縁日ヶ丘物語

尼子猩庵

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埃が積もって行く 2

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 静華さんはアルコールを持ち込んだ。確かなしるしを見たわけではなかったけれども、依存症の気配が漂っていた。

 そう思っているとある時、バーボンウイスキーをでコップに半分グーッと飲んで、

「アル中って遺伝なんだよ。環境や生活習慣じゃないの。アル中の子はアル中になるの。なんかで読んだんだ。アメリカの孤児院の統計みたいなんで出てた。古い本だったけど。自分の親もそうだって認識していなくてもそう育つの。つまり暗示じゃなくてもね。
 あと――これはフランスか、伯父や父親が自殺したんで自分もそうなるんだろうって思い込んで、未遂まで犯した娘さんがね、じつは父親が違う――不倫の子だった――ってことがわかって暗示が解けて、二度と自殺に悩まなかったって話もあんのよ。――……あれ? これは遺伝の否定にはならないか。だってこの娘さんは父親が違ったんだから。……ん、今どういう話だ?
 ――なにしろ、あたしのお父さんは厳しかったけど、一升瓶の底は抜けてた。お祖父ちゃんも曾お祖父ちゃんもそう。みんな若いころは宿命に逆らって一滴も飲まなかったの。それもあたしは同じだった。あとんなってじわじわ出て来る遺伝ってのがあんのよ――……まあ話半分で聞いてちょうだいよ」

「若いころはって、静華さんおいくつなんですか」と美那子。
「あたち? 花の四十たい」
「うそ、信じられない」と命子。「ひそかにタメくらいかもって思ってました」
「そうでしょ。まあそれはいいの。とにかくね、人類の遺伝病にはアルコールなんかとっくに入ってるんだよ。だからそのうちデジタルな病気や死に方も遺伝病になるから」
「デジタルな病気って?」
「さあ――そりゃ今はわかんないけどさ」
「交通事故なんかも遺伝になりますか」

 と命子が言うと、静華さんはウムムとうなって、

「交通事故に結びつきやすい行動や考え方をする性質の遺伝ってことならね。でもあたしの言うのはもっと直接な、もっと明快な遺伝なの。交通事故が遺伝になったら、たとえずっと家にいたって車が突っ込んで来るとか、停車していても人がぶつかって来てかされるっていうことなの。――……じっさい、どんな遺伝があり得ようね。空き巣被害の遺伝、猫の死骸に出会う遺伝、先生によく当てられる遺伝、流れ星をよく見る遺伝。――代々まったく遺伝がない場合は、そういう遺伝と言えようかしらね……」

 そのまま静華さんは酔っぱらって行って、交通事故の連想から命子の左手について好奇心の塊のような御狂態。

 ジュネ山人さんじんの『泥棒日記』にいわく、昔フランスに片腕の泥棒がいたのだが、もう成長期はとうに終わっているのにもかかわらず、腕を失ってからイチモツが肥大したといううろ覚えの話を持ち出して、それをさらに、小さなころに飼っていたザリガニが仲間同士のケンカで片方のハサミを失い、あとでまた生えて来たけれど小さく、しかし残っていたほうのハサミが異様に大きくなったという経験で裏づけて、命子はどうかと尋ねた。

 右手や両足を眺めながらの質問だった。命子は右手も足も肥大しているようには見えない。残った突起物のことを考えて、あれとあれとと大真面目に挙げてゆく自分に静華さんは我ながら一人で大笑いしていた。

 そのまま「ちょっとちょっと」と確かめに寄って来るので、命子は仕様がないから服の襟元を伸ばして見せた。

 命子としてはそのようなところを見られることに視覚的の問題はなかったけれど、不意に来られるとちょっとだけ嗅覚的の羞恥があった。それについて静華さんは酔っていてわからなかったのか、触れなかった。ただ確認後、席に戻って、

「そんだけシッカリあってさ、子どもみたいなんてズルいわ」と言った。「ふん。――残るは……残りに勘定するかどうかよね」

 それから「どうなの」という目で暗に迫って来るから、命子はかわして、

「美那子さん、どう?」
「どうって、私そんなの知らないじゃないの」
「なになに、やっぱりあんたたちってそうなの?」
「違いますよ」と声をそろえて。
「ふうん。……なァんだ」
「がっかりしたんですか?」
「なにをがっかりしたんですか?」
「なによ。やる気? 二対一で来るんなら本気出すわよ……」

 あたし強いんだから……と静華さんはつぶやいて、悪酔いしたらしく、水をがぶがぶ飲んで帰って行った。美那子と命子は灰皿やらグラスやら片づけた。

 部屋中に煙草とバーボンのにおいが立ち込めていたけれど、二人ともなんだか邪険には扱いたくないというように、すぐには換気しなかった。


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