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荷物を運んで、毛を剃る 2
しおりを挟む運ぶのを手伝いに来たはずが、荷物も異様に少ないし、こうなると自分の存在は珍妙だ、と美那子は思った。ぼうっとクッキーを食べていただけで。えらく滑稽だ。まあ恥ずかしい。この先あまり思い出したくない出来事になった。
命子にとっては、しかし役に立ったんだろう。そつのない憲司が命子の決心をにぶらせたであろうはずのところを、色んな情感に水を差す不粋な邪魔者になれたのに違いなかった。憲司の網膜から、最後の命子の残像もかき消し得たに違いなかった。
追いつくと命子は、憲司と二人きりにしたこと、美那子を残してさっさと出て来たことを詫びた。美那子は命子の荷物を持とうとしたけれど断られた。
美那子は、憲司についての印象ももう思うまい、二人の過去も憶測すまい、胸中にいかなる評価も下すまいと決めて、てくてく歩いた。バス停に着くと、しばらく来ないようなので、荷物も軽いし、少々遠いが青天井の下を歩いて帰ることにした。途中で古風な煉瓦造りの洋食屋に入ってランチを食べた。
内装も昭和レトロな意匠が凝らされて、二人ともウキウキしながら「これおいしそうだね」とか、「わたしこれ」とか言い合った。けれども、いざ運ばれて来て食べ始めると、味についてどちらもなにも言わなかった。ただなんとなく二人ともふだんより早食いであった。
食後に出された、なんだか薄いコーヒーを飲みながら、
「仕事を探さないと……」と命子がつぶやいた。
「骨相学のアルバイトは?」
黙り込んだ。話題を変えるべきかしらと考えるころにようやく、
「じつは、もうしてないんです。社長のお婆さんが夜逃げしちゃって。警察の人に色々聞かれたけど、ほんとになんにも知らなかったから事なきを得て。最後のお給料はしっかり振り込んでくれてたし、わたしにはいい社長でした」
美那子は、好奇心うんぬんよりも、ここで自分には尋ねる権利があるし、その義務もあるように思われて、
「それって、いつごろの話?」
「……半年くらい前。だから縁日ヶ丘で舞さんに聞かれた時、じつはとっくに無職でした」
お勘定は命子が一歩も譲らず、ごたごたに付き合わせたのだからと言って支払った。帰りの道々、美那子はそこいらに見えるものをいちいち指さして「トカゲだ――しっぽあんなに青いの」とか、「玉虫の羽根だ――人もこんなふうに死ねたらな」とか言っていた。命子はそのつど感想を述べていたけれど、ふいに荷物を置いて携帯電話を出し、確認だけして直す、また荷物を置いて確認して直す、それが三たびに及んだ時、
「なんか急ぎじゃないの? 私が荷物持つから返事しちゃいな」
「ごめんなさい。そうします」
荷物を美那子に渡すと、歩きながら返信を打ち始めた。打ち終わって荷物を受け取るけれどまた鳴る。ふたたび渡して歩きながら打つ。まどろっこしいので、
「電話したら? あのベンチに座ろう」
「すみません……」
それから命子は美那子のとなりで誰やらとはばかることなく話し出した。憲司ではないらしかった。命子が自分の立場の弱さを自覚していることの遠回しな表明としてはばかりなく話すのではなかろうかと思うと美那子はちょっと嫌だった。足元のドングリを靴先で転がしながら待っていた。
「だから来たってもういないんだよ」だとか、「居候させてもらうことになって」だとか、そういうふうなことを言っていた。最後には通話の相手とどうしても同調し合えないのをぞんざいに終わらせるらしかった。
「うるさくてごめんなさいでした。弟の馬鹿でした」
「弟さん」
「なんか妙に勘がよくて。わたしがトラブったら、いつもそのころなぜか連絡が来るんです」
「へえ。いいのね」
「嫌ですよ。弱ってる時に毎度々々連絡されるのって」
美那子宅に帰って来て、これから命子の部屋になる空間を押し問答のすえリビングの片隅に設けていると、命子の電話が鳴り、荒々しい通話ののち美那子さん美那子さん大変です、
「弟が来ます」
「いつ来るの?」
「もう近くにいるんだって」
「また早いのね。このへんに住んでるの?」
「実家なんですけど、バイク飛ばして来たんだと思う。ちょっと話して来ますから、近くに喫茶店とかありますか」
「うちに来てもらっていいよ」
「そんなの駄目ですよ」
「だって弟さん、お姉ちゃんの新たな同居人の顔を確かめに来たんでしょ?」
「無礼者なんです。コヤンキーだから」
「コヤンキーってなに。コギャルの男版?」
「はい。もう大人ですけど。美那子さんに不快な思いさせちゃう――もうわたしがさせてるけど、姉弟そろってなんて耐えられない」
「でも命子ちゃんの弟さん見たいな」
またもやの押し問答に、いつしか命子は礼を欠くほどガンコだったけれど、美那子はそれを飄々とかわし続けた。ふと命子の目に宿る威嚇のような色も、美那子の断乎たる飄々にいなされ続けて、やがてなすすべなく鎮火した。
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