縁日ヶ丘物語

尼子猩庵

文字の大きさ
13 / 93

荷物を運んで、毛を剃る 2

しおりを挟む



 運ぶのを手伝いに来たはずが、荷物も異様に少ないし、こうなると自分の存在は珍妙だ、と美那子は思った。ぼうっとクッキーを食べていただけで。えらく滑稽だ。まあ恥ずかしい。この先あまり思い出したくない出来事になった。

 命子にとっては、しかし役に立ったんだろう。そつのない憲司が命子の決心をにぶらせたであろうはずのところを、色んな情感に水を差す不粋な邪魔者になれたのに違いなかった。憲司の網膜から、最後の命子の残像もかき消し得たに違いなかった。

 追いつくと命子は、憲司と二人きりにしたこと、美那子を残してさっさと出て来たことを詫びた。美那子は命子の荷物を持とうとしたけれど断られた。

 美那子は、憲司についての印象ももう思うまい、二人の過去も憶測すまい、胸中にいかなる評価も下すまいと決めて、てくてく歩いた。バス停に着くと、しばらく来ないようなので、荷物も軽いし、少々遠いが青天井の下を歩いて帰ることにした。途中で古風な煉瓦造りの洋食屋に入ってランチを食べた。

 内装も昭和レトロな意匠が凝らされて、二人ともウキウキしながら「これおいしそうだね」とか、「わたしこれ」とか言い合った。けれども、いざ運ばれて来て食べ始めると、味についてどちらもなにも言わなかった。ただなんとなく二人ともふだんより早食いであった。

 食後に出された、なんだか薄いコーヒーを飲みながら、

「仕事を探さないと……」と命子がつぶやいた。
「骨相学のアルバイトは?」

 黙り込んだ。話題を変えるべきかしらと考えるころにようやく、

「じつは、もうしてないんです。社長のお婆さんが夜逃げしちゃって。警察の人に色々聞かれたけど、ほんとになんにも知らなかったから事なきを得て。最後のお給料はしっかり振り込んでくれてたし、わたしにはいい社長でした」

 美那子は、好奇心うんぬんよりも、ここで自分には尋ねる権利があるし、その義務もあるように思われて、

「それって、いつごろの話?」
「……半年くらい前。だから縁日ヶ丘で舞さんに聞かれた時、じつはとっくに無職でした」

 お勘定は命子が一歩も譲らず、ごたごたに付き合わせたのだからと言って支払った。帰りの道々、美那子はそこいらに見えるものをいちいち指さして「トカゲだ――しっぽあんなに青いの」とか、「玉虫の羽根だ――人もこんなふうに死ねたらな」とか言っていた。命子はそのつど感想を述べていたけれど、ふいに荷物を置いて携帯電話を出し、確認だけして直す、また荷物を置いて確認して直す、それが三たびに及んだ時、

「なんか急ぎじゃないの? 私が荷物持つから返事しちゃいな」
「ごめんなさい。そうします」

 荷物を美那子に渡すと、歩きながら返信を打ち始めた。打ち終わって荷物を受け取るけれどまた鳴る。ふたたび渡して歩きながら打つ。まどろっこしいので、

「電話したら? あのベンチに座ろう」
「すみません……」

 それから命子は美那子のとなりで誰やらとはばかることなく話し出した。憲司ではないらしかった。命子が自分の立場の弱さを自覚していることの遠回しな表明としてはばかりなく話すのではなかろうかと思うと美那子はちょっと嫌だった。足元のドングリを靴先で転がしながら待っていた。

「だから来たってもういないんだよ」だとか、「居候させてもらうことになって」だとか、そういうふうなことを言っていた。最後には通話の相手とどうしても同調し合えないのをぞんざいに終わらせるらしかった。

「うるさくてごめんなさいでした。弟の馬鹿でした」
「弟さん」
「なんか妙に勘がよくて。わたしがトラブったら、いつもそのころなぜか連絡が来るんです」
「へえ。いいのね」
「嫌ですよ。弱ってる時に毎度々々連絡されるのって」

 美那子宅に帰って来て、これから命子の部屋になる空間を押し問答のすえリビングの片隅に設けていると、命子の電話が鳴り、荒々しい通話ののち美那子さん美那子さん大変です、

「弟が来ます」
「いつ来るの?」
「もう近くにいるんだって」
「また早いのね。このへんに住んでるの?」
「実家なんですけど、バイク飛ばして来たんだと思う。ちょっと話して来ますから、近くに喫茶店とかありますか」
「うちに来てもらっていいよ」
「そんなの駄目ですよ」
「だって弟さん、お姉ちゃんの新たな同居人の顔を確かめに来たんでしょ?」
「無礼者なんです。コヤンキーだから」
「コヤンキーってなに。コギャルの男版?」
「はい。もう大人ですけど。美那子さんに不快な思いさせちゃう――もうわたしがさせてるけど、姉弟そろってなんて耐えられない」
「でも命子ちゃんの弟さん見たいな」

 またもやの押し問答に、いつしか命子は礼を欠くほどガンコだったけれど、美那子はそれを飄々とかわし続けた。ふと命子の目に宿る威嚇のような色も、美那子の断乎たる飄々にいなされ続けて、やがてなすすべなく鎮火した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...