呪われ公爵様は偏執的に花嫁を溺愛する

香月文香

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終章

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「……まあ、何はともあれハッピーエンド、だよな?」
「もちろんですよ、殿下」

 雲一つない、暖かな昼下がりのこと。ヨハンとユージンは、中央神殿を見下ろせる城壁の上に立っていた。眼下の人々に見咎められないように、姿形を覆い隠すローブをまとっている。だが、彼らに頭上を仰ぎ見る余裕はとてもではないが無さそうで、無用な用心だったかもしれなかった。

 中央神殿の前に詰めかけた人々は一様に、嘆きの声をあげ、泣きわめいている。

 皆が皆、黒色の服に身を包み、涙で顔を汚している。同様の人間が中央神殿の前から大通りまで連なっており、まるで黒い川のようだった。

 彼らを眺め下ろしながら、ヨハンがしみじみと言う。

「……それにしても、やはり大神官どのは慕われていたらしいな」
「信仰心は本物でしたから」

 ユージンが抑揚なく返答する。その瞳には、何の感情も宿ってはいなかった。

 ——黒衣の人々は、大神官ルファスの葬儀に参加する信徒だった。

 ルファスと一悶着あった数日後、彼は神殿での祈りの最中に昏倒し、そのまま還らぬ人となったのだ。死因は不明。ルファスは大神官として激務をこなしていたので、過労ではないかと王宮医師は判断した。

 信徒はもちろんそれでは納得せず——しかし誰からともなく、敬虔な大神官は、その徳の高さゆえに神の御許に呼ばれたのだという話が流れると、口をつぐんでひたすらに祈りを捧げるようになった。他にも、七色の衣をまとった天使が迎えに来ただとか、一度蘇っただとか、遺体は美しく永遠に腐らないだとか、尾ひれをつけた噂話が飛び交ったが、それもすぐに下火となった。

 そうして今日、ルファスの葬儀が執り行われる。

 神殿は信徒以外の参列を認めないため、ヨハンとユージンはこうしてこっそりと様子を見ているというわけだった。

 ユージンの隣で、ヨハンが呆れたように鼻を鳴らす。

「まったく、お前がイリーシャ嬢を抱えてきたときは、暗殺の予告をされたのかと思ったぞ。——彼女に塗られた口紅、毒が入っていただろう」
「殿下のことは信用しておりますが、万が一ということがありますゆえ」
「何が万が一だ。結局イリーシャ嬢を手放すつもりなんか、さらさらなかっただろ。下手したら彼女が死んでいたんだぞ」
「食事に解毒薬を混ぜておりますから」

 ヨハンは顔をしかめた。それでイリーシャがユージンの元に戻らなければ、口紅の毒は彼女を侵していただろう。自分のものにならないのであれば死んでしまった方がいいということではないのか。

 ユージンは不可解な笑みを浮かべ、無言で視線を宙空に漂わせていた。

「……どうした?」
「いえ、やはり甘かったな、と思って」
「はあ?」

 ヨハンが問い詰めようとしたとき、人々からどよめきがあがった。ゆっくりと神殿の扉が開いて、神官たちの手によって白亜の棺が運び出されてきたところだった。

 二人は姿勢を正し、棺に目を向ける。棺の蓋にはガラスが嵌め込まれていて、ルファスの顔が覗いていた。花に囲まれたルファスの死に顔は、蝋のように青ざめていることを除けば穏やかで、まるで眠っているようだった。大神官の遺体は永遠に美しく腐らないという眉唾ものの噂話も凄みを帯びて、ヨハンはごくりと唾を飲み込む。

 だが、ユージンはつらっとしたものだった。平然と棺を目で追い、

「大聖女も大神官も不在。神殿ではこれから、権力争いの動乱が始まるでしょう。当分、さもしい陰謀などを企む余裕はなくなるはずです」

 ヨハンはげんなりと横の男に顔を向けた。頭のてっぺんからつま先まで、まじまじと面をめぐらせる。それから指を一本立て、蒼天を指し示してみせた。

「……お前、神から罰が下されるとか畏れたことはないのか?」

 ヨハンのじっとりとした視線を静かな横顔で受け止めていたユージンは、ゆらりと首をめぐらせた。

 ヨハンと瞳を交わらせ、そっけなく返答する。

「もう罰は下されました。他ならぬ俺の神によって」

 そうして、愉しげに笑いかけてみせた。

「生涯地獄を見せてくれるそうです。楽しみですね?」

 ヨハンの首筋に汗が一筋流れる。

 二人の足下で、葬列が動き出した。
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