縁日ヶ丘物語

尼子猩庵

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命子 6

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 美那子は翌日が休みで、命子のアルバイトも――どこか歯切れが悪かったけれども――同様らしかったけれど、舞と良助はそうではなかった。ふだん美那子の部屋での舞なら、そろそろ帰らないとと言いながらいつまでもぐずぐずするところを、美那子がキッパリと帰り支度を始めて、命子も物を仕舞ったり忘れ物がないか見渡したりするので、舞が二人を引き留めるすべを探し探しして、

「命子ちゃん、どこに住んでるの?」と聞いた。

 すると命子は、にわかに挑むような顔つきになり、あわてて静めるふうを見せると、オトコと別れて住むところがなくなったから繁華街のマンガ喫茶かカラオケボックスで寝るのだと早口に言った。

 舞と良助が顔を見合わせていると、美那子があっさりした口調で以て、うちに泊まってもよくてよと提案し、舞と良助も熱心に賛成した。

「でもご迷惑だから」とか、「いいのいいの」とか言い合って、押し問答のすえ命子は美那子の部屋へ泊まることになった。

 片づけはいいと言うから、そのままお暇して、美那子の部屋へ下りた。命子は恐縮しながら「お邪魔します」とつぶやきつつ入って来た。

 新しい歯ブラシを出して、リビングの隅へ布団を敷いた。風呂上がり、ぶかぶかな美那子のジャージを着て布団の上に座り、アルコールが悪く溜まったのかこめかみのあたりを揉んでいる命子に、

「なんならしばらく住んでもいいよ」

 これに命子はまたしても反射的に出かけた攻撃的な気色を、すんでのところで静めるらしかった。ちょこんと頭を下げてまずお礼を言ってから、なにか返事を選んでいる。けれどもいつぞやのようにけっきょく言葉を飲み込みそうになったと見て、美那子がなにか言おうとしたら、そうと見た命子は急いで

「哀れまれたくないんです」と言った。

 美那子は腰に手を当てて、しかし我ながらひどく芝居じみた仕草だと思い、ある種の白けを感じた。

 こんな白けは洗わねばならなかった。どうやって? 芝居じみようがじみまいが頓着せず、臆面もなく芝居じみ切るほかにあろうか。それで腰に手を当てたまま、ため息ついて小首までかしげて、

「哀れんで言うんじゃないよ」
「少しでも混ざってたらイヤなんです」
「それは、少しくらい混ざるよ。でもこんなくらいよ」と言って指で小さな丸を作った。それをぎゅうっと狭めて、目に当てる恰好をし、「もう命子ちゃんも見えないくらい小さい。こうなったらもはや混ざってるとは言えなくない?」

 返事がないので指を取ってみると、命子は笑っていなかった。美那子は真面目な顔になり、

「差し出がましいかしら」
「とってもありがたいです。だけどご迷惑はおかけしたくないの」
「ようするに借りを作りたくないの?」

 それは確かに、ふと苛立ちの込み上げた、喧嘩腰であった。なんとなくこう、そろそろ取っ払いたいものがあったので。

 ただ純然とくれてやりたいだけなのに、さだめし、その心理に潜むエゴや優越感なんぞが問題なのであろうが、ぐだぐだ言わずに受け取ってもらわなければ強烈に翻弄されているこの心地よい流れが止まる。これはきっと善し悪しも糞もないような、止まりさえしなければそれでいいようなものに違いないのに。

 命子は険しい顔つきであった。そういえばこんな顔だったなと思い出す気分だった。ひとさまの家で、お風呂上がりに布団の上でジャージまで借りていてこんな顔ができるんだから大したタマだと思われた。

「そんな顔しちゃ駄目よ」
「……どんな顔してますか」
「男前の顔。一筋縄じゃいかない顔」
「美那子さんがいじめるから」

 ふと美那子は頭の隅のほうで氷解するものがあった。幼いころに聞いて、耳の底にずっと沈んでいた落語なんかを引っぱり出されたから、こんな人情劇を演じているのではあるまいか。しかし鼓膜に沈んでいる演者たちは、噺の最後を知った上でやっていた。自分はなにも持たないまま、不用意極まりなく、恐るべき即興劇の高座こうざにのぼったわけであろうか。

 ――知らない。知ったこっちゃない。今日はもう疲れた。

「とにかく寝ようよ。なんか決めるにしても明日にしましょ。朝起きたらきっと命子ちゃんの心も決まってるよ」
「……はい。今日は本当にありがとうございます」

 おやすみなさいを言い合って、美那子は自分の寝室へ引っ込んだ。


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