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第四章 知の都 リヒシュータ領 ダヴェニス
第七十二話 友情のはじまり
しおりを挟む「リリアンヌさま! ターシャさま!」
遠くから息を切らして駆けてきたルコットに、中庭の階段に腰掛けていたリリアンヌは、盛大にため息をついた。
「……リリアンヌ」
咎めるようなターシャの声に、「わかってるわよ」と不機嫌な声で答える。
そう、わかっているのだ。
彼女(ルコット)は何も悪くない。
ただただ自分の子どもじみたわがままが、彼女と周囲の人々を振り回している。
「……でも、それが何だって言うのよ」
初恋の人を取られ、あんな幸せな婚礼を見せつけられ、毎日のように仲睦まじい噂を聞かされる。
これだけの苦行を強いられてきたのだ。
いけないことだと理性ではわかっていても、ついやり返したくなってしまう。
勿論本気で二人の仲を裂くつもりなどない。自分にそんなことができるとも、したいとも思えない。
ただ、少し水を差してやりたかっただけだ。
幾分姑息で卑怯な手だと、わかっていたけれど。
「遅かれ早かれ、ルコットさまには協力していただかなければならなかったんだから、連れて来る方法なんて、何でもいいでしょ」
強いて投げやりに言うと、ターシャは眉間にしわを寄せた。何を言いたいかなど、手に取るようにわかる。
気まずさに耐えかね、リリアンヌはそっと目を伏せた。
「その大切な協力者に何てことを言ったのよ。それもあんな優しい子に。良心が痛まなかったの?」
唇を噛み、ぐっと両手を握りしめる。
認めたくない。認めたくはないが、しかし、良心が痛まないはずがなかった。
あんな言い方で誘ったにも関わらず、彼女は二つ返事でこの地へ来てくれたのだ。
それも、悪感情など微塵も見せず、こんな途方もない計画にだって協力してくれるという。
「……わかってるわよ。だからこそ、気持ちがおさまらないの」
彼女が、もっと嫌な女なら良かった。
それならば、「あなたは彼にふさわしくない」と胸を張って言えただろう。奪い取ってやると奮い立つことさえできたかもしれない。
しかし彼女はどうだ。
聡明で謙虚で優しくて、愛情深くて責任感もある。
文句の付け所がない。
自分にはないものばかりだ。
何とかいちゃもんをつけたくて出て来た言葉が、「ホルガーさまと比べてルコットさまは……」だった。
彼女の謙虚さを逆手に取った暴言だった。
「ねえ、リリアンヌ。こんなやり方、あなたらしくないわ。いつも正々堂々真っ向勝負のあなたはどこに行ったの?」
「……もう遅いわよ。今更何を言ったって」
そのとき、ルコットが二人の元にたどり着いた。
胸を上下させ、頬を紅潮させながら、途切れ途切れにでも嬉しい知らせを届けようと口を開く。
「お二人も、この計画に、協力してくださるとのことですわ」
「……え」
リリアンヌの顔から表情が抜けていく。
(この子は今、何を言ったの?)
両親が協力してくれる? この計画に?
物心ついたときから必死に説得してきた私の言葉には、耳を貸さなかったのに?
「リリアンヌさま?」
喜んでもらえると信じて疑っていなかったのだろう。ルコットの声は困惑に揺れている。
リリアンヌは力無い声でぼそりと呟いた。
「……どうして、あなたばかり上手くいくの?」
リリアンヌだって、努力してこなかったわけではない。
ホルガーに惚れてからは、何とか彼と話す機会を作ろうと根回しし、夜会ではいの一番に彼に話しかけてきた。
会話を楽しんでもらいたくて、様々な場所に出かけ、豊富な話題を作った。
知的で大人な女性だと思われたくて、たくさんの本を読んだ。
見た目を磨き、社交を重ね、人脈を作り、あともう一歩というところで、横から霞のように攫われたのだ。
「あなたが望んだ婚姻じゃないことはわかってる。ホルガーさまが私を意識してらっしゃらないこともわかっていたわ。でも、納得できないの。胸が痛くて仕方がないの。ねえ、もし私がこの国の王女だったら、私は彼と結婚できた? 両親は私の話を聞いてくれたの?」
無茶苦茶なことを言っていると自分でも思う。しかし、ルコットは真剣な眼差しでその話を聞いていた。
その目は、常の彼女からは想像もできないほど、深く寂しげで、リリアンヌは思わず息を飲んだ。
「……リリアンヌさまは、私を買いかぶっていらっしゃいますわ」
乾風が頬を撫でる。
どうしてそんな顔をするのよ。
もっと誇らしげに笑いなさいよ。
そんなふうに言いたくても言えない表情だった。
「ご両親は元々、リリアンヌさまと同じお気持ちだったのです。お二人を説得されたのは、間違いなくリリアンヌさまですわ」
リリアンヌの頬を一筋の涙が伝った。
「それに……結婚はゴールではありません」
「え?」
リリアンヌがその真意を問い返す前に、ルコットは強いて笑顔を作った。
「この計画が上手くいくかなんて、私にもわかりません。でも、諦めなければきっと、何とかなりますわ」
根拠もなく未来を信じること。
それがどれほど難しいかをリリアンヌは知っていた。
「あなたは強いのね」
それは、自然とこぼれた心からの言葉だった。
今になってようやく気づいた。
きっと、こんな彼女だからこそ、彼は恋に落ちたのだろう。
「あのときは、悪かったわ。本当に、ごめんなさい。……謝って済むことではないけれど、身勝手だけれど、でも、私あなたに少しでも信じてもらえるように、もう一度頑張りたい」
彼に対する恋心はまだ消えない。
それは仕方がない。一朝一夕の恋心ではなかったのだから。
しかしそれ以上に、いや、それとは別に、強く彼女の力になりたいと願ってしまったのだ。
この気持ちをリリアンヌは知っていた。
自分は彼女と、友達になりたいのだ。
「もう一度、私と出会ってもらえないかしら」
祈りのようなその言葉に、ルコットは瞳を揺らすと、紅潮した頬を押さえ、花開くように、心底嬉しそうにはにかんだ。
「喜んで」
その日から、リリアンヌとルコット、そしてターシャとヘレンの友情はまるで草原の花々のように広く強く美しく育っていくのだが、それはまた別の話。
その夜、ヘレンは、ルコットの髪を梳きながら「よかったわね」と笑いかけた。隣でお茶をいれながら、ばあやも明るく微笑む。
彼らは遠くから全てを見守っていたのだ。
「ホルガーさんと離れてどうなってしまうかと思っていたけど、大丈夫そうね。あなたは強く歩き続けているもの」
ルコットは、曖昧に笑い返すと誰にも聞こえない程度の声で呟いた。
「……私はただ、立ち止まって考え込んでしまうのがこわいだけですわ」
彼が隣にいない世界で生きることから、今でもまだ、目をそむけているのかもしれない。
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