放つ火力には、無詠唱では時間がかかりすぎる為、腕がなくなる可能性があったため強烈な言霊を帯びた"呪文"を要した。
バンシィが唱え始めたと同時に、二人の手枷は燃え上がるように赤くなる。
白姫「…っつぅっ!?」
バンシィ「ben zi bena…!bluot zi bluoda!」
鋭い痛みが二人を襲う。だが、バンシィは顔色を変えずに呪文を唱え続け、その様子を見ていた白姫も慌てて重唱する。
白姫「ひ、光の精霊よ!来たれ、我が身のために……!」
バンシィ「lid zi giden…sose gelimida sin!」
ヒーリングによりわずかに痛みは緩和し、治癒も行われるが、それ以上にダメージが大きい。
痛みに顔を歪ませながらも、バンシィは白姫のために、白姫はバンシィのために互いを支え合った。
「……何だ!?」
ここで、ようやく兵士が異変に気付き、牢へと急いで近づく。
それが呪文だと分かった途端、兵士二人は止めさせようと中に入るが。
バンシィ「グロゥス・ツー・フリーレン……!」
詠唱は唱え終わり、氷結がさく裂した。
"……ゴォッ!!!!"
氷結の暴風が、白姫とバンシィの周囲をグルリと周り兵士二人を壁に叩きつけて一気に氷塊と化す。
バンシィ「う…くっ…!!ぐっ、ぐぅぅうっ!!!」
それを上手く操り、二人を繋ぐ手錠部分に"嵐の氷塊"を幾重にぶつける。
激しい金属音、魔力の弾け飛ぶ輝きと煌き、猛烈な寒さと、腕を燃やす激痛の中でバンシィは集中し続けた。
―――…そして。
"…ガキャンッ!!"
手錠が、外れる。
バンシィ「あ…っ!」
白姫「手錠が……!」
それを確認すると、魔法を解いて地面にドタリと倒れる。
白姫の腕はビリビリと痛んで赤く腫れあがり、火傷ではなく"魔傷"という魔力を帯びた傷となって痙攣が起きうまく動かすことが出来ない。
白姫「で、でも…、私なんかより……!」
バンシィの傷は、それ以上である。
何とかヒールで最悪の事態は免れたものの、ダラダラと血が流れ続け、赤い手錠のように傷が治癒する様子はない。
バンシィ「お姉ちゃん、ヒール凄いよ……!ぜ、全然…効く…!私の腕、まだ、あるよ……!」
白姫「ち、血を止めないと!しっかりして!」
ヒールを唱え、痛みを少しでも和らげる。すると、バンシィは治癒の途中で立ち上がり、白姫の腕を引っ張った。
バンシィ「い、今はまだ…!早くここから出ないと、魔法を感知したブリレイが…来る……!」
白姫「逃げるっていっても!どこへ!」
バンシィ「お姉ちゃん、どこかに宛てはない…!?」
白姫「猛竜騎士さんの家に一回向かって、そのあとすぐに別の場所に行くしか!」
バンシィ「うん、それがいいと思う……!」
二人は牢から出ようとしたが、お互い、裸もしくはそれに近い状態だと気付く。
バンシィ「……気にはしないけど、防護効果も無いと不味いかもしれない…」
白姫「服は私の部屋か、貴賓室の近くにあるかもしれないけど……」
バンシィ「そこまでは行ってられない…」
白姫「……だったら、そこの兵士のものは使えないかな?」
バンシィ「あ…っ」
壁にくっつくように氷結した兵士二人の鎧。ヘルムを装備し、顔を隠すのにももってこいだった。
バンシィ「氷塊を解く…!」
バンシィは器用に防具だけを残して氷を崩壊させ、ゴトン!と防具が落下する。
サイズはぶかぶかだったが、氷気でひんやりと冷たい防具に声をあげつつも二人は急いでそれを装着し、地下室から脱出したのだった。
…………
……
…
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