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異世界に来たからチート能力得られると思うのは甘え

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「こ、この野郎…相変わらず戦闘能力高いし…やる事がエグいんだよマジで…つかなんで痛覚があるんだこれ…」
「あれでもまだ全力じゃないんだがな」
「マジッスか」
「恐れながら、止めた私から言わせていただくと、全体のスペックの七分の一も発揮されていないかと」
「マジッスか…」

 それを聞くと、ヴィクターは途端に元気を無くす。
 このジョンという男とは、リアルも含めてかれこれ三、四年ほどの付き合いだが、正直彼が一体何の仕事をしているのか、それどころかゲームをやる事以外のプライベートに関して全く知らないし、皆目見当もつかない。
 ある時は中東のどこそこ―後で調べてみると、大絶賛紛争中の地域だった―で仕事をしてきたとのたまい、ある時は秘境の遺跡に高名な探検家と一緒に向かい、ご丁寧に自撮りまで送ってきた事もあった。その時の写真の背後で、何やら遺跡のオブジェが怪しげに光っていたのだが、きっと光りの反射か何かだろう。とりあえずヴィクターはそう思い込む事にした。

 まぁ端的に言ってしまえば、そんじょそこらの主人公よりも主人公をやっていそうな男、それがジョンであった。

「良いよなぁ…そんないい体つきしててさ」
「そんな意味深な事言われても困るんだが、そもそもこの体、アバターのまんまだからな?あと、お前もなんやかんやでハッタリかましてとんでもねぇ事するよな」
「?とんでもねぇ事とは?」
「マキナさんや、そこを真似る必要はないんじゃよ。…いや別にぃ?そんなやましい事なんて…」

 途端に目を泳がすヴィクター。しかしツッコミを入れるべき所にはきっちり入れていく。律儀にツッコミを入れるのは、関西人の性か。無論、本人にそれを言っても否定するだけなので、ジョンは口にしない。

「いやな。コイツ、前についうっかりヤのつくヤバい職業の人のお財布からお金をな…」
「あー!あー!ナンデモナーイ!キコエナーイ!」
「とぼけちまってぇ…」
「本当に何もなかった、いいね?」
「アッ、ハイ…なんて言うと思ったかブァカめ」
「このヤローッ!」

 そして、しばししょうもない漫才をやりつつ、数分後。

 ようやく一段落ついたというところで、マキナが自ら周辺警戒を買って出た為、残された男達二人は、現状の把握に努めていた。

「で、なんで装備品一切無くなってるんですかねぇ…?」
「知らん。てか、ガチャ回す為に服以外全部売ったテメェが言う事か」
「課金してたまるか!」
「変な所でプライド高いよなお前…」

 こんな会話をしているが、ちゃんと現状把握はやっているのである。やっているったらやっているのだ。いいね?

「ところで、ここってどこなんだよ。密林エリアっぽいけど」
「ああ。MoEで見覚えのある植物をチラホラと見かけた。だから、どういうわけかログアウトできていない、という可能性も無きにしも非ずだが…」
「多分、違うと思うんだよなぁ。もしそうならGMコールなり何なりできるはずだし」

 それに、と続けながら、ヴィクターは自分の頬を抓る仕草をする。

「痛覚がある。おかしいと思わないか?VRゲームで痛覚を感じたなんて話、聞いた事ないぜ」
「一応研究はされてるらしいが、実用化はされてないって話だしな」

 MoEを含め、この手のVRゲームは、プレイヤーはダメージを負っても痛覚を感じる事はない。それこそ、暴力性の高い格闘ゲームやFPSといったゲームも含めて、だ。
 ジョンの言う通り、どこそこの国ではよりリアリティのあるゲームを作る為にと、脳が痛覚を感じ取るようにする研究が行われているという話は、ヴィクターもニュースサイトで目にした事がある。だが、実際に実用された時に痛みによるプレイヤーのショック死もあり得る為、実用には至らないだろう、というのが一般的な見解である。

「…待てよ?つまり、なんだ…そういう事、なのか?」
「…まぁ、そういう事なんじゃないかな、と」

 そこで、ジョンが少しばかり遅れる形で、ようやく二人の考えが一つの着地点へと導かれる。
 それは「現実的に物を考えて」、と言ってしまえば否定されるだろうが、生憎と既に現実離れしてしまっている彼らの頭は、それらを超越した真実に辿り着いていた。寧ろ彼らに言わせれば、この現状を見て「これは現実ではない」と言ってしまう方が、現実を見ていないのだ。

「…ここ、リアルMoEの世界?」
「…かも、しれんね」

 一見すれば、割と絶望的な現実。しかし、読者の皆様がこれを読んでいるという事は、恐らくあらすじもちゃんと読んでくれているのだろう。ならば分かるはずだ。今この時点で、彼らが何を考えているのかを。

 その二人の顔は、何やら良からぬ事を考えているような、実に意味深な笑顔を浮かべていた。
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