43 / 93
埃が積もって行く 2
しおりを挟む静華さんはアルコールを持ち込んだ。確かなしるしを見たわけではなかったけれども、依存症の気配が漂っていた。
そう思っているとある時、バーボンウイスキーを生でコップに半分グーッと飲んで、
「アル中って遺伝なんだよ。環境や生活習慣じゃないの。アル中の子はアル中になるの。なんかで読んだんだ。アメリカの孤児院の統計みたいなんで出てた。古い本だったけど。自分の親もそうだって認識していなくてもそう育つの。つまり暗示じゃなくてもね。
あと――これはフランスか、伯父や父親が自殺したんで自分もそうなるんだろうって思い込んで、未遂まで犯した娘さんがね、じつは父親が違う――不倫の子だった――ってことがわかって暗示が解けて、二度と自殺に悩まなかったって話もあんのよ。――……あれ? これは遺伝の否定にはならないか。だってこの娘さんは父親が違ったんだから。……ん、今どういう話だ?
――なにしろ、あたしのお父さんは厳しかったけど、一升瓶の底は抜けてた。お祖父ちゃんも曾お祖父ちゃんもそう。みんな若いころは宿命に逆らって一滴も飲まなかったの。それもあたしは同じだった。あとんなってじわじわ出て来る遺伝ってのがあんのよ――……まあ話半分で聞いてちょうだいよ」
「若いころはって、静華さんおいくつなんですか」と美那子。
「あたち? 花の四十たい」
「うそ、信じられない」と命子。「ひそかにタメくらいかもって思ってました」
「そうでしょ。まあそれはいいの。とにかくね、人類の遺伝病にはアルコールなんかとっくに入ってるんだよ。だからそのうちデジタルな病気や死に方も遺伝病になるから」
「デジタルな病気って?」
「さあ――そりゃ今はわかんないけどさ」
「交通事故なんかも遺伝になりますか」
と命子が言うと、静華さんはウムムとうなって、
「交通事故に結びつきやすい行動や考え方をする性質の遺伝ってことならね。でもあたしの言うのはもっと直接な、もっと明快な遺伝なの。交通事故が遺伝になったら、たとえずっと家にいたって車が突っ込んで来るとか、停車していても人がぶつかって来て轢かされるっていうことなの。――……じっさい、どんな遺伝があり得ようね。空き巣被害の遺伝、猫の死骸に出会う遺伝、先生によく当てられる遺伝、流れ星をよく見る遺伝。――代々まったく遺伝がない場合は、そういう遺伝と言えようかしらね……」
そのまま静華さんは酔っぱらって行って、交通事故の連想から命子の左手について好奇心の塊のような御狂態。
ジュネ山人の『泥棒日記』にいわく、昔フランスに片腕の泥棒がいたのだが、もう成長期はとうに終わっているのにもかかわらず、腕を失ってからイチモツが肥大したといううろ覚えの話を持ち出して、それをさらに、小さなころに飼っていたザリガニが仲間同士のケンカで片方のハサミを失い、あとでまた生えて来たけれど小さく、しかし残っていたほうのハサミが異様に大きくなったという経験で裏づけて、命子はどうかと尋ねた。
右手や両足を眺めながらの質問だった。命子は右手も足も肥大しているようには見えない。残った突起物のことを考えて、あれとあれとと大真面目に挙げてゆく自分に静華さんは我ながら一人で大笑いしていた。
そのまま「ちょっとちょっと」と確かめに寄って来るので、命子は仕様がないから服の襟元を伸ばして見せた。
命子としてはそのようなところを見られることに視覚的の問題はなかったけれど、不意に来られるとちょっとだけ嗅覚的の羞恥があった。それについて静華さんは酔っていてわからなかったのか、触れなかった。ただ確認後、席に戻って、
「そんだけシッカリあってさ、子どもみたいなんてズルいわ」と言った。「ふん。――残るは……残りに勘定するかどうかよね」
それから「どうなの」という目で暗に迫って来るから、命子はかわして、
「美那子さん、どう?」
「どうって、私そんなの知らないじゃないの」
「なになに、やっぱりあんたたちってそうなの?」
「違いますよ」と声をそろえて。
「ふうん。……なァんだ」
「がっかりしたんですか?」
「なにをがっかりしたんですか?」
「なによ。やる気? 二対一で来るんなら本気出すわよ……」
あたし強いんだから……と静華さんはつぶやいて、悪酔いしたらしく、水をがぶがぶ飲んで帰って行った。美那子と命子は灰皿やらグラスやら片づけた。
部屋中に煙草とバーボンのにおいが立ち込めていたけれど、二人ともなんだか邪険には扱いたくないというように、すぐには換気しなかった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる