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第五十五話 相談
しおりを挟む「それでそのときの颯馬さんの身のこなしといったら……」
この話はいつになったら終わるのかと、店長は休憩室の時計を確認した。
あの事件以来、店内で遭遇する度に、この話は始まるのだ。更に話は止まるところを知らず、一緒にどんな所へ行った、何をした、こんなことを言っていたなど、無意味極まりない惚気話が展開されていく。
おかげで、慣れ親しんだ職場であるのに、気の休まる暇がなかった。
今日も今日とて、休憩時間の被るシフトを組んでしまった自分を呪う。
「藤泉院、そういう話は同性同士でしたらどうだ」
何度目か分からない切り返しに、無月もまたいつも通りの返事をする。
「皆にも聞いてもらってるわ。でも、男の人の意見が欲しいのよ。それなら店長が一番話しやすいんだもの」
いつの間にか敬語まで綺麗さっぱり無くなっている。
頭痛とため息を禁じ得なかった。
「さっさと告白すりゃいいだろ」
「それができたら苦労しないわ。でも彼、私なんか眼中にないんだもの」
「色仕掛けで落とせ、以上だ」
「最低だわ!」
無月は怒りながら写真立ての少女を指差した。
「娘さんが、色仕掛けなんて使おうとしたらどうするのよ」
「相手を再起不能にする」
一拍の間さえない即答であった。
これが理不尽というものかと無月は胸に刻んだ。
「ほら、色仕掛けは良くないのよ。他には? 何か手はないの?」
「お前、何が悲しくてこんなおっさん相手に恋話してんだよ。友達はいないのか。このファミレス以外に」
「いないことはないけれど……」
珍しく無月は口ごもった。
「颯馬さんと共通の友人ばかりだから、気恥ずかしいというか……言いづらいというか……」
気恥ずかしいとは。
どの口が言うか。
そう反駁すると、彼女は本当に決まり悪そうに俯く。
これは地雷を踏んだか。
内心慌てたものの、すぐにそれは不要な心配だと気づいた。
「だって……いつから? とか、どんなところが好き?とか聞かれたらもう……恥ずかしすぎて何も答えられないもの……」
いい歳して何を言っているんだこの娘は。
見たところ恋愛経験皆無なわけでもないだろう。
この中学生の初恋を聞かされているかのような、むず痒さといったら堪らなかった。
とうとう堪え切れずに、彼は席を立った。
「このままぐだぐだしてても仕方ないだろ。他の女に取られたらどうすんだ」
「……そんなの嫌」
「そんならさっさと女友達に相談して、アクション起こしてくっついちまえ。全く」
他の女に取られる。
その言葉が脳裏にこびりついて思わず泣きそうになった。
――――……
「えぇ!? 嘘! 無月さん今まで無自覚だったんですか!?」
それから数日悩みに悩み、とうとう意を決して、一葉と夏希に相談を持ちかけた。
真っ先に浮かんだのは蜜華の顔だったのだが、何となく彼女にその手の相談はしづらかった。
とはいえ、年下の高校生にこんな風に相談を持ちかける自分が、我ながら情け無い。
更に一葉も夏希も、何を今更と言わんばかりの呆れ顔なのだから、尚更だ。
「無自覚でよく毎日あんな惚気話を……」
「惚気話?」
何のことかと首を傾げる無月に、夏希は深いため息をつく。
「……無月さんって妙に鋭いかと思えば、信じられないほど鈍いときありますよね」
釈然としなかったが、どうやらこの二人は颯馬への恋心にとっくに気づいていたらしい。
「ちなみに、いつから?」
無月が問うと、二人は同時にうーんと唸る。
「最初から、あれ? って思ったよね」
「ね。一緒に病室に来たときから、あれ? って」
そんな馬鹿な、と無月は生まれて初めて頭を抱えた。
「初めからじゃない! 私そんなに分かりやすかったの……!? もしかして、颯馬さんにも筒抜けだったりするのかしら……」
「いや、それはないと思います」
異口同音だった。
首を振る仕草さえ、全く同じに。
「男性陣は誰も気づいてないと思いますよ」
「私たち以外だと、蜜華さんと、あとあの藤子さんという方は『あら』っていう顔してたよね」
げに恐ろしきは女の勘、と無月は机に伏せた。
「てっきりもう色々とアプローチしてるんだと思ってたんですよ。一緒に帰ったりしてるし」
「最近ちょっといい感じの雰囲気だよねーって二人で話したりしてました」
どこをどう見たら「いい感じ」に見えるのかと、無月は恨めしげな顔をする。
「残念ながらそんな雰囲気は皆無よ」
話すことといえば、学校での出来事や勉強した内容が大半である。
そもそも、登下校以外に会うことなんて、ほとんどない。
初出勤の帰り道に助けてもらったのも、偶然彼が通りかかったからなのだ。決して待ち合わせをしていたわけではない。
「相手が颯馬っていうのがまた厄介ですよね」
「鈍いし、意外と頑固だし、何より顔に惑わされない」
無月はおずおずと付け加えた。
「そもそも高校生なのだけど、それってアリなのかしら……?」
無月にとっては、それも大きな問題であるように思えたのだ。
しかし予想に反し二人は、そんなことを気にしているのか、といった反応だった。
「年の差なんて大した問題じゃないですよ」
「そうですよ。あと二年もすれば卒業するんですから」
様々な障害を乗り越えた一葉の言葉は、説得力が違った。
「まぁでも、少なからずあいつも無月さんのこと、憎からず思ってるはずなんですよね」
これには無月も刮目した。
「ど、どうして!?」
「だってあいつ、基本的に女子の頼みって聞かないんですよ」
「遊びとかの誘いも断るよね」
「でも無月さんの頼みは何だかんだで『はいはい』って聞くし、誘いも断らないし」
それは初耳だった。
親切な彼のことだから、誰にでも優しいのだとばかり思っていた。
「でもあの感じ、どこかで見たなと思ったら、お姉さんの頼みを聞くときにそっくりなんですよね」
無月は脱力した。
彼には姉が三人いると聞いていたが、もしかして自分は彼の中で、第四の困った姉に数えられているのだろうか。
「いや、まぁ、ほら、今のは言葉の綾ですよ! そのくらい親しみを持ってもらえてるってことです!」
一葉の前向きな言葉はかえって痛々しかったが、確かにこうして落ち込んでいても仕方がなかった。
「……そうね、とりあえず、困った姉から脱却するところからだわ」
「夏希モテるよね? 何か手はある?」
一葉の困り果てた視線を受け、夏希も眉間に皺を寄せる。
「否定はしないけど、一葉だってモテるでしょ。気付かないだけで」
これまで彼女に密かに想いを寄せ、何気なく振られてきた哀れな男子たちが夏希の脳裏をよぎったが、今この話をしても仕方がないかと、ため息をつく。
「私だってそこまで恋愛経験豊富なわけではないですよ。でも、人の気持ちって、人為的にどうこうするものでもないと思うんですよね。デートを重ねて距離を詰めてから告白するか、先に告白してしまって意識してもらえるように頑張るか……くらいしか思いつきません」
「……さすが夏希、男前」
思わず、一葉は拍手した。
一方無月は思い詰めたように机を睨む。
薄々気づいてはいたのだ。
これだけ一緒に過ごしていながら、一向に異性として意識されていない。それなら恐らく、このままどんな小細工を使おうと大した意味はないのだ。
「……やっぱり告白してみるしかないと思うわ」
「よく言った!」
にかりと笑い、夏希は立ち上がる。
「そうと決まれば作戦会議よ! あの堅物を唸らせてやりましょう!」
「そうですね! 無月さん! 頑張りましょう!」
無月は、はやる胸の鼓動を感じながら、強く頷いた。
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