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苔むす石を慈しむ 7
しおりを挟むふたたびぼちぼち仕事に行き始めてからも、時おり眠られず、静かに過ごしている夜中、布団の中で命子が言った。
「今から嘘しかしゃべっちゃいけないこと」
「それは、ほんとに?」
「そういうのはナシ」
「今のはどっち?」
「…………じゃあやめる」
「よかった」
「やりたくなかったの?」
「うん」
「悲しくない」
しばらくむっつり黙り込んでいたかと思うと
「舞さんのことは甘やかすのにね」
「舞は甘え上手だから。あの子は、人をいい気持ちにさせちゃう才能があるのよ」
「……舞さん得ちんね。意外と要領のいい、器用な人なんだね」
これに美那子は、少々悲しげな笑みをして、
「そんなふうに言わないで。舞は小さいころから、なんだか、寂しい子だったから――あれはね、幼い舞が死に物狂いで体得した、生き残るためのすべなんだよ。だから真似しようったってできないの」
命子はしばらく黙った。やがて「悲しくない」と言うと、寝てしまった。
そうかと思うと「ねえねえ」
「起きてたの?」
「ううん、ちょっと寝た。なんか夢見たけど忘れちゃった」
それから、舞をいじめたことがあるかと尋ねた。美那子は遠い目をして、細い鼻から乾いたため息をつき、
「あるよ。小さいころ、ある時期ちょっといじめた。舞って、いじめたらすごい可愛いの」
「ゲー。美那子さん最低。ちょっと幻滅」命子はしばらくなにやら考えて、「どうやっていじめたの? 置き去りとか?」
「置き去りとかはしない。たとえば――なんか質問して、舞が答えても、もっとしつこく質問して、追い込んで行くと、わからなくなって泣いちゃうの。『ニワトリは鳥なのに、なんで飛べないの?』とか。『だってニワトリは飛べないのよ』って答えたら、『じゃあ鳥じゃないの?』『鳥だよ』『鳥は飛べるんでしょ』『うん』『じゃあニワトリはなんで飛べないの』とかってね、ずっと追い込んで行くの。そしたら泣くの。そういう感じ」
「舞さん可哀相。美那子さん最低うんち野郎」
なにをォ? と美那子が足先をくっつけると、冷やっこい冷やっこいと逃げ回る。それでも執拗に追っていると、窮鼠猫を嚙むとばかり鷲掴みにして来る命子の足指の、諸々の用を弁じて来た器用さに、美那子の足先は力なくしおれる。
「――でもね、ほんとにひどいことはしないって決めてたの。それがある時、なにがあったのやら舞がしょんぼりしてるから、なんか私の中の悪魔があんまり笑ってるのが嬉しくなって、残酷なこと言ったのよ。思い出したくもないようなこと。するととたんに悪魔はね、さすが悪魔だけあって、忽然とすがたを消すわけ。残された私は呆然として、あんまり後悔して、泣いたわ」
「舞さんは?」
「舞は、きょとんとしてるの。それで私がね、勝手にいじめて勝手に泣いて、泣き終わってから『悔しくないの、ひっぱたいていいよ』って言ったら、『もう慣れっこだもの』……」
「それから舞さんの守護天使になったのね」
「なろうとしたかな」
「舞さんに妬ける」
「私も舞には妬いてる。舞は愛し愛されるから」
そのまま美那子が物思いにふけっていると、いつの間にか眠った命子が、夢を見ているらしかった。まぶたの下で目をくるくる回し、小ぶりな鼻をぴくぴくふくらませ――やがて息を荒くして、足や肩を小刻みに震わせた。
悪夢かと案ぜられて、美那子が軽く触れると、落ち着くらしかった。放っておくとまた震え始めるが、時々にはたいへんかわゆく無器量になるのを、美那子はしばらく眺めていた。
やがて命子は夢の中にいなくなって、深く眠るらしかった。
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