黒豹陛下の溺愛生活

月城雪華

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四章

レオという男 6

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 そろりと元いた部屋に足を踏み入れると同時に、見慣れつつある桃色の髪が視界に入る。

「ホゥホッ!」

 同時に高くて可愛らしい声が聞こえ、小さくて白いものがこちら目掛けて飛んできた。

「っ!?」

「ホゥッ、ホッホホ!」

 ピィピィと甘えたような声を出すそれは、常に少女の傍を飛んでいるフクロウだ。

「ちょ、痛……こら、やめろって……!」

 つんつんと小さなくちばしで顔を重点的につつかれ、堪らずアレンは小さく声を上げる。

「どうしたの、ティアラ。そんなに喜ん、で……っ?」

 自分以外の声に加え、フクロウ──ティアラの変化に気付いたのだろう。

 主のいない部屋の中を掃除しているらしい少女が、ふっとこちらを振り向いた。

「あ、っ……!」

 その獣人がアレンだと理解した途端、少女が手に持っていたほうきがカツンと高い音を立てて床に落ちた。

「アレン様っ……!」

 少女の赤い唇から己の名が紡がれたかと思えば、桃色の長い髪を振り乱してティアラよろしく走り寄ってくる。

「ほんと、うに……アレン様、なんですね……? よく似た、偽物とかじゃ、ない……んですよね……?」

 どん、とアレンに半ばぶつかるようにして、少女──マナが涙ながらに言った。

 唐突だったため少しよろけたものの、しっかりと小さな身体を抱き留める。

「偽物って……俺みたいなの、あんまりいないと思うけど。……でもごめん、勝手にいなくなって」

 マナなりの冗談かと思って笑い飛ばそうとしたが、自分のせいで迷惑を掛けたのは事実なのだ。

 アレンは小さく喉を鳴らし、ぺこりと頭を下げる。

 同時に耳も垂れ下がったのか、ティアラが嘴でつついてくるのは最早お約束に近い。

「いえ、いいえ……! こうして無事に戻ってくれただけでよかったです、本当に……」

 けれどマナはほろほろと涙を流し、しかし突然抱き着いて悪いと思ったのかすぐに距離を取って口早に言った。

「無事に……?」

 どういう意味なのか分からず、ほとんど反射的に同じ言葉を呟く。

「あ、いえ。あの……私、陛下を呼んできますね!」

「え」

 アレンが制止の声を上げるよりもわずかに早く、ぱたぱたとマナが部屋を飛び出していった。

「ホゥッ!」

 その後をフクロウが慌てたように追い、アレンはしんと静まり返った部屋の中で一人ぽつんと佇む。

 そっと周りを見渡せば、普段とあまり変わらない。

 ただ、シワの寄っていたシーツは綺麗に整えられ、ベッドの傍にある小さな丸テーブルと椅子は部屋を出る前までなかったものだ。

 その上には何も置かれていないものの、入れ違いでレオがこの部屋に来ていた可能性がある。

 座る場所といえばベッドしかないため、手の空いている使用人に運び込ませたのかもしれない。

 アレンはその椅子に座るか一瞬悩んだものの、慣れ親しんだベッドの端に腰を下ろした。

(無事に、ってどういう意味なんだろう)

 それは城の中が危険だと言っているも同義で、マナの挙動不審な態度にますます謎が深まっていく。

 そもそも脱出経路に関すること以外、マナは基本的に答えてくれるのだ。

 そのため違和感が拭えず、けれど自分に良くしてくれる少女を疑うことはしたくなかった。

「……もしかして」

 あてもなく廊下を歩いていた時に嗅いだ臭いや、あの小さな獣人とそのお付き達に出くわした事も関係している──と思う。

 もちろん予想が当たって欲しくないのが本音だが、嫌な予感がするのは否めない。

 年若い獣人──アルフェルが『王太子』と呼んでいた、ルーカスという少年は順当にいけば次期国王になるのだろう。

 廊下で会った時に感じたアルフェルの鋭い視線は、アレンを射殺さんばかりの目付きだった。

 現国王であるレオと唯一寵愛を受けているアレンが、主君である幼い王太子の脅威になり得ると考えたとしたら。

 アレンを助けてくれたのも、レオを玉座から破滅へと導く一歩だと考えたとしたら。

 マナがぽろりと放った言葉の意味も、そうだとすれば納得がいく。

「ううん、気のせいだ。俺は何も聞いてなかったし、マナも何も言わなかった」

 そこまで考えるとアレンはふるりと頭を振り、自身に言い聞かせる。

 今頃レオを呼びにいっているであろう少女とフクロウを、自分の発言で立場を悪くさせたくはない。

 それに、仮にレオへ不必要なことを言ったとしても、自分の置かれている状況は変わらないのだ。

 これ以上マナの言葉を考えていても無意味で、アレンはぼふりとベッドへ横になった。
 
 


 ◆◆◆



 
「アレンっ……!」

 そんな声とともにレオが姿を現したのは、アレンが部屋に戻ってから十五分もしない頃だった。

 マナとほとんど入れ違いだったため、アレンは反応はもちろん言葉を返すのも遅れて、ベッドに背中を預けたまま固まる。

「え、レオ……あの」

 起き上がる前にレオが傍にやってきて、ベッドに片膝を突いたのか柔らかなそれがぎしりと軋んだ音を立てた。

「よかった、お前に何もなくて……」

 言いながら抱き起こされ、そのままぎゅうと痛いほど抱き締められる。

「っな、に……!?」

 あまりに唐突な抱擁ほうように、アレンは理由も分からず目を瞬かせる。

 どんなに上等な衣服に身を包んでいても、気怠そうに姿勢を崩していても、レオには形容し難い大人の男の雰囲気がある。

 しかし今のレオは普段の態度とは真逆で、ともすれば子どものようだった。

「──お前はもう街に……セオのとこに帰す」

 どれほど時間が経ったのか分からないが、やがてアレンを抱き締めたままぽつりと呟いた。

「え、っ……?」

 何を言われたのか、すぐには理解できなかった。

 そうしているうちにわずかに身体を話され、しかしレオは俯きがちに唇を開く。

「……そもそも最初からこんなことするべきじゃなかったんだ。大人しくしてりゃ、あのジジイに難癖付けられることもなかったし、いちいちセオを呼ぶ必要もなかった。元々アイツも、ここに来るのは嫌って言ってたのにな」

 口の中でぶつぶつと独り言を呟くレオの表情は、どこかおかしい。

 まるで自分に言い聞かせているかのように、いやに一方的だ。

 こちらの答えなど端から期待していないのか、目の前にいるアレンに視線一つ寄越しやしない。

「悪かったな」

 自嘲じみた、すぐさま空気に溶けてしまいそうな声だった。

「相手を怖がらせるような事も、嫌な事も……普通ならしねぇんだが」

 そこでレオは言葉を切ると、淡く微笑む。

「レオ……?」

 あくまでこちらの反応を見ながらではあるが、そろりと触れてくる手はかすかに震えていた。

 けれどレオが嘘を言っているようには見えなくて、加えて唐突な申し出に戸惑ってしまう。

(なんでレオはいきなりこんなこと……俺がいなくなって、怒ってるんじゃないのか?)

 少し前のレオであれば力づくで身体を開き、こう言い聞かせてきたはずだ。

 ──お前はもう逃げられない。

 決まってベッドの上で、レオはアレンに向けてまったく同じ言葉を放つ。

 それは城から出られないという意味で、またアレンを部屋に縛り付ける鎖でもあった。

「……どうしてか、お前を見てると調子が狂っちまうんだ。好き勝手して泣かせて……本当に、今まですまなかった」

 不意に低く震えた声を耳が拾い、アレンは恐る恐るレオを見上げた。

「っ……!」

 すると泣きそうな、ともすれば懸命に内なる感情を堪えているような表情をしていた。

「お前が俺を許してくれるとは思ってない。むしろ当然だ、こんな奴のために逃げない方がおかしい」

 レオの低い声は普段よりも落ち着いていて、冷静だ。

 その感情に呼応するように、レオの黒く艶やかな尻尾が緩く左右に揺れた。

「……でも、お前のことを好きなのは本当だ。だから守ってやりたい、力になりたい。……あわよくば、俺の傍でずっと笑っていて欲しいんだ」

 真摯な言葉は不思議とすっと耳に入り、身体全体に染み渡っていく。

「──って矛盾してるよな。セオのとこに帰す、って言ったばっかなのに……すまん」

 何度目とも分からない謝罪を口にすると、レオは今度こそ身体を離してベッドから降りてしまう。

 レオはアレンの瞳から逃げるように背中を向け、それきり黙り込んだ。

 広く大きな背中が今ばかりは小さく見えて、同時に何を考えているのか漠然とながら理解する。

(俺……レオを責めてばっかりだ)

 黙って聞いていても今までの出来事があるからか、レオを許す気にはなれない。

 なのに目の前にいる男はアレンが見たこともないほど項垂れ、憔悴しきっている。

 こういう時にどういう反応をしたものか、またどう返せばいいのかをアレンは知らなかった。

 こうして『好き』と言われたのもレオが初めてで、男女はおろか色恋にとんと疎いため、まったく分からないのだ。

「……と、まぁそれだけだ。返事はすぐじゃなくてもいいから、考えておいて欲しい」

 しかしそれまでの神妙な面持ちはどこへやら、レオは普段と変わらない柔らかな笑みを浮かべて言った。

「な、っ」

 何を考えるというのか。

 そう言ってしまいたいが、アレンが口を開くよりもわずかに早くレオが続ける。

「ただ、今は城の中がせわしなくてな。マナもだが、俺もしばらくはここに来れない。でも時間を見つけてお前を城から出すから、お母上のことは──」

「レオ」

 口早に捲し立てるレオの声を半ば遮る形で、アレンは目の前の男の名を呼んだ。

 先程から聞いていると、すべての責任は自分にあるとでもいうような物言いなのだ。

 確かにアレンとて、全面的にレオを責められない。

 ただ、空き部屋から廊下を通ってこの部屋に戻ってくる間は、使用人や衛兵の気配がほとんどなかったのを感じていた。

 なぜなのかは教えてくれないかもしれないが、レオの言う通り忙しいのは本当なのだろう。

 けれどそれとこれとは別で、ここまではっきりと『城から出す』と伝えられる理由はなかった。

 レオがこの部屋に来なければ来ないで安心する反面、寂しさを感じるのは否めない。

 心では拒絶していても、出会ってから短くない時間をレオと過ごしている。

 今更アレンを自由にさせるなど、あまりにも自分勝手ではないか。

 マナの言っていた言葉もあり、尚のこと言うことを聞けなかった。

「……だからって、分かったって言いたくない」

 アレンはごく小さな声で呟く。

 レオの言葉には驚き、しかし理解しようと懸命に頭をはたらかせた。

 昨日まで、それこそ身体を繋げるようになってからは絶対にあり得なかった申し出だ。

 せめてなぜそう思ったのか理由を聞いてから、自分の身の振り方を考えたかった。

 出来ることならば自分も力になりたいが、余計な世話だとしても言うだけなら構わないはずだ。

(それに……そんな顔、されても困る)

 レオは終始こちらの出方を伺うような、ともすれば子どものように耳を垂れさせている。

 黒く艶やかな尻尾も今ばかりは股の間に入り込み、まるでこちらがどう出るのか怖がっているようだった。

 黒曜石の瞳は自信なさげに細められ、先程まで忙しなく動いていた唇は新たな言葉を放つことはない。

 この獣人がアレンを組み敷き、何度となく啼かせてきた男だとは思えなかった。

 加えて他の者が今のレオを見れば、とてもこの国を統べる王だとは思わないだろう。

 アレンは一瞬だけ唇を引き結び、まっすぐにレオを見つめた。

「なぁ、教えてくれ。レオは……俺を、本当はどうしたいのか」

 間近で交わった瞳がかすかに見開かれたものの、飄々とした余裕の表情は影も形もなくなり、レオは力なく呟く。

「……わからねぇ」

 ぺしょりと小さな耳を垂れさせ、レオが両手で顔を覆った。

「自分でもお前を……アレンをどうしてぇのか、分からねぇんだ」
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