65 / 79
29
正体 ②
しおりを挟む何とか手首に巻かれた紐を外そうと手首をくねらせ指先を引っ掛けようとするがあと少し届かない。
何度も掠るように紐の感触を感じるのに指先が紐を捕らえる事は出来なかった。
縛ってある紐は粗悪品のようでチクチクと毛羽立ちアンセルの白い柔らかな肌に刺さった。
擦りつけすぎた手首は擦過傷が出来て血が滲み始めジンジンと痛む。
これ以上やり続ければ皮膚は裂けもっと多くの血が流れてくるだろう。
そう思ってもアンセルは止める事が出来なかった。
今逃げ出さなければきっと自分は死ぬよりも辛い目に遭う予感がした。
それは予感でしかなかったが、全身がピリピリと感じる運命のような気がしてアンセルの身を震えさせた。
「は、早、く。早く。」
ブツブツ呟きながら何度も指の先を動かして紐を探る。
すでに手首の感覚はおかしくて、指先もまた震えていた。
そんな震えた手が奇跡的に紐の端を捕らえた。
それは細く心もとない糸のようなものだったけれど、アンセルは命綱のようにしっかりと握って捕まえた。
離してなるものか。
それは正しく命綱であった。
何度も何度も身をくねらせたおかげなのか、紐の結び目がさっきよりも緩んでいるのを感じる。
これを引っ張って一か所、何か鋭利な刃物で切ってしまえばスルリと解けそうだ。
アンセルは橙色に染まっていく部屋の中をグルリと見回して壊れた鋤の破片を見つけた。
赤錆が浮いているため鋭利ではないが、それでも元は金属。
木の板なんかよりは鋭い。
何度も擦ればこんな縄も切り捨てられるだろう。
動きにくい状態のまま、這うようにして破片に向かう。
外の物音にも注意しながら少しずつ進むことが難しい。
それでも何とか破片の元まで辿り着いて、不自由な身体で反転し破片を指先で掴んで縄へ擦り付けた。
ザリッ、ザリッ、と聞いた事のないような音が聞こえて破片が縄に切り込みが入っていった。
「あ、あと、少、し。」
ようやくギリギリと締め付けられていた縄が綻び始めた感触がした。
あと一息だ。
何度か外で物音がして作業を中断する。
その度にアンセルの胸はドクドクと大きな音を立てて、締め付けられるような痛みを覚えた。
息を殺してジッとしていると、何事もなかったかのように風の音が聞こえてくる。
なんだ、気のせいか、
と詰めていた息を吐き出してまた作業に戻る。
数度それを繰り返した時、プツリ、と縄が切れる音がした。
「やっっ、た。」
思わず声に出してアンセルはハッとしたように口を噤んだ。
良かった、風の音しか聞こえない。
まだアンセルを攫った犯人はいないようだ。
急いで紐を外して手首の具合を確かめる。
折れてもいない。これなら大丈夫。
一刻も早くこの場所を出て、誰かに助けを求めないと…‥。
そう思っていたアンセルはこの建物の唯一の出口である扉の取っ手に手をかけた。
さぁ、早くっ。
ガチャ、ガチャガチャ。
「!!」
取っ手は引っ掛かったような音を立てて一向に回らない。
鍵がかかっているのだ。
全く予期せぬ出来事にアンセルは焦った。
ボロボロの建物を見て、まさか鍵が掛かっているとは思わなかった。
鍵など壊れてなくなっていると思ったのに。
すんなり出ていけると思っていた所にこの結果はアンセルの意欲を大きく削いだ。
それでもここに留まっていてはダメだ。
アンセルはともすれば萎えてしまいそうな気持ちを奮い立たせてどうにかして外に出れないか部屋の隅々までを見渡した。
隙間風が吹いているという事はその場所は綻んでいると言えるからだ。
ウロウロ歩き回って風の吹いてくる方向は分かった。
でもどこから、というのが分からない。
焦る一方のアンセルは壁に手を付いて押してみる。
非力なアンセルではあっても朽ちている小屋ならば壁だって崩れるかもしれないと思い付いての行動だった。
「う、うぅ……。」
ぐっと両手で押す。
何も起こらない。
それでもアンセルは何度も何度も壁を押し続けた。
きっとどこかが崩れると信じて……。
そんな奇跡みたいな事を信じていたから―――――
アンセルは聞き逃した。
外から聞こえる誰かの足音を。
じゃり、ズル、じゃり、ズル。
と不規則でそのくせ重く恐ろしい何かを引きずるような音を。
ガチャ
取っ手が回る音がして初めて、アンセルは誰かがやってきた事に気付いた。
キィ―――
ゆっくりと扉が開く。
外から光を浴びて誰かの影が長く長く伸びて床に映った。
顔は逆光で暗く見えない。
アンセルの身体はガタガタと震えはじめる。
止めようと思っても止まらないカチカチという歯が鳴らす音で、唇さえ閉じられないほどの恐怖を感じている事が分かった。
ニヤリ
逆光で暗いままの顔の中、笑った白い歯が見えた。
酷く重そうに一歩踏み出したそいつの顔が見える。
「ハッ!!」
口を手で塞いでないと叫び出してしまいそうだった。
息が出来ないほどの衝撃に怯えているアンセルを見つめながら笑ったその男は―――――
「よう、アンセル。探したぜ。」
と頬に大きな傷跡を残し、片目に黒い眼帯をしたユーゴの姿だった。
21
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
平民男子と騎士団長の行く末
きわ
BL
平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。
ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。
好きだという気持ちを隠したまま。
過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。
第十一回BL大賞参加作品です。
執着騎士団長と、筋肉中毒の治癒師
マンスーン
BL
現代日本から異世界へ転生した治癒師のレオには、誰にも言えない秘密がある。
それは「定期的に極上の筋肉に触れて生命力を摂取しないと、魔力欠乏で死んでしまう」という特異体質であること!
命をつなぐため、そして何より己のフェティシズムを満たすため、レオがターゲットに選んだのは「氷の騎士団長」と恐れられる英雄ガドリエル。
「あぁっ、すごい……硬いですガドリエル様ッ!(大胸筋が)」
「……っ、治療中にそんな熱っぽい声を出すなッ」
生きるために必死で揉みしだくレオを、ガドリエルは「これほど俺の身を案じてくれるとは」と都合よく勘違い
触られたいムッツリ攻め×触りたい変態受け
【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚
貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。
相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。
しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。
アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。
転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜
たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話
騎士団長とのじれったい不器用BL
転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
【完結】王子様たちに狙われています。本気出せばいつでも美しくなれるらしいですが、どうでもいいじゃないですか。
竜鳴躍
BL
同性でも子を成せるようになった世界。ソルト=ペッパーは公爵家の3男で、王宮務めの文官だ。他の兄弟はそれなりに高級官吏になっているが、ソルトは昔からこまごまとした仕事が好きで、下級貴族に混じって働いている。机で物を書いたり、何かを作ったり、仕事や趣味に没頭するあまり、物心がついてからは身だしなみもおざなりになった。だが、本当はソルトはものすごく美しかったのだ。
自分に無頓着な美人と彼に恋する王子と騎士の話。
番外編はおまけです。
特に番外編2はある意味蛇足です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる