28 / 28
終章
しおりを挟む
「……まあ、何はともあれハッピーエンド、だよな?」
「もちろんですよ、殿下」
雲一つない、暖かな昼下がりのこと。ヨハンとユージンは、中央神殿を見下ろせる城壁の上に立っていた。眼下の人々に見咎められないように、姿形を覆い隠すローブをまとっている。だが、彼らに頭上を仰ぎ見る余裕はとてもではないが無さそうで、無用な用心だったかもしれなかった。
中央神殿の前に詰めかけた人々は一様に、嘆きの声をあげ、泣きわめいている。
皆が皆、黒色の服に身を包み、涙で顔を汚している。同様の人間が中央神殿の前から大通りまで連なっており、まるで黒い川のようだった。
彼らを眺め下ろしながら、ヨハンがしみじみと言う。
「……それにしても、やはり大神官どのは慕われていたらしいな」
「信仰心は本物でしたから」
ユージンが抑揚なく返答する。その瞳には、何の感情も宿ってはいなかった。
——黒衣の人々は、大神官ルファスの葬儀に参加する信徒だった。
ルファスと一悶着あった数日後、彼は神殿での祈りの最中に昏倒し、そのまま還らぬ人となったのだ。死因は不明。ルファスは大神官として激務をこなしていたので、過労ではないかと王宮医師は判断した。
信徒はもちろんそれでは納得せず——しかし誰からともなく、敬虔な大神官は、その徳の高さゆえに神の御許に呼ばれたのだという話が流れると、口をつぐんでひたすらに祈りを捧げるようになった。他にも、七色の衣をまとった天使が迎えに来ただとか、一度蘇っただとか、遺体は美しく永遠に腐らないだとか、尾ひれをつけた噂話が飛び交ったが、それもすぐに下火となった。
そうして今日、ルファスの葬儀が執り行われる。
神殿は信徒以外の参列を認めないため、ヨハンとユージンはこうしてこっそりと様子を見ているというわけだった。
ユージンの隣で、ヨハンが呆れたように鼻を鳴らす。
「まったく、お前がイリーシャ嬢を抱えてきたときは、暗殺の予告をされたのかと思ったぞ。——彼女に塗られた口紅、毒が入っていただろう」
「殿下のことは信用しておりますが、万が一ということがありますゆえ」
「何が万が一だ。結局イリーシャ嬢を手放すつもりなんか、さらさらなかっただろ。下手したら彼女が死んでいたんだぞ」
「食事に解毒薬を混ぜておりますから」
ヨハンは顔をしかめた。それでイリーシャがユージンの元に戻らなければ、口紅の毒は彼女を侵していただろう。自分のものにならないのであれば死んでしまった方がいいということではないのか。
ユージンは不可解な笑みを浮かべ、無言で視線を宙空に漂わせていた。
「……どうした?」
「いえ、やはり甘かったな、と思って」
「はあ?」
ヨハンが問い詰めようとしたとき、人々からどよめきがあがった。ゆっくりと神殿の扉が開いて、神官たちの手によって白亜の棺が運び出されてきたところだった。
二人は姿勢を正し、棺に目を向ける。棺の蓋にはガラスが嵌め込まれていて、ルファスの顔が覗いていた。花に囲まれたルファスの死に顔は、蝋のように青ざめていることを除けば穏やかで、まるで眠っているようだった。大神官の遺体は永遠に美しく腐らないという眉唾ものの噂話も凄みを帯びて、ヨハンはごくりと唾を飲み込む。
だが、ユージンはつらっとしたものだった。平然と棺を目で追い、
「大聖女も大神官も不在。神殿ではこれから、権力争いの動乱が始まるでしょう。当分、さもしい陰謀などを企む余裕はなくなるはずです」
ヨハンはげんなりと横の男に顔を向けた。頭のてっぺんからつま先まで、まじまじと面をめぐらせる。それから指を一本立て、蒼天を指し示してみせた。
「……お前、神から罰が下されるとか畏れたことはないのか?」
ヨハンのじっとりとした視線を静かな横顔で受け止めていたユージンは、ゆらりと首をめぐらせた。
ヨハンと瞳を交わらせ、そっけなく返答する。
「もう罰は下されました。他ならぬ俺の神によって」
そうして、愉しげに笑いかけてみせた。
「生涯地獄を見せてくれるそうです。楽しみですね?」
ヨハンの首筋に汗が一筋流れる。
二人の足下で、葬列が動き出した。
「もちろんですよ、殿下」
雲一つない、暖かな昼下がりのこと。ヨハンとユージンは、中央神殿を見下ろせる城壁の上に立っていた。眼下の人々に見咎められないように、姿形を覆い隠すローブをまとっている。だが、彼らに頭上を仰ぎ見る余裕はとてもではないが無さそうで、無用な用心だったかもしれなかった。
中央神殿の前に詰めかけた人々は一様に、嘆きの声をあげ、泣きわめいている。
皆が皆、黒色の服に身を包み、涙で顔を汚している。同様の人間が中央神殿の前から大通りまで連なっており、まるで黒い川のようだった。
彼らを眺め下ろしながら、ヨハンがしみじみと言う。
「……それにしても、やはり大神官どのは慕われていたらしいな」
「信仰心は本物でしたから」
ユージンが抑揚なく返答する。その瞳には、何の感情も宿ってはいなかった。
——黒衣の人々は、大神官ルファスの葬儀に参加する信徒だった。
ルファスと一悶着あった数日後、彼は神殿での祈りの最中に昏倒し、そのまま還らぬ人となったのだ。死因は不明。ルファスは大神官として激務をこなしていたので、過労ではないかと王宮医師は判断した。
信徒はもちろんそれでは納得せず——しかし誰からともなく、敬虔な大神官は、その徳の高さゆえに神の御許に呼ばれたのだという話が流れると、口をつぐんでひたすらに祈りを捧げるようになった。他にも、七色の衣をまとった天使が迎えに来ただとか、一度蘇っただとか、遺体は美しく永遠に腐らないだとか、尾ひれをつけた噂話が飛び交ったが、それもすぐに下火となった。
そうして今日、ルファスの葬儀が執り行われる。
神殿は信徒以外の参列を認めないため、ヨハンとユージンはこうしてこっそりと様子を見ているというわけだった。
ユージンの隣で、ヨハンが呆れたように鼻を鳴らす。
「まったく、お前がイリーシャ嬢を抱えてきたときは、暗殺の予告をされたのかと思ったぞ。——彼女に塗られた口紅、毒が入っていただろう」
「殿下のことは信用しておりますが、万が一ということがありますゆえ」
「何が万が一だ。結局イリーシャ嬢を手放すつもりなんか、さらさらなかっただろ。下手したら彼女が死んでいたんだぞ」
「食事に解毒薬を混ぜておりますから」
ヨハンは顔をしかめた。それでイリーシャがユージンの元に戻らなければ、口紅の毒は彼女を侵していただろう。自分のものにならないのであれば死んでしまった方がいいということではないのか。
ユージンは不可解な笑みを浮かべ、無言で視線を宙空に漂わせていた。
「……どうした?」
「いえ、やはり甘かったな、と思って」
「はあ?」
ヨハンが問い詰めようとしたとき、人々からどよめきがあがった。ゆっくりと神殿の扉が開いて、神官たちの手によって白亜の棺が運び出されてきたところだった。
二人は姿勢を正し、棺に目を向ける。棺の蓋にはガラスが嵌め込まれていて、ルファスの顔が覗いていた。花に囲まれたルファスの死に顔は、蝋のように青ざめていることを除けば穏やかで、まるで眠っているようだった。大神官の遺体は永遠に美しく腐らないという眉唾ものの噂話も凄みを帯びて、ヨハンはごくりと唾を飲み込む。
だが、ユージンはつらっとしたものだった。平然と棺を目で追い、
「大聖女も大神官も不在。神殿ではこれから、権力争いの動乱が始まるでしょう。当分、さもしい陰謀などを企む余裕はなくなるはずです」
ヨハンはげんなりと横の男に顔を向けた。頭のてっぺんからつま先まで、まじまじと面をめぐらせる。それから指を一本立て、蒼天を指し示してみせた。
「……お前、神から罰が下されるとか畏れたことはないのか?」
ヨハンのじっとりとした視線を静かな横顔で受け止めていたユージンは、ゆらりと首をめぐらせた。
ヨハンと瞳を交わらせ、そっけなく返答する。
「もう罰は下されました。他ならぬ俺の神によって」
そうして、愉しげに笑いかけてみせた。
「生涯地獄を見せてくれるそうです。楽しみですね?」
ヨハンの首筋に汗が一筋流れる。
二人の足下で、葬列が動き出した。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。
そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。
お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。
愛の花シリーズ第3弾です。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる