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01 鬼隊長アニー

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「アニー、今日の訓練メニューは少し厳し過ぎます」
「え? そうか?」

 私はドルリア王国の第三騎士団の分隊長を任されている。
 訓練所で私は隊員の訓練に睨みを利かせていると部下のエイベルがそう言ってきた。
 女性で管理職だと周囲からやっかみ半分でいろいろと叩かれるし嫌なことばかりだが、それなりに充実した毎日を送っていた。
 女で平民が騎士になったので風当たりがキツイのは仕方が無いことと割り切っているが、それが良いとは思えない。
 それでも実力主義を掲げている第三騎士団だから、私もここまで出世できたと言えた。
 先の魔物の氾濫(スタンピード)において私は出現した災害級のボスモンスターに辛くも止めを刺せた功績を認められてこの地位まで這い上がることができた。
 今、生き延びているだけでも自分を誉めて良いぐらいだった。それほど酷いものであのときの規模は十年に一度とまで言われていた。
 エイベルは私を見ながら続けた。
「城壁外周、腕立て伏せ、背筋腹筋、その上模擬試合って……、多すぎます。他の奴が監督の時はこの三分の一です。他の業務もありますし、訓練だけをしている訳にはいきません」
 彼は私付きの副官でなんとコートナー侯爵家の次男という高位貴族のお坊ちゃまだ。
 他の隊長や騎士達はあからさまに私を平民での女だとなめていたが、彼はそんなことを態度やもちろん口にもしてこない。新人の教育係りとして彼と関わってきたが、今や頼れる部下で信頼している。流石ノブレスなんとかってものだ。エイベルの凍てつく美貌を私は感慨深げに眺めた。
「それでも私の自主トレーニングの半分だぞ?」
「ひょええ。そんなにやってんだ……。さすが鬼隊長」
 どこからか驚く声が聞こえてきたがスルーした。
 周囲の騎士達の息を飲む様子もいつものことなので特段気にはしない。
 上司には敬語だと思うのだがな。
「だから、男性諸君ならもっとできるんじゃないか?」
 私は彼らの方を見遣りながら嫌味を言ってみた。
「……それに人間相手ならお前たちの力は十分だと管理者の私も信じている。だが、魔獣相手に鍛錬不足でしたと懇願して命が助かるならそうすればいい。定期的に起こるスタンビートには体を鍛え上げていないと押し寄せる魔獣相手に逃げ惑う羽目になるぞ? 第二騎士団がいないときどうするのだ? 実際そうだったのだ。国民も逃げ惑う隊員に給料を払おうとは思わないだろう」
 そう言って私は彼らを睥睨した。すると彼らは渋々ながら私の言ったメニューに取り掛かった。
 ――それでいい。
 本来、第三騎士団の隊員は城下町の治安部隊だから人間相手が殆どだ。だが先のスタンピードは王都周辺で起きた。そのため王都の第三騎士団、つまり私達が対応したが壊滅状態となった。生き延びた自分はこれからもできることをしようと誓っている。
 彼らが力足らずで死ぬことがないように私が悪役となろう。
 それに上司とは嫌われるものだ。
 そんなふうに思っていると横から周囲に聞かれないほどの小声で囁かれた。
「なにもアニーが嫌われ役を買ってでなくても……」
 エイベルの言葉に私は聞かなかったふりをして黙ったまま前を見つめているとエイベルは諦めたように黙り込んだ。
 エイベルを虐めて優秀な部下に去られても困るので、不服そうなエイベル副隊長殿をお昼に誘って機嫌を直してやるか。
「ふふっ。エイベル。お昼は二人で市街地にでも食べに行こうか。奢るよ」
 生真面目で頼れる部下だが、やや融通が利かないエイベルの背中をバンと叩いてやった。体幹が良いのかびくともしないその背中を今も頼もしく感じた。
 もちろんその下の素肌も知りすぎているけれど。
 がさつな私にはもったいないくらいだ。
 そもそも彼はこんなところでいていい奴でもないけれど。
 優秀だからそれこそ高位貴族の所属する王族警護の第一騎士団か、魔獣対応の第二騎士団の隊長クラスになっていてもおかしくないのだ。

 騎士団の制服の上からコートを被り馴染みの食堂に二人で向かう。
 あのスタンピードから隊長に祭り上げられてからおちおち隊服で出かけられないくらい有名になってしまったのが、ちょっと困ったことだった。
「あれは……」
 王城近くの広場の片隅で男女のカップルらしきものがいたが、どうやら男性が女性の腕を掴んでいるようだった。
「アニー、休憩時間が無くなります。あれくらいなら警ら係りに任せておけば良いのです」
「住民の安全確認の方が優先だろう!」
 私は引き止めるエイベルを制すと彼らの元に足早に近寄った。
 青年が美少女の腕を無理やり引っ張っていた。
 綺麗な身なりからすると双方、貴族階級かもしれない。
 それに気がついて私は介入することに少し躊躇した。
 騎士団であっても貴族階級の方々を即座に捕縛すると後が大変なことになるからだ。
「……だから、この先で休憩しようぜ」
「疲れてなんていないわ……。それにもう家に帰りたいの」
「なんだよ。俺のいうことが聞けないのか?」
 青年が一方的に怒鳴りつけていた。
 美少女の方はどう見てもまだ成人前に見える。青年が連れ込もうとしているのは所謂連れ込み宿、男女がいたす所だった。私はコートを脱ぐと騎士団の制服を露わにして声を掛けた。
「あの、お連れの女性が嫌がっておりますよ」
「なんだ? 騎士が……、無理やりなんかじゃねぇよ! こいつとは知り合いなんだ。放っといてくれ!」
「そうおっしゃられても、お相手の方は嫌がっている様子ですよ。紳士ならば淑女を大切にすべきではありませんか?」
 私は努めて穏やかに対応すると青年はやっと私を見た。少女は俯いたまま肩を震わせている。
「ふ、ふん! この俺が折角誘ってやっているのに!」
 そう怒鳴ると掴んでいた少女の腕を乱暴に振り払った。
「きゃっ」
 少女が地面に倒れる前に私は急いで受け止めた。
「か弱いご令嬢になんという乱暴なことだ。大丈夫ですか?」
 私が彼女に寄り添うように支えると青年は忌々しそうに舌打ちするとさっさと立ち去った。とても貴族階級の子息とは思えない様子だった。
「あ、ありがとうございました!」
 ふわふわしたピンクブロンドの可愛らしい美少女が涙ぐみ、がくがく震えながらもお礼を言ってくれた。こんな可愛らしい子にと憤りを感じる。
 彼女の左手は胸元を抑えていたのでどこか苦しいのかと尋ねてみると少女は私を見上げた。
「だ、大丈夫です。ちょっとびっくりして、息苦しいだけです。本当にありがとうございました」
 潤んだ瞳で見上げられるとかなりの美少女だということに気がついた。
 ――眼福ものだな。そんなことを考えつつ職務を遂行する。
「我々第三騎士団は王国の住民の暮らしを守る存在です。あなたのようなか弱いご令嬢に乱暴を働いた相手を訴えますか?」
「……訴え? いいえ、そんなことまでは……、あ、迎えの者がきたようです。それでは……、アニー隊長……」
 美少女は侍女らしき女性を見つけそちらへ小走りで立ち去ってしまった。
「やれやれ、名乗ってもないのに私の名が分かるのか」
「そりゃそうでしょ。英勇アニーと街ではいまだにあがめられていますよ。それにしてもアニーは働き過ぎです。さあ、早くお昼にしましょう」
 私は後ろにいたエイベルに促されて、いつもの食堂へ向かった。
 美味しい日替わりランチをエイベルに奢ろうとしたが逆に私の方が奢ってもらうことになり私は今日の些細な出来事はすっかり忘れてしまった。
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