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塚銛イオ

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23 王都にお家があるって凄い事ですね。

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城は中央門と裏門を線でつなぐように塀で囲まれている。
琅と一緒に入ってきた裏門は城で働く者たちの通用口にもなっているようだった。

ほとんど紫沫を小脇に抱えるように歩く琅の姿に、門番の獣人は少々目を見張り、その後慌てて敬礼の形をとって見送ってくれた。

宙に浮いた状態で何とか失礼のないように礼を返していた紫沫だったが、琅を見る視線の多さに耐えかねて途中から敢えて下を向いて顔を隠していた。

あれは誰だ、という興味本位の視線があまりにも多く、子どもみたいに軽々と抱えられている自分の姿に恥ずかしさを覚えたからだ。

「ね、ろ、琅っ。ちょ、っと、お、おろし、てっ。」

琅の歩幅は大きく、振動で上手く話せないながら紫沫は琅へ声を掛けた。
この体勢を止めてもらえば少しは周りからの視線が少なくなるかも、と願いを込めたのだが、琅には聞こえなかったようだ。
前を向いてスイスイと歩を進める。

ぐらぐらする揺れに紫沫の気分が悪くなってきたその時、琅の足が止まった。

「よっと。」

ぐいっと身体を押し上げられると、今度はグレースの鞍の上。

いつの間にかグレースを預けていた馬舎まで戻ってきたみたいだった。
ぽいっと琅から鞄が投げられて、咄嗟に受け止めると落とさないように胸元で押さえる。

「落とすなよ。落としたらセスに殺されるぞ。」

にやり、と琅が紫沫に笑いかける。

確かこの鞄には琅に処理して欲しい書類がわんさか入っていたと思う。これを落としたとあっては洒落にならない事態に陥る。
琅の不在中に頑張ってくれていたテスにもフラニーにも申し訳ないし、何より、更に余計な仕事を増やしたとあってはセスの怒りは頂点に達しそうだ。想像したくもないけれど。

「ど、どこに行くの?」

思わず鞄を持つ手に力を込めて琅に問いかけると、

「俺の家だ。」

とニヤリと返された。

「ここからちょっと走らせるぞ。先に俺たちが帰る事は連絡してあるから空気の入れ替えは出来てるだろう。」

『帰る』という単語にドキリとする。

流されるように琅と一緒に行動を共にしてきたけれど、『迷い人』と『保護者』という自分たちが行動を共にするのは当たり前なのだろう。

琅がさらりと言った言葉に過剰に反応する必要はないけれど、紫沫にはとても親密な意味があるように思えた。

「あのさ、琅は僕が一緒に、そのぅ・・・一緒に帰っ、帰ってもいいの?」

「はぁ?何を今さら。っていうか、お前の面倒は俺が見るって言っただろ。ただの酔狂で”保護者”になったんじゃないんだ。シブキは何も心配する事はない。」

そう言われてしまえば紫沫とて何も言えない。

色々説明されたけれど”迷い人”や”保護者”の事が全て分かっているわけではないし、自分に『癒し』の魔力があったことも驚きだった。

それも相当の魔力量だと言われても、自分の身体に何か変化があった訳でも、沸き上がる力を感じた訳でもない。

とにかく美容室で明日の準備をしていた紫沫はそのままにここに飛ばされた感があるのだから変化を感じるも何もないのだ。

たまたま見つけてくれた琅が良い人で、紫沫の事を親身になって考えてくれる獣人だったからこそ、自分は無事だったのだ。
そんな琅の役に立ちたいと思うし、この世界で生きていくならこの先の事を考えていかなければならない。

結局、まだまだ琅のお世話にならざるを得ない状況は変わっていないようだ、と申し訳なく思いながらも共に『帰る』事に胸を躍らせる自分を面映ゆく感じる紫沫なのだった。


++ ++ ++

「ほら、ここだ。」

暫くグレースを走らせて着いた先は閑静な住宅街といった地域を抜けた端の端にあった。

治安部隊の隊長という仕事柄もっと城に近い場所に邸宅があると思っていた紫沫はどんどん城から離れていく事に驚いていた。

「ねぇ、こんなに城から離れていてもいいの?」

「ん?ああ、家って言ってもたまにしか帰らないからな。城の中にも俺たち用の宿舎は何部屋か確保されていて、俺みたいな役職付きには無条件に宛がわれてるんだ。ま、そのせいでほとんど城に詰めてる事が多くてな。ここはあまりに仕事が続いて現実逃避したくなった時の避難所だな、言わば。」

だからわざわざ街の外れに居を構えたんだ、
と琅は言った。

確かに隊長ともなれば休む暇もない程忙しいのだろう。

どの程度、隊員を抱えている部隊なのか紫沫には分からないが、それでも一つの小隊を任されるのだ。
全てを把握して効率的に配置させ、円滑に機能させなければならないのならば琅にかかる責任は多大なものとなるだろう。

「はぁ、琅って凄いんだねぇ。」

「凄くないって。言っただろ、俺はお飾りにすぎないって。テスやフラニーが優秀なんだよ。」

謙遜するようにそういうが、テス達の態度を見ても琅に対して尊敬の念が感じられた。
それは口調や仕草もそうだが、琅を見る眼差しにも表れていたように思う。

「ううん。テスもフラニーも琅の帰りをすっごく待ってたみたいだし。きっと頼れる隊長なんだね。」

素直に琅を褒めれば、耳がペタンと折れて琅が照れているのが分かる。

(あ、可愛い。)

屈強な身体付きの琅が自分の言葉一つで照れる様子に微笑ましくなった。

「ほ、ほら。早く来い。取り合えずシブキに家の中を案内しておくから。」

目の前にあるのは思いの外大きな一軒家。
鉄柵に囲まれた庭には何本もの木々が植えられている。

ひときわ目を引くのは大きなシンボルツリー。
白い可憐な花を何枚も咲かせていて、芳しい香りを辺りに漂わせている。

「うわぁ。いい香り。」

「ああ、これはエブンチリって言う木でな、今の時期はこんな風に白い花でいっぱいになる。」

「香りも良いね。凄く癒される。」

「そうだな、この甘酸っぱい香りを嗅ぐとイライラしていた気持ちも治まるんだよな。」

確かに、爽やかながらもほのかに甘い香りは高ぶった神経を穏やかにしてくれそうだ。
その他にも低木がぐるりと柵の周りに植えられていて絶妙なコントラストを生み出している。

「素敵なお庭だね。これ琅のご家族がお世話にしてるの?」

「俺は一人暮らしだ。これは庭師に頼んでるんだ。俺はそういうの興味ないから好きにしていいぞって言ったら全部自分の好みにしやがってな。」

そう言いながらも庭を見渡す琅の眼差しは穏やかで、この庭を好ましく思っているのが分かる。

しばらくそうやって琅と2人で庭を眺めていたが、急に琅が動きだした。

「悪いな、疲れてるのに。」

両開きの玄関ドアを開け、中に入っていく琅を慌てて追った。

「リビング、ダイニング、キッチンにトイレ、パウダールーム、バスルーム。主要なものは一階にある。」

「は、はいっ。」

思わず敬語。

「二階はゲストルームが2部屋。俺の部屋と書斎がある。ゲストルームを一つ明け渡そうかと思ったんだがお前なら納戸代わりになってた部屋のがいいかと思ってな。」

「どうして?」

「ま、見てのお楽しみ。」

そう言うと琅は紫沫の手を取って階段を登った。

急かされるように連れてこられたのは階段を登った先にあるちょうど突き当たりにあったドア。
目当ての部屋は廊下から見ても何が特別なのか分からない。

納戸代わりにしていたという事は荷物でいっぱいではないだろうか。
そう思ったが琅がドアを開けた先には特段物がある様子はなかった。

「あ、あれ?」

「ん?」

「だって納戸だって・・・。」

「ああ、納戸代わりにしてたって言っただろ。片付けさせたさ。荷物は屋根裏にな。」

屋根裏まであるのか、とビックリする。

「シブキは小さいからな。あんまり大きな部屋だと落ち着かないかと思って。」

確かに、今まで自分が暮らしてたアパートはこの部屋よりも小さい。
ユニットバスに小さなコンロが付いた簡易キッチンを合わせたよりも小さい。
それでも十分紫沫の物は納まったしそれで充分満足していた。

そんな自分の生活道具全てが丸っと収まってしまう広さの部屋に置かれていた家具は、寝心地の良いベッドに座り心地の良さそうな椅子と文机。ドアの付いていないウォークインクローゼットらしきスペースがあって、その他にドアが一つあった。

他にも部屋があるのだろうか?
でもこれで十分なんだけど。

紫沫は恐縮しながら琅へ言った。

「こ、こんな立派な部屋、必要ないよ?ベッドだってもっと小さくても良かったのに。」

「いや、これでも小型のやつを探したんだぞ。俺なんでこれじゃ足がはみ出る。」

確かに、このベッドでは琅には窮屈だろう。
横幅は何とか入っても、足の長さだけは如何ともしがたい。

「で、でもこんな立派な机とか。僕、クローゼットがあっても洋服だって・・・。」

「ああっ、忘れてた。シブキ洋服もないんだよな。うーん、明日にでも調達しに行くか・・・。」

ブツブツ呟く琅の耳には、紫沫の声は聞こえていないようだ。

「だからっ。僕には勿体ないって。」

「明日は・・・いや、流石に明日は仕事に行かないとテスが怖いしな。・・・いや、テスは来れないか、明日は・・・。じゃ、俺も半休とれば・・・。」

「琅っ!ねぇ、聞いてってばっ。」

全くこちらの話を聞いてくれない琅に焦れた紫沫は琅の傍に寄ると、力を込めて耳を引っ張る。ケモ耳を引っ張るなんてしたくなかったけれど。

「いだっ、たたっ。」

途端に琅が痛そうに悲鳴を上げる。

「な、なんだよシブキ。痛いだろう。」

「琅が悪いっ。僕の話を聞いてくれないからっ。」

「ええっ、だからって耳は引っ張るなよ。俺だったからよかったものの、柄の悪い連中だったら痛い目に遭わされるぞ。」

そう聞くと、琅の引っ張ている耳からパっと手を離した。

「ご、ごめっ。 痛かった?」

「ああ、痛かった。」

「ごめんって。あ、そうだ。痛いの痛いのとんでいけー。」

古今東西、昔から行われるおまじない。
何の気なしに琅の耳に触れながら呟く。

ふわっと風が吹いたような気がして、ほんのりと暖かい空気が流れた。

「あれ?」

指先がぽっとあったかい。
特に何を触った訳でもないのに。

ああ、琅の耳が暖かいのかも。
そう思って毛の流れに沿ってスーっと撫でると琅がブルッと身体を震わせた。

「うわっ。」

「えっ、ご、ごめんっ。そんなに痛かったの?」

琅が大きく身体をジャンプさせて紫沫から離れた。

てっきりさっきの痛みで震えたのかと思ったが琅は耳を抑えて紫沫を見ている。

「おまっ、おまっ、お前っ。耳は簡単に障るなっ。」

ああ、そう言えばそんな事を言われたな、と思った紫沫は耳は急所となり得るのだという事を思い出した。

「ごめんっ。簡単に触っちゃいけなかったのに。次は気を付けるから。」

素直に琅に謝ると、大げさに騒ぎ過ぎたと思ったのか、琅は表情を改めた。

「いや、お前なら触ってもいいんだ。でも急だとな・・・そのな・・・ちょっとビックリするからな・・・。」

どうにも歯切れが悪い言い方だが、紫沫は何度も頷いて今後は注意すると誓う。

「本当にごめんね。もう触らないからっ。」

「いやっ、触るなって言うんじゃなくって。ああっ、もう取り合えずいいっ。シブキ、こっち来いっ。」

説明する事を諦めたのか、琅は飛沫の手を引いてもう一つのドアへ向かう。

「ろ、琅っ。」

「ほらっ、ここだ。」

ガチャっとドアを開けて現れたのは、綺麗な陶器のバスタブ。
シャワーヘッドも備えられたバスルームだった。

「わっ、これお風呂じゃないのっ。シャワーもついてるっ。」

「俺の部屋とシブキの部屋はこのバスルームで繋がってるんだ。ま、共用の風呂って所だな。簡易的な物だからシャワーを使う場合はバスタブの中で洗ってもらうしかないけどな。」

「ううん、これで十分だよ。部屋にお風呂がついてるとか思わなかった。」

「下のバスルームはもっと広いから向こうを使ってもらってもいいけど、シブキは朝もシャワー浴びたいかと思ってな。あの部屋なら気兼ねなくシャワーを使えるだろう。」

琅が紫沫の事をよく考えてくれたのだと分かる。
もしシャワーが使えるなら、部屋でゆっくりと髪の手入れをしたりしたいと考えていた紫沫にとって申し分のない部屋だ。

「ありがとう、琅っ。」

思わず飛びつくように琅に抱き着いた紫沫を危なげなく抱き止めて、琅は嬉しそうに笑った。

抱き着いた先に見えたのは、左右に大きく動く嬉しそうな琅の尻尾だった。
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