縁日ヶ丘物語

尼子猩庵

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埃が積もって行く 1

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 おとなりのお姉さんは静華しずかさんといった。美那子と命子がこのたび内縁の旦那さんである久治ひさはるさんの同僚になり、出退勤を車に積んでもらうようになってから、よく遊びに来るようになった。

 テレビのない静けさや、美那子の家具やら食器やらの趣味に感心して、あたしもこういうアンティーク作戦やろうかなと言いつつ、しかし硬い椅子に少々不満げに腰かけて、

「女三人で旅行でも行きたいね。こんな退屈な毎日からは抜け出してさ――」しかし美那子がその話を具体的にし始めると「でもお金ないからな」と濁すのだった。

 暗くなってから買い物に出ているのを見たことがあったけれど、静華さんにはどことなく外出恐怖症のケがあるように見受けられた。

 静華さんと久治さんの部屋にも招待されてお邪魔した。リビングにはアンバランスに大きな液晶テレビがあり、映画の有料チャンネルを契約していて、DVDにダビングしては録り溜めているというコレクションはじつに膨大な分量であった。

 静華さんのほうの趣味だった。それで久治さんには、髪型や服装や髭など、今週はあるイタリアの俳優の誰々、今週はあるフランスの俳優の誰々、今週はあるアメリカの俳優の誰々、今週はあるイギリスの俳優の誰々と、色々演出しているのだそうな。

 そう言われれば久治さんにはどこか非凡なところがある。それについて美那子と命子はひそかに話してもいた。

 美那子は久治さんの醸し出す色気のようなものについて、過去になにか後ろ暗いことをしたのに違いないと言っていたし、命子は、体幹の筋肉がしっかりしているからだ、きっとなにか武道をたしなんでいるのに違いないと言っていたのだったが、静華さんの演出によるものだったと判明した。

「古い映画がお好きなんですね」

 と美那子が言うと、静華さんはにわかに高揚して

「古典がどうしていいかと言うとね――」

 と、熱く話し出した。昔は作品への取り組み方が今では決してできないくらい深い没入であったこと、作る側も見る側も、人生は儚くて生活は苦しくて思想は真剣であったこと、真剣でありながら冗談を飛ばすバイタリティがあったこと、そんな中から生み出されたものがさらに歳月のふるいにかけられて、ごまんとある中から現在まで生き残っているのだから悪いわけはないのだ。

 いいものを継承して行くのが玄人のまことの使命だ。それが芸術の本懐だ。懐古趣味に新鮮さを感じているだけじゃァない。むしろそうであったほうがどれほどよかったか。厳格な素養なき斬新さや、正統への敬愛なき異端はぬるい。悪いのならまだしも、ただただぬるい……。

 現代のミューズの不在、ディオニュソスの不在、アポロンの不在――世界規模で、映画のみならずすべてのジャンルにおいて、小さな枯れ木が作られまくっている。小さくて、そのくせ枝葉はぎょうさんに生い茂り、輪をかけてぎょうさんの果実は虫食いだらけで、幹や根は針のように細く貧弱で、しょせん初めから枯れているのが……。云々。

 煙草を吸うととたんに鎮まった。人のいないほうへふうっと吐いて、黙りこくった。相手の反応を見ずにしゃべりまくってしまった後悔であるか、長々しゃべってけっきょくうまく言い表せられなかった虚しさであるか、ともあれ「聞かなかったことにして」の充満した沈黙であった。


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