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五章
交わる気持ち 2
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◆◆◆
あれからレオは部屋にやって来ず、アレンはほとんどの時間を一人で過ごしていた。
食事を届けてくれる者も、マナではなく他の使用人だ。
全員がアレンと目を合わせないのはもちろん、口を利く気がないのか挨拶もそこそこに退室していく。
城の状況を聞きたくとも皆が皆忙しいのか、誰一人として立ち止まって話を聞いてくれなかった。
だから日中の話し相手などいないも同然で、マナが置いていった本をあてもなく捲っては勉強をして、食事の時間を待つ日々だ。
何日経ったのか指折り数え、今日でレオが部屋を訪れなくなってから六日が経ったと思う。
依然として一人なのは変わらず、物寂しさを感じてしまうのはスラムで過ごした賑やかな毎日に慣れていたからだろうか。
都へ着いてからはセオドアの店へ住み込んでいたが、そこもスラムと変わらず楽しかった。
けれどこの城へ半ば無理矢理連れてこられてからは、レオの訪れを恐々と待つばかりで、不安でいっぱいだったのは否めない。
(レオ、ちゃんと食べてるかな。ちょっとだけ、痩せてたような)
自身を抱き締めてきた腕の強さはあまり変わらなかったが、表情には疲れが滲んでいたように見えた。
一国の王が日中何をするのか分からないが、きっとアレンが想像できないほどの苦労をしているのだろう。
マナに呼ばれてすぐにアレンの元に来てくれた、それだけで嬉しいと思いこそすれ、レオ自ら探しに来てくれなかったのは少し悲しくも思う。
我儘だと理解しているが、レオに対する感情が恐怖から好意に変わってきていると気付いていた。
(すき、って言ったら……どんな顔するんだろう)
嬉しそうに笑うだろうか。
それとも、痛いほど抱き締めて口付けてくれるだろうか。
レオからの好意を分かっていて、そういう夢を見てしまう事が数日続いていた。
その中でも昨日は特に眠れた気がしなくて、朝食を食べてから寝ようとしたが一向に眠れないまま夜になってしまったのだが。
「ん……?」
不意にぴくぴくと耳が大きく動き、アレンは周囲に意識を集中させる。
どうやら音の在り処は廊下からのようで、そっと扉に耳を近付けた。
「──い、何してる! 早く行け!」
「そっちにはこれを。……ああ違う、それじゃない!」
使用人や衛兵が慌ただしく廊下を行き交っているのか、この数日の中でもずっと騒がしい。
けれど扉を開ける気にはなれず、アレンはそっと扉から耳を離す。
部屋から出るなとは言われていないが、またいなくなってはそれこそ迷惑が掛かる。
せめてレオが顔を見せにくるまでは部屋に居たかった。
多忙を極めるレオの負担にはなりたくなくて、何より一度ならず二度もマナを泣かせたくはない。
あの少女はアレンに良くしてくれ、心から気を許している獣人のうちの一人なのだ。
本音を言えば今すぐにでもレオの顔を見て安心したかったが、もう少ししたら来る気がしていた。
(早くレオに会いたい)
アレンはその場にうずくまるように、扉へ背中を預けた。
一日の終わりになると、必ずといっていいほどレオのことを思い出す。
それもこれも日に日にレオに対する感情が変化しているからだが、面と向かって好意を伝えるにはまだ時間が必要だった。
元々レオには親愛以上の気持ちがあったとはいえ、その時のアレンには恋愛が何かすら漠然としか分からなかった。
愛し合う者同士が一緒になると理解していてこそすれ、いざ自分に好意を向けられるとなると、どうしていいか分からなくなるのだ。
今ならばはっきりと自分の気持ちが分かるが、肝心の本人が姿を現さないのだから伝えたくても伝えられないのがもどかしい。
扉一枚挟んだ向こうでは、未だに使用人や衛兵が何事かを叫んでいる。
しかし何を言っているのかは言葉として聞こえず、むしろ雑音でしかなかった。
アレンはぎゅうと自分を抱き締めるように膝を抱え、顔を伏せた。
真っ先に脳裏へ浮かぶのは片頬を上げて柔らかく笑うレオで、次に快活な笑みを浮かべる母──アンナの顔だった。
一人は数日顔を見なかっただけだが、もう一人はどんなに会いたいと願っても永遠に会えない相手だ。
今やアンナを殺した獣人がどこに居るのか、本当にレオが探してくれているのかすら分からない。
希望を持たなければと思うのに、使用人が食事以外で姿を現すことも、またアレンの話を聞いてくれる素振りもなため、落ち込むなという方が無理な話だ。
「……母さん」
アレンはぽつりと口の中で呟く。
無性にアンナに会いたくて、意識せずとも勝手に熱い雫が溢れてくる。
滑らかな肌触りの衣服にぽつぽつと涙が滲み、黒く変色していく。
なぜアンナが殺されてしまったのか、あの日何があったのか、獣人を探し出して問い詰めたかった。
そして叶うならば、この手でアンナにした事と同じ事をしてやりたい。
復讐はいけないと分かっているが、そうでもしないと行き場のない感情をどうしたらいいのか分からないのだ。
仮にレオの手助けがあって城から出られたとしても、スラムから出てきて収穫のないまま街を去る訳にもいかない。
なんとしても獣人を見つけなければ、無念のまま死んでいったであろうアンナに合わせる顔がなかった。
しばらく声を抑えて啜り泣き、やっと落ち着いた頃になってアレンはようよう立ち上がる。
(今日も一人で寝るのか)
ぼふりとベッドへ横になって、ぼんやりと染み一つない天井を見つめた。
都へ来るまでは一人でも平気だったのに、優しさに触れてからはどうも駄目だ。
こうしているうちに時間が過ぎていき、何もできずただ待つしかできない自分が酷く歯痒かった。
「──失礼致します」
「っ!」
ふと静かな部屋に自分以外の声が聞こえ、アレンは図らずもびくりと肩を震わせる。
見ればこちらの応答なく扉が開いており、その先には使用人の男が立っていた。
目を伏せたまま、じっとアレンが反応するのを待っている。
「あ、の……」
「至急、貴方様をお連れせよとの命を受けました。着いてきて頂けますか」
アレンが口を挟む暇もなく、使用人が早口に捲し立てる。
抑揚の無い声音や光の無い瞳は、どこか不気味さを漂わせていた。
「あの、どこへ」
それでもアレンは勇気を掻き集め、今一度同じ言葉を繰り返す。
「お教えするなと言い含められております」
申し訳ございません、とあまり感情の籠もっていない声で使用人が答える。
こちらを見もせず、また機械的な口調は恐怖を増幅させるには十分だった。
どれほど言おうと話してくれないのは明白で、口答えをすれば無理矢理連行されるかもしれない。
心優しい振りをしていても、悲しいかな中には危害を加えようとする獣人も居ると知っているから、黙って着いていくしかない。
アレンは部屋から出る前に背後を振り返り、心の中で呟く。
(勝手にいなくなってごめん)
それはマナに向けてでもあり、会いたくて堪らないレオに向けてでもあった。
使用人の先導で廊下を出たはいいものの、普段は付いているであろう明かりが──アレンが部屋を飛び出した時よりも付いていなかった。
夜だというのに薄暗い廊下は何かが出そうで、しかし歩みを止めては使用人が無言で睨んでくるのだ。
傷付けられる事はなくとも、抑揚のない声は空恐ろしさを覚える。
(どこに行くんだ)
周囲に気をつけながら歩いていても、他の使用人の気配はない。
衛兵の歩く気配すらなく、先程まで騒がしかったのが嘘のようだった。
(このひと、見たことない……気がする)
大きな耳にはところどころに斑点があり、話す時にちらりと見えた歯は尖っていたため肉食系獣人だと分かる。
青い瞳は鋭く、じっと見据えられると竦み上がってしまいそうだった。
だからか従わざるを得ず、本能からかぐるぐると喉が小さく鳴るのを抑えられない。
しかし気にしていないのか、目の前の使用人は指摘することなくずんずんと歩いていく。
アレンがちゃんと着いてきているか、それだけを気にしているようだった。
「──着きました」
やがて先導していた使用人が立ち止まり、先に通るよう横へ逸れる。
「えっ、と……ここは」
なんの変哲もない、至って普通の扉だ。
男は何を言うでもなく、やはりアレンの問い掛けに沈黙していた。
この部屋の向こうに誰が居るのかも教える気はないらしく、諦めて扉に手を掛けて中へ入ろうとした時だ。
「っ……!?」
どん、と誰かから力強く背中を押され、アレンはその勢いのまま転けそうになった。
「なにする、ん……だ……っ」
素早く背後に視線を向けたが、ほとんど同時にガチャリという硬い金属音を耳が拾った。
「は、っ……?」
アレンの聞き間違いでなければ、この音は施錠音だろう。
けれど廊下すら薄暗く、加えてこの部屋の中は明かりが付いていないため、出入り口がどこなのかすぐには判別できない。
周囲を見回しても闇が広がるばかりで、小さな窓一つ無いことが伺えた。
真っ暗で不気味を体言したような部屋に、ぞくりと背筋が震える。
(違う、怖くない。怖くないったら!)
アレンは己を奮い立たせるように、ばしんと両頬を強く叩く。
じんじんとした痛みに涙目になりつつも、やっと使用人の男がどこへ連れてきたのか理解した。
ここは城にある空き部屋の一つで、今度こそ本当に監禁されたのだ。
背中を押したのも件の使用人で、レオをよく思っていない者がどこかからアレンの存在を聞き付け、手下を使って理由を付けて連れ出した。
自分がレオの弱味になると分かっていて、今日のような衛兵や使用人がいなくなった一瞬の隙を突いて仕組んだのだろう。
特に今日は廊下が異様に騒がしかった。
しばらくして落ち着いたが、少しくらい持ち場を離れても大丈夫だ、と高を括った衛兵が居てもおかしくない。
アレンが逃走を図ったのは周知の事実だが、部屋に戻ってからは一度も扉を開けておらず、油断していたという場合もある。
けれど結果的に使用人に連れられて部屋からいなくなってしまった今、レオのお荷物になるのは確実だった。
(早く戻らないと。早く……!)
目が暗闇に慣れた頃、アレンは手探りで扉を見つけると、力の限りドアノブを回した。
しかし完全に施錠されたのか、引っ掛かった嫌な音ばかりが虚しく響くだけだ。
ほとんど意味を為さないことなど分かっているが、何度も体当たりをしては扉を無理に開けようと試みる。
肉食系獣人の身体能力は草食系獣人に比べて遙かに高く、しかし城の中は壁や扉に至るまで頑丈に造られているのか、どれほど力を込めても壊れない。
そう時間も経たずに疲労感でその場に力なく座り込むと、アレンは尻尾を抱き締めるようにしてぼそりと呟いた。
「……ごめん、レオ」
何もできなくて、迷惑ばかり掛けて。
好意に対する返事もできなくて、申し訳なさに自然と涙が溢れてくる。
それと同時にレオの悲しげな笑みが脳裏に浮かび、しかしすぐにアレンの意識は深い闇に飲み込まれていった。
あれからレオは部屋にやって来ず、アレンはほとんどの時間を一人で過ごしていた。
食事を届けてくれる者も、マナではなく他の使用人だ。
全員がアレンと目を合わせないのはもちろん、口を利く気がないのか挨拶もそこそこに退室していく。
城の状況を聞きたくとも皆が皆忙しいのか、誰一人として立ち止まって話を聞いてくれなかった。
だから日中の話し相手などいないも同然で、マナが置いていった本をあてもなく捲っては勉強をして、食事の時間を待つ日々だ。
何日経ったのか指折り数え、今日でレオが部屋を訪れなくなってから六日が経ったと思う。
依然として一人なのは変わらず、物寂しさを感じてしまうのはスラムで過ごした賑やかな毎日に慣れていたからだろうか。
都へ着いてからはセオドアの店へ住み込んでいたが、そこもスラムと変わらず楽しかった。
けれどこの城へ半ば無理矢理連れてこられてからは、レオの訪れを恐々と待つばかりで、不安でいっぱいだったのは否めない。
(レオ、ちゃんと食べてるかな。ちょっとだけ、痩せてたような)
自身を抱き締めてきた腕の強さはあまり変わらなかったが、表情には疲れが滲んでいたように見えた。
一国の王が日中何をするのか分からないが、きっとアレンが想像できないほどの苦労をしているのだろう。
マナに呼ばれてすぐにアレンの元に来てくれた、それだけで嬉しいと思いこそすれ、レオ自ら探しに来てくれなかったのは少し悲しくも思う。
我儘だと理解しているが、レオに対する感情が恐怖から好意に変わってきていると気付いていた。
(すき、って言ったら……どんな顔するんだろう)
嬉しそうに笑うだろうか。
それとも、痛いほど抱き締めて口付けてくれるだろうか。
レオからの好意を分かっていて、そういう夢を見てしまう事が数日続いていた。
その中でも昨日は特に眠れた気がしなくて、朝食を食べてから寝ようとしたが一向に眠れないまま夜になってしまったのだが。
「ん……?」
不意にぴくぴくと耳が大きく動き、アレンは周囲に意識を集中させる。
どうやら音の在り処は廊下からのようで、そっと扉に耳を近付けた。
「──い、何してる! 早く行け!」
「そっちにはこれを。……ああ違う、それじゃない!」
使用人や衛兵が慌ただしく廊下を行き交っているのか、この数日の中でもずっと騒がしい。
けれど扉を開ける気にはなれず、アレンはそっと扉から耳を離す。
部屋から出るなとは言われていないが、またいなくなってはそれこそ迷惑が掛かる。
せめてレオが顔を見せにくるまでは部屋に居たかった。
多忙を極めるレオの負担にはなりたくなくて、何より一度ならず二度もマナを泣かせたくはない。
あの少女はアレンに良くしてくれ、心から気を許している獣人のうちの一人なのだ。
本音を言えば今すぐにでもレオの顔を見て安心したかったが、もう少ししたら来る気がしていた。
(早くレオに会いたい)
アレンはその場にうずくまるように、扉へ背中を預けた。
一日の終わりになると、必ずといっていいほどレオのことを思い出す。
それもこれも日に日にレオに対する感情が変化しているからだが、面と向かって好意を伝えるにはまだ時間が必要だった。
元々レオには親愛以上の気持ちがあったとはいえ、その時のアレンには恋愛が何かすら漠然としか分からなかった。
愛し合う者同士が一緒になると理解していてこそすれ、いざ自分に好意を向けられるとなると、どうしていいか分からなくなるのだ。
今ならばはっきりと自分の気持ちが分かるが、肝心の本人が姿を現さないのだから伝えたくても伝えられないのがもどかしい。
扉一枚挟んだ向こうでは、未だに使用人や衛兵が何事かを叫んでいる。
しかし何を言っているのかは言葉として聞こえず、むしろ雑音でしかなかった。
アレンはぎゅうと自分を抱き締めるように膝を抱え、顔を伏せた。
真っ先に脳裏へ浮かぶのは片頬を上げて柔らかく笑うレオで、次に快活な笑みを浮かべる母──アンナの顔だった。
一人は数日顔を見なかっただけだが、もう一人はどんなに会いたいと願っても永遠に会えない相手だ。
今やアンナを殺した獣人がどこに居るのか、本当にレオが探してくれているのかすら分からない。
希望を持たなければと思うのに、使用人が食事以外で姿を現すことも、またアレンの話を聞いてくれる素振りもなため、落ち込むなという方が無理な話だ。
「……母さん」
アレンはぽつりと口の中で呟く。
無性にアンナに会いたくて、意識せずとも勝手に熱い雫が溢れてくる。
滑らかな肌触りの衣服にぽつぽつと涙が滲み、黒く変色していく。
なぜアンナが殺されてしまったのか、あの日何があったのか、獣人を探し出して問い詰めたかった。
そして叶うならば、この手でアンナにした事と同じ事をしてやりたい。
復讐はいけないと分かっているが、そうでもしないと行き場のない感情をどうしたらいいのか分からないのだ。
仮にレオの手助けがあって城から出られたとしても、スラムから出てきて収穫のないまま街を去る訳にもいかない。
なんとしても獣人を見つけなければ、無念のまま死んでいったであろうアンナに合わせる顔がなかった。
しばらく声を抑えて啜り泣き、やっと落ち着いた頃になってアレンはようよう立ち上がる。
(今日も一人で寝るのか)
ぼふりとベッドへ横になって、ぼんやりと染み一つない天井を見つめた。
都へ来るまでは一人でも平気だったのに、優しさに触れてからはどうも駄目だ。
こうしているうちに時間が過ぎていき、何もできずただ待つしかできない自分が酷く歯痒かった。
「──失礼致します」
「っ!」
ふと静かな部屋に自分以外の声が聞こえ、アレンは図らずもびくりと肩を震わせる。
見ればこちらの応答なく扉が開いており、その先には使用人の男が立っていた。
目を伏せたまま、じっとアレンが反応するのを待っている。
「あ、の……」
「至急、貴方様をお連れせよとの命を受けました。着いてきて頂けますか」
アレンが口を挟む暇もなく、使用人が早口に捲し立てる。
抑揚の無い声音や光の無い瞳は、どこか不気味さを漂わせていた。
「あの、どこへ」
それでもアレンは勇気を掻き集め、今一度同じ言葉を繰り返す。
「お教えするなと言い含められております」
申し訳ございません、とあまり感情の籠もっていない声で使用人が答える。
こちらを見もせず、また機械的な口調は恐怖を増幅させるには十分だった。
どれほど言おうと話してくれないのは明白で、口答えをすれば無理矢理連行されるかもしれない。
心優しい振りをしていても、悲しいかな中には危害を加えようとする獣人も居ると知っているから、黙って着いていくしかない。
アレンは部屋から出る前に背後を振り返り、心の中で呟く。
(勝手にいなくなってごめん)
それはマナに向けてでもあり、会いたくて堪らないレオに向けてでもあった。
使用人の先導で廊下を出たはいいものの、普段は付いているであろう明かりが──アレンが部屋を飛び出した時よりも付いていなかった。
夜だというのに薄暗い廊下は何かが出そうで、しかし歩みを止めては使用人が無言で睨んでくるのだ。
傷付けられる事はなくとも、抑揚のない声は空恐ろしさを覚える。
(どこに行くんだ)
周囲に気をつけながら歩いていても、他の使用人の気配はない。
衛兵の歩く気配すらなく、先程まで騒がしかったのが嘘のようだった。
(このひと、見たことない……気がする)
大きな耳にはところどころに斑点があり、話す時にちらりと見えた歯は尖っていたため肉食系獣人だと分かる。
青い瞳は鋭く、じっと見据えられると竦み上がってしまいそうだった。
だからか従わざるを得ず、本能からかぐるぐると喉が小さく鳴るのを抑えられない。
しかし気にしていないのか、目の前の使用人は指摘することなくずんずんと歩いていく。
アレンがちゃんと着いてきているか、それだけを気にしているようだった。
「──着きました」
やがて先導していた使用人が立ち止まり、先に通るよう横へ逸れる。
「えっ、と……ここは」
なんの変哲もない、至って普通の扉だ。
男は何を言うでもなく、やはりアレンの問い掛けに沈黙していた。
この部屋の向こうに誰が居るのかも教える気はないらしく、諦めて扉に手を掛けて中へ入ろうとした時だ。
「っ……!?」
どん、と誰かから力強く背中を押され、アレンはその勢いのまま転けそうになった。
「なにする、ん……だ……っ」
素早く背後に視線を向けたが、ほとんど同時にガチャリという硬い金属音を耳が拾った。
「は、っ……?」
アレンの聞き間違いでなければ、この音は施錠音だろう。
けれど廊下すら薄暗く、加えてこの部屋の中は明かりが付いていないため、出入り口がどこなのかすぐには判別できない。
周囲を見回しても闇が広がるばかりで、小さな窓一つ無いことが伺えた。
真っ暗で不気味を体言したような部屋に、ぞくりと背筋が震える。
(違う、怖くない。怖くないったら!)
アレンは己を奮い立たせるように、ばしんと両頬を強く叩く。
じんじんとした痛みに涙目になりつつも、やっと使用人の男がどこへ連れてきたのか理解した。
ここは城にある空き部屋の一つで、今度こそ本当に監禁されたのだ。
背中を押したのも件の使用人で、レオをよく思っていない者がどこかからアレンの存在を聞き付け、手下を使って理由を付けて連れ出した。
自分がレオの弱味になると分かっていて、今日のような衛兵や使用人がいなくなった一瞬の隙を突いて仕組んだのだろう。
特に今日は廊下が異様に騒がしかった。
しばらくして落ち着いたが、少しくらい持ち場を離れても大丈夫だ、と高を括った衛兵が居てもおかしくない。
アレンが逃走を図ったのは周知の事実だが、部屋に戻ってからは一度も扉を開けておらず、油断していたという場合もある。
けれど結果的に使用人に連れられて部屋からいなくなってしまった今、レオのお荷物になるのは確実だった。
(早く戻らないと。早く……!)
目が暗闇に慣れた頃、アレンは手探りで扉を見つけると、力の限りドアノブを回した。
しかし完全に施錠されたのか、引っ掛かった嫌な音ばかりが虚しく響くだけだ。
ほとんど意味を為さないことなど分かっているが、何度も体当たりをしては扉を無理に開けようと試みる。
肉食系獣人の身体能力は草食系獣人に比べて遙かに高く、しかし城の中は壁や扉に至るまで頑丈に造られているのか、どれほど力を込めても壊れない。
そう時間も経たずに疲労感でその場に力なく座り込むと、アレンは尻尾を抱き締めるようにしてぼそりと呟いた。
「……ごめん、レオ」
何もできなくて、迷惑ばかり掛けて。
好意に対する返事もできなくて、申し訳なさに自然と涙が溢れてくる。
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