軍事大国のおっとり姫

江馬 百合子

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第三章 新しい日々

第五十八話 緊急招集

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「……皆、忙しいところ集まってもらってすまない」

 ホルガーが会議室を見回すと、目の下にクマを作った面々が一様に首を振った。
 連日の疲れは滲み出ているものの、大将が戻った安心感からか、表情は明るかった。

「それで、ルコットさんとの旅行はどうだったんですか?」

 一人が笑顔で口火を切ると、ホルガーは躊躇いながら答えた。

「あぁ、楽しかった。とても。……俺は」

 目に見えてわかるほど落ち込む大将に、問いかけた隊員は慌ててフリッツ大佐に助けを求めた。
 視線を受けたフリッツは、「何故俺に」と眉をひそめたが、結局仕方がないと腹をくくった。

「何かあったんですか?」

 ホルガーは淀んだ目を上げると、ため息をつく。
 それから、「俺は、知らずしらずのうちに殿下を傷つけていたようなんだ」と呟いた。

 今度はフリッツが視線を巡らせ、リヴァル中将に助けを求める。
 温和な中将は「心得た」と頷き、女性なような繊細な面差しで微笑んだ。

「ルコットさんがそう仰ったんですか?」
「いや、殿下はただ、『ホルガーさまの妻でいられる自信がない』と」
「……他には?」
「『ホルガーさまに私の肌をお見せするわけにはいきませんもの』と」

 室内に、冷たい空気が流れた。

「ちょっと待った、一旦整理しましょう」

 まずいと思ったハーディ大佐が、流れを変えようと黒板の前に立ち、状況の整理を図る。

「まず、どうしてそんな話に?」
「……前者は、涙の理由を伺ったときに」
「大将、ルコットさんを泣かせたんですか!」

 ホルガーは「あぁ」と暗い表情で頷いた。
 隊員はしまったと口をつぐみ、ハーディに両手を合わせる。
 ハーディは「心配するな」と首を振った。

「それで、後者は?」
「怪我を負った殿下に、俺は何をして差し上げることもできないと言ったときに」

 とりあえず、ハーディはその情報を書き込んでいった。

「少し客観的な意見も聞いてみましょうか。アサト、旅行中、二人の様子はどうだった?」

 フリッツの問いに、アサトは首をかしげる。

「私の目からは、とても良好に見えました。大将の好意は全く伝わっていないようでしたが、ルコットさんも大将と出かけるのを楽しみにしていましたよ」

 一同は一斉に首をひねった。
 では何故、彼女は涙を流したのだろう。
 
「旅疲れでしょうか?」
「女性は繊細だといいますからね」

 そのときふとリヴァルが顔を上げた。

「そもそも大将、ルコットさんにプロポーズはされたんですか?」

 予想もしていなかった問いに、ホルガーはぽかんと口を開く。
 それから、丹念に出会いから思い返してみた。

「……していない」
「なるほど」

 腕を組み、何やら思案しているリヴァルに、ホルガーはおずおずと付け加える。

「しかし、想いはきちんと伝えている」

 これにはアサトもこくこくと頷いた。
 
――プロポーズ 未

 と黒板に書いたハーディが「ちなみに何と?」と促す。

「お、お可愛らしい方だと」
「それから?」
「お綺麗です、と」
「他には?」
「……あなたの笑顔が好きだと」

 隊員は顔を見合わせると、再び首をひねった。

「これで想いが伝わってないってことはないですよね」
「『好き』だと伝えてますもんね」

 フリッツも険しい顔で唸っている。

「そもそも、政略結婚ってプロポーズするものなんですか?」
「どうなんだろう」

 誰一人そのあたりの常識を解している者はいなかった。

「そもそもこの中に女心がわかる奴なんているんですか?」
「リヴァル中将はモテるじゃないですか。あと意外にフリッツ大佐とか」

 全員、実はホルガーも密かな人気を誇っていることを知ってはいたが、この場では黙っておくことにした。

「あとは……アサトもモテるが鈍いからなぁ」

 アサトは首を振り、「姉上に聞いた話ならできますよ」と苦笑した。

「リヴァル中将、どうでしょう?」

 とりあえず、ソツのない中将に期待の眼差しが向けられる。
 彼はどこか困ったように眉を下げた。

「そうは言っても私は片想い歴が長いですし、お相手には歯牙にもかけられていませんから、色恋の経験はゼロに等しいですよ」

 藪をつついて思わぬところから蛇が飛び出してきた。
 一同は、そっと話題を変えた。

「ち、ちなみにフリッツ大佐は?」

 フリッツは眉間のシワを深くして、ため息をついた。

「そんなことにかまけている暇はなかった」
「『フリッツさま冷たい。私とホルガーさんとどっちが大事なの』っていつも泣かれてましたよね」

 フリッツはさらに不機嫌そうに黙り込んだ。
 迷惑をかけてきた自覚のあるホルガーは気まずげに「すまなかった」と謝った。

「女心の分析は難しそうですね」
「……そうだな」

 黒板をまとめていたハーディが、じっとアサトの証言を見つめる。

――大将の好意は全く伝わっていないようでしたが

 考えれば考えるほど、この一文は無視できないもののように思われる。
 
「……思うのですが、お二人は何だかすれ違っている感じがしませんか?」

 ぽつりと呟かれた声に、会議室がしんと静まり返った。
 当のホルガーさえ「すれ違っている?」とぽかんとしている。
 ハーディは「これはただの憶測ですが」と前置きして、板上を指し示した。

「大将は『想いは伝えている』と仰っているのに、アサトには『大将の好意は全く伝わっていない』ように見えている。つまり、ルコットさんは、大将の言葉を別の解釈で捉えているのでは?」
「……例えば?」
「『お可愛らしい』を『政略夫婦パートナーとして仲良くしましょう』とか」
「……世辞だと思われていたということか」

 リヴァルが「ありそうな話ですね」と呟き、一同もまたゆっくりと頷いた。

「大将、今更なんですが、ルコットさんをご両親に紹介しましたか?」
「……いや、まだ」
「それもあるんじゃないですか?」

 ホルガーはきつく目を閉じうなだれた。
 そんな馬鹿な。
 そう言ってしまいたいのは山々だが、現に彼女が悲しげにしているのだ。
 その原因が自分にあるのは明白である。

「……どうすれば良い」
「ご両親への紹介は、タイミングもあるでしょうが、早い方がいいでしょうね」
「あとは、気持ちをきちんと伝えてみるしか……」

 フリッツは、スケジュール帳を繰ると、「とりあえず」と有無を言わせぬ語勢で告げた。

「大将は今日からきちんと家に帰ってください。新婚らしく、新居からここへ出勤すること。仮眠室通いは禁止です」

 一瞬躊躇ったホルガーに、フリッツは言い募った。

「さもなくば、最悪離縁なんてことになりかねませんよ」

 ぎょっとしたホルガーは、迷いなくこくこくと頷いた。
 リヴァル中将も、「家族サービスは大事ですよね」と鷹揚に頷く。

「一緒に思い出を作るのも良いと思いますよ。何かご予定は?」
「庭でバーベキューでもとは言っているが」
「いいじゃないですか。そのときにでも、もう一度きちんと想いを伝えられては?」

 ホルガーはさっと顔を赤らめ、机を睨んだが、とうとう目を閉じて頷いた。

「……あぁ、そうする」

 掠れた声には、緊張と覚悟と不器用な愛情が滲んでいた。

「それでは、今日の会議はここまで。大将は今すぐ『今日から家に帰る』とルコットさんに連絡を入れてください」


 

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