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5. いつも俺の日常は

32枚目 君は友達

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 未だに俯く郁の肩に手を掛ける。すると、おずおずとながら顔を上げて麗を見た。
 少し潤んでいたが、澄んだアメジストのような大きな瞳が美しい、と場違いな事を思ってしまう。

 「……俺は君みたいに明るくないし、面白くもない」

 小学生でも分かるように言葉を選びつつ、ゆっくりと紡ぎ出す。

 「いつも一人だし、周りに誰か居たとしても俺と話すのは楽しくないと思う。けど、君は……郁は違うんだよな」

 未だにきょとんと目を丸くし、郁は麗の言葉を聞いていた。
 言っていることの半分も理解出来ていないだろうが、伝えなければいけない。麗が変わらなければいけない。
 そうしなければ、誰にも何も伝わらないからだ。現代に転生して七年と少し。たった数年のことだが、よく思い知った。

 自分と同じくらいの子供とは、極力関わらないようにしていた。中には話し掛けてくれる子もいた。けれど、麗は自分から壁を作った。
 まだ幼い子供たちは、無意識のうちに怖くなってしまったのだろう。

 他の男の子とは違う、と。

 麗自身はなんと思ってくれても良かった。孤立しても良かった。ただ、一人の方が気楽だったのだ。
 誰にも邪魔されず、誰とも関わる事なく、たった一人で人生を歩むことになろうと。
 たとえ前世の妻を生きているうちに探し出せなくとも、それで良かった。
 愛しい妻を遺して逝った事に比べれば、何もかもが瑣末事さまつごとでしかないのだから。

 そう、思っていた。
 きっと麗の考えを変えてくれたのは美和──葵だ。
 あの日、桜の大樹の下で再会を果たした。その時はただ嬉しくて、かなしくて、今こんな事で思い悩んでいるのが、馬鹿らしくなってしまった。

 けれど、麗は誰かと『友達』になることを知らない。
 前世では身内以外とはあまり交流が無く、妻をめとる事ができたのが幸運だったほどだ。
 だからか、転生した今になっても人との交流が分からない。
 少しは変わろうと思った。ただ、気が付いた時には自分から壁を作っていたから意味がなかったと言えた。
 だから変わるのだ。今、目の前に居る小さな男の子に言わずにいたら、後悔する。そうして人生を歩む事になるのだけは嫌だった。

 「俺と──友達になって、くれませんか……?」

 少しつっかえながら言った瞬間、冷たい汗が背中を伝う。
 直接相手に『友達になってくれ』と言ったのも、郁が初めてなのだ。
 中身は二十代のくせに、小心者で臆病な人間だなと思う。

 けれど、応えが返ってくることはない。しばらくの間、静かな沈黙が落ちた。
 麗は無意識のうちにうつむけていた顔をあげる。

 「ふ、ふふっ」

 郁は笑っていた。肩を震わせて、さもおかしいというかのように。

 「な、なんで笑うんだ」

 照れ隠しも合わせて抗議する。心なしか顔が熱いが、そんなことにかまけていられなかった。

 「ふふ、だって」

 郁は未だにクスクスと笑い、時折咳き込みつつ言葉を紡いだ。

 「僕たち、もう友達でしょ? 名前を教え合ったら友達なんだよ!」
 「とも、だち……?」

 郁の言葉をゆっくりと反芻はんすうする。

 「うん! 僕と麗くんは友達!」

 そう言った郁の表情が、太陽のようにはじけんばかりの笑顔で。
 数分の間悩みに悩んで、ようやっと言葉に出した自分が恥ずかしくなった。
 こんなに簡単な事だったのか、という驚きと困惑が麗の中で渦巻く。

 にこにこと微笑む郁は、とても嘘を言っているようには見えない。まだ何も知らないような、小さな子供が嘘を吐くとは到底思えないが。

 「そ、うか。友達、か……」

 もう一度言葉にすると、ほんのりと心が温かくなった。
 こんなにも嬉しく、泣きそうになってしまうのは何故だろうか。

 (いや、きっと俺が弱すぎるんだ)

 今日までの対人関係を見直さなければな、と決心する。
 郁と同じように優しい子供たちもいるのだ、と思わなければ。

 同年代と話す事を避けて大人以外に壁を作り、子供たちから話し掛けられようものなら、素っ気ない態度を取ったりした。
 そうした麗の日々が、今から変わろうとしている。
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