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5. いつも俺の日常は
31枚目 少しの前進
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「──それでね」
「うん」
「茉美ちゃんが『郁くん、ダメだよ』って言ったの」
「うん」
「僕なんにも悪くないのに、怒られちゃって。どうしてって聞いても教えてくれなくて」
「……うん」
学校の門を出て少し歩いた頃。
郁はずっと一人で喋っていた。それこそ、クラスにいるおませな女の子に負けず劣らずといったほどだ。
そんな郁に相槌を打ちつつ、麗は思う。
(よく話すな~~~)
小さな口から一生懸命に繰り出される、拙い言葉。そのどれもが、当たり前だが今日学校であったことだ。
郁としては、いつも一人で教室に居る麗を気遣ってくれているのだろう。そういう人間がいること自体は嬉しいが、心配させてしまう自分に情けなくもあった。
麗自身も、こんなに優しい子に心配させているんだな、と少しの罪悪感に駆られてしまう。
(ありがたいんだが、俺は俺だし……一人には慣れてるんだが)
元から集団行動というものが苦手だ。なんなら、幼稚園に通っていた頃から。
周りの子供たちは、友達同士で遊具やごっこ遊びをして遊び回っていた。
けれど、麗だけはいつも子供たちが遊んでいる隅で一人だった。
その姿を大人びている、変わっている、と幼稚園教諭らの間で悪い方で評判だったらしい。
早希には年相応に振る舞っているからか、面談で幼稚園での様子をありのまま担任が言っても、どこ吹く風。
ただ、その帰りに『麗はみんなと違うもんね』と言われたことは今でも覚えている。
一瞬、前世の記憶がある事に気付いているのかと思った。
しかし仮にも母親だ。その時は親バカだったから言った、というのもある。親バカなのは今も変わらないが。
(多分俺は恵まれているんだろうな)
まっすぐ前を見据え、思う。
こうして気遣ってくれる人間がいることも、何があっても怒らずに自由にさせてくれる親がいることも。
「麗くん?」
突然黙ってしました麗を不思議に思ったのか、郁がこてりと首を傾げる。
無意識のうちに前を歩いていた麗を小走りで追いかけ、視界に入るとそっと顔を覗いた。
「あ、え、どうしたの?」
突然視界に入ってきた郁に慌てて取り繕うも、じっと見つめられることに麗は弱かった。
自分の心の内を見透かされているようで、居心地が悪くなってしまうのだ。けれど小学生相手に、少し前まで幼稚園児だった人間に、こんなことを思うのはおこがましくて惨めだ。
「ぼーっとしてたから。僕のお話、楽しくなかった?」
しょんぼりとした顔で、郁が俯いた。
「いや、そうじゃなくて……考え事してて」
あわあわと両手を右往左往させ、やがてその手を下ろした。
「俺は、君とは違うから」
郁には聞こえないだろう声でボソリと紡ぐ。
小さな子供達は、どこかに行ってしまいそうなほど純粋で奔放だ。一度も汚れた事のないまっさらな心を持っている。
麗はそのどれもを持っていなかった。いや、とっくに知っていた。
ほとほとこんな自分に嫌気がさす。もしも前世の記憶が無ければ、何も考えずに友達と遊んだり一緒に帰ったり出来るだろうに。
(っ……今、俺は何を思った?)
前世の記憶が無ければ? それは葵と過ごしたあの日々が無ければ良かった、と言ってると同義になってしまう。
(そんなのは嫌だ。でも)
先月誕生日を迎え、七年と一ヶ月少し。
今になって、段々とこの世界を受け入れはじめている。葵と共に居ることも好きだが、自分の世界を持とうとしている。そんな予感がした。
(俺はこのまま一人じゃ駄目なんだ)
ずっと一人になるのは慣れている。けれど、今と昔は違うのだ。
麗の見た目はまだ何も知らない子供で、誰かの手がなければすぐに孤立してしまう。それは友人関係であれ、家族面であれ、等しく同じだった。
「郁、くん」
発した言葉が僅かに震えていて、自分でも驚く。それほど緊張しているのか、と自覚した。
「俺の目を見て、ちゃんと聞いてほしい」
けれど自分を叱咤し、なんとか言葉を絞り出す。
小学生相手に何を言ってるんだ、とも思う。けれど、ここで逃げてしまえば後悔する、そう思った。
「うん」
「茉美ちゃんが『郁くん、ダメだよ』って言ったの」
「うん」
「僕なんにも悪くないのに、怒られちゃって。どうしてって聞いても教えてくれなくて」
「……うん」
学校の門を出て少し歩いた頃。
郁はずっと一人で喋っていた。それこそ、クラスにいるおませな女の子に負けず劣らずといったほどだ。
そんな郁に相槌を打ちつつ、麗は思う。
(よく話すな~~~)
小さな口から一生懸命に繰り出される、拙い言葉。そのどれもが、当たり前だが今日学校であったことだ。
郁としては、いつも一人で教室に居る麗を気遣ってくれているのだろう。そういう人間がいること自体は嬉しいが、心配させてしまう自分に情けなくもあった。
麗自身も、こんなに優しい子に心配させているんだな、と少しの罪悪感に駆られてしまう。
(ありがたいんだが、俺は俺だし……一人には慣れてるんだが)
元から集団行動というものが苦手だ。なんなら、幼稚園に通っていた頃から。
周りの子供たちは、友達同士で遊具やごっこ遊びをして遊び回っていた。
けれど、麗だけはいつも子供たちが遊んでいる隅で一人だった。
その姿を大人びている、変わっている、と幼稚園教諭らの間で悪い方で評判だったらしい。
早希には年相応に振る舞っているからか、面談で幼稚園での様子をありのまま担任が言っても、どこ吹く風。
ただ、その帰りに『麗はみんなと違うもんね』と言われたことは今でも覚えている。
一瞬、前世の記憶がある事に気付いているのかと思った。
しかし仮にも母親だ。その時は親バカだったから言った、というのもある。親バカなのは今も変わらないが。
(多分俺は恵まれているんだろうな)
まっすぐ前を見据え、思う。
こうして気遣ってくれる人間がいることも、何があっても怒らずに自由にさせてくれる親がいることも。
「麗くん?」
突然黙ってしました麗を不思議に思ったのか、郁がこてりと首を傾げる。
無意識のうちに前を歩いていた麗を小走りで追いかけ、視界に入るとそっと顔を覗いた。
「あ、え、どうしたの?」
突然視界に入ってきた郁に慌てて取り繕うも、じっと見つめられることに麗は弱かった。
自分の心の内を見透かされているようで、居心地が悪くなってしまうのだ。けれど小学生相手に、少し前まで幼稚園児だった人間に、こんなことを思うのはおこがましくて惨めだ。
「ぼーっとしてたから。僕のお話、楽しくなかった?」
しょんぼりとした顔で、郁が俯いた。
「いや、そうじゃなくて……考え事してて」
あわあわと両手を右往左往させ、やがてその手を下ろした。
「俺は、君とは違うから」
郁には聞こえないだろう声でボソリと紡ぐ。
小さな子供達は、どこかに行ってしまいそうなほど純粋で奔放だ。一度も汚れた事のないまっさらな心を持っている。
麗はそのどれもを持っていなかった。いや、とっくに知っていた。
ほとほとこんな自分に嫌気がさす。もしも前世の記憶が無ければ、何も考えずに友達と遊んだり一緒に帰ったり出来るだろうに。
(っ……今、俺は何を思った?)
前世の記憶が無ければ? それは葵と過ごしたあの日々が無ければ良かった、と言ってると同義になってしまう。
(そんなのは嫌だ。でも)
先月誕生日を迎え、七年と一ヶ月少し。
今になって、段々とこの世界を受け入れはじめている。葵と共に居ることも好きだが、自分の世界を持とうとしている。そんな予感がした。
(俺はこのまま一人じゃ駄目なんだ)
ずっと一人になるのは慣れている。けれど、今と昔は違うのだ。
麗の見た目はまだ何も知らない子供で、誰かの手がなければすぐに孤立してしまう。それは友人関係であれ、家族面であれ、等しく同じだった。
「郁、くん」
発した言葉が僅かに震えていて、自分でも驚く。それほど緊張しているのか、と自覚した。
「俺の目を見て、ちゃんと聞いてほしい」
けれど自分を叱咤し、なんとか言葉を絞り出す。
小学生相手に何を言ってるんだ、とも思う。けれど、ここで逃げてしまえば後悔する、そう思った。
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