冬王と鞠姫

チゲン

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第一話 冬王と鞠姫

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 朝餉を終え、ようやくひと心地ついた。
「ごめんなさいね。こんなものしか出せなくて」
 クズ野菜と魚のアラ、それに僅かばかりの米が入っただけの質素な雑炊ぞうすいだが、これでも冬王たちにとっては結構なご馳走だった。
「いいえ、とても美味おいしかったです」
 鞠が満足そうに微笑む。
「それなら良かったわ」
「お世辞で喜ぶなよ……いてッ」
 なづるに脇腹をつねられ、冬王が思わず顔をしかめる。
「色々な物が手に入りにくくなっていると聞きましたが、本当なのでしょうか」
 鞠の問いに、なづるは軽い溜め息を吐きながらうなずいた。
「ええ」
「やはり御謀反ごむほんの影響ですか」
「そうみたいねえ」
 一昨年、京で時のみかどによる討幕計画が明るみになった。
 事態を重く見た幕府は、帝を捕らえて隠岐おき配流はいる。だがその後も帝の意をんだ様々な勢力が周辺各地で兵を挙げ、二年が経過した現在も畿内きない一帯は内乱状態にあった。
 ろく波羅はら駐屯ちゅうとんしている幕府軍も、鎮圧ちんあつに相当手を焼いているらしい。その影響で西方からの物流がとどこおっているのだ。
「何だおまえ、そんなことも知らねえのかよ」
 冬王が、したり顔で鞠をからかった。
「ガキでも知ってるぜ」
「わ…私はその……」
 鞠がしどろもどろになる。
「こら」
 なづるが冬王の頭を小突こづいてたしなめた。
「人には人の事情があるの。知らないことは決して恥ずかしいことじゃないわ。冬王だって、まだ自分の名前をちゃんと書けないでしょ」
「そりゃ……習い始めたばっかりだし」
「手習いが嫌で、しょっちゅう逃げだしてるのは誰?」
「う……」
 痛いところを突かれ、冬王は口をとがらせた。
 そんな二人のやりとりを見ながら、鞠が微笑ましげな、それでいて少し寂しげな笑みを浮かべる。
「恥ずかしながら、私は屋敷にいることが多くて、世の中のことを全然知らないのです」
「屋敷?」
 その単語を、冬王は耳ざとく聞き分けた。
 鞠が思わず口に手を当てる。
「屋敷って……」
「冬王」
 すかさず、なづるが冬王を制した。
「人には事情があるって言ったでしょう」
「……判ってるよ」
 どうやら、彼女は早い段階から何かを察していたようだ。
「ところで二人は、どこで知りあったの?」
 なづるが話題を替えてきた。もっとも無理に替えたという感じではなく、本当に興味があるらしい。目がきらきらと輝いている。
「どこって……こいつ、夕べ異形に襲われてたんだよ」
「えええ!?」
 しかしさすがのなづるも、これには驚かざるを得ない。
「本当?」
「……はい」
 鞠が、ばつが悪そうに顔を伏せる。
「何があったの?」
「それは……」
 言葉に詰まる鞠に替わって、冬王が口を開いた。
「そのくせ、こいつ俺に、異形は殺すなとか言うんだぜ」
「どういうこと?」
 なづるの頭に、たくさんの疑問符が浮かんでいる。
 二人の問い詰めるような視線に耐えかねてか、鞠は歯切れが悪そうに言葉を発した。
「あの、私は異形を、その……」
「何だよ。はっきり言えよ」
 冬王が苛立ちまぎれに口を挟むと、鞠はびくりと身を竦ませた。
「こら冬王。そんな乱暴な言い方しちゃダメでしょ」
 なづるが再び冬王を嗜める。
「無神経な子で、ごめんなさいね。いいの、無理に話さなくていいわ」
「でも……」
「事情があるんでしょ?」
 鞠が小さく頷く。
「ほら、冬王もちゃんと謝りなさい」
「はァ? 何で俺が?」
「女の子には優しくしないとダメ。いつも言ってるでしょ」
「嫌だね。だって、こいつが邪魔したせいで異形を取り逃がしたんだぜ。あの野郎、今度会ったら絶対ブッ殺してやる」
「……!」
 その言葉に反応して、鞠が視線を上げた。
「な…何だよ」
 どこか思い詰めたような表情に、冬王は思わず息を呑む。
「異形をあやめるのはやめてほしいのです」
「またかよ」
「何度でも言わせてもらいます」
「おまえな……」
「異形といっても元々は人です。私たちと同じなのです」
「んなこた知ってるよ。でも一度異形になっちまったら、もう戻れねえんだよ。おまえも夕べ見ただろ」
「確かに見ました。でも私なら……」
 そこで一旦、口ごもる。
「私なら、人に戻せるかもしれないのです」
「……え?」
「はァ?」
 予想もしなかった告白に、冬王もなづるも互いの顔を見合わせた。
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