追放された聖女は魔獣を祓い、王子に愛される 〜あるいは抹消された王子が憎悪に燃える聖女を人間にするまで〜

香月文香

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20:聖女は断罪を見物する

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 王宮の大広間に急遽設けられた裁判場に、マリアベルが引き立てられてきた。舞台も椅子もない、ただ大広間に国王と貴族たちが集まり、中央に縄を打たれたマリアベルが立っている。それと対峙する位置に、シルエスが立っていた。陛下は完全に傍観の姿勢で、全権をシルエスに委任しているようだ。宮廷医の手当てを受けた私は、ジェラルドと一緒に大広間の端を占めていた。周りの貴族たちはジェラルドの存在が気になるらしく、チラチラと視線を向けては、不自然に距離を取った。そのため、私たちの周辺には、謎の空間ができている。

 シルエスは今までの経緯を、明朗な声で語っていた。マリアベルが聖女を騙っていたこと、そして、魔獣の正体を。それらを聞いて、貴族たちがざわめき始める。

「マリアベル=レ=ジルレーン。身体検査の結果、これが見つかった」

 シルエスが右手に何かを掲げてみせた。よくよく見ると、手のひらに隠せるくらいの大きさの鈴だった。表面には複雑な紋様が刻まれている。

「分析の結果、強力な魔力を込めた魔導具だと判明した。おそらく、魔獣にだけ聞こえる音域で鳴り、自壊でも促す仕組みなのだろう。違うか?」

 マリアベルは激しく首を横に振った。

「知らない! 知らないわ! 詳しいことはお父様に聞いてよ! 私は大したことを聞かされてないの! ただ魔獣が消える道具って……本当よ! 信じて!」

「……だ、そうですが。ジルレーン宰相」

 貴族たちから遠巻きにされ、身体をブルブル震わせて立ち尽くしている宰相に、シルエスが冷たい視線を向けた。

「違う! わ、私は何も知らん! 娘が勝手にやったことだ!」

「お父様! なんでそんなことを言うのよ! お父様がやれって言ったんじゃない!」

 父娘の醜い争いが始まった。甲高い声が頭に響く。頭痛がしてきた。

「争う必要はない。彼女は本当に聖女なのか、この魔導具がなんなのか、試してみればわかることだ。──用意しろ」

 シルエスが静かに告げる。大広間の扉が開いて、いつかのように魔獣の入った檻が運ばれてきた。以前と違うのは、人一人入れるほど檻が大きいということ。中に入っている魔獣が、飢えた獅子に似ているということだ。

「彼女は今何も持っていません。しかし本物の聖女なら、魔獣を祓うくらい容易いことでしょう。──たとえ、この檻に入れられたとしても」

 シルエスの声が冷酷に響く。マリアベルの喚き声がさらに大きくなった。しかし、誰もそれを止めるものはいない。シルエスの迫力に、誰も逆らえないのだ。

 私は隣に立つジェラルドに話しかけた。

「シルエス、もしかしてものすごく怒ってます?」

「当然だろ。たぶん人生で一番キレてる」

 そっけない返事に、私は唾を飲み込んだ。私の知っているシルエスはいつも温厚で、穏やかで、周囲が求めるままに王子様の仮面を被れる人だった。彼が本当はそんなに王子業に向いているわけではないのだろうことを、私は薄々察していた。たぶん、趣味の薔薇を育成している方が楽しいであろうことも。

 それが、こんなに苛烈な面を持っていただなんて。

 兵士たちが、足を踏ん張って嫌がるマリアベルを引きずって檻の中に突き飛ばす。魔獣が唸り声を上げ、マリアベルに襲いかかる。

「嫌! 嫌よ! 死にたくない! 助けてお父様──!」

 鉄格子の間からマリアベルが手を伸ばす。その足が魔獣の牙に今しも食いちぎられる──と目を細めたとき、魔獣の動きがピタリと止まった。マリアベルが祓ったように、魔獣の体が光に包まれ、みるみるうちに消滅していく。

 宰相の手から、魔導具が滑り落ちた。

 大広間が静まり返る。マリアベルの荒い呼吸がやけに反響する。

「……ふ、ふふふふふふ」

 宰相が肩を震わせ、不気味に笑い始めた。片手で顔を覆い、哄笑を響き渡らせる。

「ははははははは! もうどうでもよい! 殿下、私はこの国のことを考えて魔獣を作ったのですよ!? 魔獣のおかげでどれほどの利益が出たと思います!」

「その利益のどれだけが貴公の懐に入ったのか、すでに調査は入っているぞ」

「必要経費というものですよ。生き物を育てるのには何かと入り用なもので」

 宰相が懐から、緑色に輝く水晶のようなものを取り出した。それを指でつまみ上げ、心底倦んだため息を吐く。

「──マァ、それももうお終いですがね」

 水晶が割れる。同時に、王宮の外から悲鳴と怒号があがった。地響きがして、天井から吊り下がったシャンデリアが大きく揺れる。

 そして、いくつもの獣の咆哮が重なり合う。

「魔獣だ」

 私は呟き、窓辺に駆け寄る。王都の至るところから土煙が噴き上がり、人々が逃げ惑っている。私は唇を噛み締めた。どういう理屈かは知らないが、あの水晶が起点となって、王都中……下手したら国中に、魔獣を解き放ったのだ。

「祓わないと」

 大広間を飛び出そうとした私の肩に手が置かれる。ジェラルドだった。

「待て。いいから落ち着いてよく見ろ」

「なにを……?」

 眉をひそめるが、言われた通りもう一度窓から様子をうかがう。そして気づいた。

「魔獣が祓われている……?」

 マリアベルが祓ったように、魔獣の体が光り輝いて次々と消え失せていく。ジェラルドを振りあおいだ。

「各地に派遣した兵たちに、あの魔導具を持たせたんだ。上手くいくもんだな」

 なんでもないように言う。私は瞬いた。

「どこにそんな時間が? 魔導具はさっき見つかったばかりじゃないですか」

「初めから魔獣を制御するための技術があることは分かっていたんだから、実物を見ればすぐに解析できる。量産には魔法を使えばいい。やけになった人間がやることなんてだいたい予測できるからな」

「……はあ、そうですか」

 なんだか気が抜けて、私は呟いた。私の出る幕はないようだ。
 大広間の中央では、マリアベルが力なく檻の中で床に倒れ伏しており、憔悴しきった宰相が兵士たちに拘束されていた。

 あっけない幕切れだった。

 聖女はもう不要だろう。魔獣は誰でも対処できる獣に成り下がり、いずれこの国から消える。もう誰も、魔獣に脅かされることはないはずだ。

 清々しい気持ちで前を向く。ジェラルドに声をかけようと口を開いた。

 そのとき。

 今までよりもずっと近くで地響きがした。近くどころではない。まさか、足元……?

 貴族たちが騒ぎ出す。頭を掻き毟った宰相が狂ったように笑い始めた。

「見たか! これが魔獣の力だ!! この強大な力を捨てるなんて馬鹿な奴らだ!」

 窓に大きな影が横切る。灰色に濁った巨大な眼球が瞬く。王宮の庭園を踏みつぶし、大きく吼えるそれは、今まで見た中でも最も大きな、一つ目の魔獣だった。
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