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 以前、セクハラ問題で相談に来たクライアントの時も女性だったために同席を要求された。債務整理などを除き、女性の心身に関わる事は女性を同席させようというのが先生のポリシーらしい。心を落ち着けながら、少しでも相談しやすくしたいと考えているのだと私は勝手に解釈している。

「先生、明日は仕事が終わったら居酒屋とかでも良いですよ?」

 あわよくば、朝帰りとか! 明日が楽しみだ。デートではないけれど、先生と二人で過ごせる貴重な時間。

「帰ってから食べるのが面倒だからラーメンじゃなくとも簡単に食べられる物を食べて、送り届けるだけだからな」
「そんなのは明日の雰囲気で変わりますって! あー、楽しみ! よし、仕事しようっと!」

 呆れ顔の先生はさて置き、思いがけず、恋愛の女神様が微笑んで応援してくれているようだ。
 絶好のチャンスは確実に掴み取りたい!



   第二章 不意打ちのキス


 翌日の夕方六時過ぎに、結婚詐欺に遭われたというクライアントの女性が訪れた。クライアントの女性にとってデリケートな内容かもしれないので、話を聞く際は少人数でとの指示が先生からくだされる。先生の指示に従い、湯河原君は定時で帰り、事務所の中は私たち三人。
 私も同じような詐欺に遭ってしまったので、間接的にでも何かお役に立てたら嬉しい。資格も何もないので、直接関われるわけではないけれど……
 クライアントの女性は体型もスラリとした目鼻立ちの整った美人さんで、結婚詐欺になんて遭いそうに見えないのに……というのが第一印象だった。

「……なるほど、開業資金と言われてお金を差し出したあとに彼がいなくなったのですね」
「そうなんですよ、スマホも繋がらなくて。どうやら、以前の番号を解約したみたいなんです」

 先生は真剣に話を聞きながら、ノートパソコンに時系列や内容を打ち込んでいる。

「そうですか。警察に被害届けは出したのですか?」
「出してはないんです。色々調べたら、民事事件にして弁護士さんに相談した方がお金だけでも取り返せるのかなって思ったので……」
「もちろん、全力で取り返しますよ。……ただ、貸したお金の使い道が他の用途だったという証拠や初めからあなたと結婚する気がなかったなどの証拠が必要になります。できる限りの証拠を集めていただけますか? 集まり次第、策を練りましょう」
「お願いします!」

 クライアントの女性の名前は吉田よしださん。騙された男性は自分のことをカフェ経営者だと偽っていたが、実は雇われ店長だったという。私は二人のやり取りを聞きながら、自分なりに手書きのメモを取っていた。
 先生はと言えば……年齢が私とさほど変わらない美人な女性からの依頼だと知っていたからか、髪型も整えていて、どこからどう見ても良い男過ぎる。先生のタイプの女性なのか、受け答えがいつもに増して丁寧だったりもする。
 そして何より、わざわざ専門店に出向いて手に入れた高級豆を自分で挽いて落としたコーヒー。更には有名パティスリーのケーキまで購入している。仕事中に買いに行かされ、経費で落とさなくて良いからと先生が自分の財布からお金を出していた。
 私と湯河原君の分も買っていいと言われてそうしたものの、先生の好みのタイプというだけでいつもの相談時に出すお菓子とは違うのが私は不満に思う。……そう、言葉には出さないが、私はヤキモチを妬いている。
 クライアントの吉田さんの相談が終わっても嬉しそうに話をしている先生が憎らしい。吉田さんもブランド物のコーヒーカップを持つ姿が綺麗で様になっている。
 先生には美人さんがお似合いだってことも百も承知だけれども……私は諦めたくない。吉田さんが事務所を出たあとに私は先生との食事の予定があるのだから、そう自分に言い聞かせて、その場を耐えた。

「もうすぐ二十一時か。予定よりも遅くなって悪かったな」
「きちんと送ってくれれば問題ありません」

 予定よりも遅くなったのは先生が吉田さんと話し込んでいたから。何故、そんなことに気づかないのだろう。それほどまでに吉田さんが気に入ったのかな? 悔しいけれど、目の前の美女になんて勝てるはずがないのだからとやかく言うつもりもない。

「お腹も空いただろ?」
「空き過ぎました。ご飯食べたいです」
「はいはい、連れてってやるから。ほら、行くぞ」

 バッグを取ろうとした時に、不意に先生から頭を優しくポンポンと叩かれた。私は湯河原君がいない時に与えられるご褒美の甘さに慣れていないので、驚いてバッグを床に落としてしまう。

「仕方のない奴だな」

 先生がそう言って、私のバッグを拾って手渡してくれる。私の心臓の鼓動は速まるばかりで、収まらない。そんな何気ない仕草にときめいて呆然と立ち尽くす私を事務所の入口で待ちながら、先生は呆れ顔だ。先生にとっては些細なことでも、私にとっては心臓に悪い位にドキドキするシチュエーションなのだ。
 事務所を出たあとは先生の車の助手席に乗せられ、ネオンが輝く街中を車で走る。車での先生との二人きりは二度目だが、緊張してしまい言葉も出ない。
 幅広い年代に大人気のパールががった黒のハイブリッド車の中は綺麗に掃除されていて、無駄な物は置かない主義の先生の車は良い香りの芳香剤が漂っている。

「いつもの威勢はどうした? 取って食ったりしないぞ?」

 静まり返る私を見ては、からかうようにクスクスと笑い始める先生。怪我をした時に乗せてもらってた時は、ここまで意識してなかったのと、あっという間に自宅に着く距離だったので、緊張も緩やかなものだった。現在は意識しまくりで、身体が石みたいに固まっている。

「わ、分かってます! ……分かってます、けど」

 先生が私には興味がないのは実感している。私だけが二人だけの空間に対して意識してしまい、勝手に顔を赤らめているのだ。

「今日は遅くまでいてくれて感謝する。疲れただろ?」

 気遣いを兼ねた言葉を吐かれた上に、運転中にもかかわらず、先生からクシャクシャと髪を撫でられた。ドキドキして鼓動が早くなり、更に言葉も出なくなる。先生からの不意打ちは私にとっては、身の破滅になりかねない。

『吉田さんってタイプですか?』
『二人きりになると私に構うのは何故?』

 本当は今すぐそう確認したいのに、聞けない。いつもならおちゃらけた調子で気軽に聞くことができるのに、どうしてか今は何もできない。

「ちなみに吉田さんはタイプじゃないぞ。知人ってのが俺の先輩だから、丁寧に対処しただけだ」

 先生はあっさりとそんなことを呟く。私のことはお見通しだと言いたいのかもしれない。さ

「え? 何で聞きたいことが分かったんですか?」
「んー? ずっと顔に書いてあったぞ。お前の一喜一憂してる顔が面白くて、吉田さんには精一杯尽くしてみた」

 何だそれは? 酷い、酷すぎる……!

「……先生の馬鹿」

 今度は髪をクシャクシャとせずに優しくポンポンと叩かれた。ふと横顔を見ると口角が上がっていたので、恐らく少しだけ微笑んでいたのだろう。

「わ、私は出会った時から先生のことが……」

 途中まで言いかけて止めた。本当は好きだと言ってしまいたい。けれども、伝えたら今の関係が終わってしまいそうで怖い。

「えっと……」

 言い出せないままにうつむいていても、先生は何も言わない。
 先生の気持ちはどこにあるの?
 私の気持ちを知っているはずなのに決して受け取ってはくれない。同時に突き放してもくれないから、私は宙ぶらりんのままで諦めることもできないままだ。

「この時間じゃ、ファミレスとかしか開いてないか? 野上はガッツリ食べたいのか?」

 しばしの沈黙のあと、先生が口を開く。先程の件はまるでなかったことにされたみたいだが、気まずいような雰囲気よりはマシだ。

「お腹空いたけど……夜遅いからそんなにガッツリじゃなくて大丈夫です! 先生と一緒ならファミレスでもどこでも良いです」

 本当はお洒落なレストランとかダイニングバーとかに行ってみたいけれど、明日も仕事だからわがままは言わない。二人で過ごせるだけでも充分に嬉しいもの。

「そうか? ガッツリ食べないと気が済まないのかと思ってたから」
「そ、そんなことないですよ!」

 先生はニヤニヤと笑っている。
 否定はしたけれど、そんなにも食いしん坊だと思われているのかと思うと恥ずかしくなる。
 私の帰宅路から外れた場所にあるファミレスに着き、店内に入ると女性からの視線が鋭く感じられた。

「ほら、何でも好きな物を頼め」

 先生はメニューを私に差し出し、自分自身ももう一冊あるメニューを眺める。
 先生は何を頼むのだろうか?
 先生とファミレス、何ともアンバランスだなぁ。

「俺はステーキにする。お前は決まったのか?」
「あ、えっと……」

 先生と二人きりで外食だなんて嬉しいけれど緊張してしまうから、なるべく食べやすい物がいいよね。本当はお腹空いてるからガッツリとステーキが食べたいけれど、先程否定した手前恥ずかしい。
 お箸で食べやすい和食膳にしようか、ドリアとかも良いかな?

「特別にデザートも頼んでいいぞ。ほら、パフェとかも食べたらどうだ?」
「ありがとうございます。でも、ご飯食べてから決め……あっ!」

 ぐぅ~きゅるるる。
 お腹の音が先生に聞こえてしまう程に大きく鳴ってしまい、咄嗟にお腹を押さえたが止まるはずもない。

「野上もステーキにすればいいよ」

 先生は苦笑いをしながら、そう言って一番美味しそうなステーキを注文してくれた。

「先生のライスは?」

 しばらくしてステーキとライスが届いた。しかし、ライスは一枚だけで私の方へと差し出される。店員さんのミスなのかと思い、先生に訪ねる。

「夜は米とかパンは食べない。主食と野菜のみ」
「そうなんですか。ダイエット?」
「ダイエットはしてないけど、夜は酒の分のカロリーを残しておかなきゃならないから」
「なるほど」

 先生は毎日、晩酌をするらしい。どんなに疲れていてもバーボンをロックで一杯だけ飲んでから眠りにつくそうだ。先生の一人酒、しかもバーボンロックを飲んでいる姿なんて想像しただけでも格好良すぎて鼻血もの。

「野上は一人でニヤついていて気持ちが悪い」
「え? そんなことありませんよ!」

 慌てて否定するが、妄想が顔に出てしまっていたのだろう。


 ステーキを食べたあとは、先生に勧められてデザートもオーダーしたせいでお腹がいっぱい。食事が済んで車に戻ると、先生から口直しにミントのタブレットをもらう。ひんやり感と口の中が辛くて、思わず目を瞑ってしまった。先生はいつも、こんな刺激の強いミントのタブレットを舐めているのね……
 ファミレスのあとはどこにも寄らずに自宅まで向かっている。先生の彼女になれば助手席に乗り放題なのだろうか?
 先生は信号待ちの時に少しだけ窓を開け、ドリンクホルダーに置いてあるミネラルウォーターの蓋を開けて一口含んだ。信号が青になり、スマートに運転する姿に目が釘付けになる。

「野上は弁護士を目指しているわけでもないのなら、区役所勤めの方が安泰だったのにな」

 突然何を言うのかと思えば、区役所を辞めた話だ。先生の事務所で働きたいとお願いした時から、ことあるごとに言われている。

「また、その話ですか! 私は先生のお役に立てたらいいなと思って、この事務所に入りました。今はまだお荷物かもしれませんけど……」

 先生はもしかしたら、私ではなく違う誰かを雇いたいのかもしれない。確かに弁護士を目指している訳ではないので、法律関係の書類などはほとんど湯河原君任せだ。パラリーガルとして働ける人を雇った方が先生のためにも事務所のためにもなると理解してはいるけれど、一般的な事務員を欲しいと先に言ったのは先生のくせに。

「野上はできないなりによく頑張ってくれているのは認める」

『できないなりに』という一言は余計だが、褒めてくれているのが分かる。

「それに湯河原もそうだが、地域住民との関わりが持てたのは二人のおかげだと思っている。いつもありがとう」
「……え?」

 普段とは違う、先生からの扱いに拍子抜けしてしまった。初めて会った時のような久々の優しい先生に驚いて、先生の声は全て伝わっていたのに咄嗟に聞き返してしまった。

「聞いてなかったのか、せっかく良いことを聞かせてやったのに!」
「もう一度、言ってください!」
「……言うはずないだろ」

 聞き返したことによって、結果的に先生をからかうようなことになった。先生にからかわれるのも嫌いではないが、からかうのも好きかも。気持ちを素直に伝えてくれただけでも奇跡だと思うけれど、照れている先生を見られたのも貴重である。

「いつもそんな風に優しく接してくれたら、仕事ももっと頑張れるんだけどなぁ」

 先生に聞こえるか、聞こえないかくらいにボソッと呟く。

「そうだよな、でも嫌ならもう俺のことは仕事以外では構うな。誰に何と言われようが、今更……性格は変えられないからな」

 しばしの沈黙を打ち破り、次の信号待ちで先生は淡々と言い放つ。先生こそ、私の呟いた言葉が聞こえていた。
 甘い顔をしたり、突き放したり、先生は気分屋だ。私のことがそんなに恋愛対象にならないなら、ならないから断るとはっきりと伝えてほしい。
 私の気持ちに気づいているのに、はぐらかされてばかりで今日という今日は面白くなくなってしまった。先程の女性に対してのデレデレした態度もあったからか、余計に腹立たしい。

「先生は私にだけ冷たくするから、いじけたくなります。吉田さんにはあんなに優しく接してたくせに、私には嫌味ばっかりだし……」
「まだ吉田さんを気にしているのか、めんどくさい奴だな」

 先生と二人きりだと楽しみにしていたのに、自分で雰囲気を壊している。胸の奥が締めつけられて、こんなにもやるせない気持ちになるなんて、恋をしている証拠だ。

「先生がめんどくさい人だから、私もめんどくさい人になっちゃうんですよ」

 憧れているだけなら、苦しまずに済んだのに。恋愛感情なんて持たなければ良かった。元彼に振られた時よりも胸が苦しくて、どうにかなってしまいそう。

「……口の減らない女だな! 少し黙ってろ! 人の事情も知らないくせに」

 事情とは何だろうか? 先生に確認する間もなく、突然として左ウィンカーを出され、車通りが少ない細い路地に曲がって車を停車する。
 先生の急な行動の変化に驚き、唖然としていると突如、口の中に広がるミントの味。後頭部を左手で抑えられ、息も上手くできずに身動きも取れない。
 ――素っ気のない振りをして、形勢逆転のキスは反則でしょう……?

「お前こそ、いつも思わせぶりな態度を取りやがって。お花畑な考えなお前に大人の恋愛がどういうものか教えてやるから覚悟しとけ」

 唇が離れたあと、先生はニヤリと妖艶な笑みを浮かべて再び車を走らせた。私の心も身体も落ち着かず、助手席に乗ってただひたすら、そわそわしてしまう。
 初めて交わした、先生とのキス。まだドキドキが収まらない。どうしよう? 大人の恋愛を教えるとはまさか……! 今更だけれど逃げられないかもしれない。未経験ではないが、相手が先生となると胸が高鳴りすぎて破裂してしまうかも。
 いつもの軽口とは異なる先生の態度が、私にとっては恐怖すら感じてしまい口を閉ざしていた。私の自宅とは真逆な方向へと向かう車。
 どこへ向かっているのか分からないままに車に乗せられていたが、目の前には普段は立ち寄らない高級住宅街が見えてきた。豪華な一軒家、高層マンションが立ち並ぶ全てがオシャレな街並みに圧倒される。
 え? 先生は高級住宅街と呼ばれる地域に住んでるの?

「着いたから降りろ」
「え、ちょっと待ってください!」

 驚いている暇もなく、高層マンションの地下駐車場に車を停めて、車から降ろされる。先生に手を引かれ、コンシェルジュつきの高級マンションの中に入った。エレベーターで上階まで行き、部屋の中に無理矢理に入らされる。覚悟も何もできてない私は足がすくんでしまう。
 玄関先には、女物のハイヒールやブーツが並べてあったことに気づく。もしかして先生は、本当は彼女がいて、同棲もしているのでは?

「せ、んせ、……私、帰……」

 私は怖気づいて帰ろうとしたが、部屋の鍵をかけられ、先生のマンションの部屋に閉じ込められる。殺風景でベッドと小規模なワークスペースしかないような部屋に連れて来られて、身体が固まってしまう。

「したいんだろ、大人の恋愛っていうのを?」

 先生はスーツのジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを外し床に落とした。部屋の扉の前で立ちすくんでいる私に近づき、壁際に押しつける。壁際から動けないように、先生は私の唇を塞ぐ。半開きになった口の隙間から先生の舌がじ込まれ、無理矢理に絡ませてくる。次第に手がジャケットのボタンに伸び、一つひとつ外されていく。
 先生はフリーだと言っていたけれど、本当は彼女がいるかもしれない。そうしたら私は浮気相手になってしまう。いや、女物の靴があったのだから絶対にいる。一人暮らしだと言っていたのも彼女がいないというのも、嘘だったんだ。

「せん、せっ、……やぁっ」

 濃厚なキスから解放されたかと思えば、首筋に唇をわせてくる。強引過ぎる先生に対して、身体が竦んで縮こまってしまう。彼女に申し訳なくて突き放そうとしたのだが、先生は私の身体を掴んでいて無理だった。
 ブラウスのボタンも外され、白のレースのブラジャーが隙間から見える体勢になる。ブラジャーを上にずらされて、あらわになった突起を、先生の舌がつつくように舐め上げた。

「ひゃぁっ、ん……!」

 初めての感覚ではないのに、先生にほんの僅かに舐められただけでもすぐに反応してしまう。先生は左側の突起を転がすように舐め、右側は胸全体を揉みしだいたり、指先で突起を撫でたりしてくる。
 どうしよう、恥ずかしいのに気持ちが良い。

「っふぁ……んぅ……」

 自然に声が出てしまい、必死で押し殺そうとする。声を出さないようにと唇をギュッと噛み締めるが、先生は刺激を与え続けてくるので意味がなかった。唇から甘い吐息が漏れてしまう。

「野上、ココは硬くなってるぞ。気持ち良かったのか?」

 指先でピンッと弾かれた突起は、ツンと上を向いていた。私は答えることはせずに、逃げ出そうとしたが先生に抱き抱えられてベッドに降ろされた。私の身体は緊張でガチガチに固まっている。

「こんな風に無理矢理に抱かれるのは嫌だろ? 俺は優しい男じゃないし、手加減もしてやれない。野上が望んでいるようなお花畑な甘ったるいデートもしない。恋愛したいなら、もっと別の……野上だけを愛してくれる人を探せ」

 ベッドに横たわっている私にそう言って、先生は自分が外したボタンを一つずつ留め直していく。野上だけを愛する人……つまり、これは先生には彼女がいるという解釈で間違いない。
 じんわりと目尻に涙が溜まる。遠回しに振られているのだけれど、諦めがつかない。泣き顔を見せたくなくて、顔を両手で覆った。

「先生には、彼女がいるんですよね? それなのに。そうなら、最初からそうと言ってくれたら良かった……のに……」

 涙が溢れて止まらない。こんなことをして、思わせぶりな態度を取っているのは先生ではないのか? 私は先生だけが好きなのに。

「彼女? あぁ、もしかして、玄関の靴を見てそう言ってるのか?」
「……はい。同棲してるんですか?」

 もうはっきりと聞いてしまおう。その方が諦められるから。元彼よりも大好きになってしまった分、立ち直るには時間がかかりそうだけれども……

「いや、同棲ではなく同居だ。しかも、彼女でもない。そんなことより、泣いてるのか?」

 私にとっては一大事であり、そんなことではない。彼女ではないと聞いて安心したが……だとしても女性と同居とはどういうこと?
 泣いているのを見られたくなくて顔を覆っている両手を先生にそっと外され、頬に流れ落ちている涙を発見される。すると先生から目尻や頬にキスを落とされた。

「野上が泣こうが、俺は動じない。このままセックスの続きをすることだってできるが、そんなことをしても野上が傷つくだけだ。家まで送るから今日はもう帰れ」
「傷ついたりしません。だって、私は……先生じゃなきゃ……」

 勇気を振り絞って好きだという気持ちを告白しようとしたが、上手に言葉にできなかった。組み敷かれる体勢になり、上から見下ろされている私は先生の顔を正面から見ることはせず横を向く。

「それはつまり、俺とセックスしたいということか?」
「ち、違う! そうじゃなくて!」

 先生と大人の関係になりたい。けれど、それは付き合ってからの話であって、先生の気持ちが不確かなままでは身体を重ねたくない。けれども、チャンスを逃したらもう二度と先生との仲は深まらないのかもしれない。

「違うなら送って行くから支度しろ。子供の遊びにいつまでも付き合ってはいられない」

 先生が起き上がりベッドの上から降りようとしたので、咄嗟に腕を掴んでしまった。促されるままに素直に帰ってしまったら、明日からはどうやって先生に接したらいいのだろうか? 進展を望めるチャンスは今日しかないかもしれないのに……

「何だ?」

 そう聞かれても、どう答えたら良いのか分からない。でも、先生ともっと一緒にいたい。振り返った先生は驚いた顔をしている。

「あ、あの……もう少しだけ、一緒にいたいです」

 聞こえるか分からないくらいの、か細い声で伝える。このあとの流れがどうなるかなんて、まるで考えなかった。一緒にいたいという、ただそれだけの気持ちで。

「今、この状況でそんなことを言われたら引き返せなくなるぞ。優しくなんてしないからな」

 舌打ちをした先生は、私に再び覆い被さると唇を塞いでくる。今日、何回目のキスだろう? キスだけで気持ちがよくてとろけてしまいそうだ。
 先生は嘘吐きだ。深いキスは荒々しいが、肌に触れる時や今だって……こんなにも優しく接してくれるくせに。

「往生際の悪い奴だな、後悔したって遅いんだからな」
「……んっ」

 先生は私の履いているパンツの金具を外し、するりと脱がせるとショーツの中に指を入れて敏感な部分を探りあてた。指先でくにくにと押されるように優しくこすられる。
 もう、頭の中で理不尽なことを考えるのはやめておこう。なるようにしかならない。今はただ、先生に身をゆだねてしまおう……

「野上、下着が濡れてしまいそうな程に潤ってきてるぞ。本当はしたくてたまらなかったのか?」

 くちゅくちゅと敏感な部分と蜜壷の入口をいじるだけで、指を中には入れてくれない。もどかしくて、身体をよじる。

「ち、違っ……! せん、せ……がいじるからっ」
「じゃあ、やめるか」

 先生はショーツの中に滑り込ませていた指を抜く。中途半端に刺激された下半身はうずうずしてしまう。恥ずかしいのを通り越して、もっとしてほしいと願っていた。

「嘘だよ。そんな物欲しそうな顔して煽るな」

 そう言った先生の顔は、妖艶な笑みを浮かべていた。あっという間にブラウスを脱がされ、ブラジャーも剥ぎ取られる。

「野上は着痩せするタイプなんだな。形の良い綺麗な胸だ」

 先生は両胸をじっと見つめると指先で突起をいじり始めた。振り出しに戻ったので、蜜壷はずっと待てをくらった状態のまま。
 先生は突起を口に含むと舌で刺激を与えながら、舐めつくす。指を上下に動かしながら、もう片方の突起もいじり始める。刺激される度に蜜壷からは甘い蜜が溢れ出した。

「あっ、せんせ……」
「野上、こっちも触ってほしいんだろ?」

 先生の指は、次第に下の方へと伸びていく。ショーツを脱がされ、全身の肌があらわになる。

「先生、やだ……。私だけ裸で恥ずかしい、です」
「綺麗だから、大丈夫だ。気にするな」

 綺麗だなんて、本当はお世辞かもしれないが好きな人に言われたら鵜呑みにしてしまう。しかし、無防備な身体が恥ずかしくて掛布団をかけようとして、手を伸ばした。

「何で、お布団かけちゃいけないんですか?」
「かけたら邪魔になる。それにもう、恥ずかしいことをしてるだろ?」

 かけようとした布団を剥ぎ取られた。両足の隙間に手を忍ばされ、割れ目の部分を指でなぞられる。つぷ、と指を一本だけ入れられた。蜜壷は簡単に指を飲み込んで、出し入れされると甘い声を押し殺すのが辛くなってくる。

「ここ、すごく濡れてるな。もう一本増やしてやるよ?」

 指をもう一本ねじ込まれ、撹拌される。くちゅくちゅという卑猥な水音が部屋に響く。

「二本入れたら、狭くてキツイな」
「せん、せっ。あっ、……んぅ」


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