2 / 24
第一話 冬王と鞠姫
1頁
しおりを挟む
深更の鎌倉を、小袖を着た少女が、神妙な面持ちで歩いていた。
闇に包まれた大路には余人の姿もなく、春先の肌寒い風が土埃を巻き上げていく。それが辻々の篝火に飛び込み、ジジジとまるで虫の断末魔のように鳴くのだった。
そんな微かな物音にさえ、少女は過敏に身を竦ませていた。
僅かに顔を上げ、心細げに周囲の様子を窺う。そして誰の姿もないと判ると、安堵とも落胆ともつかないような溜め息をこぼすのである。
「!」
通りの向こうから足音が聞こえてきた。
少女は慌てて、その細っこい体を民家の軒下に寄せた。
足音の正体はすぐに知れた。酒に酔った二人の武士だった。
「違った……」
少女は肩の力を抜いた。やはりそこには安堵と落胆が入り交じっている。
「なあ、やっぱり適当な宿で一泊した方が良かったんじゃないか?」
並んで歩く武士の、背の低い方が恨みがましげな声をあげた。
「もしアレが出たら……」
「おぬし、それでも坂東武者か」
もう一人のいかつい顔をした髭面の武士が、直垂の袖を翻しながら、がなり立てた。こちらは体格もよく、腕っ節も強そうだった。
「そんなもの、我が刀の錆にしてくれるわ」
威勢のいい台詞を吐き、ガハハと上機嫌に笑う。だいぶ出来上がっているようだ。
背の低い武士が呆れ気味に溜め息を吐く。その拍子に、軒先に隠れるように佇んでいた少女と目が合った。
「ひっ」
武士が小さな悲鳴をあげた。
「あん?」
髭面の武士もようやく少女の存在に気付く。
少女は慌てて背を向けた。
「ただの娘っ子じゃねえか。それくらいで、いちいちビビってんじゃねえよ」
今度は髭面の方が、呆れ気味に溜め息を吐く番だった。
「おい娘、こんな夜更けに何してやがる」
髭面の武士がいかつい顔で少女に近付いた。
息が何とも酒臭い。
「お…お心遣いなきよう」
できるだけ目を合わさないようにして、少女はそそくさとその場を立ち去ろうとした。
だがその腕を髭面の武士が掴んだ。
「あっ」
「怪しい奴だ。もしや京方の密偵ではないか」
「お放し下さい」
「来い、番兵に突きだしてやる。儂の手柄だ」
「放っておけよ。どうせ、ただの娼だろう。それより早く帰るぞ」
背の低い武士が相方を急かす。
「ほほう、娼とな。ならば本当かどうか、儂が直々に吟味してやろう」
髭面の武士が、少女を舐め回すように観察する。しかし深酒のせいか、相手がまだ年端もいかない娘子であることに気付いていない。
「あの、どうかお許し下さい。私と関わると……」
「いいから来い。銭なら、たんと払ってやる。儂は天下の御内だぞ」
「あっ」
抵抗虚しく、少女が路地裏に連れ込まれていく。
「先に帰るからな。アレが出ても知らんぞ」
「勝手にしろ」
背の低い武士は、これ幸いとばかりに夜道を急いだ。お荷物がなくなったおかげで、早く帰れそうだ。
「まったく付きあいきれん」
辻に差しかかる。
篝火が揺れる。
ずい、とその身を影が覆った。
「え……?」
武士はゆっくり顔を上げ、
「!?」
その場で硬直した。
黒い影が立っていた。
闇に包まれた大路には余人の姿もなく、春先の肌寒い風が土埃を巻き上げていく。それが辻々の篝火に飛び込み、ジジジとまるで虫の断末魔のように鳴くのだった。
そんな微かな物音にさえ、少女は過敏に身を竦ませていた。
僅かに顔を上げ、心細げに周囲の様子を窺う。そして誰の姿もないと判ると、安堵とも落胆ともつかないような溜め息をこぼすのである。
「!」
通りの向こうから足音が聞こえてきた。
少女は慌てて、その細っこい体を民家の軒下に寄せた。
足音の正体はすぐに知れた。酒に酔った二人の武士だった。
「違った……」
少女は肩の力を抜いた。やはりそこには安堵と落胆が入り交じっている。
「なあ、やっぱり適当な宿で一泊した方が良かったんじゃないか?」
並んで歩く武士の、背の低い方が恨みがましげな声をあげた。
「もしアレが出たら……」
「おぬし、それでも坂東武者か」
もう一人のいかつい顔をした髭面の武士が、直垂の袖を翻しながら、がなり立てた。こちらは体格もよく、腕っ節も強そうだった。
「そんなもの、我が刀の錆にしてくれるわ」
威勢のいい台詞を吐き、ガハハと上機嫌に笑う。だいぶ出来上がっているようだ。
背の低い武士が呆れ気味に溜め息を吐く。その拍子に、軒先に隠れるように佇んでいた少女と目が合った。
「ひっ」
武士が小さな悲鳴をあげた。
「あん?」
髭面の武士もようやく少女の存在に気付く。
少女は慌てて背を向けた。
「ただの娘っ子じゃねえか。それくらいで、いちいちビビってんじゃねえよ」
今度は髭面の方が、呆れ気味に溜め息を吐く番だった。
「おい娘、こんな夜更けに何してやがる」
髭面の武士がいかつい顔で少女に近付いた。
息が何とも酒臭い。
「お…お心遣いなきよう」
できるだけ目を合わさないようにして、少女はそそくさとその場を立ち去ろうとした。
だがその腕を髭面の武士が掴んだ。
「あっ」
「怪しい奴だ。もしや京方の密偵ではないか」
「お放し下さい」
「来い、番兵に突きだしてやる。儂の手柄だ」
「放っておけよ。どうせ、ただの娼だろう。それより早く帰るぞ」
背の低い武士が相方を急かす。
「ほほう、娼とな。ならば本当かどうか、儂が直々に吟味してやろう」
髭面の武士が、少女を舐め回すように観察する。しかし深酒のせいか、相手がまだ年端もいかない娘子であることに気付いていない。
「あの、どうかお許し下さい。私と関わると……」
「いいから来い。銭なら、たんと払ってやる。儂は天下の御内だぞ」
「あっ」
抵抗虚しく、少女が路地裏に連れ込まれていく。
「先に帰るからな。アレが出ても知らんぞ」
「勝手にしろ」
背の低い武士は、これ幸いとばかりに夜道を急いだ。お荷物がなくなったおかげで、早く帰れそうだ。
「まったく付きあいきれん」
辻に差しかかる。
篝火が揺れる。
ずい、とその身を影が覆った。
「え……?」
武士はゆっくり顔を上げ、
「!?」
その場で硬直した。
黒い影が立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる