黒豹陛下の溺愛生活

月城雪華

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五章

交わる気持ち 1 ★

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「分からない、って……」

 アレンは口の中で同じ言葉を繰り返す。

 まっすぐに見つめているのに目が合わないのは、もしやそれが理由なのか。

 いや、合っていたとしても簡単に納得はできなかった。

「おかしいだろ。矛盾してばっかで、何言ってんだって顔してる」

「っ!」

 自分の思考を当てられ、図らずもびくりと肩が揺れる。

 けれどレオから少しも視線を逸らさないのは、部屋に入って抱き締めてきてから一度もアレンを見ていないからだった。

 レオはこちらを見ることなく、小さな声で続ける。

「無理しなくていい。お前の考えてることなんぞ、全部分かるから」

 それは優しくて穏やかで、セオドアの店で初めて出会った時と同じ声音だった。

 店に集う客の中心的な獣人で、自分などが話していい相手なのか少し躊躇していたものだ。

 しかしアレンの力になってくれ、種族や身分のへだてなく接してくれた。

 スラムから出てきたばかりなのに優しい者が居ると思ったが、レオをそういう意味で好きか嫌いかと言われれば曖昧だった。

「──なぁアレン」

 不意にレオの声がいやに近くで聞こえ、アレンはゆっくりとそちらに目を向けた。

 淡いランプの光で照らされた黒曜石の瞳と、やっと真正面から視線が交わる。

 緩やかに片頬を上げた笑みを見るのは久しぶりで、同時にどこか悲しげに見えてしまうのは気のせいだろうか。

「……あー、なんて言うか、な」

 がしがしと頭を掻きながら、レオが小さくぼやく。

 何かを言いにくそうに何度も唇を開いては閉じてを繰り返していたが、やがてレオは意を決したように言った。

「口付けてもいいか」

「へ、っ……?」

 この状況で言うにはあまりに突拍子で、図らずも小さく声を漏らす。

 今しがたアレンをどうしたいのか分からない、と言ったのは何だったのか。

(な、なんか変なこと言ったっけ。俺ってそんなに分かりやすいか……!?)

 先程から聞いていると、レオの言葉には明確な好意があるように聞こえる。

 しかしレオからすれば別な意味で己の感情を理解できていないのか、またどういう意味で言っているのかがアレンとは食い違っている気がした。

 疑問を抱えたまま、一言も返せずにただただレオを見つめていると、ふいと顔を逸らされる。

「……嫌なら無理強いはしない。ごめんな、困らせるようなこと言っちまって」

 はは、と自嘲じみた笑い声に、ぷつりとアレンの中で何かが切れた。

 これほどレオが弱気になるのも、こちらの言葉を怖がっているのも、とてもではないが何かあったとしか思えない。

「違う、嫌じゃ……っ!」

 ない、と言う前に、またレオがこちらを向く。

 今度は悲しげな瞳で、けれど黒い瞳の奥にははっきりとした意思があった。

「本当にお前は……アレンは優しいな。だから、俺は──」

 最後の方はあまりに小さくて聞き取れなかったが、レオの小さな耳がかすかに揺れたのが視界に入った。

「っ、あ」

 かと思えばくいと素早く顎を摑まれ、奪うように口付けられる。

 熱い唇が己のそれに触れたのも束の間、もっと熱く濡れたものが唇の端を掠めるように舐めた。

「レ、オ……?」

 アレンは大きく目を見開き、その柔らかな舌先の感触に何度も瞬く。

 かすかに開いた唇の隙間を縫って、レオの舌は奥へと侵入する。

 ざらりとした小さな痛みを感じたが、すぐに上顎を舐め上げられてしまえば堪らない。

 レオのそれは表面がざらざらとしていて、自分の滑らかな舌とはまるきり違う。

 的確にアレンの官能を突いてくる舌先は、この城で過ごすうちに慣れ親しんでしまったものだった。

「あ、っ……ぅ」

 じゅる、と舌先が痛むほど強く吸い上げられる。

 痛みとも快感ともつかない刺激でぞくりと背筋が甘く震え、無意識にレオの腕を摑もうと手を伸ばした。

 しかし空いている方の手でしっかりと指を絡め合わされ、完全に身動きが取れなくなる。

 片手は口付けられた時に反射的にレオの上衣を摑んだため、少しでも自由になるにはその手を離すしかない。

 もしくは今すぐに『嫌だ』と言えば止めてくれるのかもしれないが、それだけはしたくなかった。

 口付けと共に抱き締めてきた腕の力に、熱くて気持ちがいい舌先に、アレンの思考は完全に蕩けてしまっているから。

「ふ……ぅ、っ」

 ぬちぬちと口内からみだりがましい音が響き、次第に後孔がきゅうと収縮する。

 時間さえあれば大きくて逞しいもので何度も貫かれ、まざまざとレオの形を覚え込まされているからか、官能の熾火を感じると意識せずとも身体の奥が熱くなっていくのだ。

「ん、ん……っ」

 舌の根や頬の内側を甘く吸われ、時折ふっさりとした尻尾の付け根を撫でられる。

 疼きともいえないむず痒い感覚に、じわりと下着が濡れていくのが分かった。

 目にせずとも分かるほど血の集まったそこは硬く張り詰め、早く早くと解放を待っている。

 今やレオに口付けられただけで、アレンの身体は快感を得るほど作り変えられ、陰茎からしとどに蜜を溢れさせていた。

 少しでも快楽を逃がしたくて、もぞりと太腿を擦り合わせると同時に、黒い瞳と視線が絡み合う。

 レオがこちらを甘く見つめており、ふっと淡く笑う気配がした。

 笑ったのは数秒にも満たない間だったが、たったそれだけの仕草でアレンの目の前がちかりと白く染まる。

「っ、んう……!」

 未だ口付けられ、唇を塞がれたままアレンは一度目の高みに上った。

 くぐもった喘ぎも、飲み切れずに顎から溢れていく唾液も、すべてレオの舌に絡め取られる。

「ひぁ、っ……」

 同時に強く抱き締められていた腕を解かれ、するりと太腿の付け根へ大きな手の平がゆっくりと辿っていく。

 時折内腿を撫で回すような動きは、アレンが何を望んでいるのかを分かっているとでもいうように意地悪だ。

「ゃ、だ……」

「うん……? まだ何も言ってないんだが」

 抗議ともつかない甘さの残る呟きに、レオはやっと唇を解放してくれた。

 ちゅ、とわざと音を立てて唇を離すと、既にレオは普段の余裕を覗かせていた。

 その表情に、アレンは目が覚めたようにレオの胸を力いっぱい叩く。

「も、やだ……ばか、馬鹿レオ!」

「っおい」

 がっしりとした胸板はどれほど押しても距離など一向に開かず、むしろ抱き締めようとしてくる。

 その仕草すら煩わしくて、なのに抵抗一つできないひ弱な自分が嫌でならなかった。

 なぜここで止めてしまうのか。

 先程まで憔悴しきっていたのに、どうしてさも落ち着いた態度を取るのか。

「っ──!」

 声にならない声がアレンの心をいっぱいに埋め尽くし、目の前の男に向けて何から言ったらいいものか分からない。

「おっ、と」

 せめてもの抵抗に繰り出した足蹴は、ぱしんと小気味いい音を立ててレオの大きな手の平にはばまれる。

「馬鹿、馬鹿……レオの、ばか……」

 ぼろぼろと後からいくつも熱い雫が溢れ、留まるところを知らない。

 何度も子どものように『馬鹿』と言いながら、アレンは涙を流す。

 きっとアレンが疑問をぶつけても、先程のレオの問い掛けに答えても、望んでいたものと同じ言葉は返ってこないだろう。

 むしろ今度こそ上手く本音を隠し通そうとして、逃げるように部屋から出ていくに違いない。

 口付けたいと言ったのも、しばらく会えないという証左だ。

 時間を見つけて城から出すと言ってくれたが、とてもではないが一分たりと自由な時間があるとは思えない。

 レオはこの国を統べる王で、自分はただの民──スラムの住人なのだ。

 城に連れてきた発端は他でもないレオで、つい昨日まではこの閉塞的な部屋から出たくて堪らなかった。

 それもこれも、あと少しでレオの本音に触れそうになったからだろうか。

(俺、は……)

 好きと言われて嬉しかった。

 なのに『アレンをどうしたいのか分からない』と言って、思わせぶりな態度を取るのは狡いのではないか。

 本当はアレンをセオドアの元に帰さず、城に留めようとしているのではないか。

 一度気になると他のことにも疑問が生じていき、何が自分の考えなのか分からない。

 ただ、下腹部の疼きやじんわりとした快感はまだ腹の奥でくすぶっていて、どこか気持ちが悪かった。

 自身の精で下着が濡れた不快感もそのままに、ぎゅうとレオの衣服の襟を摑む。

 しかしすぐに離すと、アレンはそのままレオの胸に顔を寄せた。

「アレン……?」

 声音からレオが戸惑っているのが伝わり、ほんの少しだけ優越感があった。

 それでも涙や鼻水で濡れた顔を見られたくなくて、アレンはこちらを上向かせようとしてくるレオの手を力なく払う。

 自分からしたことだが、すべてが子どものようで次第に羞恥心が湧き上がっていく。

「……顔、見せてくれ」

 なのにレオはさして気にしていないというふうに、今一度名を呼んでくる。

「アレン」

 甘く掠れた声は無意識なのか、確信犯なのか判別し難い。

「っ」

 耳ごと優しく頭を撫でてくる感覚に弾かれるように顔を上げると、濡れた瞳のままレオを見つめた。

 もう黒い瞳の奥には悲しみも恐れもなく、普段と何一つ変わらない。

 ただただ泣いている己の顔が、レオの目に映っていた。

「……ここ、気持ち悪いだろ」

 そのまま目を逸らせずにいるとふっと淡く笑みを浮かべられ、下腹部へ大きな手の平が触れる。

「ゃ、やんなくて……ぃ、い」

 レオが何をするのか理解しているからか、ふるふると首を振って抵抗の意思を示す。

 けれどアレンの反応などお構いなしに、徐々にレオの手が鼠径部を通って下着の中へ忍び込む。

 熱い手の平が雄に触れる気がしてわずかに息が弾み、しかしアレンの考えていることなどすべてお見通しのようだった。

「ひ、っ……!」

 するりと下着ごとズボンを脱がされ、喉から悲鳴じみた声が出る。

 抑えを失ってまろび出た陰茎は先程放った精を纏い、新たに透明な蜜を断続的に吐き出していた。

 ぬらぬらと妖しく濡れ光り、腹に付きそうなほど反り返っているさまはあまりに卑猥だ。

「でも自分じゃ上手くできないよな。いつも泣きついて、早くって言ってくる癖に」

「ちが、いって……な、ぃ……」

 ふるりと羞恥で首を振るアレンにレオが小さく笑い、きゅっと陰茎を包み込まれる。

 緩やかに上下へ擦り上げられ、それまで小さくなりつつあった官能の熾火が次第に燃え上がっていく。

「ん、う……ふっ……」

 まっすぐに見つめてくるレオに声を聞かせたくなくて、今度はこちらがレオの顔を見たくなくて、懸命に唇を引き結んで喘ぎを押し殺そうとした。

 だというのに、アレンの身体は小さくも大きな刺激におかしくなってしまったのか、手の平以上の刺激が欲しくて緩く腰を揺らめかせる。

 それに気付いていない訳ではないのに、レオは雄茎を弄る手を止めない。

 むしろ両手を使って片方は竿を、片方は赤くなって快楽の涙を零す亀頭をぐちゅぐちゅと責め立てる。

「あ、っ……はぁ、っ……」

 次第に頭の中が甘く痺れ、意識せずとも腰が浮いてしまうのを抑えられない。

 レオが見つめているのが目を閉じていても分かってしまい、二重で恥ずかしい。

 何度となく己の痴態を晒しているが、ここまで羞恥を感じてしまうのは、はっきりとレオの気持ちを知ってしまったからだろうか。

 なのにレオに自身をもてあそばれ、じっと見られていると思うとそれだけで吐精感が大きくなっていく。

 濡れた音が部屋の中にひっきりなしに響き、陰茎を握る手の平にかすかに力を加えられる。

 同時に丸みを帯びた先端を擦る動きもわずかに早くなり、数秒も経たずにアレンの目の前に火花が散った。

「っあ、ぁ……!」

 びくん、と身体が大きく震える。

 ぶわりと尻尾が逆立ち、あまりの悦楽にぴくぴくと耳が小刻みに動く。

 無意識に脚が大きく開き、何も収まっていない後孔が収縮した。

 レオの手だけで果てるのは初めてで、充足感から唇から小さな喘ぎが漏れる。

「ぁ、は……ぁっ」

 短く荒い息を何度も吐き出しながらぼうっとレオを見つめると、眉根をきつく寄せて懸命に耐えているのが目に入った。

 アレンは気だるい腕を伸ばし、レオのそこに触れようとする。

「っ、アレン」

 レオのわずかに焦った声が淫靡な部屋に響く。

「レオ、も……っ」

 気持ちよくなってほしい。

 自分だけが快楽に流され、目の前の男がじっと耐えているのは嫌だった。

 レオの象徴は時折アレンの太腿に当たっており、どくどくと力強く脈動しているのだ。

 法悦で鈍くなりつつある思考の中、レオの熱く硬いそこを撫でる。

 それだけでなく艶のある黒い尻尾に己のそれを緩く絡ませ、そっと胸元に顔を寄せた。

 衣服越しに手の平へ熱が伝わり、時折ぴくりと震えるさまは可愛らしいと思った。

「……俺はいい」

 しかしすぐに肩を押され、その反動でアレンはどさりとベッドへ倒れる。

 唐突なレオの変化に開いた口が塞がらず、アレンはぱちくりと目を瞬かせた。

 自分から始めたことなのに途中で止めるのは、無責任ではないか。

 そう言ってしまいたいのに、レオがベッドから降りたことで何も言えなくなる。

「すまん、もう時間なんだ。……なるべく早く終わらせるから」

「レオっ……!」

 重だるい身体を懸命に動かし、レオを追おうとするのと扉が静かに閉まったのは同時だった。

 アレンは一人きりになった部屋で、ぽつりと呟く。

「なん、で……あんな、顔」

 扉が閉まる前に一瞬だけ見えた横顔は悲しげで、レオが部屋に入ってきた時とよく似ていた。

 後を追いたくても、この短時間でまた部屋からいなくなっては心配を掛ける。

 何もできない自分が歯痒くて、アレンはぎゅうと膝の上で手の平を握り締めた。
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